第3話狐花

 絵に書いた様な景色が僕の目の前に広がっていた。一面の花畑、天気が良く蝶々が舞い可愛らしい女の子が駆け回っていた。


 僕は狐さんと境内の扉の中に入った筈だった、そしたら目の前に綺麗な景色とその中で蝶々を追いかけ回して一人の女の子が遊んでいた。


 「狐さん、どこですか!?」辺りを見渡しながら狐さんの姿を探していた。


 すると女の子がピタっと止まり。


 「ここじゃ、ここ」女の子は手を振ってこちらに走ってきた。


 「え、えーー」僕は驚きを隠せなかった。


 「失礼じゃの、私はこちらの世界ではこの姿なのじゃ」


 小さな体に白髪にケモ耳、そして巫女装束が可愛かった。

 

 「おい、何を見惚れてるのじゃ!・・さてはお主私に惚れたのかの?」


 「あ、それは無いです。まあでも可愛いと思いますよ特に耳が」僕は狐さんの柔らかそうな耳を触ってみた。


 ビクッ。


 「お主、従魔のくせに御主人様である私の耳を気安く触るでない」怒っているのだろうか頬を赤らめて両手をバタつかせていた。

 

 「そういえば狐さんって、この世界に来たことがあるのですか?ここはどういった所なのですか?」


 ケモ耳部分を手で整えている。


「む、そうじゃの場所の説明はできないのだが誰かの【夢と現実のはざま】の世界といったところかの」


 狐さんは、今回でこの世界は二回目ということだった。辺り一面花畑、ここで僕は何をやるのかと考えていた。


 「お主よ、私は腹が減ったぞ」狐さんは座り込んでお腹を押さえている。


 そんなことここで言われても食べられる物ってあるのか。辺りを見渡したが何もなさそうである。


 「街みたいな所って近くにありませんか」


 「うーん、確かあの林の先にあったと思うのじゃが」

 

 そこまで遠くは無いが30分以上は歩くだろう。


 「腹が減ってあそこまで歩けんぞ」


 水の音が近くに聞こえた。川が流れてるのか?狐さんを背負って音の方へと歩いた。


 「なんだこれ!?」


 そこには川が流れていた。しかし川の水は真っ赤で血生臭ささが辺りに漂っていた。川に面している土や草花も変色している。


 「むむ、これは酷いの」


 狐さんは背から降りて川に近づいていった。赤く染まった川に手を入れ何かを確認しているようである。


 「これは、血じゃ。だが川底の方は綺麗な水があるようで魚も下の方に逃げてるようじゃが時間の問題じゃな」


 血で濡れた手をブルブルと震わせていた。血は辺りに散らばり狐さんの服にも付いてしまった。


 「狐さん服に血が・・」


 「ん?あ、いかんいかんいつもの癖での」


 狐さんの体が白く光りだし、手と飛び散った血がだんだんと透明な水へと変化していく。

 

 「すご・・、凄いよ狐さん」僕は年甲斐もなくはしゃいでしまった。


 「そうじゃろ?ムフフ・・」狐さんは照れていた。


 ポタポタと手についた水が地面に落ちる、一滴一滴と少しずつ・・。


 僕は狐さんの足元に目がいった。水が一滴落ちる毎に土は生気を取り戻し、そしてもう一滴落ちると草花が生えてきたのだ。


 「これはいったい・・」僕は驚いていた。


 そんな僕を見てか、狐さんは以前ここに来た時の話を語りだした。

 

 何百年前から、この世界の人々は信仰心が高く狐さんと神様は祀られていた。

 この世界は昔、荒れ果てた荒野で水も食料も少なく人々は飢餓状態で亡くなった方も多かったという。

 人々は神様に祈りそして狐さんがこちらに派遣されたみたいで、その時は雨を降らし土を浄化し救ったということであった。


 「まあ私にかかれば簡単なことじゃ、じゃがな私は街に行きたくないのじゃ」

 

 「何でですか?」狐さんは一躍ヒーロー、行けば厚く持て成されるはずなのだが。

 

 「ま・・、不味いんじゃ、あそこの飯は食いとうない」

 

 「え、そこ・・」


 「お主、早う作れ」


 そんなこと言われても食材が・・・。


 「あっ!川の下の魚を捕りたいのですが」食べられる物といったらこれしかなかった。ただ、まだ上澄みには血が流れている。


 「そっか、ちと力が足りぬとは思うがお主、川に手を入れてみよ」


 「え、」何をするのか分からないし抵抗はあったが狐さんの意のままに操られる様に僕は手を川に入れた。


 ヌチャ


 気持ち悪い感触が手から全身に伝わって鳥肌が立った。


 「よし、そしたら祈るのじゃ」


 狐さんの言う通りに綺麗な川になるよう祈った。全身がだんだんと熱くなっていきそして力が手に流れていく。


 血の川がブクブクと沸騰していく。─そして蒸発するように血が一瞬にして無くなった。


 「凄い、凄いぞお主」狐さんは、驚いていた。 


 モフッ。


 狐さんの後ろから大きな尻尾が現れた。


 「キャッ」大きな尻尾を手で抑え隠した。


 狐の姿の時は何本もある尻尾だったが、人の姿の時は一本で凄くモフモフなのが見ただけで分かる。


 触りたい・・・。


 「見るんじゃない」狐さんは頬を赤らめている。


 僕は見ては行けないと思い、シャツを脱いで渡した。


 「これで隠しといて下さい」


 「あ、ありがとう」狐さんは照れながらシャツを受け取った。


 「あのー、魚を捕りたいのですが潜って取らなきゃ駄目ですかね?」


 「あっ、ちと待っておれ」シャツを一生懸命に尻尾に着せてるのだろう。かわいい声が聞こえてくる。


 「よし、良いぞ。こちらを向くのじゃ」僕のシャツの首と腕の部分から白色の毛先が飛び出ていた。


 笑いを堪えながら僕は狐さんの方を見た。


 「これを使うとよい」葉っぱを渡してきた。


 僕は、葉っぱを手に持ち考えていると。


「先程と同じ様にそれを持って願うのじゃ、お主の思いのままになる」

 

