第19話 豚がきこえる
◇豚がきこえる◇
…聞こえる。
…異様なほど鮮やかな緑の向こうから。
…俺のもとに声が届く。
…風に乗って、その声が届く。
「いや、間違いないよ。フゴフゴ言ってるもん」
「本当か?一応、中層が近いからな。警戒するに越したことはない」
翌日、日の出とともに俺らは探索に出ていた。森をさまよい歩くこと一時間、とうとう俺の耳に豚としか思えない声が届いたのだ。
「とりあえず匂いは問題ない。全て上方に散らしている。むしろ下手に動き回るほうがまずい。地面には匂いが残っちまうからな」
「では、このまま直進で距離を詰めるか」
「あぁ。ここからは風壁を張って音も遮断する。ナナの耳には周囲の音も途切れるから注意な。あと、振動。地面の振動も遮断できない」
ゆっくりと慎重に歩を進める。俺も経験が少ないので、風壁を張った状態でどこまで激しく動いても平気かが分からない。
…ナナは地面に落ちている枝葉を踏まぬように気を使っている…流石にそれぐらいは問題ないぞ。
ちょっとした窪地に辿り着き、俺らは伏せるようにして覗き込む。
「…豚でした」
「あぁ苔豚だ。間違いない」
俺は耳を澄まし、音を拾うことに注力する。
「いるいる。今見えてる奴以外にも、左奥に二頭。更に離れた右奥にも三頭いる」
「流石に目の前の個体と争うと気付かれるか?」
「そうだね。まぁ一撃で無駄な音を立てずに仕留めれば問題はない。…だけどできれば生け捕りがいいんだよなぁ。豚を生かしておけば、また苔が生えるからな。狩場は残しておきたい」
「といってもどうする?生け捕りだと確実に暴れるぞ?」
だが案ずる無かれ。俺には秘策があるのだ。
…俺は背嚢から秘密兵器を取り出す。
「何だそれ?」
「ロジャー専用蟹殺し棍棒(模造)だ」
豪腕ロジャーが蟹狩りをするための専用装備。その模造品。ロジャーは蟹を仕留めるさい、その豪腕故に命を奪わずにはいられなかった。そのため、当時の工房が蟹を生かすために作り出した布巻きの棍棒である。模造品といえども、その効果に違いはない。
ロジャー専用強化引き上げ棒は無かったが、専用弱化棍棒があったとは、誰が予想できようか…
「それで殴るのか?そんな上手くいくのか?」
「…蟹狩りでパーティーメンバーを探そうとしたときに…蟹の捕獲に回された場合、いいとこ見せないとメンバー集まらないと思って…新人に蟹の捕獲は回ってこないとは聞いてだけど…念には念をいれて…練習してたんだ…メンバーが欲しかったから…」
俺の奥底から、黒いナニカが溢れてくる…。
「お、おい!どうした!わかった!わかったからその目を辞めろ!」
いきなりナナが騒ぎ出す。風壁を張っているとはいえ、苔豚が近くにいるのだ。気付かれるかもしれないから落ち着いてほしい。
…はて、俺はさっき何を…?
「さて、じゃあちょっくら行ってきますわ」
「あ、ああ。気を付けてな。……なんだったんだ?」
実を言うと前世にて、近所の猟師から罠猟の話を聞いたことがある。罠にかかった獲物はまだ生きている。そのため、基本は銃で仕留めてから近づくのだが、銃持ちがいない場合、殴って昏倒させてから刃物でトドメを刺すのだ。ずいぶん野蛮な方法で驚いた記憶がある。
(猪の場合は眉間を殴るんだったな。そこが一番脳を揺らせるらしい)
苔豚の背後の死角に回り込む。慎重に距離とタイミングを測りながら、駆け寄る際の足の置き場にも目処を立てる。
いい塩梅だ。一気に加速し、背後から飛びかかる。
そのまま飛び越す瞬間に、上空から眉間に棍棒を振り下ろす!
「プギュッ!」
「やったか!?」
一応、心音を確認して眉間の頭蓋骨も確認する。…良かった。割れてない。
他の苔豚の音を確認するが、逃げ出す様子は無い。どうやら気付かれてはいないようだ。
「…生きているのか?」
茂みから駆けつけたナナが苔豚の安否を気にして言う。
「生きてるよ。いつ目を覚ますか分からんから、さっさと苔を取ろう。俺は念のため首を押さえとく」
俺は袈裟固めのようにして苔豚の首を固定する。
「あぁ。任せてくれ。すぐに取り掛かろう」
ナナは解体用のナイフを取り出して、苔豚の苔をそぎ始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「大分集まったね。これで何匹分だい?」
「十八匹だな。帰るだけの明日を含めて三日としても、中々の稼ぎだな」
昼下がりまで狩りをして、現在は野営地で焙煎作業だ。鍋一つには入り切らず、複数回に分けて焙煎をすることとなっている。
「そうか、明日帰るだけとなると、何かしらの採集依頼は受けとくべきだったかな?」
「そうだな。次からはそれもいいかもしれん。取り敢えず今回は帰り道の植生を確認しながら帰るだけにしとくか」
それか基本的な薬草あたりは回収してもいいかも知れない。その辺りは常時買取可能品の筈だ。
…ちゃんと確認しとくべきだったな。
「ふふふ。ハルト。やはり私は狩人を選んで正解だったようだ。…こうやって二人で何もかもを考えて進むのが楽しくてたまらないんだ」
ナナが焙煎作業をしながら、嬉しそうに呟く。
「…まぁ分からんでもない。俺もロマンを求めて狩人になった口だ」
「あぁ。そうか。ハルトの実家を継いで彫金師になる道もあったのか」
父さんからは、狩人の技能以外にもハーフリングとして彫金を教わっている。一応、彫金ギルドに見習いを免除してもらえる程の腕前はある。
ただ、アクセサリーを作るのは好きだが、商売となると気後れしてしまう。
店番とかあんまり好きじゃないんだよなぁ。
…そういえば、ナナと始めて会ったのは家の宝飾店か。
「…ナナ、あの時のペンダントはまだ付けてんのか?六歳ぐらいの時のやつ」
「はぁ!?」
ナナが慌てふためき、鍋が手元で跳ねている。
「…き、気付いてたのか」
「逆に聞くけど、気付かないと思う?」
というか気付いてないと思われてたのか。
「母さんからネルカトル家に同い歳の女の子がいるのは聞いていたからな。同い歳辺りの赤髪の上品な子が来れば、誰だって領主のお嬢様と気付くだろう」
「いや、まぁ…その、外見も結構変わったし…」
「そうか?髪の毛もあの時と同じ、炎のように煌めく綺麗な赤い髪じゃないか。一房混じった灰色もいいと思うぞ。脇石のダイアモンドみたいなもんだな」
「くぅぅうう…!!禁止!今後そういうのは禁止だ!」
「おい、結局ペンダントは…」
「付けてるよ!悪い!?ほら!焙煎はもう一人でできるからご飯作ってなよ!」
ナナは顔を朱に染め、俺をその場から追い出した。
…いや、ご飯作るかまど、そこなんだけど。
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