第35話 夢見る乙女じゃいられない02

◇夢見る乙女じゃいられない02◇


「え?ハルト君ですか?午前中に倉庫の素材を取りに来ましたけど…」


 街を探し回ったが結局ハルトは見つからず、まさか依頼でも受けて街の外に出たのかと思い、狩人ギルドを訪ねてみたが、ここでようやくハルトの情報を手に入れることができた。


「素材…?ハルトは一体何をしているのだ?」


「ハルト君は何か作りたい物があると言ってましたが…」


 リンキーさんは首を傾げながら呟いた。何かを作っている…?…ハルトの肩書きの一つが罠師だ。二人しかいない私達の人手を補うために、時折ハルトは自作の罠を使う。そもそも、物作りと索敵に長けたハーフリングの狩人の正しい姿がそれだ。


 何かまた新しい罠でも作っているのだろうか…。いや、それにしては、朝食時の態度が妙に怪しかった…。


「むぅ…どこに向かったかは聞いているだろうか?」


「ごめんなさい…そこまでは…」


 リンキーさんは苦笑いしながら私に言う。


 …ハルトはどこに向かったのか。罠作りとなると宿に戻っているだろうか。いや、ハルトは彫金ギルドの準会員証を持っている。金は掛かるが貸し工房なるものが利用できるはずだ…。作業をするとなるとそちらに向かうか…?


「お嬢さん。お一人かな?良ければ僕たちと組まないかい?」


「うん?」


 私がハルトの行き先を推測していると、横合いから私に声が掛かった。


 視線をそちらに向けると、そこに居たのは一人の青年と私と同じ年頃の少女三人、計四人組の狩人達だ。


「いきなりごめんね?僕は『竜のアギト』のフォイル。いまパーティーメンバーを募集していてね。お嬢さんが一人みたいだから声を掛けたんだ」


 軽薄そうな男だ。後ろに引き連れている少女達は私に興味がないのか、余所余所しい態度でこちらのやり取りを眺めている。


「どうだい?なんならお試しで一緒に依頼を受けてみても良いけど?どうかな?」


「すまないが私は既にパーティーを組んでいる人がいる。そちらのパーティーに加入するつもりはない」


「組んでいる子が他にもいるんだ?良かったらその子も一緒にどうだい?こう見えても僕、銀級なんだよ?」


 フォイルは胸のギルド証を指で掴んでこちらに見せびらかしてくる。…しつこい男だ。


「おいおい…見ろよあの男。波刃剣フランベルジュに絡んでるぞ…」


「見知った顔じゃないが…新顔か…?」


 ギルドに居た他の狩人が、ヒソヒソと話しながらこちらを見物している。私の耳には聞き取れたが、どうやらフォイルには聞こえていないようだ。こちらにまだ何か色々話しかけてくる。


「何度も言うが、他と組むつもりはない。すまないが諦めてくれ」


 私は突き放すように言ったが、フォイルという輩には通用しなかったようだ。いつの間にか自分語りを始めている。


「これでも剣には自信があるんだ。知らない?覇剣のフォイルって?南のほうじゃ有名なんだけど。本当はこのアウレリアにももっと早く来たかったんだけどね。もうちょっと早ければ竜狩りにも参加できたのに」


 覇剣なぞ聞いたこともないし、あの竜狩りにはエイヴェリー殿のお眼鏡に適ったパーティーにしか声が掛かっていない。竜狩りの前に街に来たところで、新参の者に声など掛かるわけがない。


「聞いたところによると、銅級の奴でも活躍できたそうじゃないか。その程度の竜であれば、僕が居ればもっと簡単に倒せたはずだよ」


 …あん?


「美味しい獲物は早い者勝ちとは解かっているけどね。皆にも見せたかったよ。僕の剣が竜を倒すところを」


 こいつ、気付いているのか…?その台詞が竜狩りを侮辱していることに…。他の狩人の視線も厳しいものとなっていく。


「気が変わった」


「え?本当かい?パーティーに…」


「そうではない。まずは貴殿の剣の腕と言うものを確認しよう」


 私はフォイルの言葉を遮るように言い放った。


「自信があるのだろう?その剣に。なればその腕前とやらを私に見せてくれ。…リンキー殿、修練場をお借りします」


「おお!いいな。俺らも見てみたいぜ!覇剣とやらを!」


「皆!修練場に移動だ!覇剣の技が見れるぜぇ」


 私の台詞に乗っかるように他の狩人達が囃し立てる。こうなってしまえば模擬戦は断れない。私は先導するように修練場に足を運んだ。



「あまり女の子に剣を向けたくはないんだけど…」


「そんな遠慮は無用だ。それ以上は私への侮辱になるぞ」


 私は木剣を携え、フォイルに相対する。修練場には見物に来た狩人達が遠巻きにこちらを観戦している。


「ナナさん。分かっているとは思いますが、魔法は駄目ですよ?」


「もちろん分かっている」


 …受付から離れ、リンキー殿も足を運んでいる。心配して見に来たのだろう。もちろん心配とはフォイルの心配だ。


 フォイルは竜狩りを侮ったことで狩人のヘイトを多分に買っている。多少の暴力沙汰ならまだしも、集団リンチとなったら流石にギルドは止めに掛かる。


「えーそれでは、私が居ますので、開始の合図を掛けさせてもらいます。お二方準備はよろしいですか?」


 リンキー殿が私達の中ほどに立ち声を上げる。私は構えることでそれに答えた。フォイルも遅れながら私に向かって木剣を構えた。


「それでは、始め!」


「シィッ!!」


 フォウルが私に向かって一直線に切りかかってくる。…あまりにも遅い。ハルトが両足を骨折した状態ならこの程度の速度になるだろうか…。いや、ハルトの場合風で加速するから


