第23話 紅蓮の鳥と無色の騎士
◇紅蓮の鳥と無色の騎士◇
「…おっさん率高くね?」
俺とナナ。そしてエイヴェリーさんとそのクランメンバーの総勢二十三人は魔境の大森林を深層へと向けて行軍している。
そしてクランメンバーのおっさん率に驚いたのが先程の台詞だ。
これは何もふざけて呟いた訳では無い。そもそも狩人自体におっさんが多いのだから、自ずとクランメンバーにおっさんが増えるのも分からなくは無い。
…だが…!だが!フルで索敵能力を発揮すると分かってしまうのだ!おっさん達のプロポーションが!
たわわに揺れる大胸筋。スラリと伸びた大腿筋。呼吸とともに揺れ動く、腹部に実った六つの果実。
…キレてる!キレてる!お前の僧帽筋、世界樹かよ!
風の感覚は肉体的な触覚とは厳密には違うから我慢できるものの、できれば知りたく無い情報である…!
俺はチラリと横のナナを見る。
以前、二人で鎧を買いに行った際、俺がナナのプロポーションを把握している事がばれ、突き詰められた事で風読みの感覚を吐露してしまい、それはもう烈火の如く怒られた。
(口直しにナナを風読みしたら怒るかな…?)
スタイリッシュエアセクハラ。ばれれば多分死ぬ。
ナナは風読みされたら直ぐに気付く。模擬戦であればナナも文句は言わない。そして今は狩猟活動中…。いけるか…?
「ハルト。なにか良からぬことを企んで無いかな?」
「いえナニも…」
チッ…!勘の鋭い奴め!
「…?ハルト君、なにか問題?気になったことは遠慮せずに言ってくれていいよー?」
エイヴェリーさんがトラブルかと心配して気を配ってくれる。…いやなんか、すいません。
流石の俺でもメンバーがおっさんだらけなのが問題ですとは言えない。
…まぁ他にも気になってる点があるからそれを言おう。
「その、問題って訳では無いですが、やはり人数が多い事が不安ですね。デヴァー達が通っていたのですから安全なルートは存在するのでしょうけど、事前に申した通り、この人数ですと地面の振動で寄ってくる可能性があります」
一応、この大所帯にも理由はあるのだ。尋問による事前の情報にて、酩酊草の群生地の一部は魔獣の巣に隣接している事が判明している。
デヴァーのように端の一部を収穫するならまだしも、酩酊草の根絶ともなると確実に魔獣を刺激する。
つまり今回は単なる野焼きだけではなく、魔獣の群れの討伐も行うのだ。
「まぁそれは仕方ないかなー。部隊を分けて戦力を落とすよりは、この人数で寄ってきた奴を討ち取るよー」
「ハルト。そうなったらまず先に私が出るぞ。ハルトは索敵のために温存だ」
「ナナちゃん。それは敵がハルト君に迫った場合ねー。まずは僕らが対応するからさー」
ナナはやる気十分である。辺境都市アウレリアに来たはいいが、魔獣との戦闘をほとんどしていないから戦闘意欲が溜まってるのだろう。
…ナナのやる気とは裏腹に、その後、魔獣が俺らに寄ってくることは無かった。
経路短縮のために、あえて魔獣の縄張りに踏み入れた際も、クランのおっさん達が危なげなく倒してしまい、ナナは羨ましそうにその戦闘を眺めていた。
そして、俺はおっさんに苛まれながら、無心で斥候を続けるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁーついたねー。まさか故意の遭遇以外、接敵無しとは思わなかったよー」
「まぁ魔物の感知範囲を多少大袈裟に避けて進みましたからね」
「その索敵能力は誇っていいよーなかなかできることじゃ無いよー」
こればかりは散々父さんに鍛えられたからな。心なしか、クランメンバーのおっさん達も当初の初々しい新人を見るような眼差しでは無く、一目置いて見てくれているような気がする。
「エイヴェリーさん。確認してきましたが、あの奥の丘の下が巣になってます」
副リーダーのおっさんが偵察の結果をエイヴェリーさんに報告をする。俺が偵察に行っても良かったのだが、ここはクランの斥候の役目だと断られたのだ。
「あー、じゃあ当初の予定通りー、刺激しないで済む手前側を先に刈り取ってー、奥は一気に燃やそー」
「承知しました。では他の者達に刈り取りの指示をしてきます」
