第30話 伝説の剣

◇伝説の剣◇


「おおぅ…昨日は食べ過ぎた…」


「…ハルト。私の分のパンを食べないか?少々食欲が無くてな…」


「俺の話聞いてた?」


 竜狩りから一晩たった翌日、俺たちは第六の幸福亭にて遅めの朝食をとっていた。朝食はシンプルにパンとスープ、野菜の酢漬けだ。爽やかな野菜の酢漬けが、食べ過ぎの俺らにとっては、最高の清涼剤となっている。


 既に日はだいぶ高くなっており、まっとうな職業の人間であれば、とうに仕事を始めている時間だ。俺らの朝食も、昨日の馬鹿騒ぎを知っている宿の方が、気を利かして時間外なのに用意してくれたのだ。


 …だからこそ残すわけにはいかない。


「今日は、エイヴェリーさんのとこに、竜の素材を取りに行かなきゃな」


 もそもそと朝食を食べながらナナに確認をとる。


「ああ…。聞くところによると、広場を使って一般公開で解体しているらしいぞ」


「あん?現地で解体したんじゃないの?」


 だって昨日、ドラゴンの肉食べたじゃん。


「食べる分や、処理が必要なとこを取っただけで、後はそのまま街に運び込んだそうだぞ。昨日の打ち上げに合流してきたポーターの人が、何とか門を通せたと話していた。サイズ的にギリギリだったらしい」


「なるほどね。確かにこんな街の近くでドラゴンが討伐されるなんて早々無いだろうしな。折角だから街でお披露目ってことか」


 近いといってもあの巨体を運んだのか…。特注の馬車か?…まさか古代エジプトのピラミッド建築のごとく、丸太を敷き詰めてマンパワーで解決したとか…?


「あれ、じゃあ俺らどこ行けばいいんだ?解体している広場か?」


「それもそうだな。確認するのを失念していた。…狩人ギルドに向かう前に、ちょっと遠回りして広場に顔をだすか」


 そう言ってナナは残っていたスープを飲み干し、席から立ち上がった。俺も最後の酢漬けを口に放り込んだ。


 街は竜狩りから一晩たったが、それでも普段より活気を見せている気がする。むしろ、一晩たったことで狩人とは関係ない街の人々にも熱狂が伝播したようにも思える。


「おいおい。ずいぶん賑わっているな」


「ふふふ。狩人の街でも竜狩りは特別なことなのだな」


 むしろ狩人の街だからこそ、竜狩りの名誉を称える人が多いのか。俺らが広場に近づくにつれ、人の数はどんどん多くなっていく。


 人混みの脇では、街の子供たちが騒ぎながら広場に向かって走っていくのも見て取れた。…竜を見に行くのかい?お兄さんがその竜を屠ったんだぞぉ?


「おい、ハルト。あそこだ。エイヴェリー殿がいる」


 ナナは俺の袖を引きながら、前方を指差した。目の前の広場の片隅。そこには狩人ギルドの職員と話し込んでいるエイヴェリーさんが居た。エイヴェリーさんの近くには山のようにそびえるボスゴレブレの姿も確認できる。


 …問題はそのボスゴレブレを中心として、物凄い人だかりができている事だろう。


「うげ、この人だかりの中を抜けていかなきゃいけないのか」


「ハルト。いったん別の路地から回り込もう。こちらから行けば、エイヴェリー殿の後ろに出るはずだ」


 俺とナナは広場から離れ、横の路地に入っていった。普段は人通りの少ない路地でも、今日に限っては人影が多い。


 人通りが少なくなったのは、エイヴェリーさんの居た方角の路地裏に入ってからだった。といっても人通りが途絶えたわけではなく、こちらの路地はギルド職員が忙しそうに走り抜けていく。


 …確認を取ったところ、現在は関係者専用の通路となっているらしいのだが、エイヴェリーさんが俺らを呼んでいるらしく使用しても問題ないらしい。


「先に狩人ギルドに向かわなくてよかったな。二度手間になるとこだった」


「それもそうだな。…エイヴェリーさんの用事って素材の受け渡しの件か?」


「部位の詳しい確認なのではないか?肉や鱗はともかく、骨と剣の素材は確認が必要だろう」


 広場にたどり着くと、再び喧騒が俺らを包み込んだ。しかし、こちら側一角は柵に覆われており一般人の侵入を拒んでいる。俺らは、柵を乗り越えエイヴェリーさんの元に向かう。


「やー二人ともー悪かったねー来て貰ってー」


 エイヴェリーさんは胡散臭い笑みを上げながら俺らに手を振っている。


「いえいえ、このくらい問題ありませんよ。…エイヴェリーさんは大変そうですね」


「ホントにねー。僕からいえることは一つ。…クランを作るならー事務処理できる子を探してからにしたほうがいいよー」


 エイヴェリーさんは苦笑いしながら呟く。その言葉には妙に重みが篭っていた。


「…?流浪の剣軍であれば事務員など直ぐに集まるのでは?」


「そのー…何でかわかんないんだけどー、僕のクランってーおっさんが多いでしょー?それで事務員の子が気後れしちゃうみたいでねー」


 …世の中にはこんな恐ろしい呪いも有るのか…クランにおっさんしか集まらない呪い。


「多分ねー、最初に剣を運ぶためにーガタイのいい人を多く加入させたのが不味かったんだろうねー。気付いたらーおっさんだらけさー…」


 …普段の飄々としたエイヴェリーさんからは想像できないほど、仄暗い闇を感じる。俺も流浪の剣軍に入らない理由のトップがおっさんばかりのクランだからだ…。なんだろう、申し訳ない気分になってくる。


「そ、その…エイヴェリー殿…」


「やめろッ…!ナナ…!引きずり込まれるぞ…!」


 この闇は事務員が見つかれば晴れるのだろうか…。…多分、見つかってもおっさんの事務員なんだろうなぁ


「エイヴェリーさん。話っていうのは素材の件ですか?」


 こんな仄暗い話題はそらすに限る。このままではなし崩し的に流浪の剣軍に加入させられる恐れがある…!


