第25話 妖精の首飾り

◇妖精の首飾り◇


「おめでとうございます。規定に達しましたので、銅級へと進級になります」


 俺らが狩人ギルドの受付に依頼完了報告をすると、受付嬢から思いもしないことが言い渡された。


「おお!やったなハルト!」


「いや、有難いんですが早く無いですか?ほら、信用度とか…」


 腕前には自信があるが、狩人ギルドのランクは腕前だけで上がるわけでは無い。重要なのは信用度。いくら強くても、信用度が無ければ、ランクは上がらない。


 もう何ヶ月かで狩人となって一年になるが、それでも俺とナナはまだ十三歳だ。若いというそれだけで、信用度は下がる。若いというのは経験が少ないことの証拠なのであるから。


「ええ。ギルドとしては鉄級も銅級も大して信用しておりませんから。能力があれば銅級にはすぐに上がります」


 受付嬢から、ギルドの認識を吐露する辛辣な内容が飛んでくる。…なるほど、信用が得られた訳ではないのか。


「ですが、上に行けば行くほど信用度が求められます。信用度は常日頃からの積み重ね。まだ銅級だから大丈夫なんて思っていますと、魔金級への道が閉ざされますよ?」


 そう言って受付嬢は不敵に笑う。若い頃のやんちゃが将来に響いてくるのか…


「つきましては確認なのですが、お二人はクラン、流浪の剣軍に所属するつもりは無いと?」


 流浪の剣軍はエイヴェリーさんのクランのことだ。あんなおっさんだらけのとこに、俺がいられる訳ないだろ!


「ええ。今後も今まで通り二人で活動するつもりです。協力依頼がきたら一時的には組むこともありますが…」


「でしたら、お二人のパーティー名を登録していただけますか?銅級からは、パーティー前提の依頼も増えますので」


「パーティー名…!」


 横にいるナナが興奮気味に呟く。


「ハルト!南から吹く熱風という意味でサンダウナーなんてどうだろうか!?」


「待て待て。勢いで決めるな!…お姉さん!ちょっと考えますんで!」


 そう言って俺は受付から離れ、併設されている酒場の席にナナを引っ張ってくる。


「ハルト、ダメか?私の火とハルトの風が合わさった良い名前だと思うんだが…!」


「熱風にあんまり火の要素なくね?」


 だってあれ暖かい風じゃん。


「では!二人とも巨人族の系譜だし、ジャイアンツなんてどうだ!」


「俺らの身長じゃ名前負けだろ」


 俺はこのままモリモリ成長する予定だが、それでも平地人の平均くらいだし、ナナも背は高いがだ。


 何より野球チームみたいでヤダ。


「ファイアートルネード!」


「もう一捻り」


「終末の炎熱豪風騎士団!」


「尖りすぎ」


「…もう!ハルト!何なら良いんだ!」


 と言われてもな…。あんまり肩肘張ったような名前も嫌だが、平凡なのもつまらない。


「おう!フランキスカにフランベルジュじゃねぇか!依頼終わりか?」


「あぁ。トムズさん。お疲れさまです」


 俺らが騒いでいると、おっさんが話しかけてきた。この人は流浪の剣軍のおっさんだ。


「トムズさん。パーティー名って普通はどんなのつけるんですか?」


「あぁ?…もしかして銅級上がったのか?」


「えぇ先ほど依頼報告したら上がりました」


「そいつは重畳!まぁお前らなら金級でも問題ねぇくらいだ!」


 トムズのおっさんは俺の横の椅子にドカリと腰掛ける。そして流れるような動作でエールの注文。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。


