第12話 野球しようぜ。お前ボールな。

◇野球しようぜ。お前ボールな◇


「男はまだ、喫茶店だね。もうかれこれ1時間だ」


『ハルトはそこで待機だ。奴に見られてねぇからって気を抜くな。他の協力者がいるはずだ。そいつが外で不自然に居座っている奴を洗い出してるとこだ』


 なるほど、本人は店に引きこもることで、店を監視してる奴を協力者が探し出すのか


『にしても奴さん。随分と疑り深ぇなぁ』


『私たちが尾行していることは内密にできてますが、衛兵が調査に乗り出していることは部外者から見ても確実ですからね。最悪、グラスホッパーまで突き止められていることを想定して動いているのかもしれません』


 いつのまにか衛兵の方も合流している。グラスホッパーの事務所の包囲の手配が終わって合流したのだろう。


『まぁ、それでもそろそろだ。こういう居着きの確認は、目的地付近でやるもんだ。この近くの商会かなんかだろうよ』


「あ!動いた」


 残っていた紅茶を一気に飲み干すと、男は店の外へと姿を現した。男の目線の先には物乞いの男。何やら手でサインを出し合うとそのまま別の方向へ足を進めた。


「男は目の前の通りを南下。通常よりも更に早足だ」


 そして俺の耳に届く、扉を開く音。


「建物に入った!あそこは一般向けの商店では無いはず!」


『おっと、そこで待機だ。建物の窓から確認してる奴がいるはずだ。最後の最後、今みてぇに、確認しようと身を乗り出した奴を見つけるためな』


 母さんの声を聞いてたたらを踏む。成る程、所属がバレてしまうことはもうどうしようもないが、ここで見つければ、バレたこと自体には気付けるわけか。


『まぁ流石にねぇとは思うが、ダミーの可能性もある。全く無関係の商会に、適当な商会を名乗って営業に入ってるとかな。だからまずは、裏から回って中の音を探るんだ』


「わかった。やってみるよ」


 忠告通り、裏手から目的の建物に近づく。そして、店の脇の路地で地面にお絵描きタイムだ。俺は同年代の平地人と比べて、ほんの僅か、小指の先程、ほぼ同じといってもいいほどではあるが身長が低い。ついでに顔つきも幼い。だからこそ、道端でお絵描きしていても不自然に見えないのだ。


「…店の名前はジーン商会。目的地で間違いないみたいだね。お金を金庫に振り分けるよう指示を出してる。建物は三階建で一階の窓にはどこも鉄格子が付いてるよ」


『おし、お手柄だ。そのまま問題が無いなら待機。余裕あるなら中を音で探っときな』


『果てさて、いいところまで詰めれましたな』


『問題はこの後の方針だが…』


『額が額です。契約書や裏帳簿が無いなんて事は無いでしょう』


『そいつを手に入れりゃこっちの勝ちだが…』


『金庫に保管しているのであれば問題ありません。ガサ入れして押収です』


 音で内部を探りつつ、向こうの会議内容にも耳を傾ける。


『問題はすぐ破棄できるような場所にあった場合ですかね。踏み込んだり、身柄を確保した瞬間に破棄される可能性がありますね』


『それと、変な場所に隠されていても問題ですぞ。ジーン商会は確か裏に貴族が付いております』


『あー尋問や家捜しに時間かけると、しゃしゃり出て来んのか。面倒クセェなぁおい』


『その貴族が噛んでる可能性は?追えますかね』


『無理だろうな。ジーン商会を捕らえることは流石に隠しきれない。例え噛んでいて、商会から手掛かりを入手したとしても、裏取りしてる間に対処されてしまうだろう』


 成る程、商会を特定したが、まだ終わりでは無いわけだ。むしろ、ここからの対応に失敗すれば元の木阿弥って訳か。


『おい、ハルト。声拾えてるか?そっちの状況は?』


「聞いてるよ。さっきの男は商会長らしき人と食堂で遅めの昼食だね。商会長は身一つみたいだから、書類は持ち歩いてないみたい。


 怪しそうなのは部屋は一つ。通りに面した三階の部屋。その部屋は音が拾えない。初めて見るから確証は無いけど、風壁の魔道具だと思う。人の使う風壁と違って、揺らぎが全く無い」


