第34話 夢見る乙女じゃいられない01

◇夢見る乙女じゃいられない01◇


 それはいつもと変わらない、宿でのハルトと私の朝食の時間だった。


「ナナ。ちょっと聞きたいんだけど、体重どんぐらい?」


「あ゛あ゛ん!?」


 自分でも驚くほど低い声が出た。こいつ…今私に体重を聞いたのか?普段は紳士的に私を女性として扱ってくれているのに、こともあろうか体重を…!?


 …私は一般的な女性よりたぶん重い…仕方ないだろ!?身長が高いし、鍛えているから筋肉量も多いのだ…!


「ち、違っ…!いや…!違くはないんだが…!これは必要なことで…!」


 私が怒気を孕んでいることに気付いたのだろう。ハルトが慌てて弁明をしてくる。しかしながら、私も簡単には許す気にはなれない。…それに、他の男ならまだしもハルトには体重が重いと思われたくはない。


「ななななナナ…!ごめん!ごめんなさい!…悪気があって聞いたわけじゃないんだ…!」


 珍しくハルトが動揺している。普段は妙に達観している雰囲気を出すから、こういうハルトは少々新鮮だ。


「なるほどなぁ…?悪気は無い…と…?どうやら、ハルトはデリカシーという物を教わらなかったようだなぁ…」


 ロメア殿に教わらなかったのか!


 …教わってない気がする。ロメア殿が女心やデリカシーといった物を、ハルトに教えている姿が想像できない。教わっているのは人の殴り方とかそういう類のことばかりなのだろう…。


「ふぅ…まぁいい。ハルトのことだ。大方、また何か思いついたんだろ…?今度は私ごと天空に舞い上がって墜落でもするつもりか?…言っておくが、私も普通の平地人よりは頑丈だが、流石にあれは死ぬぞ?」


 私の体重を気にするということは、私も空に舞い上げようとしているのだろうか…。


「その、長期の休みを利用してやりたいことがあってな…その関係で…」


 ハルトははっきりと話さず、何かを誤魔化している。…怪しい。


「…なんなんだ?そのやりたいこととは?そんなことに私の体重が必要なのかぁ?」


 私は探るようにハルトを問いただす。


「いや、失敗するかもしれないし…!上手くいったらちゃんと話すから…!」


 ハルトは朝食をかき込み、急いで席を立ち上がる。…コイツ!逃げるつもりだ!


「あ、おい待てハルト!話はまだ…!」


 私は呼び止めたが、ハルトは逃げるようにして街に飛び出してしまった。私は追いかけるようにして宿の入り口から飛び出したが、すでにハルトの姿は見える範囲には居ない。風を纏って一気に駆け抜けていったのだろう…。


「はぁ…」


 行ってしまった。相変わらず風のような男だ。ちょっと目を離すとすぐにどっかに飛んでいってしまう。気の向くまま風の向くまま、自由を愛す好奇心旺盛なハーフリングらしいと言えばらしいのだが…。


「私が蔑ろにされているみたいで腹が立つな…」


 わがままだとは解かっている。面倒な性格だとも解かっている。だから、そう感じはしても、それを表に出すことはない。…のだが。


(手綱を握ってないとどっかいっちゃうよ…か)


 鎧の採寸を行ったときに、ミシェル殿に言われたことが頭によぎる。…今日は竜狩りを行ってから、初めての自由時間だ。ハルトはどこに出かけているのだろう…あるいは誰と…。


(そういえば…打ち上げのときに、他の狩人達に娼館に誘われてもいたな…)


 私が居る手前、断ってはいたが…今は自由時間だ。


 心の中でよくない予想が湧いては私の心を締め付ける。


(くぅうう…!これでは私がまるでハルトを…い、いい、い、意識しているみたいではないか!?)


 それもこれもハルトが悪い。


 そうだハルトが悪いのだ。


 ハルトがあんなことを言ったから私もハルトを意識してしまっているのだ…!


 あれは二ヶ月ほど前。雪の降った日のことだ…。



「ハルト。お風呂あがったぞ。こんな日の風呂は最高だな」


 私は濡れた体を拭きながらハルトの部屋に入った。この宿にはお風呂が備え付けられているのも大きな特徴だ。意外と狩人も綺麗好きは多い。人の臭いはそれだけで獣に情報を与えるのだ。


 ハルトはベッドに腰掛け、何故かため息をつきながら目元に手を当てている。…なにか問題でも有ったのだろうか…?


「ナナ…その格好は何だ…」


「へ…?格好…?」


 私はその言葉を聴いて、温まった体が一気に冷めていくのを感じた。私の今の格好は、下着の上に、簡素な鎧下を着ただけである。…つまりは、私の体の醜い火傷痕が丸見えなのだ。ハルトは痕を気にしないように振舞ってくれるから、つい油断してしまっていた。


「す、すまん…!見苦しいものを見せてしまったな。直ぐに隠すから…!」


 私がそう言うと、ハルトはより一層深いため息を吐いた。


 …そこまで嫌だったのだろうか…。胸が締め付けら得るように痛くなる。


「いいか…ナナ。見苦しいんじゃなくて、目のやり場に困るんだよ…!」


 ハルトが怒鳴り気味に言う。


 目のやり場にこまる…?それは見苦しいとはどう違うのだろうか…?


「この際だからはっきり言っておく。ナナはその火傷痕のせいで容姿に自信がないようだが、俺から言わせて貰えばナナは十分に綺麗で魅力的だ。それこそ、その火傷痕だってチャームポイントの一つだと思っている」


 私がしどろもどろとしていると、ハルトは捲くし立てるように言い放った。


 …私の耳が確かなら、ハルトは今…私が魅力的と言ったか…?


