第31話 剥ぎ取りは三回まで

◇剥ぎ取りは三回まで◇


「エイヴェリーさん、『妖精の首飾り』の要求部位の準備終わりました」


 俺らが三人で談笑していると、ギルド職員の方が連絡を入れにきてくれた。俺らのギルド証にドラゴンスレイヤーのマークを入れてくれた受付嬢のお姉さんだ。お姉さんは俺の視線に気付くと、にっこりと微笑んでくれた。…そして隣から軽くショルダータックルを食らう。


「はいはーい。目録ありがとー。…はい、ハルト君、ナナちゃん。これが二人の要求部位ねー」


「ありがとうございます」


 俺はエイヴェリーさんから目録を受け取る。


「すぐそこに実物も用意しておりますのでご確認致しますか?…あぁお肉に関しては一括で闇の女神の祝福をかけますので、そちらは後ほどの受け渡しとなります」


 受付嬢のお姉さんが微笑みながら俺に語りかける。おぉ、腐敗低減の処理闇魔法の付与までしてくれるのか。それはありがたい。


 俺らは受付嬢のお姉さんの後を追うようにして足を進める。目的地付近では、竜狩りに参戦した狩人がすでに集まっており、俺らに気付くと手を振って迎え入れてくれた。


「おお、英雄たちが来たぞ」


「まずはあの三人が貰わないと始まらねぇからな」


「よかった…。あの坊主死んでなかったんだな」


 …まだ、俺の死亡説残ってるのかよ。


 受付嬢のお姉さんがおっさん達を脇に寄せさせ、俺らの要求部位の置いてある一角へと案内してくれた。俺は目録と実物を交互に見ながら確認をする。


「まず、こちらが防具用の竜鱗になります。尻尾から取れた小振りな外殻と胸下の黒い鱗、どちらも鎧に用いるのに適した大きさのものになります」


 目録の大半がこの鱗だ。ちゃんと一枚一枚別に書かれている。一番頑丈なのは背中の外殻なのだろうが、あれは流石に大きすぎる。他の狩人はその巨大な外殻を貰う者もいるようだが、聞くところによると大盾として活用するそうだ。


「そして骨ですが、具体的な部位が不明でしたので、こちらの中から選んでいただけないでしょうか?」


 骨か…。俺は数ある骨の中から、ほしい部位を選択する。


「…?そんな細い箇所でよろしいのですか?」


「えぇ。細くてもある程度の頑丈さを持つ物を探していたのです。他の部位だと少し大きすぎるので…」


 俺は目録の最後に目を通す。俺は具体的な部位を指定せず、マチェットを作るために向いた素材として要求していた。…そしてギルド側、あるいはエイヴェリーさんが用意してくれた部位が…。


「最後は、ボスゴレブレの牙ですか」


「はい。下顎から生える一対の牙。最も大きい犬歯になります」


 ボスゴレブレは鉱物食であるため、歯は頑丈ではあるが鋭くはない。しかし、下顎の二本の牙は別だ。天を突くように伸びた立派な牙。これはボスゴレブレが武器として外敵に攻撃するための牙だ。

それは地面を簡単に掘り返すほど丈夫で、外敵を容易に切り裂くほど鋭い。


 てっきり、鉱物を含む外殻かどこかかが貰えると思っていたが、牙ときたか。


「これは…剣の素材としてはどんな物なのでしょうか?」


「ボスゴレブレの素材の中ではもっとも適しているかと。特に魔法使いの方にはお勧めです」


「ハルト君みたいなー魔法剣士ならー、絶対牙がいいよー。素材の特性が強く出るはずー」


 エイヴェリーさんが受付嬢のお姉さんの説明を補足するように話し始める。…素材の…!?特性だと…!?


「エイヴェリー殿、素材の特性とは…?」


「あれー?ナナちゃん知らないー?」


「なんだナナ。知らなかったのか」


 …もちろん俺も知らない。俺に説明を任されても堪らないので、素材を品定めする素振りを見せることでこの場を凌ぐ。


「ナナリアさん。魔物由来の素材というものは、使用者の魔力に馴染むことで、以前の魔法特性を発現することがあるのですよ。さらには使用者が魔法使いの場合、魔物の特性と魔法使いの魔法が合わさることで、新たな特性が生まれる場合もあります」


「そそー。ある意味魔剣の卵ってわけ。鎧に使う竜鱗も同じだよー?魔力に馴染むことで、より強固な鎧になるんだー」


 …そうだったのか。てっきり頑丈だから使われるものだと…。


「…そんな特性があるのですね。初めて知りました」


 ナナがジトッとした目で俺を見てくる。…まさか俺が知っている風に装ったのがばれたのか…!?流石にそれは無いはず…。俺のごまかしは完璧…!


