第18話 ぼーんふぁいありっと

◇ぼーんふぁいありっと◇


「うひょぉお!辺境最大とだけあってでかいな。領都ともいい勝負なんじゃ無いの?」


「まぁ人の密集度合いはこちらの方が高いからな。そのため建物も背の高い物が多いし、活気も集中する。賑やかでいい街だ」


 遥々やって来ました。辺境都市アウレリア。西に大森林。北に大山脈と二つの魔境に囲まれたこの都市は、辺境伯領を超えた範囲からも狩人が集まってきている。


 領都よりも厚く高い城壁の内部には、ひしめき合うように背の高い建物が並んでいる。多くの建物には漆喰が塗られ、白い壁面が陽の光を反射している。


「ハルト。先ずはギルドに行くか?」


「いや、宿を押さえとこう。安心しろ。両親からオススメの宿を聞いてきている」


「ほぉ。流石準備がいいな。浮かれてしまっている私が恥ずかしいよ」


 ナナは苦笑いをしながらも俺に笑顔を向ける。しっかりはしているが、まだまだナナは十三歳だ。むしろ前世の俺からしたら大分大人だ。その頃の俺はカブトムシを取ることに躍起になっていた年齢だ。


 賑やかな大通りから少しはずれ、比較的静かな通りへと足を進める。狩人向けの店が多い商店街から程近く、ギルドからも離れていない。歓楽街から離れてはいるが、俺らにはあまり関係ない。…なるほど、いい立地だ。


 歩みを進める俺の前に、目当ての店が見えてくる。シンプルで飾り気のない外観だが、年季による外壁の汚れが、化粧の代わりとなって建物を彩っている。一階は食堂もやっているらしく、食事目当ての客が出入りしている。


「ここだな。第六の幸福亭」


 俺は扉を開き、店の中に入る。中も外壁同様古びてはいるが、廃れてはいない。常に手入れをされているためか、不思議な暖かみを感じる。


「いらっしゃいませ!宿泊ですか?お食事ですか?」


 宿に入ると、俺らより多少歳下の子が元気良く話し掛けてくる。俺らが入ったのは、宿泊者用の入り口だ。おそらく、両親はこの時間は食堂で働いているのだろう。


「宿泊で頼む。部屋は個人部屋二つ。できれば近い方がいい。期間は…あー」


 俺は相談の意味を込めてナナを見る。ナナは俺の視線に気づき口をあける。


「先ずは今日だけでいいんじゃ無いか?この後、ギルドで依頼を確認してから連泊するか判断しよう」


 それもそうか。連泊して早々に泊まりの依頼を受けてしまっては目も当てられない。狩猟に使わない荷物は宿ではなく、ギルドの貸し倉庫に収納すれば問題ない。


「じぁあ取り敢えず一泊で。もしかしたら連泊に切り替えるかも」


「はい。かしこまりました。一人部屋でしたら、二階のお部屋になります。料金は朝食夕食付きで小銀貨三枚です」


 俺らは代金を払い部屋に向かう。


「そんじゃ、ナナ。荷物を置いたら直ぐに出よう」


「あぁ。どんな依頼があるか楽しみだな!」


 ナナは子供のように笑いながら言った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「はぁ…やはり大きいな」


「しかもここだけじゃなく、城壁近くに納品用の支所もあるらしいぞ」


 俺らは受付に転移届けを出した後、ギルド内を見渡しながら依頼掲示板の前に立った。掲示板だけでも領都の倍以上はある。


「ほれ、見てみろ。ギルド主催の大規模な牙猪狩りだ。食肉調達のため月に二回の頻度でやってる」


…大丈夫ぅ?牙猪絶滅しない?


「その…食肉調達なら火魔法使いの私は、向いてないのでは?」


「どのみち鉄級の俺らが配属されるのは、荷運びなんかだよ」


 十中八九、討伐は回ってこない。討伐した牙猪を川まで運ぶか、川で冷やした牙猪を街まで運ぶかのどちらかだ。俺には特別な知恵が有るから分かるんだ。…競り会場は無いよな?


