第14話 出会ってしまって震える

◇出会ってしまって震える◇


「おい、ハルト。オメェまだソロでやってんだってな?」


 蟹狩りから数日が経った後、夕食での母さんの第一声がこれである。


 …とうとう。とうとう母さんにまで言われてしまった。これはあれか?遠回しに「友達できた?」と心配されているのか!?


「え?いやまぁ。メンバーを探してはいるんだけどね?」


「兄ぃちゃ。私とやる?」


「マジェアは先ず、読み書きをちゃんとやろうね?」


「…ぶぅ」


 マジェアが嬉々として立候補するが、父さんに釘を刺される。


「いやよぅ。なら丁度いい話っていうか、お前に頼みたいことがあんだよ」


「頼み?」


「まぁ詳しい話は向こうからするだろうから、明日はちょっと領府に顔を出しな。昼過ぎでいい」


 頼みごとのために領府までか?…なんだろう。領府などが、個別で狩人を雇う話は聞いたことがあるが、俺のような鉄級に来る話ではない。


「え?まぁいいけど。何かの依頼?」


「依頼っちゃぁ依頼だが、ギルド通すような依頼じゃねぇんだわ」


「前に僕に話してくれた件?」


「あぁ。あん時ヴィニアが言ってた形になりそうだ」


 どうやら父さんは何か話を聞いていたらしい。ギルドを通さないとなると、イリーガルな依頼の可能性もある。母さんがそんな違法な頼みをするわけは無いだろうが…危険な依頼でないと良いな。


「まぁハルトにもいい話だ。そう気張る必要もねぇよ」


 そう言って、母さんは大振りな蟹を美味しそうに口に運んだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


(ここが領府か。なんだかんだで初めて来るな)


 翌日の昼過ぎ、俺が領府の正門前に来ると、そこには既に母さんが待っていた。


「おう。来たな。ちょっと中入るからよ。付いてきな」


「え、うん。わかったよ」


 母さんの後ろに続いて領府の中に入っていく。


 …直ぐにでも応接室かなんかに案内されると思ったのだが、母さんはどんどん奥へ奥へと進んでいく。しまいには、中庭を抜けて別の建物へと進んでいく。


 …明らかに領府というよりも、お屋敷と言うような建物だ。


 母さんは、そのお屋敷の入り口に立っていた執事らしき人に話しかける。


「おう。アタシだ。例の件で息子を連れて来た」


「畏まりました。直ぐに顔を出すように、とのことです」


 母さんはそのまま、中に入り奥へと進む。


「ここだ」


(…母さん。気張る必要は無いって言ったけど、気張る必要あるだろこれ!)


 明らかにこの先にいるのは領主かそれに類する人だ。この建物も明らかに領主館だ。メイドとか居るもの!


「…入り給え」


 母さんのノックに応じて中から声が聞こえた。母さんは何食わぬ顔で扉を開け、中へと入る。俺は戦々恐々である。


「…その子がそうか」


「あぁ。自慢の息子だ」


 質実剛健な部屋の奥には執務机に座った一人の男性。母さんと似た赤髪の偉丈夫。その眉間には皺がより、思い詰めた表情をしている。


「聞いているかも知れんが、私はテオドール。テオドール・ネルカトルだ。このネルカトル辺境伯領の領主をしている。貴殿の名は?」


「私の名はバルハルト。春風の一族の末裔にして、ルドクシアの名を継ぐ者でございます」


 俺は自身の名を告げる。両親が共に古い一族であるため、俺には父さんから継いだルドクシアという姓が存在している。


 因みに、妹のマジェアは、母さんよりネルカトルの名を継ぐ予定であるため、一家で姓が違うという不可思議な状況になっている。


「…ふむ。ロメアよ。バルハルト殿にはどこまで話を?」


「まだなぁあんも。貴族のネルカトル家に関しては、遠い遠い親戚としか話してねぇよ」


 …母さん。付き合いがあることは聞いていたけど、そんなラフな感じなのか…。


「なるほど…バルハルト殿。いや、ハルト殿で宜しいかな?…ハルト殿には、狩人になる我が娘と共に行動して欲しいのだ」


「…お嬢様が狩人に?」


 色々と疑問点が浮かぶ。確かに貴族家の跡継ぎ以外は、準貴族として何かしらのギルドに所属する事はよくある事だ。また、魔法のあるこの世界では、男尊女卑の風潮は少なく、女性であっても職に就くことも珍しく無い。我が母がそのいい例だ。


 だが、貴族家の女性では珍しい。貴族家の女性であればまず政略結婚として嫁ぐことになる。よしんば、何かしらのギルドに所属するとしても、狩人ギルドは更に珍しい。戦闘技能に秀でた貴族であるならば同じ戦闘職である騎士団に所属するのが通例だ。


「ふむ。聡いとは聞いていたが、異例であることは解かるようだな」


「えぇ…。王都では女性王族のために女性のみで編成される騎士団もあるとも聞きます。貴族家の子女で戦闘技能に自信があると言うのであれば、そちらに所属するのが自然かと…」


