第42話 俺の初めて

◇俺の初めて◇


「ここは場所がいい。ここならこの魔法が使える。…きり…」


 俺は風に働きかけ、辺りの気圧を下げる。それにより空気の温度も低下する。


 この辺は湿度が高い。恐らく近くに水場があるのだろう。そのような環境下で気圧を下げると、減圧により温度が下がり、霧が発生する。雲が発生するのと同じ原理だ。


「おい…霧が…」


「クソ…!近づけば見えるだろ!やるぞお前ら!」


 男共はいっせいに掛かってくるが、視界の大半が霧で覆われているため、その足は鈍い。手前の男共はまだしも、奥に居た男共には完全に俺の姿が隠されている。一方、俺は普段と同じように周囲を把握できている。


 俺は手前に居た男に斬り掛かった。すぐさま隣の男が切りかかってくるが、それを剣で受けとめる。そのまま流れるように、もう片手で斬り返すが防がれてしまう。


「おい!こっちだ!集まれ!」


(くそ…!流石に人数が多い…!それに錬度も意外と高い…!)


 霧といってもそこまで濃いものではない。俺のもとに集結するのは防げているが、近距離であれば俺の姿は相手にも見えてしまう。


(…!まずい…!?)


 先ほど斬りつけた男が、少女のほうへ向かっている。少女達も霧に包まれているため、最初の位置から殆ど動けていない。あてずっぽうで進んでいるのだろうが、このままでは人質に取られる可能性がある。


 俺はその男に駆け寄り、背後から斬り飛ばす。加減するつもりはない。命を奪う斬撃だ。


 男は俺に頚動脈を斬られ、首から血を噴出した。…初めて人間を殺したが、嫌悪感はそこまでない。戦闘の緊張感がそれを打ち消してくれているのだろうか。


 俺は再び霧に身を隠し、今度は別の男の頚動脈を背後から斬り飛ばす。それを繰り返し、加減が可能な何人かは殺すのではなく、足を斬り飛ばす。


 一撃離脱の霧の中からの強襲ならば、男共も対応ができていない。


「クソがぁああ!痛ええ!誰か!誰か来てくれ!」


「タスケテ…タスケテ…」


「ひぃぃい!首が…!ペルスの首が…!」


 そうすると、すでに戦場は多量の血を悲鳴で溢れることとなる。まだ十人ほどの男が霧の中に居るが、そいつらはもう動けないでいる。それもそうだ。辺りは悲鳴のオーケストラ。足を進めて見つかるのは青ざめた仲間の死体。まさにホラーゲームのような展開だ。


