第29話 屠竜の首飾り

◇屠竜の首飾り◇


「なんで生きてるのー?」


 …城壁に戻るやいなや、エイヴェリーさんに俺の生きる価値を疑問視するような事を言われた。


「いやーあの速度で落下してー大きな怪我もないとかー、骨折してる僕が馬鹿みたいじゃん」


 すいませんね。体の丈夫さが取り柄なもんで。


「ハルト!笑い事じゃ無いぞ!私だって心配したんだからな!何だあれは!ああいうのをやるなら事前に言ってくれ!」


 ナナさんもおかんむりだ。しかも、後でちゃんと機嫌を取らないと拗ねるパターンだ。


「そもそも、ちょこっと記憶が曖昧なんですが、俺、ちゃんと倒せました?」


 …流石に俺も魔法を使いすぎたので、風で確認するのは控えたい。しかし二人は答えてくれずに、ただただ、可哀想なものを見る目でこちらを見つめる。


「ハルト…お前、やはり頭が…」


「おい待て止めろ。少し記憶が飛んでるだけで、思考は正常だ」


 ナナが俺の頭を撫でるように摩る。いいから現状を教えてください。


「気になるならー見てみればー城壁登れば直ぐだよー」


 俺らは城壁の上に促される。エイヴェリーさんも、トムズさんに背負われて俺らの後に続いて城壁に登ってくる。


「おぉ…我ながら派手にやったな」


 城壁の前には鎧地竜ボスゴレブレが臥していた。その瞳には既に生命の輝きがない。物言わぬボスゴレブレとは逆に、辺りからはあちこちで歓声が上がっている。おっさん達の間にはかつて無いほどの熱狂が渦巻いている。


「首を脊髄ごと両断してるからー、今は辛うじて首の皮で繋がってる程度だねー。少なくともあれで生きていられる生物を僕は知らないよー」


 死亡確認が終わったのだろう。副リーダーのおっさんが指示を出し、残り少なくなった血液を瓶に溜めさせている。


「ハルト君。仕留めて貰った形になっちゃったけどー、配分は事前の取り決め通りで構わないかなー?」


「えぇ。それは勿論。あれができたのも、ここまでお膳立てされたお陰ですからね」


「ただエイヴェリー殿。素材の優先権は貰えるのでしょうか?」


 ナナがエイヴェリーさんに疑問を投げ掛ける。そういえばそういう取り決めもあったな。活躍した奴から優先的に、竜の素材の取りたいところを取ると。


「それは勿論構わないよー。あそこまで華麗にラストアタック決められちゃったらねー文句言う人もいないでしょー」


 と言ってもな。竜の素材かぁ。


「二人分の防具に鱗を。骨も少々貰いたいですね…後はマチェットの素材になる箇所あります?…ナナもどこか欲しいところあるか?」


「私は…肉をいくつか頂きたい。竜種の肉は美味と言いますからね。あとは…その、父上に送るために…どこか記念になるような部位を…」


 お肉が食べたいとは食いしん坊さんめ。…ナナが肉を要求してくれて良かった。俺も食べてみたい。二人分もらえるよね?


「了解ー。ただ、ナナちゃんの要求はあれだねー。お肉も打ち上げで僕のクランの取り分から放出する予定だしー、テオドール卿にもクランから頭殻を献上する予定なんだよねー」


「おぉ。エイヴェリー殿。我が家に気を使って頂き感謝致します。では献上品は連名という形でお願いできないでしょうか」


「はいはーい。そっちの方がこっちもありがたいかなー。お肉は干し肉なんかに向いているところを回すよー。新鮮なのは今晩味わってねー」


 干し肉か。俺とナナの手にかかれば、上等なのに仕上がるぞ。…他の奴らから干し肉の加工依頼をとっても儲けられそうだな。いや、それはあまりに狩人らしくないか。お肉屋さんになっちまう。


「それじゃー、後はポーターに任せてー僕らは帰ろうかー。僕の場合、足の治療もあるしねー」


 エイヴェリーさんは自分の足の金属のギブスを軽く叩く。どうやら魔法で作り出したお手製のギブスのようだ。


「それ、打ち上げまでに間に合うんですか?」


「間に合わなかったらー治療途中でもいくさー。僕だって打ち上げは楽しみなんだよー」


 いや、笑って言ってるけど平気なのか?多分、治ってもしばらくはお酒を控えるように言われるぞ?


