第40話 帰郷の理由

◇帰郷の理由◇


「さあ、入ってくれたまえ。」


 俺らは執務室に入り、部屋の中央に備え付けられたソファーへと腰を落ち着けた。すかさずメイドが俺らの前に紅茶を配膳する。…ナナは迷うことなく、俺の隣へと腰掛けた。


「…まて、折角家族が居るのだからナナリーは何もハルト君の横に座らなくてもいいだろう」


「あなた…!そんなことを言うために集まったわけじゃないでしょうに…!」


 機嫌が悪くなるテオドール卿をレイシア夫人がたしなめる。…同衾したことは何が何でも秘密にする必要があるな。


「…さて、まずは二人に詳しい話をしようか。ハルト君もご家族が領館で保護されているとなると気が気じゃないだろう」


 テオドール卿は不機嫌な様子で語り始めた。


「まずはそうだな…レイシア。例のものを二人に見せてくれ」


「えぇ。分かったわ」


 そう言ってレイシア夫人は腕を自身のうなじに伸ばし、身に付けているペンダントを服の下から引き出した。何故、ペンダントを隠すように付けているのかと思ったが、そのペンダントトップを見て納得した。


 これは普段使いには過剰。かといって目の届かぬ所に仕舞っておくのも不安なので、常に身に付けているのだろう。


「これは…、父さん。完成させたんだ」


 俺の発言を聞いて、父さんは静かに頷いた。


 俺の目の前には、魔道灯の明かりの下で眩いほどの煌きを見せるダイアモンドが置かれている。入射した光を全て反射するとされるアイデアルカットのダイアモンドだ。


「最近の社交界ではこの宝石の話で持ちきりだ。それこそ、他の貴族がよからぬ考えを持つほどにな…」


「よからぬ考え…、ですか…」


 宝石は人心を惑わすというが、その魔性に取り付かれたのか…はたまた金のためか…。


「先日、王家の影であるゼネルカーナ家より知らせが入った。ストゥーピド伯爵家が宝石を入手するために私兵を動かしていると」


 …ストゥーピド伯爵家の名前は聞いたことがある。幼き日、この領にて酩酊草をばら撒いたジーン商会。その後ろ盾となっていた貴族がストゥーピド伯爵家だ。


「もしかして保護というのは…」


「あぁ。目的が単なる宝石の買い付けですまないことは明白だ。現状、宝石をこのように加工できるのはヴィニア殿のみ。恐らくはヴィニア殿の身柄を押さえることを目的としているのだろう」


「まぁ僕だけならともかく、マジェアもいるからね。…テオドール様、格別の扱いに今一度感謝申し上げます」


 父さんが恭しく礼を述べる。確かに腕の立つ父さんや母さんだけなら、私兵などどうとでもできるが、まだ幼いマジェアには危険を退ける程の力はない。そのために俺の家族を領館にて保護してくれたのか。


「あの家は何故かは知らんが我が家を目の敵にしていてな。先日も、その家の者が我が領でおいたをしたそうだ。なんでも狩人のランクの不正操作をしたらしい」


 テオドール卿の話を聞いて俺とナナは目を合わせる。おおかた、アウレリアでナナに絡んだという男の話だろう。既にギルド経由で話は伝わっていたか。


「父上。恐らくその話についての手紙を預かっております」


 ナナは懐から手紙を取り出し、テオドール卿に手渡した。…テオドール卿はその手紙を読み始めたが、見る見るうちに顔が赤く染まっていく。


「まさかナナリーがいさかいになった相手だったとは…!あの支部長の狸め…!情報を絞りおったな…!」


 …どうやら、ナナが関係していたことは伏せられていたようだ。


「…なんでそいつは目の敵にしている家の領なんかに…?」


 竜狩りの噂を聞きつけて、おこぼれに預かろうとしたのだろうか…?


「情報を得るためだ。貴族の肩書きを使えば彫金ギルドから職人の所在を聞きだせる。秘するよう先に手を回していたのだがな…。アウレリアに遊山しに行ってたとなると、どこかから漏れたと判断したほうがいいだろうな」


 俺の疑問にテオドール卿が答えてくれる。父さんが製作者だということは向こうも掴んでいるのか…。


 ミシェルさんも領都のハーフリングがダイアモンド研磨を発明したと知っていた。おそらく、業界の人の間には、父さんのことは広まってしまっているのだろう。


「それで、守りを固めてたんだがよぉ。帰郷の土産にいい情報を持って帰ってきたらしいじゃないか?」


 母さんがほくそ笑んで俺を見つめる。やはりあの一団は他領の、ストゥーピド伯爵家の私兵であったのか。


「えぇ。領都近郊の森の中に二十名の武装集団が潜んでいるのを発見しました」


「上等だ。こっちから攻め切れなかったが、これで攻勢に出れるってもんだ」


 母さんは快活そうに笑いながら言う。領館に缶詰にされて、憂さが溜まっていたのだろう。守り一辺倒は母さんの性に合わないだろうしな…。


「父上、外門の衛兵には報告をしましたが、領軍のほうは…」


「既に監視のために偵察兵を向かわせている。明日の日中には領軍を現地に向かわせる予定だ」


 夜間は避けて日中に仕掛けるのか…。それもそうか。あの一団も怪しいというだけで、まだ明確な犯罪を犯しているわけではない。そのため、夜討ちするわけにはいかないのか。面倒だが、まずは勧告を行ってからの捕縛になるのだろう。


