第44話 銀髪の君

◇銀髪の君◇


「一年程度しか離れていなかったのに、随分いろんな店が増えたな」


「あぁ最近はいろんな商会が参入してきているらしい。例の事情もあって裏の確認をとるのが大変と父上がぼやいていたよ」


 ローブの発注が終わり、今はナナと街を散策している。流石にすでに手は握っていない。俺のほうから握ると、今日のナナはバグってしまう。ナナさんモードは休止中らしい。


 領都の大通りには様々な店舗で賑わっている。テラス席のあるお洒落な店も多く、お昼にはそういった店にお邪魔した。男一人で入るには敷居が高かったが、ナナと一緒であれば問題ない。ちなみにマッシュポテトのサラダが人気のお店だ。


 大通りを進んでいけば、露天市が顔を覗かせる。活気はあったものの、どこか粗雑な印象のあった露天市も今では整備されており、屋台街と言った方が似合うだろう。


「お、ラズベリーか。マジェアが好きなんだ。少し買って帰ろう」


「…あいかわらずマジェア嬢に甘いのだな…。まぁ、お土産を買って帰るのは賛成だ。カシスとブラックベリーも買って、ベリーのタルトにでもしないか?」


 ナナが嬉しい提案をしてくれる。お土産のつもりだったが、俺も楽しめそうだ。甘めに作ってもらい、コーヒーと一緒に頂こう。ちなみにコーヒーはちょっとお高いが普及してる。現在は煮出し式コーヒー派とティーバック式コーヒーが鎬を削っている状況だ。

 

 俺は籠にフルーツを詰め、ナナと共に街の散策を再開する。


 そのとき…少し、嫌な風を俺は捉えた。


『ナナ。…警戒態勢。次の路地を右に…』


『…!?…分かった』


 俺は他者に聞こえないよう、声送りでナナに支持を出す。


 雑多な方向に進む人々の流れの中で、俺らの後を追跡するような者たちを感じ取る。


『…追跡者がいるな。二名…、いやそれをカバーするように動く奴らもいるな…。確認できるできるだけでも六名だ』


『領兵ではないぞ。護衛をつけるなら私に一報が入るはずだ…』


 テオドール卿が俺を警戒して内密につけた監視員…と、考えるのは安楽的過ぎるな。そもそも狩人としてナナと共に活動しているのだ。ある程度は俺もテオドール卿に信頼されているはずだ。


『まずいな…追跡に慣れた動き…。結構な錬度があるぞ』


『戦闘能力は不明だが…奴らと考えて動いたほうが良さそうだな』


 俺とナナは路地裏を警戒しながら歩く。追跡に気付いていることは、まだ向こうには知られていないはずだ。逸る気持ちもあるが、通常と同じ速度を維持する。


『…!?前方に回り込んだ人員が居る…!次の路地を左だ』


『…どうやら、こちらが領館に向かっていることは知られているようだな。衛兵の駐在所などに向かうか…?』


 俺らは追跡者をかわすようにして進路を選択する。こちらの進路を遮るように展開するものの、追跡者は距離を詰めるような素振りを見せることはない。


『これは…誘導されている…?』


『どうする…?逃げて逃げてを繰り返して袋の鼠になるくらいならば、一回どこかで冒険をしてみるか?』


 確かに安牌あんぱいを切り続けて逃げ道を失うなら、早めに冒険して罠を食い破るべきだ。


『…面白れぇ…!俺相手に追い込み漁か…!』


 受けて立とうじゃねぇか…!


