第36話 夢見る乙女じゃいられない03
◇夢見る乙女じゃいられない03◇
(また!見失った!)
ハルトの後を追い回したことを反省してから数日。私は相変わらずハルトの後を追い掛け回していた。
それもこれも、ハルトが何かを隠しているからだ。罠を作るにしても、こんなに日数は掛からないはずだ。それに何を作っているかも誤魔化されている。
今朝だって何をこんなにも時間を掛けて作っているのか問いただしたが、のらりくらりと誤魔化されてしまった。明らかに何かを隠している怪しい態度…。それは私の焦燥を蘇らせるには十分な状況であった。
その後、ここ最近の恒例となっている尾行を行うべく、宿をでるハルトをこっそり付け始めたのだが、相も変わらず街の雑踏に紛れ見失ってしまったのだ。
(そもそも索敵に長けたハルトを尾行するなど、土台無理な話なのだ…!)
結局今日もハルトを見失い街をさまよっている。この数日間、様々なところに顔を出したため、より一層街に詳しくなった。
…中にはハルトと一緒に来ようと考えている店も幾つかある。
「…もうお昼だ。定食屋にでも入るか」
私はとぼとぼと定食屋に入っていく。
「へいらっしゃい!」
威勢のいい店員が私を出迎える。この店はもっちりとした太めのスパゲティ、
「スープパスタの大を。野菜マシ、脂マシ、ニンニクなし。牙豚のトロトロ煮込みをトッピングで」
「かしこまりぃ!」
私は注文をしながらカウンター席に座ろうとしたが、横合いから阻止するように声が掛かる。
「あれ?ナナちゃん?ナナちゃんもこの店でお昼?良かったら一緒に食べようよ。」
テーブル席のほうから私を呼んだのはミシェル殿だ。見れば彼女もテーブル席で注文の品を待っているようだ。
「ミシェル殿。奇遇ですね。ブラッド殿は?」
私はミシェル殿の向かい側に腰掛けながら、話しかける。
「親父はいつも工房で食べるんだ。私は気分転換もかねて外で食べるようにしてるんだよ」
「あぁなるほど。確かにそんなイメージがあります」
ブラッド殿は時間の限り工房に篭ってそうな印象がある。ハルトも普段はやたらと食にこだわるくせに、何かほかの作業に熱中しているときは途端に食生活が杜撰になるきらいがある。
「ナナちゃんはお買い物?ハルト君は工作に忙しいみたいだし、代わりに買出しかな?」
「…!?ミシェル殿!ハルトが何をしているか知っているのか!?ここ最近、一人でどっかに行っているのだ…!」
私は驚愕により、軽く叫んでしまう。まさかこんなところでハルトの情報が聞けるとは…!
「え?ハルト君はうちの工房に通い詰めて作業してるけど…」
「ミシェル殿の工房…?」
まさかミシェル殿と会いに…?いや、ミシェル殿は私とハルトの仲を応援してくれているはず…。…ミシェル殿の工房で何かを作っているのか…?
「えぇと?何も聞いてないの?」
「聞いてもはぐらかされるのだ…!物を作っているとは言っていたが…何を作っているかも教えてくれないし…」
そう。ちゃんと話してくれていれば私もこんな事はしない。最近のハルトは妙に怪しいのだ…!
「ああー。そこはちょっと分かるかもしれない。完成するか分からない代物だったからね。形になってからちゃんと報告したいというか…」
なんだそれは…。分からなくはないが、ちゃんと説明してくれてもいいだろうに…。
「むぅ…そういうものなのだろうか…」
釈然とはしないが、職人のミシェル殿がそういうのであれば、多少は納得するべきなのだろうか…。
「まぁ安心しなよ。モノは昨日完成して、今日は最終検査をするみたいだから。問題なければ、明日にはハルト君もそっちに戻るよ」
ミシェル殿は心配不用と私を励ましてくれる。確かに私の気にし過ぎなのだろう。
…いつの間にかハルトが隣に居るのが当たり前になってしまったから、こんなにも心細くなってしまっているのだろうか…。
◇
結局私は、ミシェル殿と別れた後、まっすぐ宿へと帰ってきた。宿でゆっくりと休んで心を落ち着かせるのだ。
「はぁ…ここ数日の私はどこかおかしいな」
私は目頭に手を当てながら自分の部屋の前に立った。
(ハルトはまだ工房だろう…ん?)