 私は一歩下がるだけでその剣をかわし、即座に距離を詰め、喉元に剣を突きつける。


「フォ!?」


「…まず、間合いの駆け引きがない。距離を詰めて剣を振るうそれを剣術とは言わない」


 私は剣を引き、再び間合いを開ける。


「あはは…。ちょっと油断しちゃった。結構強いんだね」


 フォイルは引きつった笑いを見せながら、剣を再び構えた。なんともないように振舞っているが、目が動揺を隠せていない。


「来るが良い…」


 私は声を掛けるが、今度は警戒して仕掛けては来ない。仕方なしにこちらから仕掛ける素振りを見せると、焦って斬りかかってきた。


「オラァッ!!」


 単調な斬り下ろし。私は剣を添えるように絡めると、一気に巻き上げた。


「フォイッ!?」


「剣筋がぶれている。素振りなどの基礎訓練を怠っている証拠だ」


 目の前には剣を巻き上げられ、無防備な姿を晒している男。ハルトであれば、例え剣を巻き上げられたところで、即座に徒手空拳で仕掛けてくるぞ。


 私は勢いそのままに、フォイルの腹に回し蹴りを叩き込む。


「ぐふぉぃッ!」


 フォイルはそのまま数メートルを吹き飛び、地面の上に横たわった。起き上がる気配はなく、どうやら気絶しているようだ。


「そこまで。模擬戦はこれで終了です」


「おおぉ。流石波刃剣フランベルジュ!圧倒的だな!」


「いや、あの男もダメすぎだろ。アイツほんとに銀級か?鉄って言っても信じるぜ」


 回りの狩人達が騒ぎ立てる。その狩人の集団から、数人の狩人が駆け寄ってくる。フォイルとか言う男と一緒に居た少女達だ。


 敵討ちかと思い警戒を高めたが、彼女達から発せられた言葉は、私の予想とは異なるものであった。


「凄かったです!お姉様!」


「お、お姉様!?」


 少なくともこの三人はお姉様と親しまれる間柄ではないはずだ。


「ちょっと!デイヴィ!いきなり失礼でしょ!」


「だってカーティー!見てたでしょ!あの男を一発でのしちゃったの!」


「うっそ!?デイヴィ!カーティー!見てこれ!お姉さまのギルド証!」


「クリス!あんたも少し落ち着き…ってそれ!」


「お姉様!そのギルド証の竜の印って!?」


「聞かなくても分かるでしょ!これが屠竜の印よ!」


「キャア!凄い!流石です!お姉様!」


 何だろう。凄く喧しい。喧しいが、悪気を感じないので注意もしづらい…。私自身、あまり女のような性格をしているとは思っていなかったが、これを見ていると痛感する。私はこのように振舞えない。


「その…三人はあの男のパーティーメンバーじゃないのか…?」


 私はその男を模擬戦とはいえ打ちのめしたのだが…。


「私達もあの男に誘われて一時加入していただけです!…なんか胡散臭かったんで、お姉様にもどこかで相談しようかと…」


「ホント!凄いしつこかったよね!」


「まぁ…私達も腕に自信が有る訳じゃないので…銀級が味方になるならと…ちょっと安易でしたね」


 …この子達もあの男に付きまとわれて加入するはめになったのか…。通りで妙に余所余所しい態度だったわけだ。


 突如修練場で始まった姦しい喧騒に、周囲の狩人も唖然としている。


「その…すまんが、私はここらで失礼するよ」


 そうだ。そもそも私はハルトを探していたのだ。


「えええ!?もっとお話したいです!」


「お姉様!お願いします!私達もこの街初めてでして…厚かましいとは思いますがお店の紹介など…」


 うぅ…そんな縋るような目で見ないでくれ…。


「ナナさん。ギルドとしても最初だけでいいので彼女達の面倒を見ていただけると助かるのですが…なにぶん女性はトラブルに巻き込まれやすいので…」


 リンキー殿も一緒になって私を説得してくる。…くぅう。こう頼られると断れない。


「分かった…!今日だけだぞ…!」


「キャア!やった!ありがとうございます!お姉様!」


「すいません。助かります」


 そういってリンキー殿は姦しい女性狩人三人組を私に押し付けて、フォイルとか言う男をギルドの奥へ運んでいった。


 そして、私はひたすら街を案内することとなってしまった。始めはちゃんと狩人に関係する店の案内であったのだが、後半は何故か服屋や装飾店、菓子店などを案内するはめに…。


 私が解放されたのは宿の夕飯の時間間際だ。這う這うの体で宿にたどり着いた時には既にハルトは帰ってきていた。


「ああ、ナナお帰り。丁度夕飯だぞ」


「…ただいま」


「妙に疲れているようだな。…その髪飾り買ったのか?似合うじゃないか」


(くぅぅううううう!おのれ!おのれ!そういうとこだぞ!ハルトぉ!)


「さ、飯を食おうぜ。疲れてるんなら早めに休むといい」


「…ありがとう」


 今日一日色々あったが、終わりにはこうやってハルトと一緒に過ごすことができる。


 …今思い返すと、今日の私は少しおかしかった。変にいぶかしんで、後を付回すなど何と愚かなことか…。


 その晩の私はそう反省した。…そう。その晩は。


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