「んで、パーティーか?恥ずかしいのは辞めとけよ?若気の至りで黄昏の黄金騎士団とかつけると後で恥かくからな!」


 聞いてるか?終末の炎熱豪風騎士団。


「むむむ。…トムズさんのパーティー名を教えて頂けないでしょうか?」


 炎熱豪風騎士団を指摘されたナナがトムズさんに聞く。流浪の剣軍はクラン名であり、内部ではいくつかのパーティーに分かれているはずだ。


「…今言ったろ?黄昏の黄金騎士団。総勢五名だ。因みに全員馬に乗れないから騎士は存在しない」


 …黄昏の黄金騎士団はずかしいなまえは経験談だったわけだ。


「パーティー名なんて、変に気取らず適当でいいんだよ。たとえ平凡な名前であっても、活躍すればその名がカッコいい名前になる」


「おお…!!確かにその通りだ!パーティー名が私達を伝説にするのでは無く…!私達がパーティー名を伝説にする…!」


 ナナの目がキラキラしている。ナナは実際の狩猟では、ちゃんと地に足ついた考えをするが、時折り英雄譚に対する憧れのようなものが見え隠れする。お年頃なのだ。


「適当か。でもやっぱりある程度は俺とナナに因んでおきたいな」


 俺はナナを観察しながら考える。巨人族の系譜で、俺と同じ古い一族の出身…。でも、二人とも伝統がどうとかこだわるタイプじゃないし…。


 ナナの全体像を見るようにしていたが、俺の中の男の子が悪さをして、胸元に視線が行く。


(ふむ。…大分育っているな)


「…ハルトぉ?…何処を見ている…?」


 ナナから怒気が滲み出る。ナナは普段、男っぽく振る舞い、ボディタッチも多く、薄着で俺の前をウロついたりするくせに、俺の方からジロジロ見たりすると怒るのだ。


「あ、いや、…ペンダント…!ペンダントの事を考えてたんだ…!…ほら、俺とナナの最初の出会いになる訳だろ?」


「ヒャ!…あ、ああ…!そうだな…!ペンダント…。ペンダントかぁ…」


 ナナは胸元に手をやって照れ臭そうにニヨニヨとしている。服に隠れているが、今日もあのペンダントは付けているようだな。


 …その時、俺の脳裏に電流が走る…!


「宝石に関わる伝説…。妖精石…。…ナナ。そのペンダントが俺らの始まりなら、妖精の首飾りなんてどうだ?妖精の宿る宝石は幸運の象徴だ」


 環境が魔法を使うことで産まれるのが精霊であるのだが、その環境に人や文明、動物などが関わった時に産まれるのが妖精だ。


 だから、大事にされた物には妖精が宿る。家屋に宿る家妖精シルキーなんかが、その典型例だ。


「ナナだって聞いたことあるだろう?大事にされた宝石には妖精が宿る。宝石に宝石以上の価値を見出す者に与えられる幸運の象徴、妖精石」


「あぁ。…伝説の存在ではあるが、確かに有るとも伝えられる…その…私も、このペンダントが、そうなればなぁとは…思っているのだ…」


「なら、いいじゃないか。『妖精の首飾り』。パーティー名として縁起がいいだろ?」


「ああ…!私も気に入った。…ふふ。これが私達の象徴だ」


 ナナは胸元に手を当てながらはにかむ。その嬉しそうな様子に、不覚にもドキッとしてしまう。


 チラリと、ナナと目が合う。…ちょっといい雰囲気だ。


「いやぁいいねぇ。おっさんには失ってしまった何かがあるよ」


 …横にトムズさんが居なければ、いい雰囲気だった。…お前、そのエール代ちゃんと払えよ?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 それから俺らは精力的に依頼をこなした。銅級となったことで、依頼の幅も増え、ナナも思う存分に剣を振れている。因みに一番のお気に入りの依頼は街道沿いの魔物討伐だ。毛皮や食肉目的では無いので、火魔法を遠慮なく使えるからだ。


 こうして今日も今日とて、依頼を受けるため、狩人ギルドに向かって街中をナナと歩いている。


「なぁナナ。本当にいいのか?」


「くどいぞ、ハルト。この程度では凱旋など恥ずかしくてできないだろう」


「なんで凱旋の話になるんだ。単なる里帰りだぞ?」


 時期は初春。この世界では次の年度に移り変わる時期。前世の年末年始よろしく家族の元に顔を出す時期だ。


「ハルトもロメア殿や父君に会いたいという訳では無いのだろ?」


「まぁうちは放任主義だしな。…父さんは過保護なところあるけど」


「…マジェア嬢か?」


「…マジェアは!マジェアからは!…寂しいけど頑張るから…無理に帰って来なくていいと…手紙が…!」


 チクショウ!誰だ妹にあんな事書かせたの!?母さんか!?