『臭いな。三階なら踏み込んだ際に、書類を処分する時間が稼げる。多分そこに隠してるな』


 目星が付いたとして、どう攻めるか。…母さんが三階の窓目掛けて衛兵を投げ入れるなんてどうだろうか。母さんなら可能な気がする。


 俺がやるんだったら…


『ハルト。お前、やれそうか?』


「え?」


『忍び込んで、その部屋から書類を取って来れそうかって聞いてんだよ』


「その…俺なら三階まで登って、路地裏側の窓から侵入できる。鍵も機械式ならなんとか」


『おぉ、ならいいじゃねぇか。行ってみるか?』


「で、でも!思い付きで考えただけだから!…失敗するかもしれない」


『そんときゃちゃんとケツ拭いてやんよ。むしろ、お前が見つかったとしても、引っ掻き回して書類の処分を遅らせてくれりゃぁ、アタシらが辿り着くまでの時間が稼げる』


「もっと時間かけて練った方が…」


『流石に今回、グラスホッパーに届いた薬を見逃すことはできない。そのうち向こうの制圧が始まり、こっちにもその話が流れてくる。あまり時間は掛けらんねぇな』


「…背後にいる可能性のある貴族のほうはどうするの?」


『向こうは意識するだけ無駄だ。確実に間に別の商会を挟んでいるだろうよ。こちらの捜査権の及ばない土地の商会をな』


 こっちの懸念材料を母さんが即座に潰してくる。何だよ。これじゃあ、やらない事への言い訳を探してるみたいじゃねぇか。失敗続きで日和っちまったんか、俺は。


『オイオイ。どうしたハルト。ビビっちまったんか?』


 母さんが挑発するように言う。ふざけんなよ。俺がビビる訳ねぇだろ。


 …あぁ理解した。今日の俺は色々と甘いところを母さんに見られて、恥ずかしい思いをしてる。母さんにこれ以上失敗するところを見られたく無い。だから躊躇してしまっているんだ。


 …だけどよ、母さんにビビってるところを見られるのはもっと嫌だな。


「いや、ビビる訳ないでしょ?余裕だよ余裕。念のため確認しただけだよ」


『おう、じゃぁやれんな?』


「当たり前だよ。なんなら既に外壁登り始めてるし」


『…気を付けろよ』


「…うん」


 俺は、始まりの火のネルカトルと春風のルドクシアの末裔。ハルヴィニアとバルマロメアの息子、バルハルトだ。こんな所で立ち止まってられる訳ねぇだろうがよぉ!


…と、勇んでテンション上げたはいいが、隠密行動である。雄叫びを上げるのは脳内でだけだ。


 二階の窓枠に指をかけ、よじ登る。そのまま路地を挟んだ反対側の建物の壁を使って三角飛び。三階の窓枠に手を掛ける。同時に風を使って窓枠と建物内を探査する。


(建物内には人影なしっと)


 鍵は一般的なピンタイプ。要するに内側からピンを差し込んでるだけのシンプルな鍵だ。つっかえ棒といってもいいかも知れない。


(これなら、穴に向かって風を吹き込んでやれば…)


 カチャンっと鳴って、鍵が外れる。俺はゆっくりと窓を開ける。未だにこちらに向かってきている人は居ない。俺は僅かに開けた隙間から侵入した。


「聞こえる?今、三階に侵入した」


『あぁ、こっちから見えたぜ。随分と手際がいいじゃねぇか』


 ここからはスピード勝負だ。まだこっちに向かって来る足音は無いけれど、いつ足音がこちらに向かうか分かったもんじゃない。


「今から、音の拾えない部屋を風読みの術で強引に探ってみる。もし、中に人が居たら気取られるかも」


『そしたら、さっさとさっきの窓から帰ってきな』


 ゆっくりと押し込むように風壁の向こうに俺の風を送り込む。案の定、中には人の姿はない。扉に鍵が掛かっていないのも確認済みだ。そのまま扉を開け、滑り込むように部屋の中に足を運ぶ。


(部屋の中からは風壁のせいで音を拾えない。時間は掛けられないな)


 中は普通の執務室の様相だ。両脇に本棚。中央にテーブルとソファ。その奥、窓の近くには執務机。


 俺は風を隅々まで送り込み、不自然な箇所を探る。


(本棚の裏には特に不自然な空間は無さそうだ。テーブルに置かれた不思議な道具、これが恐らく風壁の魔道具…)


 魔道具は、確認のために意識を向けただけだが、妙に何かが引っかかる。


(…そうか。火だ。書類を処分するって言っても、シュレッダーなんてある訳ない。燃やすんだとしても、魔法使いでも無い限り、火種は簡単に作れないはず)


 執務机の上に俺の目線がいく。そこには、ペンと書類と、葉巻と灰皿。そして灰皿の近くには、用途不明の魔道具。恐らくは葉巻に火を付ける道具。


(これだ。これなら書類を取り出して直ぐに灰皿で燃やせる)


