第11話 無重力の軽業師02
◇無重力の軽業師02◇
『どうかな。僕の感じる範囲では異常はないけど』
「うん。今のところ何も。会話を聞く限り、納品も来ていないみたいだね」
張り込みを始めて早3日。
…張り込みには父さんが付き添っている。
遠方にいながら俺の索敵範囲をもカバーする数段上の索敵能力。正直、俺はいらない子である。
あの日、家に帰った俺と母さんは、父さんになじるように怒られた。それでも目の届く範囲で経験を積ませるといった所には共感したらしく、父さんも遠方で待機するのを条件として許可が下りた。
(張り込みをする間、父さんの宝飾店が休業になっているからな。できれば早いうちに…ッ?!)
脳内でボヤいていたら状況に変化があった。
「父さん。荷馬車が一台。建物に寄せられた。人数は御者含め二人。荷台は全て木箱みたい。密閉されているから中までは解らない」
『こっちでも把握したよ。ハルト、今のタイミングなら大丈夫だったけど、風読みの術は』
「気取られるから不用意に伸ばさない。でしょ?一応目視で人がいないことを確認してから伸ばしたよ」
『…うん。ちゃんとわかっているみたいだね。よくできました』
父さんと話してるうちに、馬車の荷物は次々に建物内へと運ばれていっている。俺は先程の二人の会話を聞くために建物内へと風を送り込んだ。
『これが今回の分の全てだ。確認の前に前回の代金を貰おうか』
『この袋がそうだ。大金貨にて20枚。前回は広めるために安価でばら撒いたからな。今回はその倍は行くだろう』
『…まぁいいだろう』
『次も同量の納品か?これは俺の感覚なんだがよ。だいたいこれを三回は繰り返せばこの街の市場はパンクする。長く稼ぎたいなら少しペースを落とすのをお勧めするぜ?』
『それを決めるのは俺でも、ましてやお前でもない。…まぁ一応忠告は伝えておく』
『…まぁ、俺らは稼がせて貰ってるから文句はねぇさ。おう、お客さんがお帰りだ。お前らはブツの確認しとけ』
どうやら中での取引は終了したようだ。目視でも建物から出てくる二人の男を確認した。
『ダメだね。所属に関しては一言も喋らなかった』
「でも、忠告するって言ってたから、それなりの地位の人間じゃない?こっから引っ張れるよ」
二人の男のうち、片方は御者として馬車を操作し始め、もう片方は徒歩にて道を戻り始めた。
「まずい、奴ら二手に分かれるよ」
『ハルトは徒歩の方を追って。馬車は速度を上げる可能性があるから僕が行くよ。いいかい?こういう事があるから確実に尾行するなら最低四人。贅沢を言うなら八人体制が基本だよ』
父さんの忠告を聞きながらも、片方の男を追い始める。
『ハルト、聞こえるかぁ?今はヴィニアに声を送って貰ってる。これからはヴィニアが離れるからハルト自身でこっちの声を拾ってくれ。あと、標的の位置は細かく連絡な。アタシはそいつの目視範囲より離れて追うからよ』
「わかった。標的は今スラムを出て南の大通りを直進してる」
大通りを真っ直ぐ足早に進む。子供の歩幅では追いつくために多少小走りだ。
「まだまだ直進。今は歓楽街との交差を過ぎたところ」
男は更に真っ直ぐ進む。気取られる可能性があるため、風読みで補足することはできない。かといって、今の俺には、雑踏の中で歩いているだけの男を、足音だけで追跡する事は不可能だ。俺は男の視認できる距離にて追いかけた。
「男はまだ直進。水路沿いの交差を抜けて住宅区画に進んでく」
住宅区画に入って人通りも落ちてきた。この程度の雑音であれば、足音で位置を特定できる。俺は隠れるように脇道へと入った。
「男は住宅区画を直進。周りが静かだから脇道に入って音での探知に切り替えたところ。男はまだ直ッ?!見つかった!?」
『どうした?』
「わかんない!男が急に引き返してきてる」
『距離は?』
「俺は住宅区画の入り口あたり。男までは一応まだまだ距離がある」
『あぁ。それは尾行の確認だな。反転して来た道を戻る事で後ろをついて来てるやつの顔を確認してるんだよ。通常なら、ここで顔を見られて脱落だ。次に同じことされたら一発でバレるからなぁ。控えの奴と交代って寸法よぉ』
母さんに尾行について聞かされながら、背中に冷や汗が流れるのを感じた。八人も必要とはこういうことか。風魔法を得た事で、完全に調子に乗っていた。せいぜい尾行なんて、曲がり角を曲がった際に注意すればいいものだと考え、詳しく尾行について調べる事を怠っていた。というか母さんめ、知ってて教えなかったな。
「…まだこちらは認識されてないから、このまま脇道でやり過ごして、続行する」
『おぅ。後ろにこっちが付いてる。最悪、取っ捕まえて吐かせりゃいいんだ。気楽にな』
脇道に潜み、耳を澄ます。人より早い歩調。やや左の足音が大きい。恐らく帯剣しているからだ。歩調に合わせて僅かな金属音。これは金貨の音とチェーンメイルか鎖帷子の音だ。
男が戻ってくるまでの時間を利用して、男の音の特徴を把握する。
(これなら、相当な人混みでない限り追えるはずだ)
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