第10話 無重力の軽業師01
◇無重力の軽業師01◇
我が世の春が来た。
とうとう手に入れた念願の魔法は、俺に全能感をもたらし、気分を高揚させる。それこそ、大地からの重力を忘れてしまいそうだ。
七歳になり、両親からの行動範囲の制限が緩和されたこともあり、俺は今、一人で街に繰り出している。
俺自身には春が来ているが、街には既に、春を追っかけてきた夏がちらほらと見て取れる。
「なるほど、今日はルバーブが安売りらしい」
俺が今やっているのは、音寄せの術。遠方の音を拾い風に乗せて耳元に届ける術だ。この術ともう一つ、魔法の目覚めの時に発動していた周囲の風に五感をのせ把握する風読みの術。この二つの術を重点的に鍛えるように父さんから言われている。
逆に、これ以外の術は一緒に居る時以外は基本禁止だ。我が父は少々、過保護の傾向がある。逆に母さんは放任主義。あえて痛い目を見させて成長させるタイプだ。
音寄せの術と風読みの術を鍛えるのは、どちらも索敵に使える術だからだ。索敵の重要性は言わずもがな、戦術において耳目となる能力だ。これを鍛えれば、極論、俺が戦場を選べる。戦闘という命の賭博を必要最低限で済ますことだってできる。
この二つの術は前世のパッシブソナーとアクティブソナーの関係性ににている。
パッシブソナーはまんま音寄せの術だ。対象の発した音を拾って探知する。
アクティブソナーは自身で音を発生させて、その反響で敵を探知する。隠密している敵を発見することができる反面、自身が音を発生させるので、敵方にもこちらを探知される。風読みの術も同じだ。相手に直接こちらの制御下の風を浴びせるため、勘がいい奴や同じ風魔法使いには、こちらの位置までは平気だろうが、探知したことは感づかれてしまう。
「さて、もっと面白い話題はどこですかっと」
この世界では盗聴は罪にはならない。というか、前世でも盗聴自体は犯罪にならない。盗聴器設置のために侵入したり、盗聴した内容で脅したりする事が罪になるのだ。故に、俺は自身の行動に対し、何ら後ろめたいことを感じる必要性はないのだ。…と、自己弁護を心の中で展開し、より面白そうな話題を探してみる。
…一度、「噂話といえば酒場だな」という考えのもと、歓楽街の近くに足を運んだが、真昼間から嬌声を聞く羽目になって引き返した。流石にこの歳では耳の毒だ。
因みにこの体になってからというもの、性的欲求はなりを潜めている。恐らく体の成長から来る欲求であるため、その辺は歳相応なのだろう。
『属性が強すぎる…』
『なぁリッチーちゃん今夜良ければ…』
『あ、すいません。用事を思い出しました』
『本当に深刻なことは…』
『陽気なギャングってか…』
『酩酊草の残りは…』
『どれくらい回す…』
…多数の声をザッピングする中で気になるワードを見つけた。
(酩酊草って母さんの言っていた違法薬物だよな)
俺が街に繰り出すにあたり、放任主義である母さんが珍しく注意勧告をした内容。それが酩酊草ダチュラム。煎じて飲めば意識を鈍らせ、最終的には酩酊し意志薄弱となる。そのため、人攫いにも使われる依存性のある毒草だ。
(もう一度、さっきのところから声を)
衛兵に通報するにしたって、母さんに連絡するにしたって、最低限、声の出所の情報は必要だ。もしかしたら、捜査をしていた衛兵の声の可能性もある。
『次の酩酊草はいつ取りに行くんだ』
(ここだ…!)
『いや、結局は向こうがこっちの倉庫に入れるのを待つしかない』
『心配せんでもその内、納品にくるだろ。前回分の金はまだこっちの手元にあんだし』
(この位置は…スラムか?)
