第7話 たまんなく好きな荒れ狂うハリケーン

◇たまんなく好きな荒れ狂うハリケーン◇


「いらっしゃい。あら久しぶりね」


 狩人時代の行きつけの酒場に顔を出すと、昔と変わらない店主兼看板娘が声を掛けてくる。娘と言うにはいささか歳を食ってはいるが、長命種らしく見目は若いままだ。


「おう、リッチー。変わんねぇな」


「おぉ!ロメアの姉御。お久しぶりです!」


「ジョンにロジャーも来てたのか。それとお前は…」


「あぁ。こいつは新顔ですよ。新しくチームに入れました」


「自分はイアンと言います。バルマロメアさんの噂はかねがね」


「おう。よろしくな」


 カウンター席とテーブル席二つの狭い店内だ。直ぐに昔馴染みの顔ぶれに見つかり、自然とその輪の中に入ることとなる。


「姉御、今日はお一人ですか?」


「いやよぉ、ほんとは数人の新兵と飲みに行くつもりだったんだが、皆んな訓練で潰れやがった。ヴィニアにも食って帰るって言っちまってるから、仕方なしにひとり酒って訳よ」


「そりゃ姉御、しごき過ぎですぜ?新兵なら尚更、加減してやりませんと」


「あぁ可哀想な新兵達。一晩の酒にもたどり着けないとは」


 既に酔いが回り始めているジョンが、戯けるように嘆き、杯を掲げる。アタシは掲げた杯をそのまま奪い取り、一息に飲み干す。


「ふぃい。酒を献上するたぁ殊勝じゃないか。ジョン」


「姉御ぉ、今掲げたのは献上ではなく、可哀想な新兵に捧げたんですよぉ」


「はん!新兵に捧げたんなら、それこそ上官であるアタシが処理しないとな」


 そうしてお互いにケラケラと笑い合う。結婚してからと言うもの、飲み屋とは遠ざかっていたが、やはり居心地が良い。もちろん、今の生活を捨てるつもりなど毛頭ないが。


「バルマロメアさんは何飲まれます?」


「イアンだっけか?ロメアでいいよ。長ったらしいだろ?」


「それか姉御だな。面識ある奴らは、皆んな姉御って呼んでるぜ」


「イアン。そんな気ぃ使わなくても、リッチーが適当に見繕ってくれるぜ」


「はいはい。どうせステーキとブラウンエールでしょ?ちょっと待ってなさいね」


 カウンターの向こうで料理を作るリッチーから声が上がる。席と調理場が近いため、焼ける油の香ばしい香りがこちらまで漂ってきている。


「そう言えば姉御、ハルトの坊主が、剣を習い始めたって言ってましたが姉御が教えてるんで?」


「え?新兵を訓練で潰した姉御が、子供に剣を教えて平気なのか?」


「あん?ハルトは模擬戦の相手をたまに務めるぐらいだよ。剣術に関してはヴィニアに任せてる」


 ヴィニアにはなにかと家のことを任せてしまっている。何かしらで埋め合わせをせねば。…ハルトも大分上達してきているし、こいつらを模擬戦相手として働かせるか?


「んで姉御。実際どうなんです?ハルトの腕前は」


 ロジャーが身を乗り出しながら聞いてくる。


「んだよ。ロジャー。そんな気になるもんか?」


「そりゃあ、『赤き滅尽』と謳われた姉御の子なんですから、気にならねぇと言やぁ嘘になりますよ」


「んまぁ、アタシが言うのもなんだが、よく出来てるよ。ハーフリング仕込みの剣に、アタシ譲りの膂力に体の頑強さもある。背丈も、このままいけば平地人程度は伸びるだろ。ちいとばっか、ハーフリングの血が強く出てるのか、平地人の中でも小さそうだがな」


「珍しいんじゃない?貴方が手放しで褒めるんだなんて?子供産まれて親バカになっちゃった?」


 リッチーがエールを配りながら茶化してくる。


「バカ言え。命かかってるもんはちゃんと真っ直ぐ見るさ」


「うへぇ。てことは姉御並みの力でヴィニアさんみてぇな剣を使う化け物になるわけですかい」


 そう言ってロジャーは身体をさする。人の息子を化け物呼ばわりたぁいい度胸だ。…こいつは下宿先が家と近いこともあり、ちょいちょいハルトと会っている。余計なことを教えてねぇといいが…


「あら、そんなに将来有望なら、今のうちから唾つけとこうかしら。ロメア、今度連れて来なさいよ。うちの店は家族向けのコースだってあるのよ?」


「母親に息子を誑し込む片棒を担がせるんじゃねぇよ。言っておくが、背格好はハーフリング寄りだが、アッチの方は巨人族寄りだ。ヒィヒィ鳴かされても知らねぇからな」


 変な奴を紹介したらヴィニアに怒られるだろうし、ハルトにはこの店には近寄らないように言っておこう。リッチーも本気じゃ無いだろうが、教育には悪そうだからな。


「ショタで大きいとか…実在したんだ」


 …本気じゃ無いよな?