「エ、エイヴェリーさん。この牙を加工するのって普通の鍛冶屋でも問題ないんですか?」


 俺が今までに使ってきた剣は数打ちの量産品だ。ナナも炎の魔剣という一点ものを持っているせいで、この街の鍛冶屋についてはあまり詳しくない。どこかお勧めの鍛冶屋を紹介してもらえないだろうか。


「うーん。それなんだけどねー。僕の操る剣はどれも鉱物素材の剣なんだー。だからこの街アウレリアで贔屓にしている鍛冶屋も鉱物素材が得意なとこでねー。魔物素材はできるか解かんないなー」


「ああ、なるほど。土魔法で操るんですから魔物素材は使えないわけですね」


 エイヴェリーさんも魔法使いではあるが、土魔法で操るという点では魔物素材と相性が悪いわけか。


「そそー。だからこそボスゴレブレの外殻は期待してるんだー。これは魔物素材でありながら殆ど金属だからねー。何本かお気に入り作っちゃうよー。」


 エイヴェリーさんも魔物素材に向いた鍛冶屋をご存じないか。…はて、どうしたものか。受付嬢のお姉さんは知っているだろうか…。いや、基本的に狩人ギルドは宿屋や鍛冶屋などの店の斡旋はしてくれない。賄賂の温床になるからだ。


「取り合えず、エイヴェリー殿が贔屓にされてる鍛冶屋に伺ってみないか?そこで対応できるかもしれないし、他の鍛冶屋を紹介して頂けるかも知れない」


 悩む俺にナナが提案をしてくれる。まぁここで悩んでいてもしょうがないし足を運んでみるか。


「あー行ってみるー?ついでにー僕も外殻で剣の作製を頼むかもしれないって言っておいてよー」


「解かりました。紹介ありがとうございます」


 俺は背嚢に素材を詰め、持ちきれない分は抱えるようにして縛り付けた。


「それでは、鍛冶屋に向かいたいと思います。エイヴェリー殿、リンキー殿。ありがとうございました」


 ナナが二人に向かって例を述べる。…受付嬢のお姉さん、リンキーさんと言うのか。今度食事にでも…、…あ、なんでもないです。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ハルト。この店のようだな。…看板は出ていないようだが…」


「金槌の音が聞こえるし、人はいるだろ。…取り合えず入ってみるか」


 俺らがたどり着いたのは工房街の路地裏。あまり繁盛しているようには見えないが…、工房自体はかなり大きい。…これは知る人ぞ知る隠れた名店と言うやつなのだろうか。


「すいませーん。ここって鍛冶工房でいいんですか?」


 俺は声を上げながら工房の扉を開ける。


「はいはーい。ちょっとまって下さーい」


 工房の奥から声が上がる。ドタドタと物音を立てながら姿を見せたのは、俺らより一回りは年上のお姉さんだ。薄手のチューブトップの様な服に、鍛冶用のものらしき厚手のエプロンをつけている。小麦色の肌には玉の汗が浮かんでいる。


「ありゃま。これまた可愛らしいお客さんだ。うちの工房に発注かい?」


 …エイヴェリーさんから聞いていた人相とは、かけ離れているどころか性別も違うが、これはこれで良いものだ。


「…ハルトォ?」


「…お、お姉さん…!ここはブラッドさんの工房であっていますか?紹介されてここに来たのですが」


 ブラッドという名前がエイヴェリーさんに紹介された鍛冶師の名前だ。


「ああ。ブラッドはアタシの親父さ。アタシはミシェル。宜しくね。…親父ー!親父にお客さんだよー!」


 ミシェルが奥に向かって叫ぶと、奥から聞こえていた金槌の音が止み、足音がこちらに向かってくる。


「ああぁ?俺に客だぁ?」


 顔を出したのは正にドワーフといった風貌ふうぼうのおっさんであった。…マジかよ。この髭もじゃがミシェルさんの父親かよ。奥さんどんだけ美人なんだ…?


「まだガキじゃねぇか。誰かからの紹介かぁ?」


 ブラッドのおっさんはこちらを品定めするように見ながら言った。


「一応、流浪の剣軍のエイヴェリーさんから紹介を受けてきました」


 ここはありがたく魔銀級のブランドをお借りしよう。この街ではエイヴェリーさんはかなりの人気者だ。女性が群がっているのを何回も見たことがある。


「ああ!?エイヴェリーの糞野郎だとぉ!?」


 ミシリッ…!とカウンターのテーブルが軋む。


 どうやらエイヴェリーさんのブランドはマイナスに作用したようだ。


 …行き着けじゃなかったの…?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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