 執務机に近付き、机を調べ始める。引き出しの中身は書類が多く、仕方無しに目視で確認をしていく。流石に風では、書かれた文字までは判別できない。


 右手側の引き出しを調べ始めた際に、不自然な仕掛けを見つける。引き出しの下部にごく僅かだが空間が存在したのだ。


(二重底ってやつか)


 二重底を取り外し、中の書類を確認する。書類には酩酊草やグラスホッパーというワードがちらほらと見て取れる。


(ビンゴ!具体的な内容まで読む必要はない。この書類は束で持って帰ろう)


 二重底に入っていた書類を全て懐にしまい込む。


「母さん、書類は手に入れた。今k!?…ッチ!」


 抜かった。外の母さんの元まで声を送ろうと、窓際の風壁の範囲外に出た途端、この部屋に入ろうとする足音を捉えた。熱中して時間をかけ過ぎたのだ。もう扉には手が掛かっている。隠れる時間すらない。


 ガチャリと扉が開く。入ってきた男達。商会長らしき人と、俺が追跡していた男。


「や、やぁ。こんにちは」


「…殺せ。書類ごとでいい」


 商会長は値踏みをするように俺を見つめ、目敏く懐の書類に気が付いたのであろう。すぐさま男に指示を出した。


(さて、どうしたもんか)


 俺は腰の模擬剣を抜き放ちながら考える。


(出口は二箇所。部屋の扉と後ろの窓。扉は奴ら二人の向こう側。そちらに逃げるにはどうにかして二人をやり過ごす必要がある。商会長は問題無いだろうが、問題はもう一人の男)


 俺が追跡していた男。追跡の段階で分かってはいたが、身のこなしに隙がない。恐らく本気でやっても勝てないだろう。


(もう一つは真後ろの窓だが、優雅に開けている暇はない。かといって突き破るにしても、ここからじゃ近過ぎて助走距離が足りない)


 考えを巡らせる数巡の間に、男は剣を抜き放っていた。男が手にする両手剣を見て、とある経験がリフレインする。


(あー。まぁいけるか?位置関係は申し分ない)


 相手も律儀に待っていてはくれない。やるなら今しか無いのだ。


「それじゃぁ、ちょっと通りますよ!っと」


 牽制変わりに机の上の書類を風で巻き上げ、男に向かって駆け寄る。男には、俺が男の脇をすり抜け、扉から逃げようとしているように映っているだろう。


「逃すかよッ!!」


 男は近づいて来る俺に向かって剣を振るう。


(そうだよなぁ。この狭い室内で、横には商会長。小さい…比較的小さい俺を仕留めるんなら、斬り下ろしでは無く、横薙ぎに近い…)


「斬り上げだよなぁ!」


 目の前に迫る男の剣に飛び込むように剣を合わす。訓練で幾度と経験した状況。もちろんこんなことを想定して訓練していたわけでは無いが。


 男の剣の勢いを殺し過ぎないように注意して、風で細かい角度を確認する。


(角度良し!勢い良し!一応少し風で補助!)


 男は俺を真芯で捉えたことに笑みを浮かべたが、俺がふっ飛んでいく方向に気付き、直ぐに笑みが崩れた。


「それでは皆さんご機嫌よぉぉおおお」


 ボールとなった俺は、窓を突き破り大空へと飛び出した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ははは!随分とやんちゃしたじゃねぇか!さっすが我が息子だぜ!」


 大空へと飛び出した俺は、向かいの建物に突っ込むことなく、途中で母さんにキャッチされた。マジかよ母さん、バッターだけじゃなくて外野手でもいけるのかよ。


「良く俺が飛び出してくるなんて分かったね」


「あん?ほれ、見てみろよ」


 母さんは俺が飛び出してきた窓を指差す。窓には顔を真っ赤にして睨む商会長。


 …その上には、窓の上の外壁にくっ付いている父さんが居た。カマキリの如く、両手に持ったナイフを広げ、上から商会長に狙いを定めてる。


「あれ、もしかして父さんってずっと?」


「あぁ尾行の段階で合流してたぜ。侵入の時もハルトのすぐ近くに居たんだが、流石に気が付かなかったかぁ」


 マジかぁ。初めての大冒険だった訳だが、初めてのお使いよろしく、こっそりと保護者同伴だった訳だ。飛び出す際もご丁寧にキャッチ要請を母さんに連絡していたわけだ。


「まぁ今夜は反省会と祝勝会だな!ヘマしたところもいくつかあったが、良く一人でやり遂げたよ!」


 母さんが俺を抱き上げ、ガシガシと頭を撫でる。少し恥ずかしいが、嫌いではない。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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