「そうそうー。素材もそうなんだけどねー、もう一つ相談したい物があるんだー」


「相談ですか?一体何の…?」


 素材の要求が誰かともろ被りでもしたのだろうか?もちろん俺らは抵抗するぞ。まずは話し合いからだ。


「あれだよあれー。ドラゴンの頭のところに置かれてるんだけどー…ちょうどそろそろお披露目になるかなー?」


 ドラゴンの頭の付近には、特に人が群がっている。そこでは解体される竜を背に、吟遊詩人が声高らかに歌っている。…恥ずかしいからあの辺は意識から外していたのだ。


波刃剣フランベルジュの放った業火が、堅牢なる竜の鎧を溶かす!竜すら焦がすその炎は、まさに原初の炎の煌きだ!

 そして、我らがエイヴェリー!一振りの大剣を振りかぶる!常人であれば持ち上げることもできぬの特大剣!まさしく、古き巨人の巨剣の如き大剣だ!

 そして暴れる竜の首にその大剣が振り下ろされる!竜の首を半ばまで絶ち!竜の咆哮が響き渡る!

 しかしながら流石は竜!最後の命を振り絞り!勇者たちも道連れにすべく大暴れ!

 だが忘れる無かれ浮遊剣!見敵必殺の投擲戦斧フランキスカ!すでにその刃は放たれている!

 狩人達は空を見上げた!竜の真上の天高く!そこに何かが煌いた!

 鳥か!?グリフォンか!?いや、あれこそが投擲戦斧フランキスカ!!

 遥か頭上の天空から!爆炎を纏って舞い落ちる!

 さぁ皆の衆!!近くば寄って目にも見よ!これが竜を屠りし竜断ちだ!」


 吟遊詩人は、布で隠されていた物体から、布を取り払う。そこにあったのは最後に使ったあの折れた大剣だ。大剣は単体ではなく、剣が突き立った岩の塊とセットである。

 …そういえば最後、勢い余って地面にまで剣がめり込んでいたな。抜けないのかあれ。伝説の剣みたくなってんじゃねーか。


「この岩は何も野生的なソードラックと言うわけではないぞ!竜断ちは竜の首を刎ねてなお!勢い止まらず、直下にあった岩ごと断ち切ったのだ!」


「「「「おおぉぉぉおお…」」」」


 群集から感心するようなどよめきが起きる。まるでテレビショッピングの視聴者のようだ。


「古今東西、竜狩りの話は数有れど!堅牢堅固と名高い鎧地竜の首を刎ねるなど聞いたことも無い!この竜断ちこそがその証左だ!」


 集まった人々は竜の首と剣を交互に見る。厳密に言うと俺とエイヴェリーさんの二回に分けて斬りつけても、完全には断てなかったんだよな…。もうちょっと剣が長ければ断てたかな…?


「…ハルト。お前、よくそんな平気そうな顔で聞いていられるな…」


「表に出してないだけだ。むず痒くてしょうがない」


「それでー相談ってのがあの剣のことー。あの時はー貸すのでは無くあげるって言ったからねー」


 …ああぁ。あの剣の所有権は俺にあるのか。…剣としてはもう使えなさそうだが。


「エイヴェリーさん、あれって岩から抜けるんですか?」


「いやー回収の際に皆で引っ張ったそうなんだけどねー、抜けなかったみたいー」


 それで岩ごと回収したのかよ。…竜殺しの剣ではあるが、実際には折れた剣でしかない。記念品以上の価値はないだろう…。


「置物以外の使い道ないですよね?エイヴェリーさん、クランハウスに飾ります?」


「いやー確かに置物にしかならないけどー、今なら置物として高く売れるよー?」


 それはそうなのだろうが、ただで貰った物であるため、金銭を得るのも気が引ける。


「…あー。ナナ、テオドール卿はこういう置物を貰ったら喜ぶのか?」


「それは…まぁ、武勇を誇る家なのでな。自領の竜を屠った剣の置物となれば喜ぶはずだ」


 ナナはエイヴェリーさんを気にするように見ながら俺の問いに答えた。


「ふふー気にしなくても、クランハウスに飾る予定はないよー。ハルト君が僕に押し付けたのなら、献上品に加えようとしてたしー」


 エイヴェリーさんはナナの気遣いに笑みを浮かべながら、俺の答えに賛同してくれた。


「んじゃ、それでいいじゃないですかね。竜狩り一同からの献上品てことで」


「…かたじけない」


「ふふーナナちゃんがかしこまることないでしょー?」


 むしろ、あの親馬鹿辺境伯のことだ。竜狩りの剣としてではなく、ナナの成した偉業の証として大切にするかもしれない。


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