 俺がエイヴェリーさんの身を案じていると、副リーダーのおっさんが駆け寄ってきた。


「エイヴェリーさん。馬車の手配ができました。…妖精の首飾りの二人も帰りは徒歩じゃなく、エイヴェリーさんと同乗していけ」


「それはありがたいですけど、いいんですか?」


 功労者ということで気を使ってくれてるのだろうか。城壁から全体の指示を出していた副リーダーのおっさんも、かなりの功労者なのだが。


「これは労いでも何でもねぇよ。…今回、竜狩りが成ったのはエイヴェリーさんとお前ら二人の功績がデケェ。そんな三人がのこのこ顔出してみろ。大騒ぎが始まってこの場が打ち上げ会場になっちまう。混乱無く撤収するために三人は別行動だ」


 褒め称えられる事は好きだが、確かに今出て行くとボロ雑巾みたいにされる恐れがあるな…。風を使わなくてもここまで歓声が響いてきている。おっさん達はかなり盛り上がっているはずだ。


「それじゃー後のことは頼んだよー。ハルト君。悪いけどー運んでもらってもいいかなー?それも隠密でー」


「構いませんよ。本業は斥候ですから隠密なんて楽勝ですよ。ナナ、すまんが俺の分の荷物も頼む」


「承った。先導は頼むぞ。私も揉みくちゃにされるのはごめんだ」


 少し時間を置いたため、探知程度の魔法は問題ない。俺は風を広範囲に展開し、そそくさと移動を開始する。


 今度は風に乗って、未だに冷めぬ竜狩りの興奮が、俺の元に伝わってきていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 街の中心近く、狩人ギルドの酒場。まだ夕刻だと言うのに、見渡す限りのおっさん達がジョッキを掲げ、浴びるように酒を飲んでいた。


 既にギルド内の酒場では収容できず、ギルドの前の道脇にテーブルを並べて、前世のビアガーデンのような光景を作り出している。


「我らの英雄にカンパーイィ!!」


「乾杯ぃ!!」


 既に何回目かの乾杯のコールだ。俺とナナはおっさんに囲まれてひたすら讃えられている。三百六十度おっさんだ。おっさん密度指数は過去最高を刻んでいる。…地獄かな?


 一方で、エイヴェリーさんは直ぐ近くで胴上げされている。ジョッキを持って胴上げされているものだから、上げられるたびに酒の飛沫が辺りを濡らしている。


 …あの人、骨折してたよね?もう治ったの?胴上げなんかして平気?


「いやぁお前ら見たか!?嬢ちゃんの火の魔法!ありゃヤベェぞ!なんたってありゃヤベェ!!」


 おい、語彙が死んでるぞ。


「竜の鎧を溶かす魔法だぜ!俺はあん時近くにいたからよ!あ、俺死んだなって覚悟したわ!そこにすかさずエイヴェリーさんの大剣だ!もう死んだようなもんだわ!」


 大丈夫かこのおっさん。足透けてないよな?


「オメェは坊主のラストアタック見てねぇから言えるんだよ!坊主!俺はちゃんと見てたぜ!天空まで舞い上がって、竜の首に目掛けてギロチンの如く落ちてくる!

 ありゃあ痺れたぜ!あ、こいつ死んだなって思ったわ!なんで生きてんだ!?」


「いやほんとにな」


「普通死ぬよな」


「坊主、足透けてないよな?」


「やめろよ…オレ、そういうの苦手なんだ…」


「我らが英霊に乾杯!」


「乾杯ィ!」


「成仏してくれヨォ!」


 …死んでねーよ。


「ハルト。死んでないよな?大丈夫だよな?」


 ナナが変なところを心配している。こいつ空気中のアルコールで酔ったのか?


