第22話 スメルズ・ライク・アンダーティーン・メモリーズ02
◇スメルズ・ライク・アンダーティーン・メモリーズ02◇
数刻の後、視覚でも逃げ行くデヴァーを捕捉する。
(ここまでくれば、後は進路を予想して…!)
背後でエアブラストを炸裂させながら、俺は屋根からデヴァーに向かって飛び移る。
風を操ることで姿勢を制御し、俺の必殺技を逃げる背中に叩き込む。
「ハンターキィィィック!!!」
説明しよう!ハンターキックとはただの飛び蹴りである!
「ハガァッア!?」
デヴァーは車に跳ねられたかのように吹っ飛ばされ、石畳みの上を転がっていく。
(…やっべ生きてるか?)
転がる際に石畳みで切ったのだろう。デヴァーは身体中から血を流して蹲っている。見ていて痛々しい…。…誰がこんな酷いことを!
「オ、オメェ…!?」
「お、良かった。生きてたな。…テメェあの薬はどこで手に入れやがった?」
声を低くし、酩酊草について問いただす。今までは、それこそ殺し合いになったとしても、狩人のいざこざの範疇を出なかった。だが、酩酊草は違う。あれはしゃれにならない。
「…知らねぇな。何のことを言っているんだ?」
(こいつここまで来てしらばっくれるのか…)
遠巻きでは通行人たちで人垣ができ、俺たちを見てヒソヒソと話している。いくら荒くれの狩人の多い街であっても、屋根から人が突っ込んでくるのは珍しいらしい。いいもん見れただろ?
「お前、あれだけやってそりゃないだろ?」
「はん!新参者で鉄級のお前らの言うことに耳を貸す奴がいるわけねぇだろ!衛兵への証言の信頼度も、銀級の俺らの方が上だぜぇ?」
デヴァーは周囲には聞こえない程度の声で、ヘラヘラと笑いながら言う。
(…しまった。魔法で声でも拡散させとけば良かったか?…いや、今からでも……駄目だ。間に合わんか)
人混みからは衛兵が出てきてこちらに向かってきていた。衛兵が来たとなれば、デヴァーももう酩酊草については語るまい。
「ちょっと!君たち街中で何やってんの!」
衛兵が俺らの間に割り込みながら言う。
「いてて…因縁のある奴だったんだがよぉ…いきなり街中で仕掛けてきやがったんだ」
「嘘でーす。こいつらが仕掛けてきたんで返り討ちにしました」
「いや、どっちから仕掛けたのかは知らないけど、君これはやりすぎじゃない?小競り合いとは言えないよ?」
残念ながらお互いにもう小競り合いで済ますつもりは無い。デヴァーも酩酊草を使ったからにはその腹積もりだろう。ごめんなさいで仲直りするラインは既に超えてしまっている。
「まぁ取り敢えず二人とも詰所で話聞くから。…君は先に治療院だね。大丈夫?歩ける?」
衛兵は肩を貸すようにしてデヴァーを立たせる。デヴァーは小馬鹿にするような笑みを俺に向けている。
(どうする?酩酊草のことを言うか?適当な事を言ってデヴァーを
俺が声を上げようとしたところ、背後から別の声が届いた。
「はいはーい。衛兵さん待った待ったー。その人は治療院じゃダメだよー。確実に逃げるからねー」
背後からはエイヴェリーさんが歩み寄ってきていた。エイヴェリーさんの後ろには見知らぬおっさん達とナナの姿もある。見知らぬおっさん達はクランの方だろうか。
「ナナ!問題なかったか」
あの程度問題ないとは思ってはいたが、無事な姿を見ると安心する。
「あぁ。ハルトも無事そうだな。衛兵を手配しているとこでエイヴェリー殿を見つけてな。手を貸して頂いたのだ。…その例の草のことも話したのだが…」
ナナはチラリとエイヴェリーさんに目線を向ける。エイヴェリーさんは衛兵に書状を見せていた。
「これねー酩酊草における捜査依頼と同件における衛兵への指揮権の委任状ー」
「はぁ!?」
衛兵はまじまじと書類を見つめる。…まじか、エイヴェリーさん酩酊草の調査をしてたんか。
「まーそう言うことだからさー。デヴァーは重要参考人。悪いけどうちのクランメンバーをつけた状態で尋問してくれるかなー?」
エイヴェリーさんがそう言うと、後ろで立っていたおっさん達がデヴァーを引きずって行く。
「クソ…!おいッ!止めろッ!」
デヴァーは暴れるものの抜け出せず、そのまま人混みの向こうに消えていった。…あれは尋問だけではすまないな。
「はいー。それじゃあ二人とも少しお話ししようかー。ちょっとクランハウスまで来てねー」
「え、はい。分かりました」
…手荒なことはされないよな?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺はらそのままクラウンハウスの応接室へ案内された。
品のいいクランハウスだ。貴族のお屋敷と言われても納得してしまうかもしれない。…入ってから暑苦しいおっさんしか目撃していないのが気になるが…。エイヴェリーさんの趣味だろうか…。
「ふう。ナナちゃんに聞いたけどー、デヴァー達が酩酊草を塗ったダガーを使ってきたってことで良いんだよねー?」
エイヴェリーさんは俺に確認をするように聞く。
「はい。俺は昔、酩酊草の実物を見る機会があったので判別がつきました。デヴァーも指摘すると焦っていたので間違いないかと…」
「なるほどねー。…一応聞くけどー、ナナちゃん、ハルト君の身元はー?」
「彼の母が領府の戦術指南役であり、ネルカトル家とも古き繋がりがある間柄です」
大丈夫。僕は悪いハーフリングじゃないよ。
「まぁそれなら大丈夫かー。…君たちは幼かっただろうけど、六年前に領内で酩酊草が流行ったのは知ってるー?ハルト君が見たってのもその時かなー?」
「その、私は伝え聞いたぐらいですが…。ロメア殿…ハルトの母君から、ハルトは捜査に加わっていたと…」
「…えぇ。たまたま売人の会話を聞いて、そのままなし崩しで捜査に…」
今では良い思い出である。俺が野球ボールをしていた時代の話だ。
あの頃から俺はどの位成長できたかな…?