隣のハルトの部屋に目をやると、扉の戸が僅かに開いてしまっているのが見えた。
(無用心な奴だ…閉め忘れているじゃないか)
私はそのままハルトの部屋に足を運ぶ。中に入るが、もちろんハルトの姿はそこにはない。
部屋の片隅には、あまりの素材なのだろうか、箱に乱雑に入れたれた端材が目に入った。
(まぁ端材以外はいつもと変わらない部屋だな…)
ところが、部屋を後にしようとした私の目に、予想だにしないものが映し出された。
「これは…人形?」
ハルトのベットの上に横たわっている等身大の人形。
粗雑な作りではあるが、ちゃんと手と足が着いている。物作りに長けたハーフリングなのだから、もっと精巧に作れと言いたくはなるが、重要なことはそこではない。
重要なのは人形の顔。その顔の部分に大きく私の名前が書かれているのだ。
「…!へぇっ!?こ、こ、これこれって…!私の…抱き枕…!?」
足から頭に向かって、痺れる様な感傷が駆け上がる。
「ふ、ふぅん。そっかぁ。へ、へぇえ。ハルトが。ハルトが私の抱き枕を…ねぇ…」
ハルトは寝るとき、私の抱き枕を抱きしめて寝ているのか…。
いけない。口の端が上がるのを抑えられない。頬に両手を添えて、円を書くように揉み解す。
頬に添えた両の手が、自身の顔の熱さを教えてくれる。湯気が出そうとはこのことなのか。
(ダメダメ。早く部屋を出なくちゃ。ハルトも私にこれが知られたとなると恥ずかしいだろう)
私はハルトの部屋を出たところで、扉を背にして排熱するようにゆっくりと息を吐き出す。
そして、ここ数日の不安が嘘のように、穏やかな午後の時間を過ごすのであった。
◇
「ハルト。何かを作っているとは聞いているが、もう完成したのか?」
夕飯の時間になるとハルトも宿に帰着し、こうして二人で夕食を共にしている。ハルトは工房からなにやら大きな荷物を持って帰ってきていた。外見ではどんなものか判別はつかないが、あれが例の製作物とやらだろう。
「ん?ああ。無事に完成したよ。移動用の乗り物なんだが、長距離移動するようなときにお披露目するよ」
「ほう、そうか。それは楽しみだな」
今朝までは、何を作っているのか気になっていたが、今はまったく気にならない。なぜならハルトは私の抱き枕を使っているのだ。
「…妙に機嫌がいいな。なんかいいこと有ったのか?」
「いや、なに。大したことではないよ。ちょっと嬉しいことがあってな」
ハルトは不思議な顔をして私を見ている。首を傾げ、惚けたような顔も可愛い。こんな可愛い顔で私の抱き枕を使っているのだ。
「…ああ、そうだ。ハルト」
「ん?どうした?」
「今日はあの訓練をするからな」
わざわざ、私の抱き枕なぞ使う必要はないのだ。
「あの訓練?」
「一緒に寝る訓練だ。寝るときは私の部屋に集合だ」
「へぇあ…!?ま、前にやっただろ…!?」
ハルトは動揺しながら拒否をするが、これは照れているだけだろう。私はハルトが私の抱き枕を使っていることを知っている。
「何を言うんだハルト。訓練とは繰り返すものだぞ?」
私は有無を言わせず言い切った。
そしてその夜は、ハルトを抱き枕にして幸せな眠りに着いた。
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