第26話 狩人よ。力を示せ01

◇狩人よ。力を示せ01◇


「おいおいおいおい。おいおいおいおい」


「ハルト…。少し落ち着け」


 落ち着けって…!ドラゴンやぞ!


「そもそも、なんでこんな依頼が?それこそ領軍でも動かして討伐すれば…?」


 鉱脈の解放となれば、流石に領軍を動かせる案件だ。


 …今、領軍を動かせば、うちのおかんが付いてくるぞ!


「そうそう。まさにそれなんだよー!もともとねー、鉱石食のボスゴレブレが居座るからー、鉱脈が有るのでは?って話でこの依頼が出されてねー。

 ただ、討伐できなくてずーるずーると時間が経ってー、その間にも隙をみて地質調査をしてきた結果ー、鉱脈の存在が確定しましたー」


 パチパチとエイヴェリーさんが小さく手を叩く。一方、オーディエンスの反応は渋い。


「あーてことは、領軍が出てくるって話になったんすね」


「あぁなるほどな。では、エイヴェリー殿は領軍に取られる前に、依頼を遂行したいと」


 エイヴェリーさんは笑顔を浮かべながら頷く。


 竜狩りの名誉は他に譲らないって事か。


「でもって、ほらー僕って結局物理攻撃でしょー?ちょーっと相性悪いかなーって事でー。後詰めに『妖精の首飾り』の力を借りたいなーって」


 俺は腕を組んで考え込む。鎧地竜ボスゴレブレ…。


 討伐依頼書に書かれた内容を見るに、動きは遅く、大きさも竜種にしては小柄。…それでも大型ダンプ位はあるが…。最大の特徴が、鎧とも言えるほど大きい鱗。外殻と呼ばれるそれが頭や背中、手足を覆っている。見た目はささくれ立ったアルマジロだ。


 …これは確かにエイヴェリーさんとは、…そして俺とも相性が悪い。物理絶対防ぐマンじゃん。


「ナナ。こいつを見る限り、俺は役に立たない可能性がある。ナナがどこまでやれるかだ」


 俺はナナを見る。俺の視界に映るのは、会った時から変わらない、火の灯る意志の強い目だ。


「ハルト。…面白そうだ」


「そっか。じゃぁエイヴェリーさん。受けます」


「…頼んでる僕が言うのもなんだけどー、もっと色々話さなくて平気ー?」


「うちのパーティーは、面白いかどうかが基本ですから。相方が乗り気ならそっちを優先。どうやるかは後から考えますよ」


 面白いかどうか。そんなことを大真面目に話し合ったことは無いが、俺にもナナにもその性質がある。俺は自由を愛すハーフリングの気質ゆえに。ナナは目の前の困難を打ち砕くのが楽しいという、巨人族譲りの戦士の気質だ。


 俺はエイヴェリーさんから依頼書の写しを貰う。その写しに具体的な決行日や当日の動き、作戦なんかを書き込んでいく。


…先程は俺は役に立たないといったが、俺ができることも考えておくべきだな。相手は竜種だ。甘さが即、死につながる相手。危険とは分かっているが、同時に高揚もしてしまう。


 俺は自分の口端が上がるのを感じた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 五日後、俺ら妖精の首飾りと流浪の剣軍、及び俺らのように一時加入した他パーティーやポーターが街門の前に集まっていた。


 観測要員として狩人ギルドの職員の姿も見える。狩人ギルドとしても、この依頼をそうとう重要視しているようだ。


 集まっているのは狩人達だけではない。街門の内側にも俺らを見送る人々が集まっており、ここいらは一種のお祭り騒ぎとなっている。老若男女、様々な方々から激励の言葉が飛んでくる。


 おおう。幼さの残る俺とナナが珍しいからだろうか。お姉さんや淑女の方が、こちらに向けて手を振ってくれている。…でも、可愛いじゃなくてカッコいいのほうが嬉しいな。


「ハルトォ…?少々弛んでいるのではないか…?」


 ナナから冷たい声が飛んでくる。いえいえ。一気に引き締まりましたよ…。脇腹を小突かないで下さい…。


 街門の前のど真ん中にひな壇が運び込まれ、その上にエイヴェリーさんが登る。ざわざわと騒がしかった軍勢が水を打ったように静かになる。


「えー皆さん。準備はいいですかー!?」


 応っ!!と威勢のいい声が響く。各々が腕を掲げ、自身の意志を示す。


「これからー僕らはー竜を狩ります!。再びーこの門をくぐる時はー竜狩りとなっているわけですー!」


 ヤル気に満ち満ちた目がギラギラと光る。竜狩りとは最上の名誉の一つなのだ。空気が熱気を孕み、静寂から一転、群集が熱狂に包まれる。


「だからこそー!再び門をくぐれるようにー!死なないでくださいー!それがリーダーの僕からの要求ですー!」


 喧騒を塗りつぶすかのように、エイヴェリーさんの声が響く。因みに声を拡散させるなどのアシストはしていない。こういうのは、声を張り上げることが重要なのだ。


「おーし!行くぞー!お前らー!」


「「「応っ!!」」」


 エイヴェリーさんを先頭に、百名を超える精鋭の足音が続く。集団は既に鉄火場の雰囲気を纏っていた。


 …二十分後。


「着いたねー」


 近っ!?えぇ!?まだ後ろに薄っすらと街の外壁が見えるんだけど!?