「えっと、ヴィニアさんって旦那さんのことですよね?旦那さんも元狩人で?」


「あぁイアンはヴィニアさんにも面識がなかったか。ヴィニアさんってのは凄腕のハーフリングの剣士だよ。ハルヴィニアっていう姉御同様古い氏族にありがちな長い名前だから、ヴィニアさんって呼ばれてる」


「ハーフリングの剣士ですか?…その失礼かもですけど、ハーフリングって彫金とか小物細工とかの器用な仕事をするってイメージしかなくて…」


 イアンがおどおどしながらも疑問を口ににする。


「まぁあながち間違いでもねぇな。ハーフリングは剣も器用な剣を使うんだ。アタシの使う巨人族の剛剣とは違う技巧の剣さ」


 イアンが疑問に思うのも無理はない。身軽さ故に斥候として優秀な種族とは言われているが、短いリーチに華奢な体は近接戦闘では致命的だ。アタシだって、あそこまで戦えるとは思いもしなかった。


「イアン、おめぇハーフリングの剣士の恐ろしさを知らねぇな」


「イアン、姉御の伝説は色々と聞かせたと思うが、その姉御が死にかけた相手がヴィニアさんだ」


 ジョンもロジャーも口を揃えて、ハーフリングの剣士の強さをイアンに伝えようとする。ハーフリングの剣士というか、主に家の旦那の強さだが。


「え?旦那さんと殺し合ったんですか?」


「あれは姉御が悪い」


「俺らも姉御を止める側に回ってた」


 あぁ、懐かしい。アタシと旦那の馴れ初めは戦いから始まった。と言っても別に戦場で出会った訳じゃあ無いが。


「仕方ねぇだろ?まさかあんな理想的な男がいるだなんて思わねぇだろ」


「貴方の男の好みって、かなり犯罪的よね」


「えっと、つまり」


「姉御が手篭めにしようとヴィニアさんに迫ったんだ」


 アタシの好みは、あどけない少女のような男だ。こう、庇護欲が唆られるのが良い。アタシがガサツで女らしく無いからか、気付けばそんな好みになってしまっていた。


「まぁ、あの時は我ながらどうかしてたぜ。存在しないと思っていた奴が、手の届く範囲に現れたんだ。こう、この機会を逃すまいと先走っちまった」


「あん時のヴィニアさんは、まじで怯えていた」


「機会を逃さないためにとった手段が、捕まえて物理的に逃さないようにするってのが姉御らしいよな」


「…えぇえ。それで争いになって死にかけたんですか?」


 イアンが少し引きながら言う。


「まぁ諍いからの流れで、そのまま修練場で決闘騒ぎってわけよ。凄かったぜぇ。消えたかと思ったら首から血が吹き出してた」


 アタシは当時のことを思い出して、ケラケラと笑いながら、首に付いた傷を指でなぞる。左の頸動脈辺りから始まり、気道をまたいで右の頸動脈近くまで。はたから見てた奴が言うには、ヴィニアはアタシの首を軸にして、そのままグルリと回ったらしい。


「姉御、笑い話じゃないですよ。あん時はマジで姉御が死んだと思ったんですから」


「まぁヴィニアさんも、流石にやり過ぎたと思って姉御の看病してたからな。何だかんだで姉御は美味しい思いをしてる」


「あら、じゃあロメア、首のその傷ってその時のものなの?」


 リッチーが傷を撫でるアタシを見ながら言う。


「あぁ。旦那からの最初のプレゼントだ。なかなかイカすだろ?」


 そう言ってアタシは顎を上げて傷を見せつける。好きでたまらない、愛すべきハリケーンからの贈り物。


 ジョンとロジャーは物騒なネックレスだと笑い。イアンとリッチーは少し引いていた。


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