第28話 狩人よ。力を示せ03

◇狩人よ。力を示せ03◇


「ナナ。ここいらだ。ここなら奴の死角だ」


「エイヴェリー殿も問題なさそうだな」


 俺らは城壁の上、ボスゴレブレを後方から見渡せる位置に陣取った。


 確認のため、エイヴェリーさんのほうを見据えると、ボスゴレブレの首の近くの城壁上から、エイヴェリーさんが手を振っているのが見えた。


「では、ハルト。誘導は頼んだぞ」


 ナナの手の中に小さな火の玉が灯る。その火の玉はゆっくりと、だが確実に大きくなっていく。


 魔法はなにも戦いの道具ではない。それこそハーフリングのような魔法種族にとっては、魔法は体の一部。第三の腕のようなものだ。


 しかしながら、生きる事は戦う事でもある。有用であるが故に、古来より魔法は戦うためにも使われる。


 それは魔法種族であっても変わらない。二本の腕で殴るのだから、三本目の腕で殴ったってなんらおかしくない。


 そのため、どの属性であっても火力を上げるために様々な工夫がおこなわれる。風を集めて圧縮してみたり、土を精錬して尖らせてみたり、水の流速を上げてみたり…。


 様々な工夫を組み入れる事で、魔法は複雑化し、その難易度故に上位魔法なんて言われることもある。


 …ナナが今やっている事は、その。他属性の涙ぐましい努力を嘲笑うかのような所業。これは術式的には最も基本の火球の魔法ファイアボールだ。


 工夫とか小細工だとか、そんな事に手間を割くぐらいなら、単純な魔法に有りっ丈の力を込めればいいじゃないか。そんな、火という存在そのものが生物に害をなす属性だからこそ行える暴挙。


 既にナナの火球は掲げるほどに大きくなっている。風を吹かせ熱を上部に逃がしているのに、それでも放射熱で皮膚がチリチリと熱くなる。


「ハルト!行くぞ!」


「あぁ!もう風の道はできている!」


「「巨人の炎を喰らいやがれ!!」」


 ナナが火球を飛ばすと同時に、俺が強風を吹かせる。この術は下級の魔法であるため、本来であれば低速で射程距離も短い。


 しかし、俺がいる。


 全属性最速の風の魔法使い。


 火球を風に乗せ一気に加速させる。


 ボスゴレブレが熱量に気付き、体を動かすがもう遅い。それどころか風である程度ホーミングさせられるから、この状態で外れる事はない。


「総員!伏せろぉおおお!」


 副リーダーのおっさんが号令を出す。思ったよりも魔法が速かったのだろう。ギリギリの号令だ。


 すぐさま着弾し、爆炎がボスゴレブレの首元を包む。


「Aaaahhhhhh…!!!」


 かつてないほどボスゴレブレが暴れまわる。


 燃焼するものが無いため、火はものの数秒で消え去ったが、ボスゴレブレの首回りの外殻は真っ赤に熱せられ、一部は滴るように溶け出している。


 ボスゴレブレの頭上に影がさす。エイヴェリーさんが振り上げる特大剣だ。


 熱による追撃を受けているボスゴレブレに気付くような余裕は無い。


「いっくよー!」


 気の抜ける掛け声とは裏腹に、轟っ!!と重い風切り音が鳴る。


 着撃。特大剣はボスゴレブレの首を打ち据え、辺りに溶鉄の飛沫が舞う。


「Ghaaahhhhhh!!!!!」


 耳をつんざくような金属音と極大の咆哮。真っ赤な溶鉄の雫に加え、真っ赤な血飛沫が辺りを汚す。首筋から溢れ出る赤き血潮は、その傷の大きさを物語っていた。


「やったぞ!!我らがリーダーが!首を断ち切った!!」


「おぉぉおおおおお!!」


 咆哮に負けじとおっさん共から声が上がる。


 狩人達が武器を掲げ、ボスゴレブレの最後に歓喜の声をあげる。


 今、城壁は勝鬨に包まれている。


 …だが、俺の耳には騒音に掻き消されているエイヴェリーさんの声を拾っていた。


「まだ…まだだよー。首は完全に断ててないー…」


 暴れるボスゴレブレのすぐ近く、エイヴェリーさんは折れた特大剣を盾に、ボスゴレブレが飛ばす石飛礫をしのいでいる。


(ありゃぁ足の骨をやったな…)


「ナナ!エイヴェリーさんを回収しに行く!」


「一人で平気か!?」


「風で後押しするから付いて来てくれ!俺が担ぐからナナが警護!」


 俺とナナは城壁から飛び降り駆け抜ける。暴れるボスゴレブレを避けながら、エイヴェリーさんの元に向かった。


「エイヴェリーさん!」


「ごめんねー足やっちゃったー」


 座り込んだエイヴェリーさんを担ぎ上げる。大人一人の体重なぞ俺には問題ない。


「おーさすが力持ちー」


「エイヴェリー殿。飛礫を防ぐ盾がわりに、この大剣をお借りいたします。」


「いいよー綺麗に折れちゃたからねー盾ぐらいにしかならないしー」


 急いでボスゴレブレの近くから離れる。向かうは城壁とは反対の方向。そちらに退避した一番隊が居るはずだ。


 俺はチラリと背後を振り返る。今はがむしゃらに暴れているだけだが、こちらに気付いたらまずい。なんたって最もヘイトを稼いでる人間がいるのだ。鎖を引き千切って突進してくる可能性もある。


