第20話 練習は本番のように。本番は練習のように

◇練習は本番のように。本番は練習のように◇


「ナナ。フェアじゃ無いが、今回も風魔法有りでいいか?」


「構わないよ?むしろハルトの剣術は風魔法を使うことが前提なんだから、使わなきゃ訓練にならないでしょ」


 あれから俺らは、苔豚狩りと休息日、訓練日をローテーションとして組み、回していた。今日は何回目かの訓練日だ。


 修練場に足を踏み入れる。壁内の街中、狩人ギルドの裏手が修練場となっているが、街中にしては広大なスペースがある。既に何組もの人が使用しているが、俺らが模擬戦をする空間も十分に残っている。


 俺は体の回りに風を纏う。修練場は魔法は禁止なのだが、火以外の属性で小規模なものは暗黙の了解として許されている。要するに危険性が無ければいいのだ。


 因みに、木刀を使った模擬戦の最中でも、ナナはフランベルジュを背負っている。盗まれるのが怖いのだ。


「おっし。んじゃ行くぜ」


「あぁ、いつでもいいぞ」


 木剣を構えてナナに向かって走り出す。あと一歩でナナの間合いというところで、自分に向かって圧縮空気弾エアブラストを炸裂させる。人を吹っ飛ばす程度の威力はあるが、巨人族由来の頑強さを持つ俺にしてみれば丁度良い推進制御装置スラスタだ。


 間合いギリギリでのエアブラストを用いた急激な進路変更。フェイントじみた動きではあるが、ナナの剣が振られることは無かった。


(最初の頃は物の見事に騙されていたが、流石に慣れてきたか)


 ならば切らねばなるまい。次なる俺の手札。


 体を後ろに傾ける。通常であれば、後退する姿勢だ。


(なんちゃって縮地!!)


 俺はエアブラストを背後で炸裂させることで、退姿前方に滑るように移動する。


 近接戦闘の心得がある奴は、目線や筋肉の動き、重心の掛け方で相手の動きを予想する。


(つまり、この技は心得がある奴ほど騙される!)


「はぁあ!?」


 予期せぬ前進に、ナナの反応がコンマ数秒遅れる。それは近接戦闘において、あまりにも致命的な隙だ。


 俺は剣を首筋手前で寸止めする。


「ヘヘッ俺の勝ちぃい!」


「ハルト!今の気持ち悪いのなんだ!?ヌルッとしてたぞ!?」


 いや、人の必殺技を気持ち悪いとかいうなよ。


「母さんでも初見では騙された技だ。これで初めて母さんから一本取ったんだぜ?」


 …次からは普通に対策されて通じなかったが。


「ロメア殿に通じた技か…。成る程な。何をしたかは分かるのだが、分かっていても体が反応できなかった」


「そういう技だ。人の認識を利用する嫌らしい技さ」


 俺はニシシと笑いながら、鼻筋を掻く。


「ふう。ハルトとの模擬戦は驚きばかりだな」


「まぁ騎士団で鍛えてたんならそんなもんだろ。相手は皆んな同じ剣術だからな。第一、騎士の剣術が厄介だからこうやって驚かせて隙作ってるんだぜ?」


 騎士の剣術は王道だけあって、隙は少ないし攻めづらいし崩しづらい厄介な剣術だ。今はナナが他流試合に慣れてないから勝ち越しているが、今後はどうなることやら。


 お互いに構えなおしたが、ナナの視線が俺ではなく俺の後方に移る。


 俺も常駐させている風読みの術の圏内に、他人が踏み込んでくるのを感じ取った。


「おい、お前ら。最近苔豚を狩ってるらしいじゃねぇか」


 気の強そうな狼の獣人が口を開く。胸には銀級のプレートが下がっている。狼獣人の後ろには平地人の狩人が二人。こちらも銀級だ。


「えぇ。依頼で出てますので、よく受注します」


 念のため、さりげなくナナとの間に立つように移動する。


「悪いことは言わねぇ。手を引きな。あれは俺たちの狩場だ」


「なっ!狩場の占拠はギルドでは認められていない!」


 ナナが俺の後ろで声を上げる。


「勘違いすんじゃねぇよ。これは哀れな鉄級に忠告してやってんだぜ?あの辺は危険だからな。何があるかわからねぇぜ?」


 卑しい顔付きで狼獣人が言う。明らかに親切心からくる言では無い。後ろの男二人もニチャニチャと気持ち悪い笑みを浮かべ、ナナを見ている。


(あー既にあの狩場を知っている奴からは良い顔されないと思っていたが、まさかここまであからさまな事を言ってくるとは…)


