第39話 空も飛べるはず

◇空も飛べるはず◇


「凄い!ハルト!私は今!鳥になっている!!」


 遥かなる空の上、俺らはハンググライダーに乗って飛行をしていた。伏せの姿勢になって搭乗している俺の真上、同じように伏せの姿勢で搭乗しているナナが飛び立ってから終始叫び続けている。


「もぉおお!何でこんな楽しい物を黙っていたんだ!もぉおお!」


「ナナ。安定飛行中は音寄せと声送りの魔法を使ってるから、叫ばなくても聞こえているぞ」


 ナナは興奮を示すようにばたばたと手足を動かしている。頼むから落ち着いてくれ。叫ぶ分には問題ないが、必要以上に動かれると飛行に支障をきたす。


「す、すまない…!つい興奮してしまって…!しかし空を飛べば誰だってこうなるぞ…!」


 まぁ前世でもハンググライダーで飛行するだなんてそうそう経験できることじゃないしな。


「はぁ…風が気持ちいい…。…これがハルトの感じる世界なのだろうな…」


 落ち着きを取り戻したナナが、辺りを眺めているのを感じる。右手には山々が稜線を描き、左には点々と森が続き、合間には畑や村が見て取れる。


 ハンググライダーは風を掴み、空を滑るように進んでいく。そんな中、周囲に展開している風にとある反応を捉えた。


「ナナ。後ろを見てみろ。お客さんだ。それも団体のな」


「…?ぉおお…!これはどういうことだ…?」


 俺らの後方には、左右に並ぶようにして雁の群れが羽ばたいていた。地上から見上げれば、丁度俺らを頂点にしたV字を描く編隊が確認できるだろう。


「俺らを風除けにしてるんだろ。それに俺の周りには飛ぶのに適した風が吹いている」


「ふふふ。なるほどな。良いではないか。少しぐらい翼を貸して上げても」


 ナナは嬉しそうに言い放った。餌でもあれば嬉々としてばら撒きそうだ。かく言う俺もこんなサプライズに気分が高揚している。


「さぁ行こうハルト!鳥達を引き連れて空を進もう!」


「あいあいさー」


 ちょっと余分に力を使ってしまうが、俺は雁の群れも包み込むように風を吹かせた。



「ナナ。もうそろそろ領都が見えてくるぞ」


 俺は雁の群れと別れた後も順調に進んだ。ナナは雁の群れが気に入ったようで、群れと進路が分かれたときは、そちらに進路変更するようにごねた程だ。


「…んん?ハルト。少し左に舵を取れるか?」


「左?領都はこのまま真っ直ぐだぞ?この辺は記憶にある地形だから間違いない」


 既にこの辺は領都で依頼を受けていたころに足を運んだ辺りだ。因みに舵を右に切れば蟹狩りの渓流が見えてくるはずだ。…今年の蟹は沢山取れたのだろうか。辺境都市アウレリアでも出回ったが、予想以上に高価だったので驚いた記憶がある。


「ハルトも見てくれ。左方の森の切れ目だ。ほら、あそこ」


 ナナが俺の真上で指を差した。俺はその指の示す位置に向かって目を凝らす。


「あれは煮炊きの煙か?」


 ナナの示す方向には煙が上がっていた。ただの煙なら、行商人や狩人があげている可能性があるが、それにしては不自然な点が多い。


「…あの位置なら、街道までそこまで掛からない。わざわざ森の中で火を熾す理由がないな」


 苔豚のように特異な素材を処理してる可能性もなくはないが…。


「それに、見てみろ。木の枝に煙を当てることで煙を散らしている。あれは人間に対して身を隠す場合の作法だ。魔獣相手の狩人には関係ない」


 …考えれば考えるほど怪しい。かといってこんな領都の近くで盗賊というのも不自然だ。何かあれば直ぐにでも領軍がやってくる距離だ。

 