酩酊草の群生地はちょっとした草原になっている。まずは手前の群生地を刈り取り、そこを拠点とする。その状態で奥の酩酊草を燃やせば、火が魔物に対するバリケードとなるのだ。
あとは火を避け左右から草原を回りこんでくる魔物達を倒せばいい。回り込ませる分、魔物達の勢いも落ちるだろう。一度に全ての魔物を相手にすることも無いはずだ。
「あー刈り始めたから、何体か出てきて警戒してるねー。二人とも見えるー?」
「エイヴェリー殿、あれが猿奇蟲ですか?」
遠目に確認する限り、シルエットは四本腕の大猿だ。
「そうそうー。正式名称はゼブラーク。近場で見ればわかるけど、体は甲殻で覆われてて、上腕は鉤爪、下腕は鎌になってるよー。顔なんかはモロに虫だからねー気持ち悪いよー」
「そんで、弱点は胸奥の神経節と首でしたよね。但し、首は
俺は事前に聞いていた情報と、目の前の魔物を擦り合わせる。
基本的な狩猟方法は関節を狙って手足を捥いだ後に、首を刎ねる。隙があれば胸奥の神経節を破壊する。
蟲故に、怯みなどは無く、淡々と獲物を狩ると。まさに
「…一応、言っておくけどー、アイツらへの対処は君らの仕事じゃないからねー。まー君らの腕前であれば問題ないだろうから、止めはしないけどさー」
「エイヴェリー殿。見ているだけではつまらないですから、やらせてもらいますよ」
「おい、ナナ。参戦は望むところだが、お前は直前にデカイのかますんだから、最初っから飛ばし過ぎるなよ?」
今回、酩酊草を焼くという戦法を採用した理由はナナにある。通常の火魔法であれば、衝撃によりゼブラーク達を必要以上に刺激してしまう。下手すれば火が回る前に、全ての個体が一斉に向かって来る可能性だってある。
しかし、ナナには衝撃もなく、広範囲を燃やすだけの魔法があるらしいのだ。その魔法であれば、ゼブラーク達が行動を起こす前に大部分を燃やし、炎のバリケードを構築できる。
「そうだな。最初は魔法を休めて剣で戦おう。戦場が
「おう。その流れで。声かけてくれれば切り替える」
再び、視線をゼブラークの巣に向ければ、こちらを警戒している個体がだいぶ増えている。…そろそろ頃合いか。副リーダーも同じことを思ったのだろう。草刈りを辞めさせ、戦闘準備の指示を出している。
「ナナちゃん。例の魔法頼める?」
ナナは無言で頷き、群生地の方へ向かう。俺とエイヴェリーさんもナナに続いて足を運ぶ。
「それでは始めます」
ナナは事前に用意していたスクロールと触媒を地面に置く。そして、
そして瞳を閉じ、精神統一をしながら、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「
ナナの口が呪文を紡ぐ。この詠唱は単なる発動補佐などでは無く、世界に対する儀式。これは、儀式魔法と呼ばれる古き呪術の一端だ。
「
ナナの頭上に炎が集まり、一羽の鳥を形成していく。炎でできた紅蓮の鳥だ。
「…紅蓮の鳥よ 空に舞え」
紅蓮の鳥はゆっくりと飛び立ち、酩酊草の草原の上で舞うように飛び続ける。
紅蓮の鳥が草を掠めるだけで火が燃え移る。
紅蓮の鳥の炎が弾け、火の粉が舞い散るとそこからも火が起こる。
紅蓮の鳥が羽ばたき、風を起こすと、風に煽られた草も燃え上がる。
「…!?ナナ…!何あの鳥…!」
最初は単なる火でできた鳥かと思った。触れて着火するのも、火の粉で発火するのも分からなくはない。
だか俺は、羽ばたきが起こした風に、異常な違和感を感じた。超高温の熱風で火が付いたなんて、ちゃちなもんじゃ無い。もっと恐ろしい何かの片鱗を感じ取った。
「とうだ!ハルト!凄いだろあれ!」
…こいつまた魔法打ってハイになってやがる。
「いいから説明しろよ。ありゃぁなんなんだ?単なる火でできた鳥じゃねぇだろ」
「ふふん。あれはな、発火という認識でできた概念の鳥さ。草や木々などの精神なき者に、自身の精神を浸透させ、発火していると誤認させるんだ。
魔術的に作り出した擬似精霊だから、あらゆる物理障壁を透過するし、その過程で『我が身は燃えている』という精神を辺りに浸透させ発火させるからな。拠点破壊用の魔術だよ」
…こいつ可愛い顔してなんつうエゲツない魔法使ってやがる…!しかもかなり高度な魔法だぞこれ…!擬似的な火の精霊を宿らせることで、環境を変えているのか…!