『ハルト。以前言っていた霧を出す魔法はどうだ?』


『残念ながらここは湿度が低い。水場があればナナに気化させてもう方法もあるが…』


 あいにく街中でそんな場所は水道橋くらいだ。


『ナナ…ちょうど今は後方の追跡者は一人だけだ。ナナはそのまま待機して、追跡者と対面してくれ。俺は屋根に上り追跡者の後ろに出る。…挟み討ちといこう』


『わかった。…無茶はするなよ』


 角を曲がり、追跡者との視線が切れた瞬間、俺は風を操り建物の外壁を垂直に駆け上る。俺はそのまま屋根伝いに移動し、後方から来る追跡者の後ろに降り立った。


 今、追跡者はちょうど角を曲がったところだ。角を曲がった先にはナナしかおらず、俺の姿が無い。その状況に多少焦っているのを感じる。


 俺はそのまま後ろから追跡者に忍び寄り、首筋にマチェットを当てる。


「…何者だ?所属と目的は?」


「…何のことだ?俺はただ道を歩いていただけなのだが…?」


 追跡者は両手を軽く挙げながら弁明する。どこにでも居そうな男だが、すぐさまこんな反応をする限り、一般人では無いのは明確だ。


「ハルト。こいつがそうか」


 前方から歩いてきたナナが俺に声を掛ける。まだ剣を抜いてはいないものの、いつでも抜けるように柄に手を添えている。


「…ここで問答している時間は無い。拘束して詰め所に連れて行こう」


 俺はナナに追跡者の手足を縛るように目線で合図をする。


「待て…!こちらはそちらに危害を加えるつもりは無い…!ゼネルカーナ家の使いだ…!」


 こちらが確信を持っていることに感づいたのだろう。慌てるようにして言い放った。


 ゼネルカーナ家…。テオドール卿の話に出ていた王家の影か…。


「それを証明する物は…?」


「懐に紋章入りの短剣が入っている…」


 ナナは男の挙動に注意しながら、短剣を確認する。


「…本物だ。何故、ゼネルカーナの者がこんなまねを…?」


 不審に思うような顔をしてナナが問い詰める。


「…メルルお嬢様が、この先の広場でお待ちになっている…。できれば案内をしたいんだが…」


 どうする?そう問うように俺はナナに目線を向けた。


「…行こう。メルルならやりそうなことだ…」


 ナナは額を押さえるようにしてため息をついてからそう言った。


「分かった。…アンタ。悪いが後ろ手に縛らしてもらうよ」


「ああ。…構わない」


 そうして、俺は男の腕を縛り上げ、共に路地の先へと足を運ぶのであった。



 俺らは案内のもと、広場へ足を踏み入れる。そこは、広場とはいっても路地裏に存在する井戸を中心とした空間で、辺りには人の気配も無い空間であった。恐らく、朝方であれば水を汲みに来る人たちで井戸端会議が開かれるような場所なのだろう。


 その空間で俺らを待っていたのは二人の人物。一人は長い銀髪のお嬢様。胸元にはサファイアのペンダントを付けている。メルルと言う名前を聞いた時点で感づいてはいたが、幼少の折に家の店にナナと共に訪れたお嬢様だろう。


 もう一人はメルルお嬢様の傍に控えるメイド。青みがかった白髪の凛とした雰囲気の女性で、頭には獣耳がついている。恐らく、犬か狼の獣人であろう。


「あら。予想していた状況とは異なりますけど、ゴルムが失敗したのかしら?」


「申し訳ありません。メルルお嬢様。追跡途中で捕まりました」


 メイドの腰元には大きめの水筒が確認できる。俺は念のため警戒度を上げる。魔法とはその場にあるものを操ることが基本で、物質顕現はほぼ不可能だ。つまり、街中でも水筒を持ち歩くのは水魔法使いの可能性が高い。


 一応、無から物質を作り出すように見える魔法もあるが、それは一時的なものであり、魔法で作り出した物は幻と言われている。制御や出力を止めてしまえば、消え去ってしまうからだ。そもそも魂は普段は自身の存在の顕現に使われている。恒久的な物質の顕現を行えば、その分自分の存在が削れてしまう。


