第41話 俺の抜け駆け
◇俺の抜け駆け◇
「前方、斥候らしき人員を確認しました」
「二番隊は裏手に回れ。三分後、一番隊と三番隊にて斥候兵と接触し、その
俺は領軍と共に、昨日確認した武装集団の野営地の近くに迫っていた。斥候が居るという事は、奴らは動くこと無くまだあそこに滞在しているのだろう。
捕捉した斥候兵は二名。倒木の幹を椅子にして腰掛けている。斥候らしきと表現はしたが、周囲の警戒はおざなりだ。やる気のなさが滲み出ている。
「悪いね。ハルト君。またつき合わせて」
「いえ、俺にとってもいい経験です」
…そう、俺はナナと違い斥候兵として領軍に同行をしている。それもこれも、我が母の一存である。
朝、俺が軍に同行すると知ったナナは、それはもうお菓子売り場の子供の如く、駄々をこねていた。それでもナナの同行は許されることは無く、最終的にはレイシア夫人に首根っこを掴まれて回収されていった。
「ハルト。分かっていると思うが、向こうが気付くと同時に風を張れよ?」
「もちろん。連絡の妨害でしょ?」
俺は母さんに向かって答える。部隊長も俺に向かって、よろしく頼むと声を掛けた。
「時間だ…。斥候兵に接触する」
ちなみに部隊長は、幼少の頃にジーン商会の捕縛劇の音頭を取っていたおっさんだ。あの頃から更に出世をしたようだ。
「お前たち、そこで何をしている?」
「あ?なんだお前ら?」
俺らが繁みから現れると、二名の斥候らしき輩は即座に立ち上がり、腰の剣に手を添えた。俺は奴らがこちらに気付くと同時に、風壁の魔法を展開する。これで大声や笛などで他と連絡を取ることは不可能だ。
「こちらは領軍だ。不穏な一団が居ると通報があったためこちらに赴いた。お前たちはここで何をしている」
領軍という単語を聞いて、斥候らしき輩は顔色を変えた。目線だけを動かしこちらの人数を確認しているようだが、既に自身が囲まれていることに気付き、渋い顔をしている。
「へぇ…俺らは狩人です。今は休憩しておりましたが…」
「ほう。ギルド証を確認させてもらおうか」
二人組みは、部隊長のおっさんにギルド証を投げ渡す。ちらりと見た感じでは本物のギルド証に見えた。二人組みも、ギルド証を渡すことに躊躇いがなかったことから、恐らく本物のギルド証なのだろう。
「…それでは支部長殿。確認を頼む」
部隊長のおっさんは、その二つのギルド証を後ろに居た初老の男性に手渡す。領軍に同行していた、俺と同じ部外者の一人。狩人ギルドの支部長だ。
…支部長は本来、このような作戦には同行することはないのだが、朝早く領府に呼び出され、テオドール卿に例の手紙の件を遠まわしにネチネチと責められた後、この作戦に同行することを余儀なく承諾させられたのだ。かわいそうに。
「ふむ。この識別番号は我がギルドで登録された物ではないな」
支部長は手元の書類とギルド証の番号を見比べながら確認する。
「…どうやら、移籍届けが出ている者の一覧にも…当該する番号は存在しないようだな」
部隊長のおっさんは、どういうことだ?と詰問するように二人を睨む。
「すまねぇ。来たばかりでよ。行きがけに採集でもと思ってな」
そう言って男は懐から移籍届けを取り出し部隊長に渡す。支部長までもが同行しているとは想定外であったのだろう。焦っている様子が伺える。
「ふむ。ストゥーピド伯爵領の狩人ギルドからか…」
「残念ながらストゥーピド伯爵領の狩人ギルドは、少し前に書類の偽装が発覚しましてな。今はこの領を含む複数の領で、かの領のギルドの書類は一時失効しております」
支部長は部隊長の手元の書類を覗き見ながら淡々と告げる。
「なっ!?失効…!?」
「ええ。銀級のギルド証とそれに伴う移籍届けに虚偽が露見しましてな」
俺の耳には『あのクソガキ…』と微かに呟いた悪態が届いた。やはり繋がりがあったのか。
「悪いが拘束させてもらう。もちろん抵抗はしないよな?」
部隊長のおっさんと数人の領兵が距離を詰める。二人の斥候兵は後ずさるが、既に後ろにも領兵が展開している。
男のうち片方が、胸元から笛を取り出し勢い良く吹き鳴らす。が、周囲には俺が風壁の魔法を展開しており、領軍もそのことを承知している。
…しかし、男たちは腰の剣を抜き放った。どうやら徹底抗戦を選んだようだ。笛の音でやってくる援軍を期待したのだろう。
「ハルト。念のため風壁の外の索敵をしとけ」
母さんから俺に指示が飛ぶ。指示に従い、俺は風壁を展開したまま、外部からの音を収集する。
音を遮断する風壁と、音を集める音寄せの同時展開は中々に高度なことだが、今は回りに領兵がいるから魔法に集中することができる。
「…妙に騒がしい?こちらに向かって来る音はないけど…」
俺の耳には不穏なざわめきを捕らえた。そのざわめきは奴らの野営地のほうから聞こえてくる。
より鮮明な音を拾うため、音寄せの魔法を奴らの野営地に向けて更に伸ばしていく。
『…めて!触らないで!』
『止めろ!お前らぁ!近づくな!』
『おうおう。お前らちゃんと抑えとけよぉ』
『変に傷つけるなよぉ!全員に回すまで、もたなくなるからよぉ!』
俺の耳には女の悲鳴と男の下卑た会話が聞こえてくる。
「母さん!部隊長!目標の野営地にて女性が襲われている!」
俺は叫ぶようにして報告をする。
「何!?…二番隊と三番隊は先に向かえ!被害者の保護を優先しろ!」
指示を受け二番隊と三番隊が行動に起こす。一番隊はその穴をカバーするように即座に展開する。
間に合うだろうか…!?俺の耳には今もなお悲鳴が聞こえている…!悩んでる暇すら惜しい…!