「へ…!?しょ、しょ、しょれは!?…ぇええ!?」


 ハルトの言葉に混乱してしまう。頭の中では先ほどのハルトの台詞が何度もリフレインしている。冷めたと思った体が一気に熱を帯び、火照った体は熱いぐらいだ。


「そう思っているのは俺だけじゃない。狩人ギルドなんかでジロジロと見られる視線を感じないのか?」


 確かに、ギルドなんかで視線を感じることは多いが…。 


「そ、それは…火傷痕のせいだと…」


「そのぐらいの傷、狩人じゃたいして珍しくもねぇよ。皆、お前が綺麗だから見てるんだ」


 ハルトの口から綺麗と言う単語が出るたびに、心が反応してしまう。


「いいか?これは別に口説いているわけじゃないぞ?女性として警戒心を持てって言ってるんだ。今は横に俺がいて、ナナもまだ幼いから手を出してくる男が居ないだけだ。…だが、ナナも成長期でどんどん大人になっていく。これからはそういう輩も出てくると思って行動しろ」


 ハルトは真剣な顔で私に忠告をする。…真面目な話をされているのに、こちらを見つめるハルトに照れてしまう。


「その…ハルトは私に手を出すつもりは…ないんだよね」


 魅力的と思ってくれているのなら…そういう関係でも。い、いや。ダメだ…!私は狩人だ…。女の子扱いは嫌ではないが嫌だ…!


「当たり前だ。一時の劣情で大切な狩人の相棒をなくすつもりはない。お前が女性ではなく、狩人として生きていくなら俺はそれを尊重する。…だからナナも俺の前で、そういう格好でうろつくのは控えてくれ。それは俺に効く」


 ハルトは女性としての私ではなく、狩人としての私を見てくれる。…それでいいのだ。


 …でも、狩人夫婦ってのもいるのだよな…。


 ハルトと一緒に…そういう冒険も…。


「それに何よりテオドール卿に手を出さないよう釘を刺されているしな」


「は?」


 思いもよらぬ情報がハルトから飛び出してきた。


「父上が…そんなことを言ったのか…?」


「え?言ったけど…別にそんな変なことでもないだろ?娘の隣に男を置くんだ。そういう警戒はするもんじゃないのか?」


 父上のことだ…。私の意志を尊重するために、そのようなことを言ったのだろう。だがしかし、貴族的に考えるのであれば、父上はハルトにそのようなことを言うべきではなかった。


 私はハルトを見据える。ハルトは貴族の結婚相手として十分な資質を持っている。まだ若いというのに大人を手玉に取る戦闘能力に他と隔絶した索敵能力。そしてなにより、そこらの貴族よりも圧倒的に古い一族の末裔だ。そういった者を身内に入れて箔を付けたがる貴族は多い。


 だからこそ、ハルトが私に手を出すというのであれば、貴族的には問題ないのだ。


 そもそも、火傷痕のせいでろくに結婚相手が見つからないから貴族籍を抜いたのに、火傷痕を気にしないハルトに釘を刺すなど、完全に裏目に出ている。


「おい…?どうした…ナナ…?」


 考え込む私にハルトが声をかけてくれる。私を綺麗と褒めてくれたが…ハルトも…モテるだろうな。


 身長は高くはないが、極端に小柄と言うわけでもない。何より、そのハーフリング由来のベイビーフェイスは一部の女性には大層人気だ。


(ハルトを…他の女に渡したくはないな…)


 先ほどから、うろたえていた初心うぶな乙女心とは別の…似て非なる感情が湧き上がってきている。


(この感情は…ロメア殿の言っていた…)


 という、巨人族の女性特有の戦士のような恋愛感情。


「ハルト。今日は一緒に寝るぞ」


「…なるほど。俺の話はまったくもって理解されていないと…」


 この感情に身を任せるだけで、先ほどの照れていた私が嘘のように大胆になれる。


「女として隙があるという忠告にも納得したし、綺麗と言ってくれたのも非常に嬉しい。…だが、私に対する耐性がないと狩猟で困ることもあるだろう。状況によってはハルトの目の前で着替えることも、同じテントで眠ることだってあるのだぞ?そう。だからこれは訓練だ」


「いやいやいやいや。それこそ俺は最初テントは二つ買おうと言いましたよね?」


「同じパーティーは同じテントが基本だ。それに私も索敵に長けたハルトが隣にいてくれたほうが嬉しい」


 ハルトは慌てながら同衾を回避するための屁理屈を並べるが、そんなことで私はハルトを逃すつもりはない。


「ええい!あきらめろハルト!もうこれは決定事項だ!今日は一緒に寝るんだからな!」


「待って…待って…!俺の心臓が持たない…!」


 その晩、私は宣言どおりハルトを抱きしめながら寝た。



(あああああああああああああ!!)


 あの時の自分の行動に、今になって赤面してしまう。


(ハルトと、ど、ど、ど、同衾してしまった…!)


 今までは思い出さないように、意識しないように頑張っていたが、こんな拍子に思い出してしまうとは…!


(だが、あれは…凄く…良かった…)


 世の女性は、男性の腕枕で寝るのが好きという者がいるが…、私は逆だ。小柄なハルトを、自身の腕枕で抱きしめるように寝るのが良い。それにハルトは抱きしめるのに、こう…、丁度いいのだ。


(うぅぅううう…!私だけがこんなに意識して…ハルトはいつもと変わらないなんてズルイ…!)


 結局、ハルトは今日どこへ向かったのだ…!…朝食の時も、妙に態度がおかしかった…。


 …他の女じゃないだろうな…!?


 …ここでじっとしていても仕方がない。ハルトの足取りを追おう。


 私の中で再び、巨人族の恋愛感情が湧き出してきていた。


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