「めちゃくちゃ近いですね」


 近所って言っていいレベルじゃん。不動産チラシがあったら、街近徒歩二十分と書かれてるんじゃない?


「だからこそー、竜を討伐する必要もあるんだよねー。それじゃー僕は先行部隊に話を聞きに言ってくるねー」


 そう言ってエイヴェリーさんは、この場を副リーダーのおっさんに任せ、先に進んでいった。


「さて、ハルト。しばらくは静観だな。このまま出番が無くなる可能性もあるが…」


「あぁ。エイヴェリーさんの初撃で片が付くことに越したことはないが、俺らの出番が無くなるのはちょっとな」


 せっかく参加したのだ。不謹慎だが、第一作戦は失敗して欲しい。


 取り敢えずは、こちらの拠点構築だ。といっても大半は事前に終っている。俺らの待機地点は土の魔法使いであるエイヴェリーさんが事前に戦いやすいように整地しており、二階建て程度の高さの簡易的な城壁までも作られている。簡易的とはいえ、竜の足を止められるほどには強固に作ってある。


 城壁は弓なりになっており、手前側には城壁の上に登るための階段も拵えてある。半数近い人員は城壁上に登るが、俺らの初期配置は城壁の手前の中段部分。ここにはちょっとした仕掛けが備わっている。その仕掛けの作動が、俺の最初の仕事だ。


 全員が持ち場に着いたところで、副リーダーが信号弾を上げる。信号弾は空高く打ちあがり、空中で光を放つ。


 この信号弾は先行しているエイヴェリーさんに向けられたものだ。この城壁の先の岩石地帯。そこの鉱脈に居座る竜に向けて、エイヴェリーさんが特注の槍をしこたま撃ち込むのだ。先ずこれが第一作戦。


 それで仕留められなかった場合、エイヴェリーさんがボスゴレブレをこの城壁まで誘導し、全員で攻撃する。これが第二作戦となる。


 前方の木々の向こうから轟音が響く。エイヴェリーさんが攻撃を始めたようだ。俺らは固唾を呑んで、状況を見守る。


 木々の向こうから信号弾が上がる。エイヴェリーさんからの信号だ。色は…。


「赤色だ。ハルト。どうやら出番が来るようだな」


「まぁ慌てなさんな。第二作戦も最初は流浪の剣軍からだ、俺らを含む一時加入パーティーはその後さ」


 念のためナナに釘を刺しておく。竜を見た瞬間、我慢できなくなって飛び出していきそうだからな。


「ハルトは少し早めに出番があるじゃないか。狡いぞ!」


「なんなら変わるかい?ハンドルを回す簡単なお仕事だぞ?」


 俺は目の前の大型リールを叩き、ナナが冗談だと笑いながら呟く。


 次第に、遠方から地響きが響いてくる。奴が近づいて来ているようだ。俺は風読みを展開し、城壁向こうの状況を確認する。


 始めに捉えたのは土煙。そして馬に乗って駆けるエイヴェリーさんを含む一団。エイヴェリーさんたちは速度を落とすことなく、城壁の門へと駆け込んだ。


 もう奴の姿もはっきりと感じ取ることができる。


「Goooooooohhhh!!!」


 鎧地竜ボスゴレブレ。


 黒色の身体に、それを覆い隠すかのような鉛白色の大きな外殻。鉱脈を掘り返すためか、下顎が大きく発達し、その下顎からは二本の牙が天に向かって伸びている。そんな暴力の化身が、地鳴りのような鳴き声をあげながら、四本の太い手脚で大地を踏みしめてこちらに進撃してくる。


