第3話 異世界にて5年半 魔法は少しも出ません02
◇異世界にて5年半 魔法は少しも出ません02◇
(うぉぉぉぉおおおおおおおお)
ダメだ。うんともすんとも言わない。どうやら俺の丹田は無口なクールボーイらしい。
丹田を意識して力んでみるも、何も感じることができない。
瞑想も既に散々やってみたが、やつは昼寝という結果しか俺にもたらさない。
…外に遊びに行くか
「父さーん。外出てくるね」
「はーい。あまり遠くに行っちゃダメだよ」
外、と言っても俺に許されているお外は、中庭と店の前の通りだけだ。
それ以上の距離となると、必ず両親のどちらかと一緒に出かけることとなる。
一度、調子に乗って通りの向こうの路地裏に顔を覗かせてみたこともあったが、二、三歩進んだだけで後ろから肩を掴まれた。
その時後ろに立っていたのは、人攫いなどではなく、にっこりと笑いながらも怒気を体に纏った父さんであった。
そしてそのまま家に連れ戻され、しこたま怒られたあとに、1週間外出禁止の罰も受ける羽目となった。
たしかに治安のいい日本であっても、五歳が一人で出歩くことは問題だ。ただ前世の俺の場合、田舎ゆえの適当さ。田舎生まれ山野育ち、その辺の年寄りは大体知り合いという状況であったため、普通に外出してた。
俺は店の前に出て辺りを見回す。
石畳みの道に、石造りの家々が並ぶ、中世の欧州の様な風景が広がっている。
ここらは住居が多い地区のためか、住人以外は少なく、馬車の類いも滅多に通らない。
遠目に、この通りと交差するより大きな通りが見えるが、あちらは馬車が行き交い、建物も煉瓦造りの大きな建物が多い。
残念ながら、あの通りの近くは父さんの判定的にはアウトなので、不用意に近づくと連れ戻されてしまう。
店の中からは見えないはずなのに。ハーフリングのなせる業なのだろうか。
店の前で座り込み、地面に絵を書きながら、魔法について考えてみる。父さんの店は、一般客に向けて宝飾品などの販売もしているが、基本的には他の商会に商品を卸す工房だ。そのため、一般の客は滅多に来ない。営業妨害にはならないだろう。
「おう、坊主。道端でお絵描きか?」
男が覗き込む様にして俺に声を掛ける。ボサボサの髪にシワのついたシャツ。幼い少年の交友関係としてはあまりに不自然な存在だ。
すわ人攫いかと警戒したくもなるが、この人はロジャーさん。両親の狩人時代の仲間の1人だ。
もう昼近いと言うのに、今頃に狩人ギルドに向かうのだろうか。昨晩は遅くまで飲んでいたとみえる。まとう空気もそこはかとなく酒臭い気がする。
「ロジャーさん、今から仕事?遅くない?」
「そんなダメな大人を見る様な目をするんじゃねぇ。デケェ仕事を片付けたばかりなんだ。しばらくは休みだ。休み」
そう言いながら、ロジャーさんは俺の横に腰を下ろす。子供の俺が店前の道端で座ってても、問題は無いだろうが、ロジャーさんなら話は別だ。家の評判が下がりそうだからやめて欲しい。
「どっか遠いとこ行ってたの?」
「おうよ。この街の近くに川が流れてるのを見たことあるか?そいつのずっと上流で蟹狩りだ。今年は100人以上の大所帯だったな」
てっきりチームメンバーだけで遠征でもしてきたの思っていたが、随分大規模な作戦があったようだ。しかも、口振りから察するに蟹狩りは毎年の恒例行事のようだ。
「へぇえ。毎年蟹狩りしてるの?」
「あぁ、冬になると山に雪が積もるだろ?それがこの時期になると一気に溶け出して、川の水が増える。するとどうだ。その上流のさらに上流から、子供の蟹が大量に流されてくるんだよ。だからここいらでは毎年この時期にギルドが人を集めて蟹狩りをするんだ」
ロジャーさんは子供にも分かりやすい様に、身振り手振りで流れてくる蟹を表現しながら答えてくれる。見た目はだらしないけど、中身は子供に優しい良い人なんだよなぁ。本人が子供っぽいとこがあるのも、幼子の俺としても好感触だ。
「子供の蟹かぁ。俺にも取れるかな?」
「おいおいおい。子供って言ってもその辺の水路にいる沢蟹とは別もんだぞ。ハサミだけでも坊主ぐらいあるからな。下手に挟まれれば腕なんて簡単に切られちまう」
どうやらこの世界の蟹狩りは、前世の潮干狩りや紅葉狩りとは違って、だいぶバイオレンスなものらしい。子供でそのサイズなら親蟹はどうなってしまうのだろう。
「まずな、川にデケェ網を張るんだ。そうすると、上流から流れてきた蟹がどんどん溜まっていくだろ?んで、引き上げ棒っつう鉤爪のついた長い棒で、溜まってる蟹を引っ掛けて陸に引き揚げるって訳よ」
話を聞く限り、狩人というより、まるで漁師のようだ。毎年の恒例行事なだけあって、専用の道具を作り出すなどして、どんどん効率化されていってるのだろうか。
「陸に上がった蟹を仕留めるのが俺らなんかの担当だ。殴って気絶させてその隙にハサミを壊す。そうすりゃ安全に生け捕りできるからな。一番危険だが、一番儲かるとこだ。まぁ今年は魔法使いが多かったから結構楽だったがな!」
両親が魔法種族のせいで忘れがちだが、皆が皆、魔法使いになれる訳ではない。体を魔力で強化する程度であれば、強化度合いに差はあれど誰でも習得はできるが、それは魔法使いとは呼ばれることはない。
魔法使いと呼ばれるには、魔法を現象として体外に構築し、操ることが要求されるのだ。
平地人や獣人、ドワーフなどの種族は、この体外での魔法構築ができないものが多いらしい。
「魔法使い!どんな感じだったの?!」
「おう、凄かったぞ!蟹狩りは水魔法使いがよく来るんだが、川の水を弾にして蟹にぶち当てるんだ。人が近づく前に気絶させるんだから、後は安全にハサミを壊すだけさ。川に引きずり込まれそうになった奴らを、水を使って助けもしてたな」
「水魔法使いかぁ。いいなぁ。…僕も早く魔法が使いたい」
「坊主も魔法に憧れる年頃か。オメェは俺のような平地人とは違って、確実に使えるようになるからいいじゃねぇか」
ロジャーさんがガシガシと俺の頭を撫でる。撫で方が荒いのは、魔法使いではないロジャーさんが、魔法使いになるであろう俺に嫉妬しているから…ではない。単にロジャーさんがガサツだからだ。
俺は知っている。というか母さんから聞いている。ロジャーさんは巨人族並みの身体強化が可能らしく、他から隔絶した身体強化は、それこそ魔法使いに等しいと。豪腕ロジャーがこの人の通り名だ。
もしかしたら、蟹を仕留める危険な役というのも、ロジャーさんの場合は「フン!」の一言で終わらすだとか、蟹を棒で引き上げる勢いそのままに地面に叩きつけて仕留めてる可能性だってある。毎年行っているのなら、ロジャー専用強化引き上げ棒とかあるのかもしれない。
「魔法はよぉ、大体どの種族でも10を超えたくれぇから使える奴は使えるようになるもんだ。それまでは我慢だな」
魔法種族だけではなく、他種族でもそうだったのか。…本当に声変わりのような物なのだろうか。
ただ、俺は何も今すぐに声変わりの声を出したいわけではない。いわば歌唱練習だ。声変わりに備えて今のうちから歌唱練習をしたいのだ。
「ロジャーさん。俺はね、今から魔法を鍛えに鍛えて、最終的にはヤバい魔法使いになりたいんだ。」
子供っぽいロジャーさんを相手に、俺も多少ふざけた言い回しをしてしまう。ロジャーさんも「なんだそれ」と言って笑ってくれる。
「俺もちょっと聞いただけで詳しくは知らねぇがな、魔法は心だとか精神だとかそんな所から出すらしいのよ。確かに俺も体を強くするときは、力むというより、こう、なんだ。奮い立たせるっつーか、身体じゃなくて気持ちで使うんだよ。だからな、心が大人になるまで魔法は使えないらしい」
「心が大人になる?」
俺の脳裏に電流が走る。第二次性徴期だ。
人はその時期になると、身体だけでは無く精神的にも大きく成長する。魔法が精神に依存するものであるならば、その時期に発露するというのも納得がいく。
しかし、待ってほしい。俺は見てくれこそ五歳の子供だが、中身は三十歳を超えるおっさんだ。精神だけに依存するなら、それこそ産まれてすぐにでも魔法を使えてもいいはずだ。
いや、使えないことに思い当たる節も無くはないが…。
「ロジャーさん。俺ほど大人びた子供なら、魔法を使えてもいいはずでは?」
「残念ながら、大人は道端でお絵描きはしないんだな。これが」
そんな気もしてた。この身体に産まれてからというもの、妙に肉体の年齢に精神が引っ張られている気がするのだ。
インテリジェンスでクールな立ち振る舞いを心掛けているのに、気付けば鼻水を垂らして一心不乱にしょうもないことで遊んでいる。李徴が虎になってしまったのも納得である。
よくよく考えてみれば、前世も含めれば俺の方が年上であるのにも関わらず、ロジャーさんに対して、子供っぽい人だから好感がもてると感じていた。
「帰る…」
「おい、別に無理してお絵描きを辞めたって魔法が使えるわけじゃないぞ。ほら、見てみろ、俺の考えた最強の魔物があと少しで描きあがるから」
…なんでこの人は五歳児と一緒に道でお絵描きしてるのだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます