青年期01

第38話 風雲が急を告げる

◇風雲が急を告げる◇


「ナナさんにお手紙が届いております。…ネルカトル家からのようです」


 新しい装備を身につけてからしばらくの間、俺らは邁進するように依頼に取り込んだ。今日も新たに依頼を受けようと狩人ギルドに赴いたのだが、受付のリンキーさんから、ナナに手紙が渡された。


 なんだろう。また、帰郷の要請だろうか。竜狩りを行ってからと言うもの、落ち着いたと思われた帰郷を要請する手紙は更に増えた。良い機会なので帰郷しても良いのだが、俺もナナもお互いに新しい装備を使うのが楽しく、ここまでずるずると帰郷を引き伸ばしている。


 ちなみに、狩人ギルドにはナナがネルカトル家のお嬢様であることは知られている。というか、こちらから打ち明けた。内緒にして変に勘ぐられるより、正直に話してしまったほうが軋轢がないと判断したからだ。


「ハルト。すまんが急を要する手紙のようだ。内容を確認するので少し席に着こう」


 俺はナナに促され、併設されている酒場へと向かい椅子に腰掛けた。


 ナナは封蝋をあけ、手紙に目を通すがなにやら唸っている。…なにか重大なことが書かれているのだろうか。


 手紙を読み終わったナナは、確認するように再び手紙を最初から読み直す。そして、俺のほうを見据え、自身の耳を指先で叩いた。それは内緒話の合図だ。俺は即座に風壁の術を周囲に展開する。


「まず、この手紙にはハルトも関係している。…慌てないで聞いてほしいのだが、現在ハルトの家族は領館で保護されているらしい。」


「は?領館で保護…!?」


 何で俺の家族が!?…もしや、ナナと同衾したのがばれたのか…!?それで家族を人質に…!おのれ…テオドール卿…!卑怯なまねを…!


「保護の理由は書かれていない。…恐らく、手紙が盗み見られる可能性を考慮したのだろう。まずは、詳しい説明をするから至急帰ってくるように。というのがこの手紙の内容だ」


「…なるほど」


 同衾ではなく、ナナの帰郷のための人質か…!おのれテオドール卿…!


「どの道、そろそろ帰ろうとは思っていたが…、なにやら雲行きが怪しいな」


「ああ。ハルト。急ぎ帰還の準備をしようか」


 俺とナナは席から立ち上がる。そしてそのままギルドのカウンターに居るリンキーさんの元に向かった。


「リンキーさん。すいませんが、移籍の手続きをお願いします。ちょっと領都から呼び出しを食らいまして…」


「…はい。分かりました。手続きを行います。…ナナさんもご実家に?」


「…ええ。その予定ですが…」


 …なんだろう。リンキーさんはナナが実家と距離を置いているのを知っており、気を使ってあまり実家の話題には触れないはずなのだが…。


 俺の発言を聞いたリンキーさんは、多少考える素振りを見せた後、再び俺らに口を開いた。


「それでしたら少々、お時間を頂けませんか?直ぐにテオドール様に手紙をしたためます」


「手紙…?構いませんけど…」


 リンキーさんはナナの回答を聞くと、すぐさま手紙を用意するように他の職員に指示を出した。


「ええ。ナナさんはご存知かと思いますが、少し前にナナさんに絡んだフォイルという男についてテオドール様に報告がありまして…。一応、領都のギルドより連絡をするように手配はしておりますが、ナナさんに任せたほうが、確実に話が伝わりますので」


「ああ、あの情けない男か。あれから見ていないが街から出たのか?」


「ナナに…絡んだ男?」


 なんだそいつは。そんな不届き者がいたのか…?


「すまん。ナナ。出発は明日でいいかな。俺はちょっと…首を刎ねに行かねばならぬ」


 大丈夫。そいつをネックレスにしたら、直ぐに戻ってくるから。


「落ち着けハルト。心配してくれるのは、…その、嬉しいが。私は平気だ」


 誰の仲間に手を出してると思ってるんじゃい…!この罪はその血で濯ぐしかねぇよなぁ…?今宵のマチェットは血に飢えている…!


「…残念ながら、経歴偽装がばれましたので古巣に逃げ帰っているようです」


「経歴偽装…?銀級にしては弱かったが…そんなことになっていたのか」


「彼がこののギルドに提出した戦闘評価と実態がかけ離れていましたので、…少々尋問をいたしました。彼は一応貴族家の者らしく、その家と現地のギルドがなにやら不正を行ったそうでして…」


 続きは手紙に書かれております。と言って、リンキーさんは職員が持ってきた手紙をナナへと手渡した。ナナは手紙を受け取ると、懐に厳重にしまった。


 貴族家が絡む案件のため、領主に報告のための手紙か…。


「それではこちらが移籍手続きの書類になります。移籍先のギルドに提出してください」


 リンキーさんは今度は俺に書類を手渡したが、俺はそのままナナに書類を渡す。パーティーリーダーは俺だが、こういった書類やパーティー資金などの重要な物の管理はナナの担当になっている。


