第32話 削るタイプの鍛冶
◇削るタイプの鍛冶◇
「ああーごめんね。親父ったらこの前エイヴェリーさんに無茶な仕事頼まれてさ」
「無茶な仕事…?」
あれ、なんだろう心当たりが…。
「そうそう、普通の炉じゃ作れないめちゃくちゃ巨大な剣だよ」
…やはりあの剣か。そりゃそうだよな。エイヴェリーさんの行きつけの店なのだ。この工房で作られたに決まってる。
「しかもその剣が折れたと来たもんだから、無茶振りした上に折ったエイヴェリーさんへの恨みと、折れる剣を打った自分の不甲斐なさの板ばさみでこんな状態にね」
顔を真っ赤にしながら震えるブラッドさんを
「ブラッド殿。私も竜狩りに参加しましたが、あの剣が無ければ竜を倒すことは適いませんでしたよ。少々特殊な剣ではありましたが、あれはまさしく竜殺しの剣となったのです」
ナナが弁明するように励ましの声を掛ける。
「いや、すまねぇ。ついとっさにカッとなっちまった…」
ブラッドさんが息を吐きながら落ち着きを取り戻す。
「それで、二人はもしかして竜素材の持ち込み?竜狩りに参加したってことは少しは素材を貰えたんだよね?」
ブラッドさんが落ち着くやいなや、ミシェルさんが俺らに食い入るように聞いてくる。見目良いお姉さんではあるが、その勢いに負けて少し後ずさりをしてしまう。
「え、ええ…。まずは俺たち二人の鎧を鱗で作ってもらおうかと…」
俺は背嚢の中に詰まっている鱗をカウンターの上に出す。
「それと、剣を。このマチェットに近い形状の剣を二振りほど、こちらの素材で作っていただきたいのですが…可能ですか…?」
そして、二本の牙をマチェットと共にカウンターに置いた。
「…おいおいおいおい。鱗の量といい…、なによりこの牙…。ちょっと参加したぐれぇでは貰えねぇだろ…」
「あんた達…何者なんだい…?」
二人はあんぐりと口をあけて素材と俺らを交互に見る。…いや、ミシェルさんはすでにこちらを見ていない。牙に夢中だ。
「その…、魔物素材の加工は金属剣とは違うと聞きましたが、こちらの工房で可能ですか…?」
ブラッドさんは考え込むようにして素材を見つめる。
「…鎧は問題ねぇ。うちの工房でも魔物素材の防具は作っているからな。問題は剣だが…」
ブラッドさんは、舐め回すように牙を見ているミシェルさんに視線を向ける。視線に気付いたミシェルさんはブラッドさんに捲し立てるように答えた。
「親父!この牙ならアタシがやれる!親父が聞いて来てくれた加工法で上手くいくはずだ!」
「馬鹿やろう!はずで客の素材に手を出すんじゃねぇよ!」
ブラッドさんは怒鳴りながらミシェルさんの頭をはたく。俺としても確証も成しに素材に手を出すのは止めて頂きたい。
「…やはり難しいんですか?」
「少なくても俺は無理だな。魔物素材は死んだ妻があつかっててな…、今は娘に任しているんだが…」
ブラッドさんは再びミシェルさんに目を向ける。…ミシェルさんは仕事を任せて欲しそうにこちらを見ている。
「ミシェル殿…。できれば魔物素材の加工が得意な工房を紹介していただきたいのだが…」
お姉さんに対して強気で出れない俺に代わって、ナナがお姉さんに言い渡してくれた。
「…言っておくけど、魔物素材に関してはアタシがこの街で一番の自信があるよ」
俺とナナは目を合わせる。ミシェルさんはそれほどの職人なのだろうか…。見た目が若いこともあって疑ってしまう。
「まぁ、娘の言うことは間違いっつーわけじゃねぇ。魔物素材に関しちゃ工房を任せる腕前がある」
「そうそう。それに何も博打で作るわけじゃないんだ。さっきは新しい加工法が適してるって言っただけさ。何なら旧来の加工法で作る事だってできる」
「新しい加工法ですか…?」
「従来であれば竜種の牙なんかは、魔法金属の
…どこかで聞いた話だなぁ。具体的には実家の工房でよく聞いた話だ。
「なんでも領都の彫金工房にて開発されたそうだよ。流石はハーフリング。物作りではドワーフに負けてないね」
「…ハルト。お前の実家じゃないのか…?」
「…そういえば加工法を職人ギルドに提出するって言ってた気がする。興味なかったから生返事してたが」
俺とナナはこっそりと呟きあった。まさかここで実家の話が出てくるとは思わなかった。
「それで、どうしたい?別の工房を紹介して欲しいならそれでも構わないけど」
ミシェルさんは俺らに聞いてくる。さばさばした言い方だが、目線は常に牙に向いている。未練たらたらである。
「…ナナ。どうしよっか」
「ハルトの剣だ。ハルトが決めるといい。…私から助言をするのであれば…、こちらはエイヴェリー殿の剣を作っている工房だ。半端な仕事はしない筈だろう」
ナナが俺の意志を尊重しつつも助言をしてくれた。ミシェルさんは期待を込めた視線をこちらに向けている。ブラッドのおっさんは鱗の鑑定を始めており、完全に空気だ。
…ええい!男は度胸だ!
