第17話 明白な事実ほど、誤られやすいものはない
◇明白な事実ほど、誤られやすいものはない◇
「すまんのぉ。いきなりの話で」
村長のおじいさんが語ったのは、村の近辺に有る洞窟の調査依頼だ。何でも最近、魔獣らしき存在が居ついてしまったらしい。
活動は主に夜間で、家畜をさらっていく。村の男衆が、血痕などから洞窟を根城にしていることを確認しているが、目撃されたのも夜間であったため、魔獣の正体が判明していない。
これが、村人でも対応できる魔獣なら問題ないのだが、狩人ギルドに依頼を出すような魔獣で有るならば、不用意に刺激はしたくない。
「逆に俺らでもいいんですか?まだ実績もほとんど無い鉄級ですよ?」
それこそ、鉄級なんて一般人と大差ない存在だ。
「はん、この爺さんは俺を当てにしてんだよ。引退したとはいえ元金級だ。お前らがうまく調査できるならそれで良し、失敗して魔物を引き連れて帰ってきたなら、俺が仕方なしに出張ることになる」
村長は反論することも無く、にこにことしながら、御者のおっさんの話を聞いている。
「それであれば、最初から御者の方にお願いすれば…?その、お二方は知り合いなのだろう?」
まぁそれもそうだ。依頼は必ずしもギルドを通さなくてはならない訳ではない。
顔見知りで力量も知っているなら、個人的な依頼をしてもおかしくは無い。
「俺が断ったんだよ。今は御者の仕事中だってのに、めんどくせぇ調査なんてするわけ無いだろ。それなら、新人の狩人にめんどくせぇとこ任せちまおうってことだ。別に失敗して魔物連れて来てもいいぜ?ドラゴンでもなきゃ倒してやるよ」
御者のおっさんは自信ありげに腰元の剣を叩く。
「どうするぅ?ナナ。おかしな話ではなさそうだけど…」
「いいのではないか?調査であれば、ハルトが主力だ。ハルトの判断でかまわない」
俺の判断か…。正体不明という危険性はあるが、そんなものは狩人をしていればよくあることだ。失敗しても違約無しの依頼だ。受けない手はない。
「では引き受けます。洞窟の場所をお聞きしても?」
「すまんのぅ。あまり無理せんでくれのぉ」
俺は簡易的な契約書にサインを書いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ハルト。意外と大きい洞窟だな」
村近くの森の中、鬱蒼と茂る木々の中で洞窟がぽっかりと口を開け、水気を含んだ冷たい空気が流れてきている。
村からはさほど離れていない。帰りの時間を考えても、日没までには調査を終えられるだろう。
「逆に、大きいから埋められないで残ってるんだろうよ」
洞窟は魔物の巣になることが多いので、大抵はすぐ埋められる。
「周囲にはあまり、痕跡が無いな。…家畜らしき物を引きずった後は有るが、それぐらいだな」
ナナがしゃがみ込み、獲物を引きずったであろう跡に指を擦る。
「ここいらいったいは岩肌が露出してるからなぁ…あまり痕跡は残らないか」
俺は辺りを見回す。木々が密集しているため、視線の通りが悪い。
(…風読みにて辺りを把握するか?…いや、風読みは細部の把握には適していない)
「ハルト。こちらに来てみてくれ」
「何かあったか…?」
ナナが地面を指差す。そこには血痕と、血痕により残った何かの足跡。
「血で付いた足跡か。間違いなく犯人の物だろうな」
「…細い五本指に…鉤爪があるな。…猿だろうか?」
ただの猿にしてはサイズが大きい。猿系の魔獣か。
…ふと、まだ別の痕跡が残っていることに俺は気付いた。
「ナナ…襲われた家畜が何だったか聞いているか?」
「残念ながら私も聞いていないな。…牛や羊ではないのか?」
俺は地面に残ったもう一つの痕跡を拾い上げる。それは鱗。一枚の鱗が、痕跡の脇に剥がれて落ちていた。
「家畜で、蛇やトカゲは飼っていないよなぁ…あっても走竜ぐらいだが、あんな村に走竜がいるとは思えない」
走竜は高級な家畜だ。村はもちろん、領都でも見たことはない。因みに鱗はあるが、竜ではなく鳥であるらしい。
「すまないが、鱗がある猿など聞いたこと無いな…」
「となるとこいつは、別の獲物か?この森にこんな鱗を持つ生物がいることも気になるが…」
そこそこ大きな鱗だ。そんな鱗の持ち主を捕食するとなると、それはそれで恐ろしい。
「もしかしたら、猿というのが間違いか?フォレストリザードの足跡には見えないが…」
「取り合えず、洞窟を風で探ってみよう。日没が近いとはいえまだ日が出ている。夜行性なら中にいる可能性が高い」
俺は音寄せの魔法を使い、洞窟の内部の音を拾う。…夜行性といっても、夕方近くから活動を始める種族は多い。どうやらコイツもその類であったようで、内部から活動音が聞こえてくる。
「ナナ。活動を開始している。出てくる可能性も有るから、注意してくれ」
「わかった。…それで、どんな音が聞こえる?」
「なにか羽ばたくような音?…ナナにも届けるよ」
俺は音寄せの魔法で聞こえる音を、ナナの耳にも届けた。
「確かにこれは羽ばたきの音だな」
「取り合えず、風読みの術でも探ってみる。警戒は継続だ」
風読みの術は不用意には使えないが、魔獣相手であれば人よりはましだ。人には知識があるため風読みの術を使用したと判明してしまうが、魔獣であれば「なにか感じる」ですむ。
…もちろん、それが刺激となって警戒されることも有るので、使いどころを選ぶ必要は有るが。
「どうだ?ハルト。風読みの術なら一発で姿が解かるだろう?」
「うぅん?…それが、なんだこれ?なんか妙に風に雑音みたいなのが混じる。大体のシルエットは解かるんだが…」
「…それは、魔法がレジストされかかっているのでは?強力な魔法耐性を持っていると触れる前に魔法が分解されると聞くが…」
…?ううん?鱗があって足もあって翼もある。そして強力な魔法耐性…?
「…ナナ。いやな予感がするんだが」
「…奇遇だな。私もあることに思い至ったところだ」
ご飯の時間なのだろう。洞窟にいるナニカが外に向かって移動しているのを風が感じ取る。
岩肌を爪で擦るような移動音がどんどん近付いて来ている。音はナナにも届けているため、ナニカが迫っていることはナナも感じ取っているはずだ。
「…あー。そういえば、魔物が来た場合は御者のおっさんが倒してくれるんだっけ?」
「残念ながら彼は言っていたよ。ドラゴン以外と。中々のやり手のようだ。まさかこんなことまで想定しているとは」
とうとう、洞窟の中からナニカが姿を現した。
前脚には飛行を可能にする翼膜が備わっており、今は畳まれているものの、翼に付いた鉤爪にて大地をしっかりと掴んでいる。そして背中には鱗が並び、口元には鋭い牙も見える。
前腕の翼膜は後足に繋がっており、小さな尻尾と後足の間にも翼膜が付いている。
大きな耳と豚のような鼻。
黒く小さな目…。
その姿は、まさに…コウモリである!
「って!
「…ハルト。魔法がレジストされたのは嘘だったのか?」
ナナから冷めた視線が飛んでくる。
「いや、違う違う。おそらく音波だ。ああいうのは音で周囲を把握するんだ。その音がノイズとなって邪魔してたんだよ」
俺は慌ててナナに言い訳を言う。…しかし、超音波の響く空間に風読みをするとあんな感覚になるのか…。
「あぁ。取り合えず納得はできるのか?痕跡と特長は一致はしてるなぁ」
「私としてはコウモリの足跡を初めて見たよ。講習の資料でもコウモリの足跡は無かったからね」
なんだかんだでウロココウモリは馬並みの体格がある。そのため体重があり、コウモリの癖して飛ぶのが苦手なのだ。家畜も仕留めた後は引きずって運んだのだろう。
「で、ハルトどうする?たしか、ウロココウモリの推奨ランクは銅級だったはずだが」
「俺らならいける。というか相性はいい方だな。ランクの理由は戦闘能力が高いからではなく、飛んで逃げるからだ」
鋭い鉤爪や牙は脅威だが、陸上での動きは鈍く、空中での動きも素早いものではない。
「問題は、既に俺らが見つかっているということだな。そら、飛んで逃げるぞ」
ウロココウモリは後足で走りながら、翼をはためかせる。アホウドリのような離陸の仕方だ。
「な!?ハルト!追いかけるぞ!村に行かれたら厄介だ!」
「あいあい。俺が飛ぶのを妨害する。ナナは追いかけながら炎の魔弾を撃ってくれ。俺が誘導する」
俺とナナは繁みを飛び出し、森を走り抜ける。
「ナナ!森を抜けたところで仕掛ける!」
「わかった!私に構わず先行してくれ!」
風を纏い追い風を吹かせる。俺は風に乗りぐんぐんと加速する。
木々の切れ目にウロココウモリを確認する。ちょうど奴は森を抜けるとこだ。
「おっしゃ!アップドラフト!!エアブラストォ!!」
俺は上昇気流と圧縮空気弾を用いて飛翔する。夕暮れの日を背に、上から飛び掛るようにウロココウモリに接敵する。
「よぉ!空はお前だけのもんじゃねぇぜ!!」
上昇を続けるウロココウモリを地面に叩き落すように、俺はマチェットを振りぬいた。
「Geah!?」
「ハルト!やったか!?」
地上からナナの声が届く。
「まだだ!上からだから鱗に防がれた!炎の魔弾を頼む!」
「あぁ!行くぞ!炎の魔弾!」
ウロココウモリは俺の攻撃を受けて地表近くをふらふらと飛んでいる。俺は落下しながら、炎の魔弾を誘導し、ウロココウモリの目の前で炸裂させる。
もちろん、直撃させなかったのはわざとだ。
「ナナ!落ちるぞ!ちょうど目の前だ!」
「ああ!悪いが私が仕留めさせてもらうぞ!」
ナナが走りながら
すれ違うようにして上段からの振り下ろし。流石は炎の魔剣。ウロココウモリの身体を鱗ごと断ち切った。
「へばぁ!?」
…ナナの剣に見惚れて、着地を失敗した…。
「ハっ…ハルト。凄かったぞ。風魔法使いは飛ぶんだな」
ナナは笑いを堪えながら俺に話しかける。
…てめぇ。笑ってんのばれてるからな。
「二人の初の獲物としては上々じゃないか。ドラゴンモドキ。モドキといえども中々の強敵だ」
「そのうちモドキじゃないのを狩ろうってか?」
「ふふ…。それもいいかもな。ハルトとならそこまでも行けそうだ」
ナナは夕日を浴びて、眩しそうに目を細めながら笑った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おうおう。ずいぶんなの仕留めたな」
御者のおっさんがウロココウモリの死体を見て、驚きながら賞賛した。
「ええ。手を貸して頂けるのはドラゴン以外との事だったんで、自分たちで討伐しました」
俺は多少の皮肉をこめて笑いながら言う。
「かぁー、アウレリアを目指す典型的な新米狩人と思ったが、腕も口も立つらしいな」
…最初は本物の竜種と勘違いして戦々恐々としてたなんて言えない。
「それでは若き勇者殿。報酬になります。討伐もして頂けたのでその分もあわせて、小金貨二枚になります」
村長は俺らに報酬を差し出す。いくら討伐までしたといってもこれは破格の額だ。
「…ずいぶん割り増ししてくださるようですが、よろしいのですか?」
「なに、多少変則的な依頼を受けていただいたお礼でもあります。あなた方に断られたら、アウレリアのギルドに依頼を出して、それから受注、調査、討伐と…その間にも少なくない被害は出ますからな」
「もらっとけよ。この村は交易路で、別に貧乏な村じゃない。俺が討伐した場合もその程度はもらえる話になっていた」
…そこまで言うのであれば有りがたく頂こう。
「ほら、ナナ。初めての報酬だ」
俺は一枚の小金貨をナナに手渡す。…初めての報酬が金貨か。俺の場合ギルドの雑用の銅貨だったぞ。
「あぁ。ありがとう。…これは記念にするよ」
ナナは大事そうに小金貨を懐にしまった。
「それじゃぁ、俺らは失礼します。そろそろ宿の夕飯の時間なんで」
「おう。討伐して興奮してるだろうが、今日はさっさと寝ろよ?駅馬車は寝坊を許さねぇからな」
御者のおっさんと村長に別れを告げて、宿に戻る。
…さっさと寝るか。果たして俺に適うだろうか。
「さぁ、ハルト。さっさと荷物をおいて、ご飯にしようか」
俺とナナは同じ部屋へと踏み入れる。
(同じ部屋だったこと…忘れてたなぁ…)
俺はその日、中々に寝付けぬ夜をすごした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
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