第4話 異世界にて5年半 魔法は少しも出ません03

◇異世界にて5年半 魔法は少しも出ません03◇


「お帰り。ロジャーに遊んでもらってたみたいだね」


 家に帰ると昼食を作っている父さんが出迎えてくれた。一度も顔を出してないのに、何故かこちらの状況を把握している。もしかしたら風魔法でそういうことができるのだろうか?現に俺が一人で外に出てるときは、ちょっと不思議な風が吹いていることが多い。


「うん。魔法についてお話聞いてた。あと蟹」


「あぁ。朝の続きかな。蟹は今日の晩御飯だよ。今年はいっぱい取れたらしいね」


 そういえば去年も、今の時期あたりに蟹料理が続いた気がする。蟹狩りで取れた蟹が沢山出回るのだろう。


「ロジャーに言ってるのが聞こえたけど、ハルトはすごい魔法使いになりたいの?」


 なんで聞こえてるんだよ。だがこれは好機。うまく押し切って魔法の手解きを受けよう。


「うん!だから今のうちから鍛えれる所は鍛えたいの!」


「うぅん。魔法を使う上で役に立つ鍛錬は有るにはあるけど…。もう五歳だし、問題ないかな?」


「あるの?!鍛錬?!」


 そう。それだよ。俺が求めてたのは。ひたすら地味でも、今のうちから積み重ねて、圧倒的な力を手に入れるのだ。


「じゃあ、今晩お母さんと相談しとくから。まぁお母さんだし反対はしないとは思うけど…」


「やた!やったぁ!」


 あまりにも嬉しくて、俺の精神から子供心が溢れてしまう。いかんいかん。魔法は精神。魔法使いは知的。鎮まるのだ我が心。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「いいんじゃねぇか?領主の娘さんも五歳らしいが、もう既にお稽古事とかはやってるみたいだぞ?」


「そりゃまぁ貴族の方はそうだろうね」


 その日の晩、食事の際に、父さんが魔法の鍛錬を母さんに話したところ、気のいいお返事を頂けた。


 ちなみに晩御飯は宣言通り蟹料理だ。なんでも蟹は足が早いから、生け捕りに失敗した奴が近郊の街にて格安で出回るらしい。「生け捕りに失敗した奴」はヘマした狩人という意味ではなく、殺してしまった蟹という意味だ。


「けど大丈夫か?ヴィニアにハルトのこと任せっきりになってるが」


「もともと、読み書きをしっかり教えようと工房の仕事量を減らしてるからね。ハルトは読み書きが良くできてるから、その分の時間を回せるよ」


「悪りぃな。あんま手伝えなくて。休みの時には付き合うからよ」


「領府のお仕事だから仕方ないよ。それに、ハルトは僕と同じ風属性だしね。ハーフリングの教えの方がいいはずだよ」


「え?!俺って風属性なの?!」


 両親がいちゃいちゃとし始めたので、聞き流しながら蟹に夢中になっていたら、唐突に父さんから俺の属性が暴露された。俺の知らぬうちに、鑑定とか洗礼とかでも受けたのだろうか。


「だって、ハルト。僕の使う風魔法が見えてるでしょ?」


「え?部屋の掃除とか、換気とかに使ってるやつ?」


「そうそう。なんで透明な風魔法が見えてるんだい?」


「それは…」


 俺は愕然とした。言われてみればそうだ。なんで気付かなかったんだ。父さんが風を動かすと、なんとなくそれがわかるのだ。それどころか、自然の風にですら、それを感じる時がある。


「そっか、俺って風属性なんだね」


「いいじゃねぇか、風属性。便利な属性だぜ?火属性は敵を打ちのめすには便利だが、気軽に使えねぇからなぁ」


「母さんの魔法は特に大規模だからね。なんど素材を丸焦げにしたことか…」


 確かに使いづらそうではあるが、興味はある。いいじゃないか、打ったら全てを灰燼に帰す広範囲殲滅魔法。男の子は大火力に憧れるのだ。


「じゃあハルト。訓練は明日から始めるから、今日はしっかり寝るんだよ」


「うん!」


 その日の俺は、遠足の前のような高揚感に包まれながら、ゆっくりと眠りにつくのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 次の日、俺と父さんは街の外の川縁かわべりに来ていた。魔法の訓練というだけではなく、初めての街の外ということもあり、胸が高鳴っている。恐らくこの川がロジャーさんの言っていた川だろう。ここの上流に、昨日食った蟹がひしめいているのか。いかん、よだれが出てくる。


「それじゃあハルト。まず魔法とは何かを教えよう」


「はい!」


「いい返事だね。これは僕が魔法使いになった時に教わったんだけどね、…僕ら自身も魔法で存在しているんだ」


 …?俺は首をかしげる。ちょっとそれだけでは理解ができない。


「少し難しいかな?いいかい?今、ハルトが見ている風景、山も大地も川も人々も皆んな魔法なんだ。この世の全てのものが協力して、この世界という魔法を発動してるんだ。ハルトもハルト自身を魔法で作り出しているんだよ」


「俺が俺を魔法で作ってるの?」


「そう。魔法とは世界を創り出すこと。普段、意識しなくてもハルトはハルト自身を創ってる。そこで、ちょっと工夫してハルト自身だけじゃなく、ハルト自身と何かを創り出すのが、俗に魔法と言われてるんだ」


 よく解るような解らないような。魔法とは魔力という未知の原子とかエネルギーを使う物だと思っていたが、少し違うようだ。…世界自体を構築する?エネルギーとか原子以前のもっと根本的な何か…。


「まぁその辺はおいおい教えるとして、重要なのはね、魔法とハルト自身の肉体は無関係では無いんだ。だから、十全に魔法を使うには、自分の身体もしっかりと制御する必要がある」


 ちょっと雲行きが怪しくなってくる。今日は動きやすい格好をしろと言われていた。そしてここは広い川縁。


「ちょっと難しい言い方だけどね、自身も魔法の産物であるならば、先ずは自身を自在に扱える必要がある。ともすれば魔法も自由に扱えるってね」


「…つまり、魔法の鍛錬とは」


「魔法の鍛錬というより、前段階の肉体の鍛錬だね。午前中は僕と一緒にひたすら走り込みだよ」


 なんか小難しい精神論のような話をされたかと思いきや、いつの間にか肉体の鍛錬に話が行き着いた。巨人族である母さんなら、ちょっと説得力があるが、華奢なハーフリングの父さんから肉体鍛錬の話が出るとは思わなかった。


「因みに、母さんから聞いたけど、巨人族では、健全なる精神は健全なる肉体に宿るって言うらしいよ。なんだかんだ言ってどの種族も考えることは一緒だね」


 こうして憧れの魔法への第一歩は、肉体の鍛錬という、予想外のことから始まった。


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