「…わかりました。職人が適していると言うのであれば、その新しい加工法とやらで剣の作製をお願いします」
「本当か!?いやぁ有り難いね!竜種の素材なんて早々扱えないからね!」
おっふ。ミシェルさんが感極まって俺に抱きついてきた。…そしてナナは無言で俺の
「…ミシェル殿。少々はしたないのでは…?」
「え?あ、ああ。ごめんね。年下だからつい気楽に接しちゃったね」
…あぁ、ミシェルさんが離れてしまった。さらば俺のエルドラド。
「いえいえ、構いませんよ。自分はバルハルトって言います。ハルトって呼んで下さい」
「…私はナナリア…。…ナナで構わない」
ナナさん。自己紹介するときは他人を小突きながらするもんじゃありませんよ。
「それじゃぁまずは鎧用に採寸だね。ナナちゃんはこっちの個室で測ろうか。ハルト君はその後ね」
ミシェルさんはナナの手を引くと、工房の扉の奥へ連れ去っていった。表情と行動がコロコロ変わる嵐のような人だ。
…ふむ。個室で採寸…か…。つまり…!?ナナの後は俺が個室でミシェルさんと二人っきり…!
「おい。坊主はこっちで測っちゃる。脱ぎな」
…さらば俺のエルドラド。
◇
「ほーん。それじゃぁ坊主が竜に留めを刺したのか」
ブラッドさんが俺の体を触りながら呟いた。…もちろん触っているのは鎧のためだ。
ナナの採寸と鎧の打ち合わせは早々に終わったのだが、俺の場合はそうも行かない。ナナは使う剣術が王道の騎士剣術であるため、鎧はオーソドックスな作りで問題ないのだが、俺の場合はサーカスの軽業師の如く飛び回る。可動域も含めて各部の構造を選定しているのだ。
「えぇ。エイヴェリーさんの斬撃の時点で致命傷だったんですけどね、息絶えるまでにだいぶ暴れましたので…」
「すごいじゃないか。その歳でドラゴンスレイヤーとはね。そのギルド証のマークも流浪の剣軍以外では初めてみたよ」
ミシェルさんは牙の状態を細かく書き取りながらこちらの会話に参加してくる。
俺らのギルド証に刻まれたドラゴンスレイヤーの証は、参加者全員サービスと言うわけではない。参加者の中でも、竜を屠るに貢献したと判断された者にしか押されてはいない。
「…ナナちゃん。ハルト君もてるんじゃない?ちゃんと手綱握ってないとだめだよ…?」
「ミ、ミシェル殿…!?この距離だとハルトは確実に聞こえるのだ…!その話は…」
ナナがミシェルさんと内緒話をしているが、ナナの言うとおり聞こえてしまっている。
個室で採寸してからというもの、あの二人は妙に仲がいい。恐らく個室で女子トークでもして仲を深めたのだろう。個室の中ともなると、俺も故意に風を忍ばせないと声を聞くことはできない。
「おっし。こんなもんだろ。坊主、その仮止めの鎧で窮屈なとこはあるか?」
ブラッドのおっさんが俺の着ている鎧を叩きながら言う。俺は屈んだり伸びたり、宙返りをしながら確認をする。
「へぇ。身軽で飛び回るって言ってたけど、その鎧を着た状態でそこまで動けるとはね」
「ハルトは巨人族の血も入っているからな。多少重たいぐらいの鎧では、難なく動ける筋肉をしているのだ」
ナナが俺を自慢するようにミッシェルさんに言う。よせやい、照れるじゃねぇか。
「ブラッドさん。これで特に問題はありませんね。この形状でお願いします」
「おうよ。待ってろ、メモを取りながら脱がしていくからな」
俺はやっとこさ鎧を脱ぎ一息つく。ナナが俺の上着を着やすいように広げてくれたため、俺は礼をいいながら袖を通す。一応これで発注に必要なことは調べ終わったはずだ。
「それじゃぁ製作期間は二週間ね。鎧は早めに仕上がるけど先に受け取るかい?」
「いえ、その期間は休みに当てますので、剣と一緒でかまいませんよ」
俺らは素材と料金を渡し、工房の入り口に手をかけた。なんだかんだでこちらの要望を良く聞いてくれるいい工房だった。…竜の骨は自分でいじる予定であったが、ブラッドのおっさんかミシェルさんに協力をお願いするかな。
「あ、言い忘れてましたが、エイヴェリーさんが竜の外殻で剣をお願いするかもとのことです」
「…あぁ!?エイヴェリーの糞野郎がまた剣だとぉ!?」
…あぁ、発作のことを忘れていた。
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