第15話 火は風に吹かれて大きくなる

◇火は風に吹かれて大きくなる◇


「ハルト。おはよう。随分と早いじゃないか」


「それ、俺より早く来てる人の台詞じゃないよね」


 翌日、川縁かわべりに向かうと既にナナが待っていた。会ったばかりで待たすのもアレだし、結構早めに来たんだがな。


「確認だけど、ギルドの講習は受けてあるのか?」


 俺が受けていた時、ナナの姿は無かった。アレを受けないと、ほとんどの依頼は受けることはできない。


「あぁ。そこは恥ずかしながら、貴族のコネというか、…ハルトの母君に個別で講習をしてもらって、全て免除になっている。依頼はまだしたことがないから、鉄級だがね」


「まぁ俺も鉄級だから問題ないよ。俺の場合、いくつか依頼は受けたが、評価に差がつくような数じゃぁない。」


 母さんとマンツーマンの講習だと?良くこいつ生きてるな。


「その…、私は火魔法使いだから、鉄級向けの依頼だと、かなりハルトに迷惑を掛けることになると思う…」


 ナナは申し訳なさそうに呟く。


「迷惑?あぁ、気にすんなよ」


 最初は何のことを言っているか分からなかったが、ナナが言っているのは、鉄級向けの依頼は火魔法がほとんど役に立たない事だろう。


 鉄級向けの依頼は単純な採取だったり、討伐系であっても毛皮や食肉目的の依頼が多い。そのため、威力の高い火魔法は使い難いのだ。


「逆に、ランクが上がれば火魔法は大活躍することとなる。火力の無い風魔法使いの俺からしたら、是非仲間に欲しい能力だ」


 というかそもそも魔法使い二人の時点で、随分と豪華なパーティーだ。普通は魔法云々ではなく、近接戦闘や基礎技能で狩猟を行う。魔法はおまけ扱いだ。


「それと、近接戦闘はやれるみたいだしね。そっちで貢献できるんだから十分でしょ」


 ナナは剣を背負っている。意外と魔法使いでも近接戦闘ができる者は少なくない。


 それこそ魔法使いの半数は、程度の差はあれど、近接戦闘をたしなんでいるだろう。


 一つは、接近された際の対応手段として。もう一つは自身より上位の魔法使いに対する手札として。


「ふふ。私は遠慮したんだがな、父がどうしてもと、私に持たせたのだ。…もし、私が死ぬような事があれば、私の骸は打ち捨てて構わないから、この剣はネルカトル家に届けて貰えないか?」


「えぇぇえ。…そんな上等な剣なの?先ずは死なないことだけじゃなく、盗難にも注意しろよ?」


 俺の言葉を聞きながら、ナナは背負っていた剣をゆっくりと引き抜いた。小振りな両手剣ツヴァイヘンダーではあるが、十三歳の背丈で振るうにはかなり大きい。ナナの背丈が女性としては高めであるから、なんとか使えると言った感じだ。