「ナナ。別に火魔法が役に立つかどうかに拘らなくてもいいんだぞ?そもそも、魔法を使えない奴だっているんだ」


「まぁ。解かってはいるんだがな。…別に魔法が撃ちたいわけじゃないぞ?」


 火魔法が向いてないだけで、毛皮や食肉調達の依頼をしたって問題はない。無理に火魔法に拘らず、剣で戦えばいいのだ。


 懸念事項があるとすれば、火魔法を封印すると逃げるような魔物に対する手札がないが、そこは相手を選べば良い。一応、俺が予め罠を張るという手もある。


 そう考えながら、依頼書を見ていくと、一つの依頼が目に付いた。それは苔の納品依頼。苔豚と呼ばれる豚の体表に生える、薬効のある苔だ。


「珍しいな。牙猪がいるのに、苔豚も出るのか」


「…?その二つは一緒には居ないものなのか?」


 通常、生態系における地位において、同様の地位を占める存在は一種類しか存在しない。同じ食べ物を奪い合う状況は不安定であり、他の種が駆逐されることで状況が安定するのだ。


 同じ食性の生物が共存していているように見えることもあるが、それは食べる植物や部位が違うだとか、活動時間が違うなどの棲み分けがされているわけだ。


 ライオンとジャッカルは食べる物が微妙に違うから共存する。


 鷲と梟は活動時間帯が違うから、共存する。

 

 岩魚イワナ山女ヤマメは共存できないから、同じ水域には存在しない。


 問題の牙猪と苔豚ではあるが、こいつらは食性も活動時間帯も全く一緒。領都近くの森でも牙猪が分布を広げ、苔豚が居なくなった事があったためよく覚えている。


 俺はその事をナナに噛み砕きながら伝えた。


「まぁ恐らく、絶賛生存競争中か…。この広い大森林だ。地形の問題で棲み分けがなされているのかもしれない…」


 因みに牙猪は魔獣ではなく、ただの獣だ。魔獣の定義は何かしらの魔法現象を引き起こすことのできる獣だ。一方、苔豚は魔獣だ。身体強化や魔法耐性が有るわけではないのだが、苔に魔法的な薬効があるため、魔獣扱いされている。


「ふむ…」


 ナナは考え込む仕草をした後、俺に提案をしてきた。


「ハルト。これは狙い目ではないか?牙猪は一頭丸々仕留めて、サイズにもよるが小金貨一枚。一方、苔豚であれば苔のみで小金貨一枚だ。荷運びの関係で牙猪は一日一頭が限界だが、苔豚であれば苔の納品だから複数頭いけるはずだ」


「そりゃぁ苔豚の生息域を知っていたらな。ここに長い奴だったら知っているかもだが、そんな飯の種を早々に漏らすわけがない」


「そこでさっきのハルトの話だよ。牙猪は縄張りのマーキングのため、頻繁に幹に牙を擦り付ける。ハルトの魔法なら、その音や痕跡を簡単に探知できるだろう?」


 ナナの言いたい事がわかった。…確かに、それだったらいけるかもしれない。


「成る程…。それで牙猪の縄張り以外を見つけ出せば…」


「そう。苔豚の生息域ってわけだ。ついでに言えば、苔豚の苔は取ってすぐに焙煎が必要だが、私の火魔法があれば湿気った森の中でも充分に火が起こせる」


 いいじゃないか。まさかお嬢様からこんな狩人らしい提案が来るとは。英雄譚に憧れて、身の丈以上の魔物を求めないかと心配していたが、どうやら杞憂に終わったようだ。


「そうと決まれば、狩猟の準備だ。焙煎の鍋は野営用に買ったのでいいかな?」


「流石にそれは別で用意しよう。下手したら中層まで足を運ぶことになるのだから、野営前提だろ?」


 ナナは受注表を剥がしながら俺にウィンクを飛ばした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「明日は、ここを中心に探索だな。牙猪のマーキング音も聞こえないし、確認できる範囲でも牙の跡は全く無い」