「…ナナ。少し離れた所に着陸しよう。念のために偵察を行う」


「ああ。…領軍の演習かなにかだといいのだが…」


 俺は風を操り、ハンググライダーの舵を森の奥へと向け、煙からは少し離れたところへ着陸させた。



「ナナ。ハンググライダーはここに置いておく。まずは偵察の予定だが…、何かあったらここに集合だ」


「わかった。まずは隠密行動だな」


 ナナはそう言うと背嚢からマントを二つ取り出し、片方を俺に渡す。このマントは態々特注したマントだ。リバーシブルに使うことができ、片方の表面にはいくつもの紐が縫い付けてある。


 俺とナナはその紐に、折った木の枝を括り付けていく。そうすることでこのマントはギリースーツのように葉を纏った姿になるのだ。デメリットとして動くとガサガサ音が出てしまうが、そこは風壁の魔法でどうにかする。


 木々を取り付け終わると、俺とナナはマントを羽織り、互いの身嗜みを確認確認しあう。


「ふむ。ハルト。ここが少し不自然だな。少々調整しよう」


「…ああ。ありがとう」


 ナナが俺の胸元に手を伸ばし、括り付けられた木々を弄り始める。…ネクタイを調整されているようで、少々こそばゆい。


 …俺も調整すると言ってナナの胸元に手を伸ばしたら、流石に怒るかな…?


「さて、じゃあ行こうか。今回の相手は魔獣じゃなくて人だ。いつも以上に気をつけてな」


 俺は装備を確認しながら、ナナに声を掛けた。


「あぁ。気を引き締めていこう」


 ナナも頷き、俺の後に続く。先ほどの遊覧飛行にはしゃいでいた少女の顔は鳴りを潜め、今ではもう戦士然とした顔付きになっていた。



「ナナ。伏せろ。もう視認距離に入る」


 俺は横を進むナナに指示をだす。ナナは無言で頷き、俺の横で伏せる姿勢を取った。


「…いるな。それも複数人」


「あぁ。ナナにはあれが何に見える?」


 俺らの視線の先には、野営の準備をしている二十名ほどの一団がいた。その腰には剣を携え、鎧も着込んでいる。どうやら森の中で暢気にバーベキューと言うわけではなさそうだ。


「見てみろ、ハルト。装備を汚して狩人のように見せかけてはいるが…」


「あぁ…。剣も鎧も同じ形状。寄せ集めである狩人の集団が、同一規格の装備をするわけがない」


「あいつらは狩人のクランメンバーや傭兵団で、同一規格品を採用しているなどなら説明が付くだろうか?」


「そんな仲良しこよしのアットホームなクランがあるなら、俺も参加してみたいな」


 きっと飲み会とかは強制参加なのだろう。なんとも風通しの良さそうな職場だ。


「ナナ。…実際問題、あれは狩人ではない。もちろん盗賊でもない。装備が良すぎる」


「うちの領軍でもないぞ。装備の規格が違う。何より大半の者は顔見知りだ。…あいにく見知った顔はいないがな」


「…となると、恐らくは他領の私兵…」


 俺とナナは顔を見合す。テオドール卿からの不穏な手紙に、他領の私兵と見られる不審な団体。なんともキナ臭い話になってきたものだ。


「クソ…!大した話はしていないな。どいつもこいつも晩御飯にご執心らしい」


 俺は先ほどから音寄せの魔法を使っているが、所属や目的を示すような会話をしていない。…まさか、本当にバーベキューをしに来たんじゃないだろうな…?


「どうする。…もう直ぐ日暮れだ。夜の帳が落ちればハルトの独壇場だろう。そこで仕掛けるか?」


 確かに俺の感知能力に日の光は関係ない。闇に包まれれば、俺が一方的に奴らを把握できるだろう。


 しかし、敵戦力が不明なことと人数差が問題だ。


「…いや、流石に二人だけであの人数を拘束するのは困難だ。それに私兵なら魔法使い、あるいは金食い虫の魔術師がいる可能性もある」


 魔術師とは呪文や魔方陣、触媒などを使って魔法的現象を引き起こす存在だ。魔法使いもそれらを補佐として用いることがあるが、魔術師は魔法構築の全てをそれらで補う。


 …つまり、発動する度に高価な触媒などを使い捨てるのだ。そのため、戦闘に用いる者は少なく、大半の魔術師は魔道具職人だ。しかし、資金力のある貴族の私兵であれば、その限りではない…。