「バリスタ部隊!!ってぇぇえええ!!」


 防壁からボスゴレブレに向かってバリスタが打ち込まれる。鋼のボルトが外殻にあたり火花を上げるが、ボスゴレブレは物ともせずに向かってくる。


「エイヴェリーさん!速度落ちません!」


 副リーダーが叫ぶ。流石にあの速度で体当たりを受けたら、城壁が破損する可能性がある。


 あいあいーと気の抜けた声とともに、城壁の上にエイヴェリーさんが姿を現わす。


「鉄杭ドーン!」


 柱のような鉄杭がボスゴレブレの頭殻に撃ち込まれる。


 鉄杭は突き刺さる事は無く、鈍い音と共に火花を上げ弾かれたが、突撃の速度を落とすことには成功した。


「総員!防御姿勢ぃ!!!」


 副リーダーの号令から一拍。ボスゴレブレが城壁に激突する。音よりも先んじて、その衝撃が辺り一帯の地面を揺らす。城壁から土ぼこりが舞い上がる。


「一番隊は束縛鎖を引っ掛けろ!巻き込まれるなよ!束縛鎖巻き取開始ぃ!」


 そらきた。俺の出番だ。俺は目の前のハンドルを握り、ウィンチを回し鎖を巻き上げる。


 城壁では何ヶ所かで俺と同じ力自慢がハンドルを回してる。


 地面にあらかじめ広げてあった鎖が、城壁へと巻き込まれ始める。鎖の端は括り罠の様になっており、それが一番隊によりボスゴレブレの角ばった身体に引っ掛けられる。


 すなわち、ボスゴレブレは城壁に引き付けられ固定されるのだ。


「ぱぁわぁぁぁああああ!!」


 ギアを噛ませて減速し、馬力を上げているというのにこの重さ。他のウィンチでも腕が俺の胴体くらいあるおっさん達が、罵声を上げながら回してる。


「回せ!!回せぇえ!!!」


「一番隊!鎧地竜に圧力かけろ!壁面に押さえ込めぇえ!」


怒号や喧騒、そして咆哮。様々な声が大音声となって辺りに響き渡る。


「ほらー。僕はここだよー!」


 現在、もっともヘイトを買っているエイヴェリーさんが城壁上からボスゴレブレを挑発する。一際、大きく城壁が揺れる。城壁に乗り上げようとボスゴレブレが暴れているのだ。


「巻き上げ停止!各自ウィンチを固定しろ!一番隊!総攻撃準備!!」


 号令に従い、ウィンチを固定する。鎖はもう精一杯引き絞られている。


「さぁハルト。そろそろ舞台が整うぞ」


 ナナが俺の背中を手で軽く叩く。


「あぁ。いっちょかましてやろうぜ!」


 俺とナナは互いの拳を軽くぶつける。そして、逸る気持ちを抑えながら、武器を携え城壁の上へと飛び上がった。


 肉眼で初めてボスゴレブレの姿を確認する。奴の咆哮が、俺の体をビリビリと震わす。


「各員!状況は想定通り!一番隊と二、三番隊に分かれて交互にボスゴレブレを攻撃を行う!無理はするな!まずはコイツに疲労を溜めさせるんだ!」


 副リーダーの号令が掛かる。俺ら外様は三番隊だ。まずは城壁上にて動きを観察しようではないか。


「それでは一番隊…!掛かれぇ!!」


 開戦の銅羅が鳴り響く。それと同時に城壁の下に降り立った一番隊が、ボスゴレブレに総攻撃を仕掛ける。


 ボスゴレブレは前腕を地面に叩きつけ、一番隊に飛礫を飛ばす。一番隊は盾にて飛礫を防ぎながら、果敢にボスゴレブレに斬りかかる。


「あーハルト君。ナナちゃんご苦労様ー。どうだい?間近で見た竜種はー?」


「いやぁなんかスケール感がおかしくなりそうです」


 これで小柄とか竜種はどうなってんだよ。


「…エイヴェリー殿。見る限り、あまり攻撃は通っていないようですね」


「そうなんだよねー。厄介だよあの鎧。食べる鉱石の質や量でー、大きさや硬さが変わるらしいんだけどー、試した感じー鉄が主成分かなー」


 ボスゴレブレの身体を覆う鉛白色の外殻には、傷は付いているものの、貫通した箇所は一つもない。今も一番隊が攻撃を打ち込んでいるが、殆どが火花を上げて弾かれている。


(ならば狙い目は腹や手脚の内側の黒色の鱗で覆われた部位か…そっちは既に何ヶ所か出血させる傷を負わせられてる)


 だが、狙うのは厳しそうだ。そこを狙うには竜の懐に入る必要がある。暴れる竜の懐など、死地の別名だ。それに図体が大きいといっても、腹の下にそこまでの空間があるわけではない。果たして満足に動ける程の広さがあるだろうか。


「ハルト君だったらお腹側攻められそうー?」


 俺の考えを見透かしたのか、エイヴェリーさんが俺に尋ねて…あん?今遠回しに小さい言ったかこいつ?


「流石に俺の身長じゃ厳しいですね。あんな狭いところ入れませんよ。…今すぐなら入れるかも知れませんが、あそこに到達するころには成長している予定ですので」


「…ごめんねー」


 エイヴェリーさんの胡散臭い笑顔が苦笑いに変わる。おいやめろよ。哀れむんじゃない。


「エイヴェリーさん。そろそろ」


 副リーダーのおっさんがエイヴェリーさんに何やら言付けをする。


「それじゃー二人ともーそろそろ出番だよー。銅鑼が鳴ったら交代が始まるからねー。交代の際はー僕が攻撃を打ち込んで気をひくからー巻き込まれないようにねー」


 エイヴェリーさんは俺らにそう言うと、手を上げて銅羅を鳴らすように指示を出す。


 ナナと並び立ってボスゴレブレを見つめる。


「さぁハルト。準備はいいか?」


「武器を街に忘れたと言ったら取りに帰ってもいいのか?」


「ダメだな。素手で戦え」


 竜種相手にステゴロとか漢過ぎんだろ。母さんや豪腕ロジャーでもそんな事しないわ。


 …しないよね?



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