「降参だ!降参する!」


「馬鹿!叫ぶな!場所がばれるだろ!」


 ここまですればもう問題は無いだろう…すでに近くに領軍が来ているのも確認した。俺は残りの男達に追撃することをやめ、少女二人のもとへ足を運んだ。


「二人とも大丈夫?ゆっくりでいいから歩こうか?」


「あ!無事だったんですね…!その、急に霧が出てきたので…」


 男達が悲鳴を上げた辺りから、少女二人の周りに風壁を張っていたため、悲鳴を聞かずには済んでいるはずだ。


「この霧は俺の魔法。方角は分かるから着いてきて。…その、嫌じゃなかったら肩を貸すけど…」


「その…お願いします」


 俺は片方の女性に肩を貸し、領軍に向かって歩き始める。


『こちら、ハルトです。女性を保護して霧の中をそちらに向かっています』


 霧の端に領軍が到着したのを確認したため、声送りで連絡を入れる。


『ハルト君か。無事なようで安心した。この霧は君が?』


『はい。すぐさま晴らすこともできますが、どうしますか?四人を殺害、四人を行動不能にしておりますが、まだ戦闘可能な者が十人存在しています』


『…部隊の一つを霧の向こうに回りこませる。それまで霧を出しておいてくれ』


『分かりました。…見えていないでしょうけど、直ぐ近くまで来ております』


『ああ。…ありがとう。助かったよ』


 そう、会話をしているうちに、もう領軍の目前まで歩いてこれている。俺らの姿を確認すると、母さんがローブを持って駆け寄ってきた。


「おう。嬢ちゃん二人は無事か?」


 母さんが少女二人にローブを渡しながら言う。半分にした俺のローブでは、少々心もとなかったので助かった。


「はい。足を痛めてますが、それ以外はなんともありません」


「彼に、すんでのところで助けてもらえました」


 ようやく安心できたのだろう。二人はローブを纏うとその場にへたり込んだ。


「母さん。この二人を任せていい?ちょっと魔法を使い過ぎたから休みたい。今も霧が飛ばないように制御してるし」


「おう。良くやったな。あとは任せな」


 母さんは俺の頭を撫でる。いつもの撫で方より、少し優しい気がする。


「あの!ありがとうございました!」


「あなたが来てくれなければ…あいつらに…」


 少女二人が俺にお礼を言う。俺は笑顔を取り繕ってその場を後にした。


 その後、男達の捕縛のために霧を晴らしたが、捕縛は予想以上に簡単に終わった。男達は脅えきっており、領兵に助けを求めたほどだ。霧の中、一人、また一人と消えていくことが予想以上に怖かったらしい。


 そうして俺らは、十六名の男と四体の遺体を携え、街に帰還した。



「…寝れない…」


 その日の夜。俺は寝れない夜を過ごしていた。十中八九、人を殺した反動だろう。俺はグロ画像も平気だし、すでに獣の類は何体も殺しているから問題ないと思っていたが、こんな反動があるとは…。


 興奮して寝付けないのだ。別に人を殺すことに快楽を覚えている訳ではない。人を殺したことにより、体が異常事態と判断して、戦闘時の興奮を解かないのだ。


 そもそも、何故人を殺してはいけないのか。倫理や道徳からくる理由もあるが、極論を言ってしまえば社会が成り立たないからだ。


 人は群れを作る生物である。そのような生物は、時に個体の利益より群れの利益が優先される。そして殺人などの行為は群れの利益を著しく損なう。個体の利益のために群れの仲間を殺してしまっては群れを維持することができないのだ。


 逆に言ってしまえば、群れを害する個体は、もう群れの一員ではない。群れを攻撃する者は敵なので排除する必要がある。戦争も問題ない。あれは別の群れだ。自身の群れを護るためならば戦う必要がある。


 …そう、頭の中で理論武装をするが、俺の潜在意識はそう簡単に開き直ることができないらしい。そもそもこんな理論を頭の中でこねくり回す時点で、精神的に弱っている証拠なのだろう。


(余計なことを考えないためにも、羊でも数えたほうがいいか…?)


 …そうして数え始めた羊だが、十も数えぬ内にノックの音にて中断された。


「ハルト。起きているか?」


「…ナナか?どうしたこんな時間に?」


 俺が答えるとナナが部屋の中に入って来た。いつものような男らしい寝巻きではなく、女性物のワンピースの寝巻きなので、すこしドキッとしてしまう。


「なに。いつもの訓練さ。一緒に寝るぞ」


「は…!?なに言ってんだよ!テオドール卿にばれたら不味いことぐらい、ナナだって分かるだろ…!?」


 テオドール卿にも狩人の訓練と言って押し通すつもりか!?


「いいから、早く詰めろ。私は眠いのだ」


 ナナはそう言って有無を言わさず俺のベッドの中に侵入し、俺を抱き枕の如く抱きしめた。ナナの匂いが鼻腔に充満してクラクラする。


「お、おい…!」


「…ハルト。ロメア殿に聞いたぞ」


 ナナが真面目な雰囲気で話す。聞いたとは…俺が人を殺したことだろう。


「私は人を殺したことがない。…だが、死刑の執行を間近で見たことはある。貴族の責務故に見なくてはいけなかったのだ…」


 ナナは俺の言葉を待つことなく淡々と言葉を続ける。


「その日の夜はな、私も眠ることができなかった。…そんな私を母上がこんな風に抱きしめてくれたのだ。…そうすると不思議と眠ることができた」


 そう言ってナナは俺を抱きしめる腕に力を込めた。…確かに、不思議と安心する。


「さぁ、お休みハルト。…私の相棒よ」


「…ありがとう。ナナ…」


 俺とナナはゆっくりと瞼を閉じる。


 そして、いつの間にか意識は眠りへと落ちていった。


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