「死んでる訳ねーだろ。…やめろ!お前ら縁起でもない!」


「「「ガハハハハハ!!!」」」


 おっさん達が手放しで笑っているのも、今回の討伐にて死者無しという快挙を成し遂げているからだ。人を死人扱いするブラックジョークも死者がいない故に許され…。…許す訳ねぇだろ!少しは自重しろ!


「やー楽しんでるー?二人ともー?」


 先程まで胴上げをされていたエイヴェリーさんが、俺らのテーブルに漂流してきた。


「おおお!!我らの英雄が三人揃ったぞ!オラ、席を開けろぉ!」


 おっさんがおっさんを追い出し、俺の隣の席が開けられる。空間中のおっさん密度指数が僅かにだが低下する。


「ええ、お陰様で楽しんでます。まぁまだ俺もナナもお酒を飲めないんで、その場の空気だけでもって感じですが」


「やーそれならちゃんと楽しめる物がそろそろできあがるよー。それ聞いて僕もテーブル席に来たんだ」


「楽しめる物というと…おぉナナ!お目当のもんが来るぞ!」


「おお!ハルト!それは本当か!?」


 俺は風に漂う匂いを感知した。酒臭い空間を打ち消す、最高の芳香剤。鉄板で焼ける音も聞こえてくる。


「皆さん、お待たせしましたー!ドラゴンステーキでーす!」


「待ってましたぁ!」


 辺りのおっさん達からも歓声が響き渡る。


「さぁ三人にはご注文通り、一級の部位になります!」


 ウェイターのお姉さんにより、俺らのテーブルには巨大なドラゴンステーキの塊肉が置かれる。塊肉の下は鉄板となっており、俺らの目の前でバチバチと油の跳ねる音を上げている。かなりの大きさだ。…あのお姉さん、身体強化しながら運んでたぞ。


「さぁさぁー切り分けようじゃないかー」


 エイヴェリーさんが椅子から立ち上がり、切り分け用のナイフを手に取った。気付けば、周りのおっさん達もエイヴェリーさんを見つめている。…一番の功労者による第一刀という訳か。


 肉は脂身が少ない赤身肉だ。だがナイフを軽く当てただけで、柔らかそうに変形する。肉を切断し始めると、驚くほどの肉汁が、断面から湧き出してくる。


「ドラゴンはねー。種類によって結構肉質が違うんだー。鉱物食のこいつは脂肪分が少なく赤身が多い。それでいて柔らかい肉質と深い旨味が特徴…らしいよー。僕も鉱物食のドラゴンは初めてさー」


 鉱物食だから、脂身が少ないのだろうか。その分ミネラルなどが豊富に含まれていると…。


 エイヴェリーさんは俺とナナ、それと自分の皿に切り分けた肉を乗せる。


 他のテーブルにもドラゴンステーキが運ばれ、次々と取り分けられていく。


「それじゃーみんなー肉はあるかいー?我らの勝利にーかんぱーい!」


「「「乾杯!!」」」


 皆が皆、ジョッキの酒はそっちのけで、ドラゴンのステーキに齧り付く。俺もナナも目の前のステーキに夢中だ。


「おぉぉおお!想像以上に柔らかい!柔らかいのに弾力もある!」


 口に入れた瞬間から、破壊力のある旨味が広がる。出だしの遅い脂の旨味ではなく、出だしからガツンと味がくる赤身の旨味だ。その分、後味はアッサリとしていて飲み込んでしまうと口の中が一気に寂しくなる。そのため、余韻を楽しむのでは無く、次から次へと肉を口に運んでしまう。