「おぉー。凄いじゃないか。…これはその話の続きなんだけどー、結局あの時の捜査では、供給元まで特定できなかったんだ。ただー、一応辿れたのがこの辺境都市アウレリア。
そんなもんだから、ここを拠点にしている僕に、領主様から依頼が来てたわけー。十中八九、魔境の中に酩酊草があって、狩人が卸していた訳だからねー。まぁ狩人の監視依頼だよー」
辺境都市アウレリアから酩酊草がジーン商会に渡っていたのか。そしてアウレリアにて酩酊草の生産場所となれば…まぁ魔境だよな。
そして、狩人の監視には同じ狩人をってことか。
「いやーでも進展あってよかったよー。逮捕劇以来、完全になりを潜めてたからねー。積極的な捜査依頼では無かったけどー、特に報告できなくてー、領主様に顔向けできなかったからさー」
エイヴェリーさんはほっとしたような仕草で呟いた。
「エイヴェリー殿、魔境の中に酩酊草が有るとすると、他の狩人が見つけたりはしなかったのですか?」
「いやねー中層辺りまでは、ほぼ虱潰しに探したんだけど全く無いんだよー。残るは中層の一部か深層ってとこなんだけどー、そこらまで捜査するとなると僕らも命を掛けなきゃならなくなるからねー」
勿論、麻薬の供給先を潰すのは重要だが、現状ではリスクとリターンが釣り合わないのか。散々探したけど見つからず、探索員の狩人に死人が出ましたじゃぁ、目も当てられない。
「確かにデヴァーならー、深層から酩酊草を持ってこれるのは不思議じゃ無いねー。あいつは鼻が他の獣人以上に効くからー、何だかんだで斥候としては銀級以上の男だよー」
戦闘能力はお粗末だったが、斥候としては優秀だったのか。それこそ、逆に言えば斥候能力だけで銀級に至った訳だ。
「それでさー、取り調べの結果にもよるけど、ちょっと二人にはお願いしたい事があるんだー」
「私達にですか?」
俺とナナは目を合わせる。
「酩酊草が深層となればー、根絶のために領府から狩人ギルドに依頼が来ることにー。というか捜査権限を委託されてる僕が出すことになるはずー。流石に衛兵や騎士団には向かないからねー。
基本は僕のクランでやるけどー、二人には斥候として力を貸して欲しいんだー。
聞いてるよー?中層近辺から苔豚の苔を取ってきているのにー、他の魔獣の討伐報告が無いってー。余分な接敵を完全に回避しているってことだよねー?」
おう…狩人ギルドさん。個人情報漏れてますよ。
…しかし深層か。まぁこの話は乗った方がいいだろうな。先程のリスクとリターンと一緒だ。俺らは低リスクで深層の経験というリターンを得る事ができる。
「その…斥候能力があるのはハルトで、私は余りお役には…」
「おっと、ナナ。俺らはパーティーだろ?俺の力はパーティーの力だ」
ナナは目を伏せて恥じるように呟いたが、それは違うと指摘する。
それに、俺の現状での最終戦闘形態である『炎珠纏いしバルハルト』になるためには、ナナの力が必要だ。
だから一人だけサボれるとは思うなよ…!
「そのとおりー。僕も本気を出すときはクランの力が必要だしねー。依頼は個人では無くパーティーに依頼するよー」
「…わかりました。ハルト。構わないよな?」
「おう。俺は索敵に集中するから、守ってくれよな?」
「ふふ。あぁ任せろ。みんな焼いてやろう」
…俺を巻き込まない程度にね?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
…その後、エイヴェリーさんからデヴァー達の事情聴取の結果を聞いた。
予想通り、酩酊草の群生地は深層に存在し、デヴァー達は偶然見つけたそれらをジーン商会に持ち込んでいたらしい。
ジーン商会が捕まり、卸先を無くした事で取引は停止。以降は、苔豚から苔を取ることに酩酊草を利用していたそうだ。吹き矢で酩酊させれば、まったく騒がれずに苔を剥ぎ取れるらしい。
「…なんか俺よりスマートな狩猟で悔しいです…!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
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