 野営地にて晩御飯を作っていると、設営を終えたナナがやって来たので、俺は明日の行動確認の意味も込めて声をかけた。


「ハルト。ここらは、位置的には中層手前になるんだろうが、今までの森とは違うのか?」


「そうだな。強いて言えば空気が重くなった。湿度が上がったせいだな。木々の密度が高いから、それが原因だろう」


「湿度か。苔が生えるのには良さそうだが…」


 湿度のせいか、それとも土壌のせいか、この辺は背の低い木々が多い。地面も平坦ではなく、俺の背丈ほどの小さな谷や丘が連続している。


 牙猪は苔豚よりも体が大柄なため、この鬱蒼と茂るやぶのような森を避けているのだろうか。


 …どのみち、植生や地形が今までの森と異なるのだ。牙猪ではなく、苔豚の生息域である可能性は十分にある。


「さ、もう料理ができるぞ。そっちに座れよ」


 俺はお椀に料理をよそるとナナに差し出した。今晩のナナへの料理は大麦のリゾット。大麦に塩漬け肉と干し野菜を入れて、ガルムという魚醤で味付けしたシンプルなものだ。


 因みに干し野菜はナナと俺の魔法による自作品だ。俺が減圧しながら、ナナの熱した空気を吹き当てるという高度な制御。減圧と熱風の流入という相反する現象の調整がかなりの難易度であった…。


「あぁ。ありがとう。…魔境の。それも中層手前で煮炊きをするとはな。まさか、匂いの処理に風魔法を使うとは」


「これほど便利な属性はねぇぜ?実を言うと、水筒の魔道具と同じこともできる。エアコンの魔法の応用で、空気中の水分を集め結露させるんだ」


 といっても、空気中の水分なんて微々たる量。だが、それでも飲料水を確保できることは大きい。


 ナナが食べ始めるのを見計らって、俺も料理に手をつける。


「む?ハルトの食べているのは私と違うじゃないか」


「あぁ。俺の食べ方は好みが大きいからな。材料は一緒なんだが、少し食べてみるか?」


 そう言って俺は自分の皿をナナに差し出す。


「これは…大麦を…なんだ?半生の大麦?」


「炊くって言う…まぁ少ない水で煮る感じだ」


 俺が食べているのは麦飯だ。白米が無いものだから、ちょいちょい作っては食べている。


「これだけでは味が無いな。プレーンなパンみたいなものか」


 ナナは一口食べて興味を無くしたのか、すぐに俺に返して自分の料理を食べ始めた。


 …今後、どこかに腰を据えることとなったら、味噌や醤油にチャレンジしてみるか。


 実を言うと代替品で良いのなら材料は揃っている。正式な材料は塩と大豆と米、というか米に繁殖する麹黴こうじかびだ。


 まず、米ではなく小麦でも麹はできる。むしろ醤油は小麦麹が主流だ。


 次に大豆だが、風味が変わるが他の豆でも作れないことはない。前世は田舎故、味噌は自家製だったからな。協会酵母が使えないことに不安があるが、不可能では無いだろう。


「ハルト。…なんで頷きながら食べているんだ?」


 おっといけない。定番の味噌と醤油の作製に思考が飛んでいた。…味噌や醤油作ったら流行るかなぁ?…前世でも海外で日本食ブームはあったから、まったく売れないということは無いだろうが…。


「ハルト、ご馳走様。おいしかったよ。それで、今日はどっちが先に寝るんだ?」


「慣れない山歩きで疲れただろ。先に寝ていいぞ」


「そうか。じゃあ先に休まさせてもらうよ」


 そう言ってナナは寝る前の身支度を行うと、テントに向かっていく。途中の村で森に立ち入っているとは言え、今日が初めての本格的な山歩きだった訳だが、意外にもナナはしっかりと俺についてきてた。


 俺?俺は前世の生活田舎育ちで慣れたよ。


 因みにテントは共用だ。流石に二つに分けようと言ったのだが、どの道、見張りで片方はテントの外に出るのだからと言って押し切られた。まぁ俺も確かにそうだと納得はしたんだが…


 パチンと焚火の中で薪が爆ぜる。相棒の寝息をテントの中から感じながら、俺の夜は更けていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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