「確かにな…。すまんな、ハルト。気が逸っていたようだ」


「もう少し会話を盗聴したいが…戻ろう。日が暮れれば流石に飛べなくなる。まずは領都に報告だ」


 領都の程近くで謎の武力集団が展開しているというのは無視できない問題だが、逆に言ってしまえば領都に近いため、領軍にて容易く対応もできる。つまり、奴らがここにいるという情報こそ価値があるのだ。


 俺とナナはゆっくりと後退し、警戒しながらハンググライダーの元に戻るのであった。



「父上!只今戻りました!」


「おお!ナナリー!会いたかったよ!早かったじゃないか!」


 街に入ったときに会った領兵が、気を利かして先触れを出してくれたのだろう。俺らが領館にたどり着いたときには館の前にマジェアや母さん、父さん、…あとテオドール卿が待ち構えていた。知らない人もいるが、あれがナナの残りの家族であろう。


 ナナと会えた喜びのためか、テオドール卿の眉間には、以前には深々と刻まれていた皺が見られない。


「ただいま。父さん、母さん、マジェア」


「ハルト。元気そうだね。聞いたよ?竜狩りを成したんだって?」


「おう。無事みてぇだな。その歳で竜とはやるじゃねぇか」


「兄ちゃ…!おかえり…!」


 マジェアが俺の胸に飛び込んでくる…!見ない間に随分大きくなったものだ。 


「ははは。マジェア。久しぶり…!大きくなったね…本当に…大きく…」


 俺はマジェアの頭をなでる。…確実に同じ歳の時の俺より大きい。これ、身長抜かれないよね…?


 …マジェアのほうが巨人族の血が強く出ているため、筋力も俺より強くなるはずだ。不味いぞ。このままではナナに引き続きマジェアにまで、俺がお人形の如く抱っこされる未来がやってきてしまう…。


「ハルト。少しいいか?私の家族を紹介したい。ハルトとは初めて会うだろう?」


 俺が家族と再会を喜んでいたところ、ナナがご婦人と少年を引き連れて近づいてきた。


「あなたがハルト君ね。私はナナリアの母のレイシアです。ナナリアの助けになってくれて感謝いたします。…挨拶が中々できずごめんなさいね」


「僕は弟のレリウスです。姉がお世話になっております」


「いえ、僕のほうこそナナには大変助けられています。お互い様ですよ」


 この綺麗な方がナナのお母さんか。…そしてこの少年がマジェアとフラグが立つ可能性があるレリウス君か…。今はマジェアも領館に居るみたいだけど、変なことしてないよね…?


「皆の者、再会を喜ぶのもいいが、そろそろ館に入ろう。詳しい話を中でしようではないか」


 テオドール卿がその場に居る全員に声を掛ける。


 …その意見には賛成なのだが…ナナとの再会で一番浮き足立っていたテオドール卿の台詞と考えると釈然としない物がある…。


「話は執務室で…。寂しいだろうが、マジェア嬢は部屋に戻っていなさい。レリウス。お前がエスコートするのだ」


 おい待て…!マジェアのエスコートだと…!?


「ハルト。早く行くぞ。お前らが領兵に語った不審な集団って話も聞きてぇ」


 俺はマジェアとレリウス君の間を引き裂きたかったが、いつになく真剣な表情の母さんに止められてしまった。


「ほら、ハルト。何をしている。早く行くぞ」


 そうして、俺はナナに引っ張られながら執務室へと足を運ぶこととなった。


 …俺を引っ張るナナと引っ張られる俺を、レイシア婦人と母さんがニヤニヤと見つめてくる。…一方、テオドール卿は悪鬼の如く睨んでいる。彼の眉間には再び皺が戻っていた。


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