 僕は願った。─すると、葉っぱが光だし釣り竿に変化した。


 「凄い、これは便利だ」僕は釣り竿と、もう何枚か渡された葉っぱを見ていた。


 「確かに便利じゃ、けれども使い過ぎに気をつけること何かを得るには何かを失わなければならない!お主は現世でたくさんの徳を積んできた。そして私の力とその徳を失うことによってそれがお主の力となっておる。─そして徳を全て失い、それでも力が必要ならば徳の代わりに何かを差し出すことになるのじゃからな」


 「分かりました」僕は釣り竿を弄りながら簡単に返事をした。


 「本当に分かっておれば良いが」狐さんは心配そうにこちらを見ていた。


 「お、釣れた!・・って、カツオ!?」ここ確かに川だよな?と思い僕は川の水を舐めてみた。


 「しょっぱい」川の水は海水の様だった。

 

 「うむ、以前来た時とは様子が違うようじゃ」横に来た狐さんは、釣れたカツオを手で突き遊んでいた。


 「今度はイワシか」丸々と太ったイワシは脂が乗ってそうで美味しそうだ。


 「ところで、この魚は食えるのかの?」狐さんはカツオとイワシを見るのが初めてみたいだ。


 「美味しいですよ、じゃあカツオは刺し身でイワシは塩焼きで食べましょう」


 僕は狐さんに手を差し出した。


 「ん、なんじゃ?」


 「葉っぱを下さい、調理器具、調味料等に使いたいので手持ちの二枚目じゃ足りないんです」


 「お主やっぱり先程の話を聞いていなかったな!」


 「やだな、ちゃんと聞いてましたよ!でも必要経費です」


 「確かにそうじゃが、まあ仕方ないの」狐さんは着物の袖口から葉っぱを取り出した。


 それを使い、僕は調理器具と調味料、ガスコンロに変え、近くの枯れ枝を拾い焚き火を起こした。

 鍋で海水を汲み取り、ガスコンロで火にかけ塩を作った。イワシの内臓とエラを取り外し串打ちし塩を振り焚き火あてる。

 

 カツオも捌いていく、三枚下ろしにして更に血合い骨から半分にする、背の部分を串打ちし直火で炙り平作りで切っていく。


 川の近くに生えていた、せり・つくし、カツオのあらで味噌汁を作った。


 「はい、どうぞ」焼きあがったイワシを串のまま狐さんに手渡した。


 「おお、美味そうじゃのー」狐さんは目を輝かしていた。


 「んー、旨い、このイワシという魚は柔らかくて脂にも旨味があって絶品じゃ」


 「ありがとうございます、ではこちらはどうですか?」僕はカツオの刺し身を差し出した。


 「んー、あー嫌じゃ」

 僕は味噌汁をよそっていた。


 「どうしました?口に合わなかったですか」


 「違うのじゃ、この箸というものが難しくてのー」


 狐さんは箸を持ち、掴めないので刺すようにカツオを食べようとしていた。

 

 「では、こちらを使って下さい」笑いを堪えながら僕はホークを差し出した。


 「おお、これなら食べれるぞ」ホークを手をグーにして持ちながら食べる姿はやはり幼い娘のように思えて笑ってしまう。


 「うむ、このカツオというものもサッパリして旨いのー、刺し身というのも初めてで生といえば普通丸かじりじゃからな」


 「気に入って貰って良かったです。最後にこちらをどうぞ」僕は味噌汁を渡した。


 「なんじゃ、これは!せりという葉っぱと、つくしの癖のある苦味がやみつきになる。そしてカツオの身が甘くとても旨い」


 「ありがとうございます、確かに美味しいですね」


 「お主を従魔にしたのは正解だったの」狐さんは仰向けになり満足気にしていた。


 僕は片付けをしながら、ふと思った。

 あれ?無意識に今料理していたけど、魚も下ろしていたし、せりやつくしなんて食べれるとは知らなかった。


 困惑していると狐さんが話かけてきた。

 「お主よ、私はお主の名前を知らぬが何というのじゃ?」


 「確かにそうですが今更ですね」僕は笑った。


 「みのる、といいます!」


 「みのる・・か、良い名じゃな」


 「狐さんは、名前はあるのですか?」


 「私は、ないのじゃ」狐さんは寂しそうな顔をしていた。


 「んー」僕は考えた。


「狐花と書いて、『こか』ってどうですか?」


 「こか?私の名前・・こか?」狐さんは涙を流して僕に抱きついてきた。


 「気に入ってくれたんだね」


 「嬉しい・・ありがとう、みのる」


 狐さんは、名前がとても嬉しかったのだろう。少しの間ずっと、私の名前は こかと繰り返し言っていた。


 「あっ、みのるよ!私のことは次からは『こか様』と呼ぶのじゃぞ」


 「・・・。」

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