火力の無い風魔法使いは、異世界にて剣で舞う
木目三
幼少期
第1話 風と共に去りぬ
◇風と共に去りぬ◇
クラッチを切りギアを変える。スロットルを開き風を取り込む。ライムグリーンの車体が湖畔を滑るように突き進む。
実家の農家を継ぐのが嫌で、大学の卒業とともに田舎を飛び出してもう十年にもなる。
憧れの都会は最初のころは輝いて見えたが、何年も暮らす中で、だんだんとその風景も色褪せてしまった。
退屈な仕事。それでいて拘束時間は長く、毎日がルーチンワークをこなすだけで終わってしまう。そんな中で、週末のこのツーリングが俺の唯一の自由だといっても過言ではない。
毎週のごとくツーリングをするのであれば、ツーリング自体もルーチンの一つと言えなくもないが、この湖畔は四季折々の新しい景色を俺に覗かせてくれる。
何より、この風を感じることが俺の心の洗濯となる。俺にとってのバイクとは、風と共に走るための外部機関なのだ。
車体を膝で挟み込み、車体を傾け、路面をなぞるようにカーブへと侵入する。このカーブを曲がれば、また新たな風景が眼前に広がるだろう。
風で舞う木々の緑…。
日の光に煌めく穏やかな湖面…。
センターラインをオーバーする対向車…。
「マジかよ…!?おい!」
脳裏に「詰んだ」と、言葉がよぎる。
このままのコースでは確実に衝突する。かといって車体を起こせばカーブを曲がり切れずに道路脇の木々に突っ込むこととなる。そもそも、この状態から強引に車体を起こすのは不可能だ。
一瞬が引き延ばされたように遅くなる。けれども俺は認識するので精一杯で、体が思うように動いてくれない。
ふと、一陣の風が吹き、わずかに車体が持ち上がる。
でも足りない。まだこのままでは正面衝突だ。ブレーキをなんとか操作するが間に合わない。間延びした時間にも終わりは来るのだ。
そしてそのまま、衝撃と共に、俺は空へと打ち上げられた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺は死んだのだろうか。
轟々と低い音が辺りに響いている。
周囲に広がる光景は、俺が死んだと認めるのに足る、妙な説得力があった。
どこまでもどこまでも、上も下も白い世界。暗がりは少しもなく、光源なんてどこにも無いのに、空間自体が輝いているようにも見える。
はるか前方には、
吸い込まれるように、あるいは追い立てられるように、俺の体は渦に向かって流れていく。体を動かそうにも、動かし方を忘れたのかの如く、まったく力を入れることができない。
気が付けばいつの間にか周囲にも靄が満ち始め、渦も見上げるほど近くに迫ってきている。
あたりに流れる白い靄が風となり、俺の体へと吹き付けてくる。だんだんと流れは強くなり、靄が濃いほうへと体は運ばれる。
靄の風が俺を煽る。もう体は渦の中に入り込んでいる。
風が俺を通り過ぎる。その時、風は俺の何かを吹き飛ばしていく。俺が俺であるために必要な何か。今まで積み重ねてきた何か。
砂嵐に巻き込まれると、こんな感じになるのだろうか。吹き荒れる風が俺を木の葉のごとく舞い上げる。周囲の靄に俺の大切な何かが溶け出し、風となって流れていく。
やめろ…!風よ!俺を持っていくな!
必死に叫ぼうとするが声が出ない。じわじわと自分自身が溶け出す状況に頭が混乱してしまう。それこそ、交通事故の直前よりも慌てているだろう。
体が動かない中、どうにかしようと一心不乱に藻掻く。自分に残された感覚を総動員させる。俺を責め立てる風など浴びていたくはない。俺の好きな風はこんなんじゃない。
ふと、一陣の風が吹く。
交通事故の直前にも吹いた、俺を護るかのような風。
あぁ…!この風は渦とは違う。この風は俺の味方だ。理由もないのに何故かそれが解る。溶け出してしまった何かが新たな風となり、俺の周囲へと集まってくる。
集った風は大きなうねりとなって、俺に吹き付ける。靄の風とは異なる、味方となる追い風だ。俺の体は渦を隙間をすり抜けるように進んでいく。
風に乗り、俺はどんどん加速していく。進む先は渦の中心だ。風が俺をそこに導いている。
渦巻く靄の向こうに、うっすらと光りが見え始める。靄は濃くなる一方だが、今では大半が俺の味方となっている。
ひたすら風と共に突き進む。
いっそう濃い靄を抜けると、遠くに見えた光が、もう目の前にある。
輝く穴が空間にぽっかりと開いている。風はその光に向かって流れ込んでいる。
あそこが出口なのかは解らない。ただ、風は進めと導いている。
今更、風に逆らうつもりはない。むしろ風に乗って進むことが楽しくて仕方がない。
俺は光の穴へと身を躍らせた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おぎゃあ!おぎゃあ!」
「ふふふ。ほら、元気な男の子だよ」
「おぉ、ちっこいなぁ。しっかり抱いててくれよ。アタシじゃケガさせちまいそうだ」
未だ光に目が眩んでいる。ぼやけた視覚で辺りを見渡そうとするが、白い世界のように体がうまく動かない。
だが、感じる。あの時とは違い、体は応えてくれている。動かし方がよく解らないだけで体自体は反応をしている。
あぁ、赤子の声は俺から出ているのか。俺は新たにまた生まれたのか。本能なのか、泣き止もうとしても堪えきれない。思考も寝起きや飲酒中のように妙に散漫だ。
俺を二人の人影が覗き込む。目はまだよく見えないが、おそらくこの二人が両親だろう。
「名前はもう決めてんのか?」
「うん。ハルヴィニアとバルマロメアの息子。…ハルト。バルハルト」
俺には言葉が解らなかったが、なんとなく、それが俺の名前だと解った。
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