行動範囲の制限が緩和されたと言っても、流石にスラムは別だ。今でも父さんから近付くなと言われていたが、いつのまにか境界近くまで来てしまっていたようだ。
(仕方がない。風読みも使おう)
音を拾った辺りに向けて風を送り込む。少々離れてはいるが、時間をかければ、なんとか術の届く距離だ。
(スラムの区画の南の端。周囲は平屋だけど、この建物だけ二階建てだ。これだけ分かれば特定はできるな)
取り敢えず、場所の特定はできた。あとは誰に伝えるかだが、衛兵は俺の能力なんて知らないため、母さんが適任だろう。この時間なら恐らく、衛兵の訓練所に居るはずだ。街の郊外近くなので、流石に術は届かない。仕方が無しに、俺は訓練所まで駆け出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『おら!そこ休んでんじゃねぇぞ!』
(あ、聞こえた)
訓練所に向かう途中、音寄せの術が母さんの声を拾う。向こうの声が届く距離ならば、こちらの声も送れる距離だ。俺は即座に声送りの術を使う。
「母さん。今ちょっといい?」
『…ハルトか?なんだい、急用かぁ?』
俺は先程の内容を母さんに伝えた。音寄せの術の練習中に、たまたま不穏な会話を拾ってしまったと。
『…わかった。今どこにいる?』
「そっちに向かう大通りを走ってるとこだけど」
『訓練所の手前を左に行きな。そこに駐屯地があるからそこで合流だ』
「わかった。急いで行くね」
母さんとの通信を切り、駐屯地を目指す。子供には辛い距離ではあるが、幼少より鍛えてる俺にとっては問題ない距離だ。俺は風をまとい、速度を上げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おう。早かったじゃないか」
「はぁはぁ…。お待たせしました」
急いで来たが、流石に母さんの方が早く、入り口にて出迎えてくれた。
「ロメア殿。その子が…」
「まぁ待て。ハルト、結界は張れるな?」
「うん。…はい。もう張ったから外には聞こえないよ」
母さんに引き連れられて部屋に入ると、数人の衛兵が俺らを待っていた。母さんに催促され風壁の術も展開する。これは要するに盗聴防止の術だ。
「軽く話したが、この子がアタシの息子のバルハルト。まだ小さいが斥候能力は一端のハーフリングだよ。ハルト。ここの面子が例の草を捜査してる。さっき聞いた内容をもう一度説明してくれるかい?」
「はい。衛兵さんもよろしくお願いします」
「あぁ宜しく。それで聞いたってのは」
「俺は風の魔法使いなので、遠方の音を拾うことができるのですが、それで酩酊草の取引について話している人達の声を聞きました。話の内容としては在庫を心配して次の納品を確認する程度の内容でしたが、一応、会話をしていた場所は特定しています」
「場所ってのは屋内なのかい?」
「はい、スラムの南の端の二階建ての建物です。周囲は平屋だけでしたので、目立つ建物だとは思うんですけど」
俺の説明を受けて衛兵達は悩み始める。
「その建物となると、グラスホッパーの奴らでしょうね」
「どうします?拠点割れしてるんですから踏み込みます?」
「…いや、あんなチンケな奴らに酩酊草を手配できるはずかねぇ。どっかで裏から糸引いてる奴がいるな」
俺と母さんの目の前で会議が続いていく。風壁の術の維持という仕事もあるので、興味がてら会議を拝聴する。
「少し泳がせて、張り込みますか?」
「まぁそれが良いんだろうが、俺らは奴らに顔割れてんだろ?他のもんに声かけても良いが…いるだろ?十中八九」
「いるって何がです?」
「内通者だよ。内通者。薬は門内町でばら撒かれてるんだ。ちまちま入れたにせよ、ドカッと入れたにせよ。この量を入れるには裏切りモンがいねぇと通らねぇよ」
あー成る程。衛兵に裏切り者が居るのか。駐屯地で結界を張るのは警戒しすぎでは?と思ったが、母さんはこのこともある程度予期していたのだろう。
「他の衛兵に話を回せないとなると、この面子で張り込みですか。変装すれば多少は誤魔化せますかね」
「なんならロメア殿に本気の訓練をお願いするか?ものの数分で誰が誰だか解らなくなるぞ」
「お?いいねぇ。アタシだったらいつでも手を貸すよ?顔を叩けばいいんだろう?」
「勘弁して下さいよ。下手したら自分ですら自分が誰だか解らなくなるじゃ無いですか」
「ふふふ。なぁ。アンタらに一つ提案があるんだが、ウチの子を使ってみる気は無いかい?」
唐突に母さんから無茶振りをされる。尾行程度なら確かに自信はあるが、麻薬組織の尾行に七歳の息子を推薦するか?
「母さん!流石に俺じゃマズイでしょ!」
「そうですよ!それこそ酩酊草は人攫いにもよく使われるんですよ!?子供を関わらせるには危険過ぎる!」
「いや、何事も経験だしなぁ。むしろ、アタシの手の届く範囲で経験を詰めるんだから良い機会だよ。それに、酩酊草は大丈夫。この子はアタシん子だよ?」
「…?ッあぁ!俺って酩酊草効かないの!?」
巨人族の強力な各種状態異常耐性。それが酩酊草の毒をレジストするのか。
「流石にその耐性がなきゃ、薬の出回ってるさなかに外出は許してないよ。…さて、ほらどうだい?顔が割れてなくて、毒の効かない小さな斥候兵だよ」
母さんが背後から俺の肩を掴み、衛兵へとアピールする。
「…君はどう思ってるんだい?」
一番位の高そうな衛兵が尋ねてくる。
「まぁ自信はあります。俺に経験を積ましてくれるというのであればやってみたいかと…」
「それでは、昼間だけお願いしよう。夜間は逆に子供は目立つ。それと、少し離れた位置にて我々は待機するから、何かあったら真っ先に我々のもとに逃げ込みなさい」
「はい!」
俺は余裕を見せるため、ニンマリと笑みを見せる。多分、俺の頭の上では母さんがニンマリと笑っているだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます