第2話 異世界にて5年半 魔法は少しも出ません01
◇異世界にて5年半 魔法は少しも出ません01◇
「ほら、ハルト。朝だよ。起きなさい」
「あい。おはよ」
俺がこの世界に産まれてから、5年と少しの月日がたった。
眠い目を擦りながら、ゆっくりと起き上がる。目の前に立つ人は、優しそうな微笑みをこちらに向けている。
緩やかにカールしたオリーブグリーンのツインテール。小柄でおっとりとしたその姿は、美少女といっても差支えがなく、街を歩けば男どもの目を引くことになるだろう。
前世の記憶を持つ俺からすれば、あり得なくはないが、親というにはあまりにも見た目が若い。
「ほら、お母さんはもう起きて朝ごはん食べ始めてるよ。顔洗ってきなさい」
だがもちろん、俺の母親ではない。
俺は水瓶から水を汲み、顔を洗う。水面に映る俺の姿には、先ほどの美少女と同じ、オリーブグリーンの髪が生えている。あきらかな血の繋がり。では母親ではなく、歳の離れた姉なのか?残念ながらそれも間違いだ。
「顔洗い終わったよ。父さん」
「ほら、じゃあお席に座って。今日の朝食はポタージュだよ」
そう。この美少女にしか見えないお方は、何を隠そう俺の父親なのだ。俺も当初はかなり混乱した。いつまでたっても家に男の姿が見えないものだから、父親は死別か長期の出稼ぎに出ていると思っていた。
今では言葉もしっかりと覚えたが、昔は父という単語と姉という単語を間違って覚えてしまい、矯正には苦労した。
「母さん、おはよう」
「おう、おはよう。よく寝られたか?」
「うん!」
俺は向かいの席の母親に声をかける。父親とは打って変わって、その体はあまりにも大きい。火のごとく赤い長髪に、鍛え上げられた鋼のような肉体。男顔負けの肉体ではあるが、顔は整っており、その胸板には
乳房に
あまりにも特殊な二人の容姿。だが、これにはちゃんとした理由がある。
父親はハーフリングと言われる特異な種族なのだ。その特徴は、小柄な体躯と幼い子供のような見た目。その背丈は一般的な人種である平地人の半分ほどにしかならない。むしろ父親はハーフリングの中では大きいほうらしい。
母親は
なんでも古代では巨人族の血液が狙われ争いとなり、今では純血種の巨人族は地上から姿を消してしまったそうな。つまり母親は純粋な巨人族ではなく、巨人族の血を継いでいるといったほうが正しい。いわばハーフジャイアント。
そうなると俺はハーフリングとハーフジャイアントのハーフという、ハーフハーフうるさい血筋というわけだ。
そして、両親の種族を知ると同時に、俺はこの世界が異世界だということを知った。そして魔法が存在することも。
ハーフリングも巨人族も魔法種族と言われる種族であり、例外はあるものの種族として魔法に適性がある。火水土風の四属性のうち、ハーフリングは風、巨人族には火に強い適性があるらしい。
魔法の存在を知ってからというもの、夢中になり様々ことを試した。前世で読んでいた小説に倣い、丹田に力を入れてみたり、瞑想をしたり、はたまた見えない精霊さんに声を掛けたりもしたが一向に魔法を発動することができない。
やはり両親から手ほどきを受けるべきなのだろうか。
(でもなぁ…)
「父さん、母さん。俺…魔法使いたい!」
「またかぁ?そんなに焦んなくても、そのうち勝手に使えるようになるぞ?」
「ハルト。使うべき歳になったら、嫌でも魔法が使えるようになるんだ。それまでは我慢だよ」
これである。どうやら魔法種族である俺たちにとっては魔法は技能というより、体の機能。それこそ声変わりの様なものなのだろう。それとも、他の種族も似たようなものなのだろうか?
確かに父さんの魔法を見ていると、体の機能といわれても納得してしまう。それこそ、父さんは息をするように魔法を使う。残念ながら母さんの魔法は見せてもらってない。火魔法なので危ないそうだ。
「おう。ヴィニア、ご馳走さん。んじゃ行ってくるわ」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
母さんは剣を手に持つと扉を開け家の外に出て行く。母さんのために大きく改造してあるのだが、それでも少し扉を潜る時は窮屈そうだ。この家はもともと父さんの家なので、なにかと小さく作られているのだ。
「それじゃあ僕もお店開いてくるから。ハルトは遊びに行くの?」
「ううん。今日はお家にいる」
「そう?もし外に出るなら声かけるんだよ」
そう言って父さんは母さんが出たのとは別の扉に手をかける。あっちは家の正面の店舗と工房に繋がっている。両親は狩人という、俺の想像する冒険者のような仕事をしてたのだが、俺の出産を機会に父さんは彫金師としてこの街に店を構えたらしい。
彫金師なんて、なろうと思って直ぐになれるようなものではないとは思うが、ハーフリングにとって彫金や小物細工は出来て当たり前の技能なのだとか。ドワーフにとっての鍛冶のようなものか。
母さんはこの街の衛兵の戦闘指南の仕事をしている。なんでもこの街の領主は母さんと同じ巨人族の血を引いてるらしく、一族として貴族の垣根を超えて付き合いがあるそうだ。悪く言えばコネで雇ってもらったようなものだ。
さて、俺もゆっくりしてはいられない。将来のために魔法の鍛錬だ。
今日は丹田を意識してみるかね。
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