第16話 馬車が狩場へ夢を乗せて行く
◇馬車が狩場へ夢を乗せて行く◇
「はぁあぁぁ…」
アウレリアに向かう駅馬車の中、俺は何度目かのため息をついた…
「…ハルト。またため息か。念のため聞くが、別に乗り気じゃない訳ではないのだろう…?」
ナナが俺の横合いから声を掛ける。
「いや、それには賛成なんだけどさ。…妹に散々引き止められてね。俺の後髪が引かれすぎて禿げ上がりそうだ…」
…あぁマジェア。お兄ちゃんは暫く遠方で頑張るから、良い子にしてるんだよ。
「あぁマジェア嬢か。私と会ったのは数年前だが、確かに愛嬌のある子だ。あれに引き止められたとなると、確かに後ろめたく感じるだろうな」
「え…?会ったことあるの?」
俺の知らないところで妹が貴族デビュー?
「なんだ?知らなかったのか?以前、ロメア殿が我が父に紹介しにきたぞ?」
「えぇ…。ナナの時にも思ったけど、うちの母さんとナナの家ってそんな関係深かったのか?」
俺は同じ巨人族の系譜としか聞かされていない。
「まぁハルトはハーフリングのルドクシアの名を継ぐからな。余り聞かされていないのかもな。
…そのそも、このネルカトル辺境伯領は古くはネルカトルの一族が治めていたのだ。それが、王国に編入する際に、平地人の王家の下に着くことを嫌った本家が、わざわざ分家に貴族家としてのネルカトル家を起こさせたのだ」
はぁ…詰まる所、母さんはその本家の血筋という訳か。
「だからその、籍を外したとはいえ、ハルトからしたら私は貴族のお嬢様なんだろうが…、私からしたらハルトの方が、本家の王子様でもある訳なんだぞ…?」
ナナはチラチラとこちらを見ながら呟くように言った。…やめてほしい。俺は王子様なんて柄では無いし、女の子からの王子様呼びはむず痒いものがある。
…顔が少し暑くなる。エアコンの魔法を少し強めるか。
「む?ハルト。なんだかハルトの周りだけ涼しく無いか?」
げぇ…!気付きやがった。
「いや、まぁ風で少しな…」
「ずるいじゃ無いか!少し分けてくれたまえよ」
ナナはパーソナルスペースなぞ知らんとでも言うように距離を詰めてくる。
「おい、待て待て!寄るな寄るな。この魔法はかなりデリケートなんだ!」
ついでに俺の心もデリケートなんだ!思春期やぞ!
「…そうなのか?単に風で扇いでるだけかと」
「ならば説明してやろう。まずな、空気ってのは圧縮すると熱が上がるんだ。これは熱エネルギーも圧縮されるからなんだが、…そう言うもんだと思ってくれ。
そんで圧縮して熱を持った空気を今度は風を当てて常温に冷ましてやる。そしたら今度は圧縮した空気を元に戻すんだが、そうすると冷ました分だけ、元の空気より冷やされてるんだ。後はその空気を体の周りに滞留させる。
…圧縮、冷却、解放、滞留の四つの風の制御を連続的に行うんだ。
部屋の中ならまだしも、こんな隙間の多い幌馬車じゃぁ俺ひとり分の周りに滞留させるだけで精一杯だな」
俺はあえて小難しく説明する。
残念だったな。ナナ!この魔法一人用なんだ!
「ふむ。良くは分からんが、一人分の空間なら行けるのだろう?くっつけば問題ないじゃ無いか」
そう言ってナナは肩が付くほど近くに寄った。
…この野郎。女として生きることを辞めたとか言ってはいたが、妙に男に接する躊躇いがない。
高鳴る俺のピュアハートを弄んで楽しいのか!
「………」
ナナも顔を僅かに染めて
…お前も恥ずかしいのかよ!なんでやったの!?そんなに暑かった!?
「…火魔法使いってのは暑さには耐性無いのか?」
「火魔法使いでも基本は人と一緒だ…。巨人族の血が流れている分、他の平地人よりは平気だろうが、だいぶ薄まっているから有ってないようなものだ…」
確かにナナの親父さんもナナも、平均より高めと言うだけで、母さんほど背は高く無い。会った時は平地人の範疇の背丈だったため、拍子抜けしたほどだ。
…待てよ?
「なぁ。ナナ。ナナに男の兄弟は?」
「…上に二人。下にも一人いるな」
「…その下の子と、マジェアの歳の差は?」
「…丁度、二歳差だ」
「…もしかして、血を濃くするために、結婚とかの話が…」
「…妙な所で勘がいいな。君は。…一応、そういう話も出ている」
…当たりやがった!こんちくしょうめ!
「ならん!ならんぞ!お兄ちゃんは妹の結婚を認めない!」
「おい、暴れるな!他の客が見てる!…話と言っても話題に上がった程度だ。まだ何も進んでいない」
進んで無いってことは進む可能性もある訳じゃ無いですか!やだぁああ!
もしかして今回の遠征は俺をマジェアから引き離す企みでは!?
「おい!落ち着け!…どこ触っている!?」
…その後、馬車から降ろされそうになりながらも、俺らは辺境都市アウレリアに向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ナナ。流石に部屋は分けないか?」
「ハルト。この宿は二人部屋しかないのだ。二つも部屋を取るなど無駄ではないか?」
ここは辺境都市アウレリアの直前に有る宿場町だ。規模でいえば町というより、村に近い。
そのため、宿の選択肢が少なく、まだ出会って間もない女の子と同部屋という、ご褒美のような展開になってしまっている。
てゆうか、なんでナナはこんな思いっきりがいいんだ?お嬢様って恥らう物ではないのか?
「それに、ハルト。あの魔法は部屋なら使えるんだろう?」
…あの魔法。エアコンの魔法のことか。
こいつ…恥じらいよりも快適性を選びやがった…!
「さて、夕飯にはまだ時間が有るが、外で訓練でもするか?」
…ナナは俺に誘いをかけるが、どうやらそうはいかないようだ。
「ナナ。訓練もいいが、どうやらお客さんだ」
「客…?」
俺は常に風を軽く展開している。その風がこちらに向かってくる人間を捉えた。
(この感じは御者のおっさんか?)
「おう、坊主たちいるかぁ?」
部屋の外からおっさんの声がかかる。特に不審な様子も無いので、俺は返事をしながら扉を開けた。
「おう、お前ら狩人だったよな?村長より、依頼が有る。俺が立会人をするから話を聞いてやっちゃぁくれないか?」
おっさんが口にしたのは依頼の斡旋。俺とナナの初めての依頼だ。
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