「ナナリア。分かっているとは思いますが、あなたはお留守番ですよ?」


 やる気を見せているナナに向けてレイシア夫人が忠告をする。


「…!?何故です母上…!?」


「当たり前じゃない。それは領軍のお仕事よ」


 至極全うな意見だ。少なくてもここからは狩人の仕事ではない。


「くぅう…!ハルト…!ハルトも何とか言ってくれ…!」


 ナナが俺の肩を掴みながら揺らす。おいおい。控えてくれ。テオドール卿の眉間の皺が増えてるぞ。


「ナナ。レイシア夫人の言い分が正しい。…久々に帰ってきたんだ。ゆっくり羽を伸ばすのも良いだろう?」


「その通りだ。ナナリー。家にいる間は休みなさい。…さて、話も一段落したことだし、この辺にして夕餉にしようか。」


 ナナは見るからに不機嫌になっている。俺の肩口を掴んだ手は不満そうに揺らされている。


「ナナリア。そんな顔をしないで頂戴。晩餐はお祝いなのよ?」


 レイシア夫人がナナに語りかける。…祝い?帰郷の祝いだろうか?


「そうだ。思いのほか二人の帰郷が早かったので、準備が万全ではないがな」


「お祝いですか?」


 ナナが二人に聞き返す。


「そうよ。二人の若き竜狩りを讃えるお祝いよ」


 そういってレイシア夫人は満面の笑みを浮かべた。



「それでは…!我らが竜狩りを讃えて…乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 食堂には、俺やナナの家族だけでなく、使用人や領府の人間も集まっている。準備が万全ではないと言ってた割には豪勢な立食パーティーだ。…俺らが帰ってきたのは夕刻だが、そこから大急ぎで準備したのだろうか…。ちょっと申し訳ない…。


 ナナの回りには既に何人もの人が集まっている。ホームグラウンドだけあって知り合いも多いのだろう。


「兄ちゃ…!狩りの話…!聞かして…!」


「ハルトさん。僕も聞きたいです」


 マジェアがレリウス君を引き連れてこちらにやってきた。後ろには父さんと母さんも付いてきている。


「いいぞ。マジェア。…それとレリウス君」


 俺は話をねだるマジェアに竜狩りの話を聞かせる。レリウス君もいるから、ナナの活躍を多少盛って話そう。


「凄い…!兄ちゃ…!竜大きかった…?」


「そりゃあもうでかかったぞ。それでも竜の中では小柄なほうと言うから驚きだ。…そういえばテオドール卿に頭殻が献上されたはずだけど見ていないのかい?」


「ハルトさん。献上された品はまだ父上と一部の人間しか見ておりません。…今日がそのお披露目ですので」


 レリウス君はそう言うと、テオドール卿のほうに視線をやった。丁度、テオドール卿のもとには、布に隠された台座が運び込まれていた。


「皆の者、歓談しながら聞いてくれ。竜狩りの献上品を今宵お披露目しようじゃないか。…さぁこれが鎧地竜ボスゴレブレの頭殻と、その首を刎ねた竜断ちだ…!」


 テオドール卿のスピーチに合わせて、台座の布が取り払われる。そこには記憶に新しい、かの竜の頭殻と岩に食い込んだあの剣が鎮座していた。


「兄ちゃ…!あれ竜の頭…!?」


「ああ。頭というか、その一部だな」


 マジェアが興奮して飛び跳ねる。そしてそのままレリウス君と共に頭殻のもとに歩み寄り、二人してぺちぺちと頭殻を触っている。


 そんな二人を遠めに眺めていると、俺の頭に母さんの手が置かれた。


「ハルト。おめぇがあの剣で竜を仕留めたらしいじゃねぇか」


 よくやった。そういって母さんは俺の頭を撫でてくれた。いつものように雑な撫で方だ。瞬く間に俺の髪の毛がぐしゃぐしゃになっていく。


「ふふふ。竜の首を刎ねるだなんて、母さんはともかく、僕でもできたことはないんだよ?」


 父さんも俺の頭に手を伸ばし撫でてくれる。父さんは丁寧に撫でてくれるので、母さんによってぐしゃぐしゃにされた頭髪が直されていく。


「…!?マジェアも撫でる…!」


 俺のもとに戻ってきたマジェアが、撫でられている俺を見て参加を表明する。…そして再びマジェアの手によって頭髪がぐしゃぐしゃに戻されてゆく。


 こうして、俺は家族に囲まれながら帰郷の夜を過ごしていくのであった。



「ね、ね。ハルト君。ナナリアとはどこまでいったの?」


「えぇと…、俺とナナはパーティーメンバーですので、そういったことは…」


 …家族団欒だけでは終わらなかった。俺は今、レイシア夫人の追求を受けている。


「あらそうなの?…それにしてはずいぶん仲が良さそうだったけどぉ?」


 言えない。お宅のお嬢さんに時折抱き枕にされているだなんて…。


「ええ。仲がいいのは間違いでは有りませんよ。運命を共にするチームですので…」


「ふふふ。ハルト君にその気があるのなら、ぜんぜん構わないのよ?あの人は文句を言うでしょうけど、私が説得するわ」


「そのですね…。今はお互いに一人前の狩人になるのが目標ですので…」


「あら!ということはナナリアのことも満更じゃないのね?これは嬉しいこと聞けちゃったわぁ」


 やばいよ…。レイシア夫人が思いのほかしぶとい。…俺は先ほどからナナに助けの目線を投げかけているのに、なぜかナナはスルーしてくる…。


 おいナナ!いま目が合ったよな…!?


 結局、レイシア夫人の追求は宴の終わりまで続くのであった。


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