 骨折しているエイヴェリーさんを気遣うほどの余裕は無い。揺れるのを構わずに俺は脚を早める。


 戦場脇の丘まで駆け寄れば、そこには警戒をしている一番隊の姿が確認できた。


「坊主すまん!一人でこのまま行けるか!?」


 一番隊からトムズさん達が駆け寄ってくる。他何人かのおっさんはナナと一緒に俺らを守るように布陣する。


 俺らはそのまま丘を駆け上がり、ボスゴレブレから隠れられる位置に逃げ込んだことで、ようやく一息付くことができた。


「ごめんねー完全にはいけなかったよー剣が折れちゃったー」


「エイヴェリーさん、あの出血です。動脈は切ってますから直にくたばりますよ」


 …そうだといいなぁ。そうだといいんだけど、俺の風は嫌な会話を拾う。


 俺は声送りを使用して二箇所の会話を繋げる。


「あー妖精の首飾りのバルハルトです。今この声は声送りの魔法で繋いでいます。そちらの会話もこちらに届きます」


『!?投擲戦斧フランキスカの坊主か!?…まずはエイヴェリーさんの救出、礼を言う。エイヴェリーさんも申し訳ありません。対応が遅れました』


 俺が繋いだのは城壁で指示を出している副リーダーのおっさんだ。


「いいよー君にはそちらの統括を任せてるしねー。妖精の首飾りが飛び出したの見てー、救出は不要と判断したんでしょー」


『それで、エイヴェリーさん。少々まずい事態です。拘束している鎖がもう持ちません。四本中二本がもう断ち切れてます』


「ありゃーそれはちょっとー…」


 俺らの視線の先ではボスゴレブレが暴れて城壁を削るようにもがいている。首からは血が流れ続けているものの、未だに弱りは見えない。


「…結構な量の血が出てるが、あれはまだ暴れるのか…?」


『エイヴェリーさん、今は二本の鎖で繋ぎ止めてますが、これが外れたらどこに向かうか分かりません。城壁外に展開している部隊を、一旦城壁に向かわせますか?』


「…そうだねー。それと馬を用意しといてー。最悪僕が囮になってー山に連れてくよー。街に行かれるとまずいしねー」


 ここから街まで徒歩二十分ほど…。鈍重とはいえこのサイズだ。ボスゴレブレの脚なら数分で着くだろう。


「それじゃー皆んなー、回り込んで城壁に戻るよー。ハルト君、悪いんだけどまた抱えて貰っていいかなー?おっさんよりは若い子がいいー」


 …おっさんはエイヴェリーさんの趣味では無かったのか。本人もおっさんだらけのクランに思うとこがあるのか…。


 …というか、なんで俺らまで撤退の流れになっているんだ?