ある意味、燃えている物は自分自身の魔法で火を灯しているわけだ…!
「いやー儀式魔法というから結構なものを想像してたけどー……ナナちゃんヤバイね」
「ありがとうございます!一応弱点もあって、既に精霊が宿っている物や精神を持つ生物は燃やせないんですよね。…まぁ大抵はそれらの周囲を火の海にするので、間接的には燃やせるんですけど」
…
俺らがナナの説明を受けている間にも眼前の光景はどんどん変化して行っている。というか火の海へと変貌している。
…俺は風を操り、煙を上空に逃がす。酩酊草の煙には有毒成分はないが、この量の煙ってだけで体には悪そうだ。
「さー、そろそろゼブラーク達に動きがあるだろうねー。…僕は左方に当たる!一番隊は右方!二番隊は一番隊を手伝いながら、火の中を抜けて来る個体の処理に当たってー!」
おおぅ。エイヴェリーさん、一人で左方に当たるのか。流石は魔銀級。
「さぁー火の海を回り込んで、続々と来てるねー。ナナちゃんがいいもの見せてくれたし、僕もちょっと張り切って見せちゃうよー」
エイヴェリーさんは左方からくるゼブラークの集団に相対している。
「おお!ハルト!エイヴェリー殿の魔法が見れるぞ!」
俺の横ではナナが興奮している。俺も興味はあるので、安全圏よりエイヴェリーさんを観察する。
「さーじゃあ皆んなの予備武器お借りするねー」
エイヴェリーさんが魔力を励起させる。すると、荷物置き場に
(クランが無ければ本気が出せないってこういうことか…!)
妙におっさん達が携える武器が多い筈だ。クランメンバーはある意味、エイヴェリーさんの武器を運ぶポーターでもあったのだ。
「はいどーん!!」
展開させた剣をゼブラークの群れに向かって射出する。またエイヴェリーさん自身も剣を振りながらゼブラークを屠っていく。
「ほら!見ろハルト!周囲に展開する剣は何も射出されるだけじゃないんだぞ!あれが浮遊剣!ハルトに言っていた魔法が前提の剣術ってやつだ!」
エイヴェリーさんの周りを浮遊する剣は、それこそ透明な騎士が振っているかの如く動いている。エイヴェリーさん自身の振る剣との連携も完璧だ。
「確かにあれは凄いな…!
浮遊剣のエイヴェリー。浮遊剣とは、土属性の魔法にて操る複数の剣のことだったのか。通常の土魔法使いはこんなことはできない。真似できて剣の射出だろう。
…お金の関係で真似できない可能性もあるが。剣を射出するより、その辺の岩を射出したほうが、金もかからないし効果も大して変わらない。
「うへぇ。あの量の剣を自由自在に操るか。それこそ、魔法を手足の如く使ってるよ」
魔法は構築した通りにしか動かない。数手先を見透かして複雑な動きをするように魔法を組んでいるか、あるいは近接戦闘を行う中で、瞬時に魔法を構築してるか。
…おそらくは後者だろうな。他者と隔絶した圧倒的な構築速度があれを可能とする。
…エイヴェリーさんって何かしらの魔法種族?
魔法剣士としての腕前を見せつけられて、俺の心の中の魔法剣士も騒ぎはじめる。
「…なぁハルト。私たちもそろそろ行かないか?」
「あぁ…!俺もひと暴れしたい気分だ」
剣を構え、戦場を見据える。
出なくていいとは言われているが、ここで黙っていられるほど俺らは大人じゃないんでね!
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