第6話 圧力がなければ、ダイヤモンドは生まれない
◇圧力がなければ、ダイヤモンドは生まれない◇
「ありがとうございました。またのご来店お待ちしております」
現在俺は、我が家の宝飾店の店番をしている。父さんに魔法の鍛錬と言う名の肉体の鍛錬を受けるにあたり、対価として提示されたのが、このお手伝いだ。父さんの仕事を手伝えば手伝うほど、父さんに時間の余裕ができ、俺との鍛錬に時間が割り振られるのだ。
本来だったら工房での簡単な作業を手伝う予定だったらしいが、読み書きだけでなく、算数もしっかりとできていることがバレて、工房の手伝いから店番へと変更された。
正直、店番よりは工房の手伝いの方が良かった。接客が億劫なこともあるが、それだけが理由ではない。
以前、なんとはなしに父さんにアイデアルカットの話をしてしまったことがある。アイデアルカットとは、ダイアモンドの有名なカット方法のことで、このカットは上面から入った光が、全て中部で全反射して上面から放たれるため、ダイヤモンドの輝きを際立たせるのだ。
もちろん、父さんに詳しい形状まで話をしたわけではない。俺が話たのは全ての光を反射するという発想と、ちょっとした研磨法だけだ。だが、どうやら父さんは彫金師としての腕が疼いたのか色々作っては試作品を店舗に追加している。そのため店には高価な宝石が使われたアクセサリーが多数並んでいるのだ。
…そう、まだ幼い俺が一人で店番するのに気後れするほどに。
「ごめんください、少し宜しいですかな」
フォーマルな格好をした御老人が、入店するや否や話しかけてくる。
「いらっしゃいませ。どうなされましたか?」
老人の後ろには俺と同じ年頃の少女が二人。片方は銀髪で、もう片方は母さんと同じ燃えるような赤髪だ。服も上等なものを着てる。赤髪の子は高い確率で、この街の領主の令嬢だろう。となると、老人の方は使用人だろうか。
「ここには特別な宝石があると聞いて来たのですが…」
「特別な宝石ですか?」
「ええ。他の店ではまず見ない形の宝石が多く置かれていると」
「ああ。それでしたら試作品の宝石を用いたアクセサリーではないでしょうか?」
俺は先程眺めていた宝石付きのアクセサリーの棚へ案内する。と言っても、今やこの小さな店の半数近くがそれに類する商品だ。我が家の家計は大丈夫か?
「こちらはうちの工房の者が試験的に作った製品になりますので、既存の加工法とは異なる加工をしています。全てが特別に良い宝石と言うわけではございませんが、他の店に無いということでしたら間違い無いかと」
二人の少女が食い入るようにアクセサリーを見始める。試作品と言っても、父さんが売るに値すると判断した作品たちだ。しかも、そのどれもが一点物であるため、他の店に置かれることはまず無い。
「その、確かに変わった形の宝石が多いですね。削る面が多いのかしら」
「ええ。こちらの作品たちは、魔導ランプを近づけますと、より一層違いが分かりますよ」
そう言って俺はカウンターに置かれた魔導ランプを取り出す。今日は晴れているため、壁掛けのランプを灯しておらず、店内はむしろ薄暗い。だがしかし、ちゃんと光を当ててやれば、このアクセサリー達は直ぐに真価を発揮する。
「おぉこれは…」
「まぁ…」
二人の少女は息を飲んだ。魔導ランプに照らされた途端、アクセサリーが煌びやかに輝やいたからだ。流石に貴族だけあって、この歳でも宝石を見慣れているのだろう。通常の宝石を知っていれば知っているほど、このアクセサリーの良さがわかる。
種類にもよるが、宝石の大半は硬度が高く、削るのだって簡単に行かない。そのため、細やかな面を出すのが困難であり、丸型やシンプルなひし形などがこの世界の主流である。我が家の場合、特に硬く加工が困難なダイアモンドであっても、同じダイアモンドで削ることで細やかな研磨を可能にしている。
このダイアモンドをダイアモンドで削るという発想が、俺の成功した唯一の知識チートかも知れない。
…俺のというか、形にしたのはほとんど父さんなのだが…
因みに、土属性の魔法使いであっても、宝石の加工は困難らしい。宝石は独自の魔力を帯びることが多いため、魔法の通りが悪く、そのうえ下手にいじると構造が壊れ、くすんでしまうそうだ。
「通常の宝石ですと、なるべく大きくなるように、削り過ぎて小さくなるのは悪手という考えが主流ですが、この作品たちは、輝きを大きくするために敢えて細かく削られています。そのため、小振りのものも多いですが、輝き自体は大振りのものに引けを取りません」
半ば放心していて、俺の話を聞いているかは定かでは無いが、二人の少女は次々にアクセサリーを手にとっては魔導ランプにかざしている。
「宜しかったらご試着なさいますか?」
「それは有難いが、どれも魅力的で試着するにしても目移りしてしまうな」
赤髪の少女はそう言いながらも、気に入ったであろういくつかの商品を選定する。宝石の多くはうちの主力のダイアモンドが多いが、髪色に合わせたのだろうか、赤色系のカラーストーンも見て取れる。
「ねぇあなた。私達にはどれが似合うと思いまして?良いものを見繕ってくれないかしら?」
いきなり、銀髪の少女から無茶振りが飛んでくる。少なくとも店番の子供に要求する内容では無い。
銀髪の少女はこちらを見つめて意味ありげな微笑みを浮かべている。
あぁこれはあれだな。ある意味、おままごとだ。同年代らしき俺が店員というロールをしっかりとこなしているから、少女もお客様というロールを演じたくなったのだ。