 …なにか有ったとき、ナナだけは逃がすつもりだからだ。


「それでは、リンキーさんもお世話になりました。状況によってはまた直ぐ戻ってきますので」


「ええ。お二人ともお気をつけて。…旅の無事をお祈りいたします」


 俺とナナはそのまま狩人ギルドを後にした。急いで挨拶回りをすれば、日の出ているうちにはこの街を発てるだろう。



「えぇー領都に戻っちゃうのー?二人にお願いしたいことがあったのにー」


「ふん。お前の頼みなんてどうせ碌なことじゃなかろう」


「ひどいよーブラッドさん。今回もーちゃんとしたお願いだよー」


 俺らは挨拶のためブラッドさんの工房を訪ねたが、都合の良い事にエイヴェリーさんも訪れて来ていた。…お願いとはな。クラン加入じゃないだろうな…。俺は嫌だぞ。


「ナナちゃん。ハルト君。直ぐに戻っちゃうの?」


「ええ。ミシェル殿。今日中には立つ予定です」


「それじゃ、軽く装備の点検しておこうか?大丈夫、直ぐ済むから」


 そう言ってミシェルさんは俺らの装備を確認し始めた。


 ほわわわ。ブラッドさんはエイヴェリーさんの相手をしているから、俺もミッシェルさんの手ずから確認をして貰える…!


「ハルト君、今日中に出るの?変なところで夜になっちゃうよ?」


 エイヴェリーさんはもっともなことを言ってくる。この世界では出発は日の出と同時が鉄則だ。宿場町なども、それを前提の距離に置かれている。


 だが大丈夫。俺にはハンググライダー秘策があるのだ。風に乗れば、数時間で領都まで帰還することができるはずだ。


「ええ、通常の移動手段ならそうなりますが、ちょっと変わった移動手段がありますので」


「ああ、例のあれ?確かにあれなら馬車よりも早いだろうね」


 ミシェルさんが俺の鎧を調べながら呟いた。


「おっと、ミシェルさん。具体的には内緒ですよ?」


 念のため、釘をさしておく。俺らが空を飛べるというのは一つの手札になる。安易に広めるわけにはいかないのだ。


「えー、そう言われると気になるなー」


 そう言いはするものの、エイヴェリーさんも深く追求するつもりはないようだ。手札を隠すのは狩人では良くあることだからだ。だが、合同で依頼を受けるのであれば注意は必要だ。そのような場面で必要以上に手札を隠す輩は嫌われる。


「ほら、剣も見せて。折角だから軽く研いであげる」


「すいません。助かります」


 俺は礼を述べながら、腰の剣を鞘ごとミシェルさんに渡す。ミシェルさんは剣を受け取ると、状態を確認しながら研ぎ始めた。


「領都に戻るならー連絡取りたいときはー領府にだしたほうがいいー?」


「いえ、狩人ギルドには顔を出すつもりですので、そちらに送ってくれれば確認いたしますよ」


 何だろう。さっきのお願い事とやらか…。おっさん関連の話でなければいいのだが。


「はい。研ぎ終わったよ。ちゃんと大切に使ってくれているみたいだね」


 ミシェルさんは研ぎ終わった剣に油をぬり、鞘に収め俺に渡した。俺はその剣を受け取り、再び腰に携えた。


「それでは失礼します。剣と鎧の確認ありがとうございました」


「三人ともお世話になりました。用事が終わればまた戻ってくる予定ですので」


「はいはーい。また会う日までー」


「二人とも、気をつけてね」


「達者でな…」


 俺とナナは三人に見送られながら工房を後にした。…懇意にしていた商店や食料店などにも顔を出しておこう。こうしてみると、意外とこの街にも俺らは馴染んでいたわけだ。…一年以上もこの街にいたんだ。当たり前か…。



 昼も通り過ぎ、ちょうど日没との中間頃。俺とナナは街門を抜けた先、広々とした野原に来ていた。


「そいつが前に時間を掛けて作っていた物か。一体どうやって使うか想像がつかんな」


「まあ今は分解してあるからな。まってろ今組み立てる」


 そう言って俺はハンググライダーを組み立て始める。分解してある状態だと、棒の束と畳まれた翼膜だ。流石にハンググライダーとは分かるまい。


「さぁ。ナナ組みあがってきたぞ。ここまでくれば予想がつくんじゃないか?」


 俺は翼膜を取り付けながらそう言った。後は搭乗部分を組み立てるだけだ。


「…すまない。ハルト。私には翼のついた台にしか見えない」


 流石にこの世界の記憶しかないナナには飛ぶという発想がないのだろうか。…いや、グリフォンライダーなるものも居るらしいし、気付く奴は気付くだろうな。


「おいおい。ナナ。…これを操縦するのは風魔法使いの俺だぞ?」


 風の魔法使いと翼。ここまで言えば分かるだろう。俺はゴーグルとヘルメットを被り、ナナにも同じ物を渡した。


「ハルト…。まさかとは思うが…」


「さあ、ナナ。乗ってみな。…飛ぶぞ…!」


 俺はナナの搭乗部分を叩きながらそう言った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る