「これは…止まらんな。もう一口、もう一口と進んでしまう」


「ふふー鉱物食だからか臭みも無いねー。干し肉にするのは、ちょっともったいないかと思ってたけどー干し肉にも向いてるお肉かなー」


 赤身肉は燻製や干し肉に向いている。これだけ旨みの強い赤身肉だ、ジャーキーにしても格別だろう。


「うま…うま…」


 ナナもエイヴェリーさんも止まることなく食べている。あれだけあった塊肉もだいぶ小さくなってしまった。


「はいはーい。通して通してー」


 寂しくなってしまったテーブルに、ウェイターのお姉さんが次なる料理を運んでくる。


「さぁさぁ。これは討伐した今日しか食べられないよー?ドラゴンと香味野菜のタルタルステーキでーす」


 タルタルステーキ…!そういうのもあるのか!


 タルタルステーキは乱暴に言ってしまえば生のハンバーグだ。あるいは洋風ユッケといえばいいだろうか。


 生肉のミンチに香味野菜とスパイスが練り込まれ、中央には卵黄が乗っている。


「ささ、ガルムをちょっと垂らして、卵黄と混ぜて食べて下さーい」


「赤身肉って言ったらこれもありだよねー。本来は馬肉だけどー。ドラゴンのお味はどうかなー」


 エイヴェリーさんが早速、タルタルステーキに手を伸ばす。俺も釣られて自分のタルタルステーキに匙を入れる。アッサリ旨いステーキとは違い、こっちはまったりと旨味が舌に滞留する。


「あぁ。ステーキはシンプルな味付けだったけど、こちらの複雑な味わいもたまらないですね」


「ねー葡萄酒が進みすぎてー飲めないハルト君に悪いぐらいだよー」


「ふふ。それならば、飲めるようになった時に、また狩りに向かいます。なぁハルト。そのつもりなんだろう?」


 確かにこれは酒が欲しくなる。それもフルボディの赤ワインだ。舌に残る肉の旨みを赤ワインで流し込みたい。あぁ少しぐらい飲んでも平気か?でも飲み始めたら止まらない自信もある。


 …ナナの言うとおり、飲めるようになったら狩りに行くか。


「ああ、俺も酒と合わした時の味が気になる。そん時は付き合ってくれよ?」


「もちろんだとも」


 ナナも俺も不敵に笑う。俺らは狩人。また狩ればいいのだ。


 俺らは残りのステーキを食べ始める。今は飲めない分、肉を思う存分堪能しよう。


「あ、お二人ともお食事中申し訳ないのですが、ギルド証を出してもらえますか」


 俺らが残りのステーキに舌鼓を打っていると、狩人ギルドの受付嬢から声が掛かった。記憶では、観測員として同行していた職員の一人だ。


「本当は、討伐報告を受けた際にするのですが、お二人は他の方と別で帰還しましたからね」


「あーそうかー二人は初めてだもんねー」


「エイヴェリーさんも増やせますけど打ちますか?」


「いやー、僕はひとつあればいいよー」


 受付嬢にギルド証を渡す。銅級なので銅合金で作られたメタルプレートだ。


「それでは打刻しますね。…恐らく、銅級の方のプレートにこれを打刻するのは初めてかも知れません」


 受付嬢は金槌とポンチを使って、プレートに打刻をする。何も刻まれていなかったプレートの空白に、新たな印が打ち込まれた。


「はい。こちらお返しいたします」


「これは…」


 ギルド証に増えた新たなマーク。竜を象ったその印。


「ふふー何をしてきたのか忘れたのー?」


 エイヴェリーさんが肉の刺さったフォークを片手に笑みを向ける。


「その印は屠竜の証し。ドラゴンスレイヤーを示す勲章さー」


 俺とナナは自身のギルド証を見つめた後、感慨深げに首に掛ける。


 銅級のギルド証なんて、そこまで自慢になる証しでは無いのだけど、そこに新しく誇らしいものが追加された。


 俺とナナの軌跡を示す、大事な大事な首飾りだ。


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