第21話 スメルズ・ライク・アンダーティーン・メモリーズ01

◇スメルズ・ライク・アンダーティーン・メモリーズ01◇


 デヴァーとの騒動のあと、俺たちは相も変わらず苔豚狩りに出向き、四日後である今日は、戦果を引っさげて街に帰ってきていた。


 街門を抜けてすぐ、狩人ギルドの納品所に苔豚の苔を納品する。今のところ、不自然な点は無い。いつもどおりの街並みだ。


「てっきり、狩猟中に何かしら妨害があると考えていたが、杞憂に終わったようだね」


「おい、ナナ。気を抜くな。俺が風魔法使いである事はバレてるんだ。何かするなら雑音の多い街中だろうよ。それも、今みたいに依頼から帰ってきて油断している時が狙い目だ」


 俺は気を緩めるナナに注意を飛ばした。今は、広範囲に風読みを展開している。気取られる可能性もあるが、それが向こうへの忠告にもなる。


(やはり、こう人が多いと警戒し切れないな)


 俺が分かるのは周囲の人の挙動のみで、敵味方の判別なんてことはできない。音を調べれば武器の有無なんかも分かるが、そもそもこの街では武装している人間がそこら辺にいるのだ。


 時刻は昼前、壁門から続くこの大通りには露天市も開かれており、客や店の従業員、門へ向かう狩人など、様々な人間でごった返している。


 俺も、このような状況に置かれていなければ、帰り道がてら、露天市を冷やかしながら帰ったことだろう。


「ハルト。人混みを避けて裏路地から行くか?」


 俺の能力を知っているナナから提案が入る。


「そうだな。大通りでは近づいてくる人間が多すぎて警戒しきれん。…そこの路地から宿に向かおう」


 人の目が無くなるが、逆にいえば人が減る分、警戒がしやすくなる。


 俺とナナは裏路地の中でも、比較的まともな道を選んで足を踏み入れた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 人通りの少ない路地を、警戒しながら進んでいく。背の高い建物に挟まれて、ここらは昼近くといえでも日があまり差さない。


 そろそろ、定宿の第六の幸福亭にたどり着く。…だが、ここいらが向こうにとって一番の狙い目だ。近辺で待っていれば、確実に俺が顔を出す訳なのだから。


「…!?ナナ!戦闘態勢!」


「…来たか!」


 俺の風が前方と背後から急接近してくる人間を捉えた。前から二人、後ろから一人だ。


「チッ…!風を張っていやがったか。どおりで匂いも薄い筈だ…」


 気付かれていることに気付いたのだろう。後ろから迫る男。デヴァーが悪態を付いた。


「おや、いつぞやのワンちゃんじゃないか。もしかして、態々ごめんなさいを言いに来たのかな?」


「調子こいてくれんじゃねぇか…!おい、ここなら平気だ。あれ使え!」


 デヴァーの声を受けて、前方から迫っていた手下の男二人がそれぞれ懐から筒を取り出す。なにやら一計を案じてきたらしい。俺は警戒心をさらに上げる。


(銃…では無いな?ただの筒?魔道具か…?)


 男たちは筒を口に咥える。


(笛…!?音を媒介に魔術的な攻撃でもするのか!?)


 音色を通して攻撃をする魔道具なぞ聞いたことは無いが、ではある。


 俺は音を防ぐために、すぐさま自身とナナの周りに風壁を張る。


 男達は息を吸い込み、筒に向かって吹き込んだ。


 …そして筒の下方からは勢いよくダーツのような物が飛び出してくる。


「…って吹き矢かい!!どこの民族だよ!!」


 筒から飛び出した矢は、そのまま俺らに突き立つかと思われたが、俺らの周りには風壁が張られている。


 矢は風壁に阻まれ、ポトリと地面に落下した。


「ハルト、あの地面に落ちたボルトみたいなものは何なのだ?」


「いや、本来ならこっちまでちゃんと飛んでくるものだよ?ナナには見えてないけど、風壁にぶつかったの。ああいう質量の軽い物だったら風壁程度でも…!?あ痛ッ!?」


「!?ハルト!!」


 …抜かった。俺の二の腕には、デヴァーが投げたスローイングダガーが刺さっていた。直前に気付きはしたが、かわす事ができなかった。


 普段なら、死角からの攻撃なぞ手に取るように感知できる。しかし今回は音を防ぐために風壁を全面に張っていた。そのため、デヴァーの動きを把握しきれていなかったのだ。


 …父さんに知られたら大目玉だ。


「…とまぁこのぐらいの質量があると風壁では防ぎ切れないので、ナナも覚えといてくれよな」


「へっ!これで終いだ!楯突いた自分を恨むんだなぁ!おい、お前らは女にちゃんと打ち込んでおけ!」


「何言ってんだよワンコロ。こんなもん擦り傷にもなんねぇだろ」


 別に強がりでも何でもない。事実、ダガーは二の腕に軽く刺さっているだけだ。こんなもの、なんの動きの支障にもならない。


「はっ!もう数秒でもすりゃ、その減らず口も聞けなくなるさ!」


(あぁ…そういうことか)


 俺はダガーに目線をやる。刃に何か液体が塗られている。…だが、俺は巨人族のハーフだ。その特性もちゃんと引き継いでいる。


 ナナも俺の状況に気付いたようだが、俺の体質は知っているので、特段慌てることもせず男二人をほふっている。足元には既に叩き壊された吹き矢筒が転がっている。


「兄貴!この女ヤベェです!加勢してくだせぇ!」


 手下の男から嘆きの様な悲鳴が聞こえる。既に片方の男は地面にキスをしている。


「待ってろ!今こいつを人質に取る!」


 デヴァーは俺が弱り次第、即座に抑え込むつもりの様だ。間合いの外でジリジリと構えながら移動している。


「……おい、お前。それ刺さってんだよな?」

 俺が平然としているからか、デヴァーは不安になって尋ねてくる。


「情け無いことに一撃は貰っちまったな。ほら」


 俺はダガーを腕から抜く。先端には俺の血が付いている。後ろからは相変わらず、殴打音と悲鳴が聞こえてくる。


「兄貴ぃ!」


「黙ってもう少し待ってろ!ボケ!」


 俺とデヴァーは見つめ合う。


「…その、待っているところすまんが。俺に毒の類は効かないんだ」


 ごめんな?ほんとに。


「ハァ!?」


 俺はダガーを顔に近付けて匂いを嗅ぐ。知っている毒かな?と思い嗅いだのだが、思いもよらぬ匂いと一致をした。


「これは…酩酊草…!?」


 それは俺が幼いころに領内で違法に出回った草だ。ちょっとした麻痺薬や毒薬なんかとは訳が違う。麻薬に分類されるものだ。


 酩酊草の名の通り、摂取すると酩酊したように意志薄弱となり、自発的に行動ができなくなる。確かにこれなら強力な麻痺薬としても使えるだろう。


 俺の言葉を聞いて、一気にデヴァーの顔が青くなる。


「クゥッ…!!」


 デヴァーは俺やナナに向かってダガーを投げると、きびすを返し逃げ出した。男二人を見捨てたわけだ。


「…ッ!?ここで逃げんのかよ!」


 俺は即座に全てのダガーを叩き落とす。


 ちらりとナナに目をやる。今ナナはうずくまる男を殴打している。


「ハルト!こっちはいい!聞こえてたぞ!そいつの所持はまずい!追って捕まえてくれ!」


 ナナから檄が飛ぶ。過去に自家の領地を荒らした麻薬だ。知ってて当然だろう。恨んでいるかもしれない。


「わかった!ここは任せるぞ!」


 俺はその場から駆け出した。既にデヴァーは大分遠くまで逃げているが、俺の風は奴の音を捕捉している。


「ショートカットと行きますかぁ!」


 俺は路地の曲がり角を曲がらず、壁に向かってそのまま走り続ける。


「アップドラフト!続いてサイドドラフト!!」


 局所的な上昇気流が俺を持ち上げ、横合いからの強烈な風が俺を壁に押し付ける。


 俺は地面を走る速度そのままに、三階建ての建物の壁を駆け上がる。


 頂上にてフワリと風を制御し、屋根の上に着地する。そしてそのまま、屋根の上を走り、飛び乗り、突き進む。


「目的地まで、このまま直進ですってなぁ!!」


 俺は全ての障害物を無視して、街の上を駆け進んだ。


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