第5話 この辺りで最大級の品ぞろえ

◇この辺りで最大級の品ぞろえ◇


 次の日、俺は父さんと買い物に来ていた。しばらくは単純な肉体鍛錬だそうだが、頃合いを見て剣術の鍛錬もするそうだ。今日はそのための模造刀の注文だ。


 家の近くの大通り沿いにある、レンガ造りの立派な商店。父さんの作品も、一部はこのお店に卸しているらしい。雑貨屋と言うには大きく、百貨店と言うには小さいお店。一応、街でも有数の商会らしいが。


「ハルトも小さい頃このお店来たことあるんだけど覚えてるかな?」


「うん。薄っすらとだけど」


 嘘である。実はしっかりと覚えている。明確に記憶しているのは、楽しかったとかそんなポジティブな理由では無い。ある意味、俺を魔法に走らせた理由の一つとも言える経験をここでしたのだ。


 俺は父さんに連れられながら周囲の棚を見る。最初に目に付いたのは、以前も見た遊具のコーナー。そこには人気のチェスのようなボードゲームから始まり、いくつものボードゲームが置かれている。


 先ずここで、以前の俺はリバーシを開発しても意味がないことに気付かされた。よくよく考えたら、前世でもボードゲームの類いは紀元前からあるのだから、娯楽の無い世界のほうが珍しいのだ。


 当時の俺は父さんにねだり、色々と店内を見て回り、思いつく限りの知識チートを検証したが、大半のものが存在していて、俺の発明家としての道を諦めさせたのだ。


 揚水ポンプだって水車だってある。それどころか蒸気機関も存在する。料理方面にいたっても、サンドイッチもあるし、揚げ物だって油が高価だから流行ってないだけで普通に存在する。むしろムニエルのような揚げ焼きであれば、我が家でもよく母さんが作ってくれる。


 ちなみに父さんのほうが料理が上手く、作ることも多いのだが、母さんだって料理下手なわけではない。


 マヨネーズは俺の知る限り存在はしないが、あれもやるなら養鶏場の立ち上げからスタートだ。卵はそこそこの高級品らしい。


「ほら、ハルト。ここでハルトに合う武器を探そうか」


 俺が負の情念に呑まれている間に、いつのまにか武器の売り場についたらしい。魔物のいるこの世界なら、当たり前なのかもしれないが、日用品や雑貨などの中から武器のコーナーが顔を出すのも、中々異質に感じる。銃器店もあるアメリカ在住であったのならば、こんな感傷には浸らないのだろうか。


「お嬢ちゃん。護身用の武器かい?」


「いえ、この子の訓練用に模造刀をお願いしようかと」


「おっと、こりゃ失礼。ここにあるのは刃がついてますが、数打ち品ですから、日にちを頂ければ、同形状の刃付け前のものを取り寄せできますぜ」


 父さんが店員に目的を告げる。言葉のニュアンスで、『嬢ちゃん』は間違いであることを伝えているが、その言い方では今度は母親と勘違いしてしまっているだろう。


「ハルト、少し持ってみようか。刃がついてるから、勝手に鞘から抜いたり、振り回しちゃダメだよ?」


「わかってるよ。選ぶ目安とかはあるの?」


「僕が教えるのは短剣術だからね。僕と同じナイフでもいいけど、ハルトが僕より大きくなることを見越して、片手剣がいいと思う」


「片手剣なら人気がありますから、子供用もありますぜ」


 すかさず店員が片手剣を取り出してくる。先程から身のこなしが素早い。もしかしたら元傭兵か元狩人を、刃物の知識や扱いに長けているとの理由から採用したのかもしれない。


「大きさは丁度いいのかな」


「坊ちゃん。こっちの広場なら素振り程度なら構いませんぜ」


 店員に素振り用のスペースに案内される。一応、父さんに目線で許可を貰ってから、片手剣を抜いてみる。子供用とだけあって、飾りのないシンプルな作りだ。周りに注意して振ってみる。前世も含めて片手剣の振り方なんて習ってないので、素人臭い振り方になってしまっているだろう。


「ちょっと軽そうだね」


「そうですな。坊ちゃんの腕っ節には中々のもんがあるようで。ただ、大人用ですと腕っ節があっても、背丈が合わないと思いますぜ」


 俺の横合いから、戦闘経験ありそうな人達の審査が入る。それから、父さんはあれこれと店員にお願いをして、他の剣を用意してもらっている。


「ねぇ、剣の振り方ってこれであってるの?適当に振ってるけど」


「そうだね。試し振りぐらいでは平気だろうけど、変な癖がついてもいけないし、ちょっとお手本見せようか」


 そう言って父さんは、傍にあった試し切り用らしき麻袋で覆われた人形を引っ張り出してくる。俺は剣を鞘に収めると、立ち位置を父さんと変わった。


 父さんは腰から二本のナイフを抜くと、人形に対して半身になって構える。目つきも、普段の生活では見せない鋭い目つきだ。ただ、怒った時の目を細めた笑顔に似てるから、ちょっと後退りをしてしまう。


「ッシィ!」


 吐き出す息と共に、人形と間合いを詰める。人形の攻撃を想定してだろうか、虚空に向かって斬り上げと斬り下ろし。そして人形の懐に飛び込み、目も止まらぬ突きの三連撃。そのまま人形の脇の下あたりを撫で斬りながら、背後に回り、首に飛びつく。飛びついた時には首にナイフが添えられており、掻っ切ると共に後方一回転をして着地する。


 凄い。技巧とは何かを体現した動きに、素人でも感動してしまう。ただ、この胸の高鳴りの幾ばくかは、技巧に対しての感動では無く、恐怖も混じってる気がする。剣士というより、暗殺者じみた動き。


 普段、おっとりとしてる父さんが見せるには、あまりに刺激的な立ち回りだ。今後はあまり怒らせないようにしよう。


「こりゃあ魂消たまげた。もしかして名のあるお方で?」


 俺の後ろで店員がつぶやく。あんな暗殺者っぽい動きをした相手に、名前を聞いて平気なのか?いや、まぁ俺の父さんだし、平気なんだろうけどさ。


「昔は狩人をしていましてね。しばらくは離れていましたが、意外と体は覚えているものですね」


「いやいや、現役と聞いても納得できますよ。私も元傭兵ですが、腕前の方はとっくのとうに錆び付いてますよ」


 やはり、戦闘経験のある人だったのか。心なしか、父さんを見る目もキラキラしたものが混じってる気がする。


「その剣術を教えるなら、似たようなナイフがいいんじゃ無いですかい?」


「今はまだナイフでもいいだろうけど、この子は僕よりも力も強く、背丈も伸びるだろうからね。それを見越して選定したいんだ。ハルト、取り敢えずこの大人向けの片手剣を振ってみなさい」


 そう言って片手剣を手渡してくる。俺は先程の父さんの動きを反芻する。脇の下の動脈斬りや、首を刎ねたのは参考にはならないが、その前に見せた突きと斬り上げ斬り下ろしは基本的な動きだろう。


「やっぱりちょっと剣が長すぎるね」


「うん。重さはこれぐらいが丁度いいんだけどね」


「いや、坊ちゃん。大人向けの片手剣をその歳で振れるんですから大したもんですぜ」


 先程のお手本以外の動きも試してみたが、やはり長さが邪魔で振りが窮屈だ。地面に触れてしまうために手首のスナップをほとんど使うことができない。


「これで身長が伸びて剣が丁度良くなったとしても、今度は剣が軽すぎるようになってしまう訳ですな」


「一応、片手剣じゃなくて両手剣を教えるって手もあるけど、この子は身長に対して腕力があるから、腕力に見合った剣にすると、体重が足りなくて剣に体が持っていかれるだろうし…」


「やはり、坊ちゃんの豪腕を活かすなら片手剣ですかね。先程の二刀流を坊ちゃんが納めたならば、両手剣並みの力を持った二刀流ってわけですかい」


 そこからは女性の試着のように、様々な剣を渡され試し振りをする事となった。一応、両手剣も振ってみたが、父さんの言う通り、体重が足りていなかった。剣を止める際に、腕力が足りても体重が足りず、俺自身が動いてしまうのだ。


「一応、今のところこれが一番振りやすいかな」


「…片手斧は、ちょっと僕の剣術とは合わないかな」


 重さ良し長さ良しの片手斧。撫で斬りも突きもできず、叩き斬るしかできないこいつは、確かに父さんの短剣術には向いてない。


「片手斧が使いやすいなら、ちょっと他の候補に心当たりが有りますぜ。あいつのくくりは武器じゃないんで、隣の業務用の刃物売り場に有りますから取ってきやす」


 そう言って小走りで刃物を取ってきた店員が差し出したのは、幅の広い片刃の剣。刃元よりも刃先の方が太く、刃側に向かって刀身が湾曲している。所謂、ククリナイフのような形状をしている。


「ああ、山刀マチェットですか。むしろ、何故それが業務用の刃物売り場に?」


「お客さん。マチェットは一応、農業や林業用の刀ですぜ。まぁ山を歩くのに便利なんで、狩人の方が予備の武器も兼ねて使うことも多いのは知っておりやす」


 俺は刃物を受け取り素振りをしてみる。ちょっと独特な形状だが、見た目に反して使いやすい。身幅の広い刀身だけあって程よく重く、長さも丁度いい。今までに試した他の武器が練習になったこともあるのだろうが、この武器が一番、父さんの手本通りに振れている気がする。


「こいつも片手斧と同じく、叩き斬る部類の刃物ですが、マチェットは叩き斬り易いってだけで撫で斬りも突きも問題なくいけやすぜ」


「そうだね。それにマチェットなら、サイズ違いも豊富だから、成長に合わせて変えていけるだろうし。ハルト。使い心地はどうだい?」


「うん。問題なし。今までで一番いいよ」


 俺は父さんを見て頷く。父さんはこれなら問題はなさそうだと、刃付け前のマチェットを店員に注文した。俺は今更になって、買いに来たのは練習用の模擬刀だと思い出した。今握っているマチェットをそのまま買って帰り、今日にでも家で素振りをするつもりだったのだ。


「ふふ。まだ刃物は危ないから、使い方を覚えて、大きくなってからちゃんとしたものを買おうね」


 ちょっと気落ちしていたのを気取られたのだろうか。父さんが励ましてくれる。


「ううん。刃が付いてるのが欲しかったわけじゃないよ。単に模擬刀が届くまで素振りはお預けってことに気付いただけ」


「そうなのかい?確かにさっきの素振りはなかなか良かったよ」


「ほんと?でも父さんのあの動きまでは、先が長そうだよ」


「え?父さん?どなたの話です?」


 …そう言えば、まだ店員には父さんは母親だと思われてたな。


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