第45話 事件は会議室で起きることは無い

◇事件は会議室で起きることは無い◇


「テオドール卿。ご無沙汰していますわ」


「ああ。メルル嬢も良く来てくれた。わざわざすまないな」


「いえいえ。懇意にしているネルカトル家のこととあれば。むしろ父ではなく私が名代みょうだいとしての訪問となってしまい申し訳ありません」


 俺とナナとメルル、それとメイドのルナさんはテオドール卿の執務室を訪ねていた。俺らの訪問に合わせて、母さんや父さん、部隊長などストゥーピド伯爵とのいざこざに関係する人間が集まってきている。


「こちらが、取調べの報告書なのだが…」


 テオドール卿が俺に目線を配る。


「…部屋に風壁を張りました」


 俺は盗聴対策のために風壁の魔法を展開した。


「それでは、拝見いたします」


 報告書を渡されたメルルが、その中身に目を通し始める。


「おう。テオ。結局どうだったんだ?あたしらにも説明してくれよ」


 母さんが我慢できずにテオドール卿に質問を投げかける。ぞんざいな口調に父さんが変わって申し訳無さそうにすいませんと謝罪をする。


「他の者には私から説明しよう。…取調べの結果、奴らはストゥーピド伯爵家の私兵であることを認めた。繋がりを示す物証もいくつか確認できている」


「おお。そいつはいいじゃねぇか。どうするつもりだ?」


 母さんが自身の拳を意味ありげに撫でる。あわよくば自分も暴れられると思っているのだろう。その顔は牙を見せる獣のような笑顔だ。


「そうだな。まずはストゥーピド伯爵家に使者を出そう。この証拠を元に交渉すればヴィニア殿達の安全性は確保されるはずだ。奴も王府に睨まれるのは避けたいだろう」


 テオドール卿は肘をついた手を口元で組みながら呟いた。ストゥーピド伯爵家に対して、手を引かないのであれば王府に証拠を提出すると脅しを掛けるのか。


「…テオドール卿。その使者の件ですが、待って頂けないでしょうか」


 報告書から目を上げたメルルが、テオドール卿にそう言った。執務室の全員の視線がメルルへと向く。メルルは読み終えた報告書をテーブルに軽く叩きつけて整えている。…この僅かな間に目を通し終えたのか。


「テオドール卿も解かっておいででは?私兵を他領にけしかけたとは言え、起した事件は強盗と強姦の未遂のみ。…脅しとするには少々弱い」


 続けてメルルが発言をする。テオドール卿に向けた言葉ではあるが、俺らにも言い聞かせるような喋り方だ。


 メルルの言葉を聞いて、テオドール卿が考え込むように顎を撫でる。


「すいません。貴族のことには余り詳しくないのですが…。他領に私兵を差し向けたのが判明したのは結構なことなのでは?」


 俺は執務室の面々に疑問に思った点を尋ねる。それこそ宣戦布告に近い行為だと思ったのだが…。


「通常であればそうですね。一歩間違えれば領同士の戦争になりますからね。内戦を避けるために王府が仲介に入る案件です。今回の件であれば一方的な非が向こうにありますから、かなり有利な展開です」


 俺の疑問にメルルが答えてくれる。しかし、その答えは先ほどの脅しとしては弱いという発言と矛盾している。今回の件は通常では無いということか?


「ハルト。このネルカトル領は自治領に近い存在なのだ。それゆえにあまり王府の力は借りれない」


 不思議そうにする俺に気付いたのだろう。ナナが俺に説明してくれた。


「ハルト様。この領はネルカトルの一族が治めていた土地。それがそのまま王国に編入という形で取り込まれましたから、裁量権がかなり大きく、その分王府があまり関れないのです」


「なに、王府との繋がりが低い分不利なこともあるが、何かと便利な立場でもある」


 メルルとテオドール卿がナナの説明に続けるようにして教えてくれる。


「なにより、我が家と仲良くしていても、あまり文句が出ませんしね」


 そう言ってメルルはナナと肩を寄せ会う。ショートカットでボーイッシュな格好のナナと対になると、百合の花が咲き乱れそうだ。


 メルルの話で気付かされたが、王家の影が味方をしているというのも可笑しな話だ。王家の影が他の貴族と懇意にするなど、本来であれば許されるはずが無い。ゼネルカーナ家はネルカトル家と王家の橋渡し役でもあるのだろう。…そして恐らく、監視役も兼ねているのだろうな。