無論、相手はお客様でお貴族様だ。おままごとであっても確実な対応をしなければならない。なにより、ここで付き合ってあげるのも精神年齢が大人のインテリジェンスな俺の役目だ。
目の前にいるのは幼い少女ではなく、美にうるさいレディとして扱おう。
「そうですね。腕輪や指輪ですと、失礼ながらサイズの合うものが御座いませんので、まずは基本のペンダントがよろしいかと。髪飾りという手もございますが、お二人の御髪は、それこそ宝石の様にお美しい御髪でございますので、当店の小振りな髪飾りでは負けてしまいます。
ペンダントのチェーンは余り大きなものですと、フェイスラインを強調してしまいますので、細身の物を…そうですね。柔らかな印象のピンクゴールドがお似合いですね。肝心のペンダントトップですが、…お二方はご友人で?」
「え…えぇ。そうよ」
「でしたらこの兄弟石であるルビーとサファイアなどいかがでしょうか。こちらでしたら石違いで同じデザインのものが御座います。センターストーンにそれぞれの石を置いて、脇石として、小粒のダイアモンドを配置しております。
…いかがでしょうか?炎のように煌めく赤い髪のお嬢様にはルビーの鮮やかな紅が、月の光のような銀の髪のお嬢様にはサファイアの深い青がよく似合っておられます」
俺は卓上の鏡を2人に向けて微笑む。さて、ロールプレイの判定は如何程か。何度か、使用人らしき方に目線で問いかけたので、お財布判定は問題ないはずだ。貴族家の当主ならまだしも、お嬢様の買い物となると、流石に予算の検討がつかない。途中、カラットの大きいピンクダイアとブルーダイアに手を伸ばした際には、使用人の首が大きく横に振られていた。
肝心のお嬢様お二人はどうであろうか。赤髪の少女は問題なさそうだ。照れながら髪をいじっている。銀髪の少女も満足そうに微笑んではいるが…。
「ええ。いいわね。ペアのペンダント。ナナリィもよく似合っていましてよ」
「うん。メルルがいいならこの2つをもらおうか」
「では、すみませんがこのペンダントを頂けますかな?」
「畏まりました。お包み致しますので、ペンダントの方を…」
「このまま付けて帰りますから、いりませんわ」
銀髪の少女もペンダントを気に入ったようだ。赤髪の少女と笑い合いながら、お互いのペンダントを見比べている。
「この様ですので、ご主人。支払いだけお願いできますかな」
「ええ。問題ありませんよ。…それと一応、私は店の手伝いですので、この店の主人は別におります」
「…おや?この宝飾店はハーフリングのお方が営んでると聞き及んでおりましたが」
「はい。その通りです。工房で作業しております私の父がハーフリングとなります」
「おお!これは失礼しました。余りにもしっかりしておいでですので、てっきり貴方がハーフリングのお方かと」
まぁ身体に引っ張られてるとはいえ、中身はおっさんだしな。普段はあえて子供っぽい振る舞いもするが、客商売となれば礼節を保てるぐらいには振る舞う必要がある。
「半分はハーフリングですので、間違いではありませんよ。まぁ私は見た目通りの年齢にはなりますが」
「え?見た目通りって、私よりも幼いってこと?」
赤髪の少女が、驚いた表情で訪ねてくる。もしかして少女二人にも、ハーフリングゆえに見た目が幼いだけで、中身は年上の人物と思われてたのか。
…というかちょっと待って欲しい。母さんの話によれば領主のお嬢様は同い年だ。この子がそうであるならば、決して俺は年下ではない。
「ええ。もうすぐ6歳になります」
「そっか。同い年なんだ。…ペンダントありがとうございます。大切にします」
「素敵な女性には素敵な宝石が必要ですから。とても良くお似合いですよ。お嬢様に付けて頂くことで、ペンダントもより一層紅い煌めきを増してるように見えます」
「あら、私にはお褒めの言葉は無いのかしら?」
さりげなく赤髪の少女を褒め称えると、銀髪の少女からも、感想の催促をいただいた。ふふふ。おませさんめ。
「お嬢様もサファイアが良く映えております。美しい銀髪と合わさり、さながら満月の夜空のようで」
「ほほ。お嬢様方、どちらも良く彩られております。旦那様方も驚かれること請け合いですぞ」
「それならば、早速見せに参りましょう。貴方も、素敵なアクセサリーを選んでいただき、感謝いたしますわ」
「こちらこそ、お買い上げありがとうございました。またのご利用お待ちしております」
お嬢様方は使用人の御老人を急かすように店を後にした。領主館に戻ってお披露目をするのだろう。
どうやら、父さんの作品を気に入ったようだし、また二人が来店することがあるかもしれない。その時にまた俺が店番をしてるとも限らないが、念のため、二人に似合いそうなものは予め見繕っておこうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
…その日の晩。
「ねぇ。お母さん。領主家の方に、僕の宝飾店の話しとかした?」
「あん?ヴィニアが宝飾店をしてるなんて話はしてねぇぞ?なんかあったのか?」
「その、商品を買いたいから領主家に来て欲しいって手紙がね。卸してる商会に話が行くならまだしも、家に直接来る心当たりがなくてね」
あぁなるほど。わざわざ来店した少女二人の行動が異例であって、普通の貴族の買い物は、基本的に商会を呼び寄せるのだったか。
恐らく、あの後領主館でペンダントをお披露目をし、ご婦人の目にでも留まったのだな。一応、昼間のことを父さんに話しておこう。貴族のお嬢様が、父さんのファンになったようだと。
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