「エイヴェリーさん。…この折れた特大剣。貰ってしまってもいいですよね?」


「…?構わないけどー何かやるのー?気を使って無理に攻めなくてもいいよー?」


「いやいや、俺がやりたいからやるんですよ。だって目の前に手負いのドラゴンがいるんですよ?…記憶が確かなら、俺は今日、竜狩りに来たはずです。

 さらに言えばエイヴェリーさんも言いましたよね?俺ら妖精の首飾りには後詰めをお願いしたいと」


 俺らだって竜狩りをしに来たのだ。流浪の剣軍に何から何まで面倒をみてもらうつもりもない。


「ナナだってまだやれるよな?ここでお預け食らって納得できるか?」


「ふふ。その通りだなハルト。ここで止めるのは。あの城壁からなら私でも首に飛び乗れるのではないか?」


 ナナも不敵に笑う。ナナは無謀には付き合わない。ここで乗ってきてくれるのは、俺に考えがあると信じてくれているからだろう。


「…はぁー。その剣を貸してー。…テオドール卿にナナちゃんを頼むと言われてるのにー、こんな事になるなんてーなんて言い訳しよう」


 エイヴェリーさんは剣を魔法修復しながら呟く。折れた剣身はそのままだが、細かなヒビが消えてゆく。


「そんなもん、竜狩りに誘った時点で今更じゃないですか。もちろん、流浪の剣軍が人死を出さないよう作戦や配置を練っていたのは知っていますが…」


「私達も私達の責任でここに立っています。お気遣いはありがたいですが…」


 エイヴェリーさんは俺らの言葉に苦笑いを浮かべる。


「それじゃー僕らはー城壁で見学してるからー。それとー鎖が全て切れたらー、流石に城壁に避難してよー?」


 俺に剣を託すと、エイヴェリーさんはトムズさんに負ぶさり、城壁へと向かって行く。


 ナナが俺と並ぶように立ち、エイヴェリーさん達を見送る。


「…さて、ああは言ったものの、私はもう大して魔法を撃てないぞ。何か策はあるのか?」


炸裂火球フレアブラストなら三発いけるか?」


「それなら問題ない。だが怪我を負ってるとは言え、それで仕留められるか?あれは炎というより、衝撃を出す魔法だぞ」


「問題ない。二発ほど俺にくれ。一発は俺が合図をしたら、あいつにぶち当てて頭を下げさせてくれ。当てられるか?」


「こちらも問題ない。当てられる距離まで近づいて当てる」


 …お前のそれって近接の距離じゃん。


 拘束できている時間はあまり残っていない。チャレンジできる回数は一回きりと思って間違いないだろう。


 俺らは黙って暴れるボスゴレブレを見据える。


「…ハルト。そろそろエイヴェリー殿は城壁に着いただろうか」


「あぁ。…俺たちの竜狩りを」


 ナナが炸裂火球フレアブラストを俺に飛ばす。俺はその二つを風で絡めとり、自身の周りに周回させる。


「そんじゃサクッと行きますかぁ!!」


 俺とナナはボスゴレブレに向かって駆け出す。手にはマチェットではなく、先程の折れた特大剣だ。


 中程で折れているため、今はもう、戦斧バトルアックスと言った方が正しい形状をしている。


「まずは、アップドラフト!アンドエアブラストォ!」


 俺はエアブラストの炸裂と上昇気流により、天高く飛翔する。


 …だが、これではまだまだ高さが足りない。


「ここでお借りした炸裂火球フレアブラスト!」


 俺の真下で炸裂火球フレアブラストが炸裂する。


 エアブラストの数倍の衝撃だ。…これだから火力重視の属性は!


 衝撃を利用して、更なる高みへと打ち上げられる。正直結構痛かった。


 周囲を取り巻く空気の温度が下がったのを感じる。大体、五階建てのマンションぐらいだろうか?この高さならまだ、俺の強靭な体は耐えてくれる。


 戦場の喧騒が遠ざかり、俺の目には遠くにそびえるアウレリアの街並みも確認することができる。…あぁなんて気持ちいい風だろうか…。


 のんびりと風景を眺めていたいが、そうもいかない。俺の体は物理法則に則り、自由落下し始める。


 眼下には小さくなったボスゴレブレ。そこに辿り着くように風を使って細かく制御する。


「ナナァ!首を下げさせろぉ!」


 声送りにてナナに指示を出す。俺はその間もどんどん加速する。周囲の空気と俺との摩擦で風切り音がなり始めるが、即座に風を操り空気抵抗を極端に低くする。


 ナナがボスゴレブレの頭に直接切り掛かり、炎の魔剣を用いて炸裂火球フレアブラストを直接叩き込むのが見えた。


 …思っていた当て方とは違うが、問題ない。いい具合にその首を晒している。


「やっぱりよぉ!あこがれは形にしないとなぁああ!」


 魔法といえば真っ先に出てくるあの魔法。


 残念ながら俺は土属性では無いから使えないあの魔法。


 むしろ、土属性でも困難なあの魔法。


 もう目標は大分大きくなってきている。


 俺は折れた特大剣バトルアックスを掲げ、最後の炸裂火球フレアブラストを背後で炸裂させる。


「メテオォ!!ストライクッ!!!」


 残念ながら自分自身が隕石なんだけどね!!


 最後の最後で炸裂火球フレアブラストを用いた超加速!


 爆轟を伴って、剣をボスゴレブレの首に向かって叩き込む!


 ……


 ………


 …………瞬間。閃光が走り、世界から音が消えた。


 剣から伝わった衝撃が俺の体中を駆け巡っている。


 音の跳んだ静寂の中で、耳鳴りのような高音だけが頭の中で響いている。


 …俺はどうなった?


 アイツの首に剣を叩き付ける瞬間までは覚えている。


 だが、気付いたら地面に向かって剣を振り下ろしている。


 衝突の直前までは覚えているが、気が付いたら直後になっている。


「…!……ルト!ハルト!」


 まともになってきた聴覚が、騒ぐナナの声を拾う。


 目線だけをそちらに向ければ、意外なほど直ぐ近くでナナが騒いでいた。


「…すまん。よく聞こえないし、体も痺れて動かん…!」


「もぅ!肩貸せ!急ぐぞ!」


 ナナが頭上を警戒するように見ながら、俺を抱き寄せ、足早にその場から離れる。


「え?どうなったの?やった?」


「やったから!!いいから早く足動かせ!」


 背後から地を這うような風が吹いてくる。


 …俺は風魔法使いだから、この風が何の風かわかる。


 …風魔法使いじゃなくてもわかるかもしれない。


 …この風は、でっかいものが倒れるときの風だ。


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