「…なるほど、妹離れのために布石を打ったのか」


 うぉぉぉおお!マジェア!お兄ちゃんも頑張るから!返信にはお小遣いとお土産付けといたから!


「ならば、ハルト。何故そんなに帰郷を進める」


 マジェアと会えないのは寂しいが、俺は帰郷をするつもりはない。では、何故ナナに帰郷を進めているかというと…。


「はぁ…これもう言っちゃって良いかなぁ…」


「何をだ?」


「十四通」


「…?」


「これからギルドに行って届いていたら十五通だ。…ナナ。お前先月あたりに帰らない節をテオドール卿に伝えただろ。そこから一気に手紙が増えた。お前を帰らせるように誘導しろとの手紙が…」


 テオドール卿からの帰還要求の手紙。最初の方は強気な感じで書かれていたが、最近のは哀れみを誘うような感じで書かれている。俺の同情心に付け込もうとしているのだ。


「…その。すまない」


「まぁ俺は臣下じゃないしな。親父さんとナナだったらナナの味方だ。無理に連れ帰させはしないさ。一緒にいる方が俺も楽しいしな」


 ナナの歩調が少し早まる。あ、照れたなこいつ。


「ハルト…!もうギルドにつく。この話はこれでお終いだ。今年は帰らない。…決定!」


 ナナはギルドのスイングドアを押し開け…ようとして、横合いから声が掛かる。


「はーい。帰郷しないお二人にー。良い話がありまーす」


 声を掛けてきたのは流浪の剣軍のエイヴェリーさんだ。気の抜けた喋り方に飄々とした振る舞い。お世話になっている人ではあるが、妙に胡散臭い人だ。


「気を付けろ。ナナ。良い話って形で始まるのは大抵が詐欺話だ」


「酷くないー?確かに美味しいだけの話じゃないけどさー。まぁー詳しい話は中でするから聞いてってよー」


 そう言ってエイヴェリーさんは、俺らをギルド内の酒場に誘導する。俺とナナは疑問に思いながらも、素直に酒場に向かう。


「ハルト。エイヴェリーさんの話に心当たりは?」


「…他の冒険者が噂していた程度なら。なんでも流浪の剣軍でデカい依頼を受けるらしい」


 俺とナナは小声で話し合いながら席につく。並んで座り、対面にはエイヴェリーさんが腰掛ける。


「さてさてー我らが街アウレリアには、二つの魔境があるわけだけどー。二人はまだ北の大山脈には余り行っていないよねー?」


 アウレリアの西に広がる大森林。それは街を囲むように北西まで伸び、北方になると大山脈へと姿を変える。大森林と大山脈はつながっているのだが、環境や魔獣の生態系が大きく異なるとの事で、別の魔境として扱われている。


「そうですね。大山脈ともなると金級以上の依頼がほとんどですから、基本的には大森林の依頼を中心に受けてます」


「それじゃー知らないと思うけどー、実は大山脈には大きな鉱脈があるんだよー。それも街からは余り離れていない位置にー」


 …それを聞いて俺の中に疑問が浮かぶ。大山脈の依頼は金級以上ではあるが、それは山の中腹辺りからだ。麓の近くは魔獣も少なく、大森林より安全と言われている。


 それこそ、鉄級でも問題ない場所だ。単に近場に大森林があるため、大山脈の麓に行くような依頼が滅多に無いだけだ。


 大山脈といえども、麓の安全地帯に鉱脈が有るのであれば、普通は採掘する。しかし…。


「…エイヴェリー殿。アウレリアでは、大規模な採掘は行っておりませんよね?あるのは希少鉱石の採集依頼などの小規模な物…」


「つまり、そんな近場にあるのに採掘できない訳があると…」


 地形に問題があるのか…はたまた政治的な判断か…。…恐らくは…厄介な…魔獣。


「そそそー。鉱脈の真上を寝ぐらとする奴が居るんだよー」


 そう言ってエイヴェリーさんは依頼書を俺らの目の前に置く。


「じゃーん。ドーラーゴーンー」


 書かれていたのは鎧地竜ボスゴレブレの討伐。その古びた依頼書の年季が、依頼の困難さを俺らに語っていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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