 その剣の何よりの特徴として、剣身は波打つように蛇行していた。


波刃剣フランベルジュか…これまた、随分物騒な剣だが…対人向けだろ?」


 通常、剣で切りつければ、傷口は一筋だ。しかしフランベルジュの場合、波打つ刃がそれぞれの傷口を作るため、斬られた部位がズタボロになるのだ。


 そのため、フランベルジュで負った傷口は縫って止血することができず、相手に出血を強いる事ができる。


「これはな、炎形の剣フランベルジュであることに意味があるのだ。まぁ言ってしまえば、こいつは魔剣。それも炎の魔剣だ」


 …成る程。親父さんも随分と大盤振る舞いをしたようだ。


 魔剣。何かしらの魔法的効果を備えた剣。


 希少な剣ではあるが、その中で特に貴重なのが火の属性を持つ魔剣だ。


 何故ならば、火属性の魔剣は他の魔剣と違い、現在の文明では作る事ができない。今ある火属性の魔剣はどれもオーパーツやロストテクノロジーに分類される物だ。


 何故作れないかと言うと、理由は至ってシンプル。金属は熱すると脆くなるからだ。火を吹く魔剣自体は作れても、剣としては機能しない。


「ただの剣としても使えるが、解放することで炎を纏い、武器や鎧ごと溶断するような代物だ」


「…その剣を見せられた後だと、俺の得物がだいぶ見劣りするな。俺の剣は山刀マチェット。何ら変哲も無い数打ち品さ」


 俺が腰に差している二本のマチェットは、訓練で使っていた模造刀に刃付けをお願いしたものだ。安価というわけでは無いが、伝説の剣の前にはだいぶ見劣りしてしまう。


「ふむ。お互いに剣が使えるとなると、前衛、後衛を分けずに、二人で前線を張る形か?」


「そこは相手によりけりだな。逆に言ってしまえば、俺は前衛しかできない。風魔法では相手に致命傷を与える事が困難だからな。ナナは状況を見て、前衛に加わるか、後衛として火力支援するか見極めて欲しい」


 そう。風魔法の致命的な弱点が火力の無さだ。もちろん大規模な魔法であれば、殺傷能力もあるが、他の属性であればもっと少ない労力で同等の事ができる。


 決して!…決して風魔法が無能と言う訳では無い!


 むしろそれ以外は非常に優秀だ。他と隔絶した索敵能力は戦場を有利に運び、魔法の構築速度は全属性一だ。先手を取れることへの戦術的有利は圧倒的なものだ。


 そして何より、不可視。風魔法は視認する事が不可能なのだ。この圧倒的な能力と引き換えに、火力と言う致命的な欠点を負っているのが風魔法だ。


(まぁナナが加入した事で、火力の不足という欠点はパーティーとして補う事ができる)


「取り敢えず、二人で前衛張る時は定石通りでいいとして、問題は前衛後衛が別れた時だ。取り敢えず、あの岩を敵に見立てて動いて見るか。撃つ時、発動句まほうのじゅもんを唱えてくれればこっちで射線を開けるよ」


「あぁ…その、威力の方は?」


「先ずは抑えめで。でかいのが必要になる時は、もっとランクを上げた後だろう」


「あ、あぁ…わかった」


 ナナが妙に歯切れ悪い。


(属性適性が強いらしいから、火力を抑えるのが苦手なんだろうな。最悪、俺が巻き込まれる可能性にも注意しなければ。)


 俺は敵に見立てた岩に向かって距離を詰める。


「こっちはこの通り、ちょろちょろ動き回るタイプだからな。撃ってくれればこちらから合わす」


 声送りの術でナナに指示を送る。


「行くぞ。炎の魔弾フレアオーブ!」


 案の定、魔法は岩だけでは無く、俺すら巻き込む熱量を帯びてこちらに迫る。


 …ことは無く、お空に向かって飛び立って行く。


「アイエエエ!?ナンデ!?」


「す、すまない!コントロールが苦手なのだ!威力を落とすと特に!」


 まさか、ノーコンとは…!うちの野球選手母さんにそこは鍛えられなかったのか。


(周りには何も無いはずだが、火魔法を適当に飛ばすのはマズい…!)