「たるんでいますね。後で訓練を追加しましょう」


 メイドの女性は冷たく言い放った。


「ルナ様。勘弁してください。死んでしまいます」


 追跡者の男。ゴルムと呼ばれた男は脅えた様子で答える。…メイドの女性はルナと言うのか…。


「メルル。久しぶりだな。だが、何でこんなことを?」


 ナナがメルルお嬢様に向かって言う。親しい友人だったのだろう。久しぶりの再開に嬉しそうな笑みを浮かべている。


 …しかし、メルルお嬢様の反応にはどこか冷たいものがある。


「ナナ。私は怒っているんですのよ?」


「怒る?」


 ナナがきょとんとした顔で言う。


「まず、一つは私に何の相談もせずに貴族を辞め、狩人になったことです。私達は親友と思っていたのですが、それは私の勘違いでして?」


 メルルお嬢様はつかつかとナナに詰め寄りながら言い放つ。


「えっと…、それは…その…」


「まぁ、それはいいでしょう。大方、あなたのことです。私に迷惑を掛けたくなかったとかそんな理由でしょう」


「そ、そうなのだ…!それに、私は私の力で進みたかったというか…」


 ナナはしどろもどろしながらも答える。


「二つ目は…!」


 メルルお嬢様が、ナナの唇に人差し指を当て、答えを遮るように言い放つ。


「二つ目は!心配している私をよそに、宝石の君と仲良く狩人をしていたことです!…分かりますか?あなたのことを心配して情報を集めてみれば、幼き日の憧れとイチャイチャしていると知った私の気持ちが…!」


「い…!イチャイチャなどとは…!」


「一つ目と二つ目、どちらか一つであれば、私もまだ我慢できましたわ。だけど両方そろうのは戴けません…!」


 メルルお嬢様はそう言うと、俺のほうを見て、にっこりと意味ありげな笑みを浮かべる。


「あぁ…自己紹介が遅れましたね。バルハルト様。私はメルル。メルル・ゼネルカーナと申します。どうかメルルとお呼び下さいまし」


 メルルお嬢様…。メルルさんはナナから離れると今度は俺のほうへ距離を詰めてきた。


「覚えておいでですか?私は幼き頃、バルハルト様と会ったことがありますのよ?ほら、このサファイアの首飾り。あなた様に選んでいただいた、私の大切な宝物です」


 そう言いながら、メルルさんは俺の手を取ると、そのままサファイアの煌く自身の胸元で抱きとめた。


「あ、ああ。覚えてるよ。ナナと一緒に来た銀髪の綺麗な子だろ…?俺のことはハルトでいいよ。」


「メルル!何をやっているのだ…!はしたないぞ…!」


 ナナはそう言いながら、メルルの胸元に抱きとめられた俺の手を奪うようにして強引に振りほどかせた。


「ナナ。いいじゃありませんか。あなたは散々ハルト様と一緒に居たのでしょう?」


 メルルさんはナナが掴む手とは逆の手を掴んでくる。…俺は唐突なモテ期に驚いている。まさかあの少女二人もモテ期の予兆だったのか…!俺のために争うなと言うべきだろうか…。


 だが、これが原因でナナと険悪になるのは何としても避けたい…!


「メ、メルルさん…。その、あまりくっつかれると…」


「さんだなんて他人行儀は辞めて下さい。どうかメルルと呼び捨てに…」


「メルル…!そもそも何をしに来たのだ…!先ほどの苦言を言いに来ただけではあるまい…!」


 ナナが怒りながら言い放つ。会った直後の嬉しそうな笑みは消え去っている。


「何をするも何も、あなたのお父様のために来たんですよ?…と言っても半分は無に帰しましたけど。私兵の所在はそちらも掴んだようですね」


 メルルが頬に人差し指を当てながら言う。そういえばメルルの家が情報をくれたんだったな。


「私兵…?ストゥーピド伯爵の件か?」


「そうですよ。私兵の所在の情報に加え、私ならば取り調べの結果を王家に伝えることもできますから、こうしてわざわざ足を運んだのです」


「そうか…それはすまない。助かるよ」


「いえ、いいんですよ。これくらい」


 俺を間に挟んだ状態で二人が会話する。


「それじゃあ。領館に赴きましょうか。取り調べも終わる頃では?」


「ああ。私も気にはなっていたのだ。結果を聞きにいこうか」


 そう言って二人は俺の手を引いて進み始める。この仲直りの早さ。親友というのも間違いではないらしい。


 メルルがもう片方の手を握っているからか、はたまたナナさんモードに入ったためか、その後もナナが俺の手を離すことは無かった。


 …手を繋いで仲良く領館に帰った俺らを見て、レイシア夫人は興奮したように喜んでいた。


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