「俺も向かいます!俺が一番速い!」
俺は部隊長に向かって叫ぶ。風壁は流石に維持できなくなるが、今はもう緊急事態だ。
「行ってこい!ハルトォ!…いざというときは
走り始めた俺の背中に母さんからの檄が飛ぶ。その声も追い風として俺は駆け抜ける。
「
前方の空気を圧縮することで負圧を発生させ、俺の体を前方に引き寄せる。同時に圧縮した空気を背後に流し、開放させることで俺を前方に押し出す。
この圧縮と開放を連続して行い、俺の体は疾風もかくやいう速度で森を駆け抜ける。
もはや、俺の脚は体を押し出すためではなく、転ばないように動かしていると言ったほうが良いだろう。視界の端では木々の緑が線となり、俺の後方へと流れていく。
進路の先には妨害するかのように枝や幹が鎮座しているが、それらが俺の体に触れることはない。俺の体の前方から後方へと流れる風が鎧となり、体を滑らすように障害物から遠ざけるのだ。
「見えた…!…止まっている暇はねぇよなぁ!」
俺は視界に事件現場を捉えたが、既に二人の少女の鎧は外され着物は破かれ、地面に押し倒されている。気の早い奴にいたっては下部装甲を脱ぎ始め、品のない笑みを浮かべている。
「速度は十分…!…
俺は更に体を加速させ、男の集団に目掛けて飛び込んだ…!
油断しきっている男共に目掛けて、俺が着弾する…!
「ぐばぁッあ!!」
ボーリングのピンの如く男共が吹き飛ばされる。そして俺は少女二人と男共の間を分かつように立ちふさがった。
「大丈夫か!?」
俺は即座に少女の容態を確認する。ちょっと荒っぽい乱入方法であったが、少女二人には怪我は無さそうだ。男共に負わされた怪我も、多少の打ち身や擦り傷ですんでいるようだ。
未だに油断ならない局面だが、俺の唐突な出現に男共も呆けている。その隙に俺はマントを脱ぎ、二つに切り裂いてから少女二人に渡す。戦闘に集中するためにも胸や下半身は隠してほしい。
「あ、ありがとうございます!助かりました!」
少女達も狩人のようだ。この状況に安堵することなく、男共に対して警戒するように注意を払い始めている。…片方の少女にいたっては折角マントを渡したのに体を隠すこともしていない。恥ずかしがっていれば死ぬ局面と判断したのだろう。
「…何かと思ったら英雄気取りの小僧一人かよ」
「痛ってぇえな…!こいつ…先にぶっ殺してやろうぜ!」
着弾の衝撃から復帰した男共が剣を抜き始める。何人かは慌ててズボンを上げている。いいぞ。待っててやるから早くその汚い物をしまってくれ。
「ここに来ているのは俺だけではない。すでに領軍がこちらに向かっている」
教えてしまえばこいつらを逃がす可能性もあるが、背に腹は変えられない。
「ぎゃはははは!つくならもっとマシな嘘つけよ!」
…ですよねー。俺が領兵の格好をしているならまだしも、普通の狩人の格好だ。こんなこと言っても信じてはくれないか。
『君達、俺が来た方向わかる?領軍が来ているのは本当だ。俺が来た方向へ逃げるように動いてくれ』
俺は声送りで少女二人に指示をだす。
「わ、わかりました。ですが、…その…足が」
「ごめんなさい…立つので精一杯です…」
俺は視線を男共から切ることなく、風で少女達を確認する。…先ほどは気付かなかったが、二人の足は腫れ上がっている。逃げられないように、こいつらに潰されたのだろう。骨折はしていないようだが、走って逃げるのは難しいか…。
(…いざというときは躊躇うな…か…)
母さんの発言を思い返す。躊躇うなというのはそういうことなのだろう。
『分かった。ではそこを動かずじっとしていてくれ。大丈夫。護るから』
覚悟を決めるように少女二人に言葉を掛ける。
そして俺は周囲に新たな魔法を展開した。
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