 …風魔法の優秀な点は色々あるが、特筆すべき優秀な点が一つ。


 むしろ、その優位点のために、火魔法使いかりょくしゅぎしゃから低火力と揶揄されている。


「それはぁあ!火魔法に対する強制力!堕ちろ!ダウンバースト!」


 火魔法はどれも質量を持たないために風魔法にて簡単に軌道を変えられるのだ。


 ナナの放った炎の魔弾は、俺の風魔法に巻き込まれ、天上より岩に向かって墜落する。


 着弾…!と同時に俺は急いで風を巻き上げる。下降気流により、岩を中心に放射状に広がる風が吹いているのだ。このままでは、辺り一面火の海だ。


 轟々と火柱が上がるものの、幸い燃焼物が無いため火は直ぐに消え去った。


「ハルト!今のは君が曲げたのか!?スゴい!これなら打ち放題じゃ無いか!」


 なにバッティングセンターみたいなこと言ってやがる。打ち放題ではねぇよ。前線を火葬場に変えるつもりか。


 だが、これある意味やり甲斐がある。俺による軌道修正を前提に前線を構築する。


 うまく行けば戦場を一気にコントロールできる。


「ナナ。試しにコントロール度外視でいいから、小規模で持続時間多めの火魔法を俺の方向に打ってもらえる?」


「え?良いけど、…いくぞ?炎の魔弾!」


 飛んできた炎の魔弾を俺は風で捕まえる。捕まえた炎の魔弾は俺の周囲で滞空している。


「…これ、どのくらい持つの?」


「えっと、これなら三十秒は確実に。そこからはどんどん小さくなって、着弾した時の威力も下がるかな。もう三十秒もすれば消えて無くなると思う」


 俺は炎の魔弾を衛星の如く、軌道運動させる。


 …ファンネルじゃんこれ!!


「ナナ。それだけ時間があれば、後衛から前衛に来れるよな?ある意味、一人増えたようなものでは?」


「確かにそれは面白いな。ここまで自在に風が使えるとそんな戦法もとれるのか」


 そう言いながらナナは俺に炎の魔弾を追加して行く。今では四つの魔弾が俺のファンネルとして、動き回っている。


「んー。俺が動くことを考えると二つが限界かなぁ。こうやって立ち止まっていれば、四つでもいけるんだが」


「なあ、ハルト少し試したいことがあるんだが良いか?広範囲に炎の矢をばら撒く術があるんだが…」


 そう言って俺に風の制御を要求する。規模は大きいが、そこまで複雑な制御では無い。


 俺は風を操りながらゆっくりとナナを観察する。規模の大きい魔法だけあって、構築にそこそこ時間がかかっている。


「…行くぞ!炎の驟雨ソドムズウェザー


 ナナの周囲から機関銃の如く炎の矢が放たれる。放射状に広がろうとする複数の矢は、すぐさま俺の風に絡め取られ、魚群のように集まり岩に向かって降り注ぐ。


「あーあーあーあー。なんだか凄い事になっちゃったぞ」


 絨毯爆撃の局所集中だ。既に岩は熔け崩れ、眩しいほどに光りを放っている。


「おぉ!ぉおお!凄い!見てくれこの威力!」


「分かったから落ち着け。気分が高揚してるのは魂が励起してる証拠だ。直ぐに揺り返しが来るぞ」


 魔法は無制限に使える物では無い。普段は自身のみを顕現している魂に、余分な物まで顕現させているのだ。その疲労は精神の疲労となって帰ってくる。気分が高揚した辺りが魔法のやめ時だ。


「はぁ…すまない。確かにはしゃぎすぎた。魔法を思いっきり撃つのは久しぶりでね」


そりゃノーコンの火魔法なんて、危なくて中々撃たせてもらえないだろうな。


「取り敢えず、魔法も打ち止めだし、事前の擦り合わせはこんなもんだな。後は依頼を通して詰めていこう」


「…なぁハルト、その事なんだが、少々遠征をしないか?」


 ナナが俺を見つめながら言う。むぅ…そんな気はしていたが、ナナの方が背が高いな。


「この領都は大きい街だが、交通の要として発展した街だ。人と物の出入りは多いが、それ故に依頼はほとんど傭兵系だろ?」


 傭兵系とは、護衛や警護の依頼だ。傭兵ギルドの管轄ではあるのだが、狩人ギルドと傭兵ギルドは提携しているので、どちらの依頼も受けることができる。


 というか、ギルドの建物も一緒だ。片方が片方のギルド内に間借りしていたり、領都のように大きい街では、共同でギルドが建てられている。


「ハルトの索敵能力は傭兵系でもやっていけるだろうが、傭兵系の依頼は信用が重要だ。鉄級に回してくれる依頼なんて滅多にない。だからこその提案だ」


「成る程ね。ここらで、若手の狩人が経験を積むのにうってつけの街」


 この領は辺境伯領だ。つまりは国の端。一部は他国に面してもいるが、大部分はそうじゃない。魔境と呼ばれる大森林に大山脈。我らが辺境伯領は、国としての辺境だけでは無く、人類の版図としての辺境も抱えてるのだ。


「辺境都市アウレリア。この領の狩人なら誰でも一度は訪れる場所だ。行かない手は無いだろう?」


 俺を焚き付けるように、ナナはニヤリと笑った。


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