 だが、向こうもそこまで本気ではあるまい。本気で排除したいのであれば、忠告もせずに襲撃でもするはずだ。今ならまだ穏便に言い合いで終わらすことができる。


(かと言ってここで俺らが折れるのもなぁ…)


 ここは修練場だ。回りの目がある。ビビってイモ引いたと噂されれば今後の活動に支障も出る。


 かといって余計なリスクを負うことも狩人には軽蔑されるのだか…。どないせいっちゅうねん。


 …ここは適当な事言って煙にまくか。女の子ナナも居るしリスクは避けたい。


「まぁその辺は前向きに鋭意検討していこうと思います」


「あ?何訳わかんねぇこと言ってやがる。ま、取り敢えず半分でいいぜ?」


「…半分?」


「稼いだ金の半分だよ。あと、後ろの女だ。傷モンだが使えなくはねぇだろ」


 後ろにいるナナが怒気と共に熱を放つ。…だが、既に俺の行動は終わっている。


 ダァアン!という轟音と共に獣人が吹き飛ぶ。エアブラストが狼の獣人の鳩尾で炸裂したのだ。


「あぁーごめんなさい。訓練中に不用意に近づいてくるから当たっちゃったじゃ無いですかぁ。そういえばそこに仕掛けてたんですよぉ」


「オェェエ…!でっ級風情がやりやがったなぁあ!」


 蹲りながら狼の獣人がこちらを睨みつける。一拍遅れて後ろにいた男達も反応する。


(…遅すぎる反応だ。だが、念のため剣は抜かせておくか…)


 一応、正当防衛という形にしておきたい。


 片方の男が剣を抜くのを待ってから、鳩尾に後ろ回し蹴りを叩き込む。


 隣では、ナナがもう一人の男をほふっている。あぁナナさん。そこはデリケートな所だから少し加減して…


「クソガキがぁ!」


 こっそりと後ろに回っていた狼獣人が飛びかかって来る。


(ま、見えてるんですけどね)


 風魔法に死角はない。


 心臓目掛けて突き出された剣を横に一歩動く事で躱す。そしてそのまま脇で剣を挟み込み、身体ごと振り向くことで剣を強引に搦めとる。


 風読みで、狼獣人の位置を補足しているため、振り向いた勢いそのままに狼獣人を殴りつける。


 ゴシュッ!っと鈍い音が響いた。


(殴った感じ、骨じゃなくて鎧だな。下に着込んでいたか。通りでエアブラストからの復帰が早い訳だ)


 ナナさんは男達にまだ追撃をしてる。


「オメェ…マジ分かってんだろうなぁ!」


 狼獣人は痛みに悶えながらも、威嚇するようにこちらを睨め付ける。


「おぉ!凄いファイト精神だ!ここまで一方的にやられてまだ噛み付くか!」


「…ブッ殺す…!」


(…ッ!?何か飛んでくる!?)