「それで…何を考えているんだい?嬢ちゃん。使者を出すことを止めるってことは何か考えがあるんだろ…?」


「ロメア。言葉を改めろ。メルル嬢はゼネルカーナ家当主の名代として訪れているのだぞ。…メルル嬢申し訳ない。」


 粗野な言葉使いをする母さんをテオドール卿が嗜める。


「いえいえ。構いませんよ。ロメア様もどうかそのままで」


 メルルは微笑みながら答える。


「実を言いますと、ストゥーピド伯爵領にて不穏な動きが見られまして、我がゼネルカーナ家にて調査をする予定なのですよ。…もちろん今回の件にてストゥーピド伯爵家に使者を送ることが全くの無意味とは申しません。ですが、折角なのですから確実に追い詰めたくはありませんか」


 メルルは少女のように、されど不敵に微笑んだ。


「ちっ…。追い詰めるのは賛成だがよぉ…。結局はアタシらは邪魔だから引っ込んでろってことだろ…?」


 母さんが顔をしかめながら言う。…確かに乱暴な言い方をすればその通りだ。…正に気分はFBIに追い出される地元警察…!


 こっからはゼネルカーナ家の管轄だ!地元領府は帰った!帰った!


「ロメア。そう嫌な顔をするな。お前は暴れられず不満かもしれないが、利点だけを考えれば悪くは無い話だぞ。それこそ使者を送って拗れれば戦争もありえるのだ」


「テオ。それは解かってるがよ。他人にケツ拭いてもらうのは好みじゃねぇんだよ」


 母さんが不満そうにうなだれる。まるでお預けを食らった子供のようだ。


 そんな二人のやり取りを見ていると、ナナがこちらに目線で合図を送る。…この目は面白いものを見つけたときの眼だ。爛々と輝いている。


 …何を言いたいか察した俺はゆっくりと頷く。声送りを使うまでも無い。


「メルル。尋ねたいのだがその調査はメルルも同行するのか?」


 俺が同意するやいなや、ナナは嬉々としてメルルに質問を投げかける。


「…?ええ…。今回は私が現地で指揮を取る予定ですけど…」


「なれば狩人を二人雇わないか?ネルカトル家の者を同行させるのは問題があるだろうが、狩人なら構わないだろう?」


 多少食い気味にナナがメルルに詰め寄る。


「あら、それは嬉しい提案ですね。ちょうど私と一緒に動いてくれる人員が欲しかったのです」


 メルルがナナの手を取り、嬉しそうに答える。


「待て…!ナナリー…貴族の調査となると普通の狩人の依頼と異なるのだぞ…!?」


 これは決定かと思えたが、テオドール卿が慌てて止めに入る。その慌てようは貴族ではなく父親のそれだ。


「父上。もちろん承知の上です。私が狩人として依頼を受けるべきと判断したのです」


 …受けるべきというか、こちらから提案した形だがな…。


「ぬぅ…。…ロメアも言ってやってくれ…!元狩人のお前なら、この手の依頼の危険性を知っているだろう…!」


 テオドール卿は母さんに助けを求める。…が、母さんは冒険を楽しむ人だ。止めるとは思えない。


「…テオ。嬢ちゃんが覚悟してやるって言ってんのに、それを止めるようなだせぇ真似できるかよ。…ナナ。アタシの代わりに殴ってきておくれよ」


 案の定、母さんはナナの味方をする。


「テオドール卿。狩人として上り詰めるには、このような依頼も避けては通れません。俺もできればナナの意見を尊重したいと思います」


 俺もテオドール卿を説得させるために後押しをする。狩人として自立しているナナが依頼を受けるのに、テオドール卿の許可は要らないのだが、できれば納得の上で応援をしてほしい。


 …?音も無いのに…父さんの口元が動いている。声送りで父さんも説得してくれているのか。注意してようやく分かる程度。驚くべき静謐性だ。


「…分かった。それならば了承しよう…。ナナリー。くれぐれも気をつけるんだぞ…」


 皆に説得されて、ようやくテオドール卿も納得してくれた。


「それならば、早速ナナとハルト様と打ち合わせをいたしましょうか。ナナ、どこかいい場所に案内してくださる?」


「そうだな。談話室に向かおうか。場所は覚えているかな?」


 メルルとナナが部屋を後にする。俺も後に続いて部屋を出ようとしたが、後ろから声が掛かった。


「…ハルト君。くれぐれもナナリーのことを頼んだよ」


「ええ。任せてください。無謀なことはさせません」


 俺はテオドール卿を安心させるためにも、自信を持って言い切った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ちょっと強引なんで今後改定するかもです。 作者。

2023/02/18 改定

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