「娘はな。貴族籍を抜け、貴族の目の届かぬ所で生きてもらいたいのだ」


 テオドール辺境伯は眼前に目線を落とし、溜息と共に呟いた。


「あの子は、七歳の頃に魔法に目覚めた。通常であれば喜ばしい事ではあるのだが、その強い火属性への適性は、あの子自身の身を焼いた」


「…魔法が自分自身を焼いたのですか?」


 脳裏に、幼少の頃の記憶が思い起こされる。目覚め掛けの不安定な時期。母さんはバーンってなるなんて戯けた風に言っていたが、こんなケースも存在するのか。


「顔に酷い火傷跡が残り、婚姻は望めない。かと言って、騎士団などに入っても、貴族の目に晒されるのであれば、あの子に嘲笑が向けられるだろう。だからこそ、本人の望みもあって、狩人として生きていくのだ」


 あぁ。成る程。つまり、お嬢様のお付きの人として、俺に声が掛かったのか。確かに、パーティーメンバーを探している俺にとってもありがたい話だ。


 辺境伯も苦悶の顔をしている。娘を狩人として送り出すことに相当悩んだのだろう。


「身一つで生きることとなる我が娘に、何かしらの助けをしたい。願わくば、近くで娘の助けとなってやれる者を。それでハルト殿に声をかけたのだ。聞けば腕は立つとな」


「ハルト、お前にもこいつはいい話だぞ。火魔法の火力はお前の弱点を補ってくれる。俺とヴィニアみたいなコンビになる訳だ」


 母さんからも後押しの声がかかる。お嬢様と聞くと多少気後れしてしまうが、母さんが進めるのであれば、問題のある娘ではないだろう。


「はい。お嬢様が宜しければ、私と組んでいただければと」


「…今、娘を呼びに行かせてるから、お互いに挨拶をするとよい。具体的な活動はもう娘自身に任せてある」


 辺境伯は、より眉間の皺を濃くする。当主として、あまり大っぴらに支援ができず、俺のような者に頼ることになってしまい、不甲斐なさを感じているのだろうか。


 …しばらくするとノックがなり、執事に促されるように、一人の少女が入ってきた。


「失礼します。…父上、ロメア殿、この方が例の?」


「あぁそうだ。今後については、二人で決めて動きなさい」


「ありがとうございます。…挨拶が遅れてすまないね。聞いているとは思うが、私はナナリア。ただのナナリアとなる。貴族ではなくなるからな、気軽にナナと呼んでくれ」


「…あぁ。俺はバルハルト。ハルトでいい。よろしくな」


 ナナは自身の境遇をまるで気にしていないかのように明るい笑顔を浮かべていた。


 …一方、俺は困っていた。


(普通に美人なんだけど!?貴族ってこれでダメなの!?)


 赤髪のショートカット。左の前髪の一房だけが灰色で、その髪が左目を覆い隠している。


 髪で覆われてはいるものの、左目周辺の火傷跡は隠しきれておらず、握手のために出された手にも火傷跡が付いていた。


 しかし、それでも少女は美しく、それこそ火傷跡ですら、個性的な魅力の一部にも思えた。


(えぇぇ。なんかしんみりシリアスモードだったのに、本人は明るいし、美人だし。…心配して損をした気分だ)


「それじゃあ、ナナ。明日はギルドの修練場…は火魔法禁止だから、川縁の方がいいか。そっちに来れるか?お互いの技能の擦り合わせをしよう」


「あぁ!よろしく。ハルト!」


 握手した手をブンブンと振られる。中身は少女というより、爽やかな騎士様のようだ。


「それじゃあ私は明日の準備をするからな!ハルト!また明日!」


 ナナはそう言うと颯爽と部屋を後にした。


「なんだ、意外と元気そうじゃねぇか。まぁ昔っから騎士に混じって訓練するお転婆だったしなぁ」


 どうやら快活な振る舞いは、強がっているわけではなく、地の性格のようだ。本人がそこまで気を病んでる様子ではなく、俺はほっと息を落ち着ける。


 安心したのも束の間、今度は背後の空気が、陽炎が立ち昇るかのごとく、ゆらりと重く動いた。


「ハルト殿。解っているとは思うが、娘に手を出したら…いいね?」


 辺境伯は俺の肩に手を置き、耳元で呟いた。


 …もしかして終始、顰めっ面だったのは、娘の近くに男を置くことになったから?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 父さんの執務室を出て、私は自室に駆け込んだ。


 服の下に付けていたペンダントを握りこむ。


「うぅ。間違いない。宝石の君だよぉ」


 幼き頃、私にペンダントを見繕ってくれた男の子。


 私は問題なく振る舞えただろうか。変なところは無かっただろうか。可笑しかったところは無かっただろうか。


 もともと、あまり結婚に興味が無かった事もあり、火が顔を焼いた事で、良い機会だと女性として生きることをスッパリと諦めた。


 …諦めたけど、まさか今になって、幼少の頃に、少し良いなと思った相手に会うとは思わなかった。


 もしかしたら、平民の彼とは結ばれないと分かっていたから、結婚に興味が湧かなかったのかもしれない。


「ダメダメ。もうどのみち女は捨てたんだ」


 女を捨てたことに未練はない。ただ、思いがけない相手で戸惑っただけだ。


 むしろ、彼の隣で友として過ごすというのも、悪くない。


「ふふふ。明日は何話そう」


 気付けば、強がりの笑みから、強がりが消えていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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