 再び立ち向かってくる狼の獣人に相対しようとしたが、すぐさま別方向にも注意を向ける。索敵にて、高速で飛んでくる物体を感知したのだ。


警戒のため、即座にナナの側に移動する。


 飛んできたのは一本の剣。それが狼の獣人の眼前に突き刺さった。


「はいそこまでー」


 遠巻きに見ていた人混みから一人の男性が歩いて来る。褐色の肌に長い銀髪。ともすれば女性にも見える美丈夫だ。


「エイヴェリー…!テメェ手出しすんじゃねぇよ!」


「えー?修練場で剣抜いたバカが居たら手ぇ出すでしょー」


 一応、俺らは抜いてない。こいつらは抜かずに済む腕前だった。


「エ、エイヴェリー殿だ…!」


「知ってるのか…!?ナナさん…!」


「ナナさん?…エイヴェリー殿は魔銀級の狩人だぞ…!?知らないのか…!?単騎師団ワンマンアーミー、陣剣、浮遊剣…!どれもエイヴェリー殿の二つ名だ…!?」


 ナナが芸能人を見た人のようにはしゃいでる。


「すまん。全く聞いたことがなかった」


「特に浮遊剣のエイヴェリーと言えばこのネルカトル辺境伯領では有名なはずなんだかな…」


 俺が知っている著名な狩人は魔物生物学者兼狩人のダートン先生ぐらいだ。あの人は凄い。如何に楽して狩るかを突き詰めている。


「チッ…!行くぞお前ら…!」


 何やらエイヴェリーさんと言い争っていた狼の獣人は、人混みの向こうにギルド員が見えた瞬間、慌てるようにしてその場を後にした。勿論、帰るさいに俺を睨み付けることも忘れない。


「おお、こわいこわい」


 …面倒だが警戒を増さねばな。闇討ち夜討ちなんぼのもんじゃい!


「ややや。災難だったねー」


「エ、エイヴェリー殿!仲裁ありがとうございます!」


ニコニコと笑顔を浮かべた美丈夫。エイヴェリーさんが話しかけてくる。ニコニコとしすぎて逆にちょっと胡散臭い…。


「二人とも宜しくねー。知ってるみたいだけど僕はエイヴェリー」


「俺はバルハルトって言います。ハルトでいいです」


「ナナリアです。ナナって呼ばれています」


 俺たちは自己紹介をする。何だかんだで、受付手続きなどを除けば、この街に来て初めて自己紹介だ。


「ハルト君にナナちゃんねー。…あの狼の獣人はデヴァーって言うんだけど、評判悪いんだー。これ以上問題起こすと銀級から落ちるっていうのにー全然反省しない。君らも気を付けてねー」


「はい。忠告ありがとうございます」


 俺は素直に礼を言う。あの野郎、札付きの悪かよ。ちょっと厄介な奴に目をつけられたか?


「本当はねー。もっと早く助けれもしたんだけどー、二人の戦闘が見たくてー、ちょっと観戦しちゃったー」


「…俺らのですか?」


 …なんでわざわざ新人の戦闘能力に注目していたのだろうか?…まさか俺の抑えきれぬカリスマ性に気が付いたのか…!?


「そー。…実を言うとねー。ナナちゃん。君のお父さんからね。手紙貰ってるのー。それとなーく気にして欲しいって」


「父上からですか…!?」


 なるほど。カリスマ性は微塵も出ていないと。…流石に魔銀級ともなると貴族と関係があったりもするのか。


「それでー以前から気にはしてたんだけどー。相方のハルト君も面白いねー。君の場合はー僕と同じ魔法剣士だ」


「…?俺だけじゃ無くて、ナナも剣を使いますよ?」


 そもそも近接のできる魔法使いはそこまで珍しい訳では無い。


「違う違う。剣も使える魔法使いってことじゃなくてー。魔法を前提とした剣術を使う人ってことー」


 あぁ。なるほど。俺の高速移動や変則軌道、風読みでの見切りを用いた戦闘法を指しての魔法剣士か。確かにそれは珍しいだろう。ハーフリングとしては特異な剣士の父さんでも、風読みでの見切りを使うぐらいだ。


 …つまりこの人も魔法を絡めた剣術を使う訳だ。ナナが知ってるかな…?


「まー二人ともこれからはしばらく気を付けてねー。あの三人が大人しくしてるとは限らないしー。何かあったらクランにでも声かけてよねー」


 そう言ってエイヴェリーさんは手を振りながら早々に去って行った。


「…なんか喋ってて気の抜ける人だね。妙に胡散臭いし」


「後でエイヴェリー殿のクランハウスの所在を確認しておこうか。なに、クラン名は私が知っている」


 クランって大規模なパーティーだっけ?何人位いるのだろうか。むさいオッさんばかりだったら嫌だな…。


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