第31話 VS月島信長(4)
月島くんを刺激しないよう、なるべく言葉を選びながら僕は言う。
「君の気持ちは痛いほどわかる。好きな人が自分を見てくれないと辛いよね」
相手の言葉を決して否定せずに共感から会話に入るのは、精神科医が患者に使う心理学のテクニックらしい。
以前、Twitterで見た情報を思い出して、ものは試しにと活用してみたところ、本当に効果があった。僕の言葉を聞いた月島くんは暴力の手を一旦止めてくれた。
だが、まだ僕に対して心を開いてくれているとは言いがたい。僕の考えた作戦を実行するには、もっと彼の信用を獲得する必要がある。
聞く耳を持ってくれている今がチャンスだ。そう思い、僕は続ける。
「僕なんてついこの間まで、飛鳥井さんがどうして僕と付き合ってくれたのかすら知らなかったんだ。付き合ってた当時は、本当に飛鳥井さんは僕のことを好きなのか? って不安になりながら付き合ってた。もしかしたら僕をからかってるだけなんじゃないかって心配で眠れなくなったこともあった。だけどそれを飛鳥井さん本人に直接訊く勇気もなくて、結局訊けないまま別れちゃったんだけどね」
月島くんは黙って僕の言葉を待っている。僕の話に興味があるのか、それとも単純に余裕の表れなのか、どちらなのかわからないが、どっちにしても僕にとっては好都合だった。
大丈夫。上手くいく。そう自分に言い聞かせて僕は続ける。
「飛鳥井さんがはたして本当に僕のことを好きだったのかはわからなかったけど、少なくとも僕は飛鳥井さんのことが大好きだった。愛していたと言ってもいい。それは別れてからも変わらなかった。未練タラタラで諦められなかった。だから、元カレ全員倒したらもう一度付き合って、なんて馬鹿なことを口走っちゃったわけだ……」
僕の考えた作戦とは、僕の体験を話すことで元カレに執着した人間がどれだけみっともないかを理解させ、月島くんに飛鳥井さんのことを諦めさせようという作戦だ。僕の時は吉木くんたちの言葉によって自分の姿を客観的に見ることに成功し、最後に飛鳥井さんから直接拒絶されて彼女への未練をなくした。
今の彼は少し前までの僕と似ている。飛鳥井さんへの未練に囚われている状態だ。だから僕の時と同じように上手くいくのではないかという目論見があった。これは同じ経験をした僕にしかできない方法であり、かつて同類だったものとしての使命だとすら思う。
「そんなわけで飛鳥井さんの元カレのみんなと戦うことになったんだけど、月島くん以外のみんなには僕のやり方を非難されたよ。最初は何言ってんだって思ったんだけど、元カレたちに嫉妬している自分、飛鳥井さんに執着している自分の姿を客観的に見たら……」
「もういい」
月島くんが僕の言葉を遮る。冷たく低い声だった。
僕は彼の気迫に気圧されて口をつぐむ。
「テメエがわかったような口を利くな。どうせ美羽を諦めろって言うんだろ? 無理だから諦めろ。みっともないって。……馬鹿にすんな! 俺はテメエとは違う!」
夜の公園に怒号が響く。そして、月島くんは怒号と共に、強く握った拳を大きく振りかぶった。このままでは放たれた右ストレートが僕の顔面に突き刺さってしまう。
クソッ、失敗だ。展開を急ぎすぎたのと月島くんの性格が考慮できていなかった。僕は反省する。反感を持たれてしまった今ではもう説得ができない。リカバリーは不可能だ。
僕は殴られる衝撃に備えて目を瞑る。
……しかし、いつまで経っても月島くんの右ストレートは飛んでこなかった。
恐る恐る目を開けて驚いた。なんとそこには月島くんの腕を掴む吉木くんの姿があったからだ。
「えっ? どうして吉木くんが……?」
すると、月島くんの手を掴んだまま彼は答える。
「めちゃくちゃ慌てた様子で飛鳥井が電話してきたんだ。原田がピンチだから助けてくれって」
なんと。飛鳥井さんが助っ人を呼んでくれていたようだ。
「俺も来たぞ」「小生も」
さらに恭平と安斎くんまで現れ、月島くんを拘束しにかかる。月島くんは抵抗しようとしていたが、さすがに3人がかりには敵わず、吉木くんの持ってきたロープであっという間に拘束されてしまった。
「3人ともありがとう」
僕は感謝を伝える。
そして気付く。もし飛鳥井さんは全員に声をかけてくれたとしたらもう1人来るはずだ。そう思った直後、蒼井先輩がやってきた。後ろには高山さんと飛鳥井さんも付いてきている。
「二人ともどうしても来るって聞かなくてさ」
蒼井先輩はポリポリと首をかきながら言う。
飛鳥井さんは拘束された月島くんを見ると、唐突に彼のもとに歩み寄りはじめた。そして拘束がなければすぐに触れられそうなほど接近し、声をかける。
「月島くん」
「何だ?」
「私はあなたとは付き合わないわ」
「……そうか」
「やけにあっさりね」
「もう面倒になった。懲りたんだ。さっさと縄をほどいてくれ」
「……わかったわ」
しばらく見つめ合った後、飛鳥井さんは縄をほどきにかかる。
「ちょっと待って、飛鳥井さん。本当にいいの?」
思わずツッコむ。
縄をほどいたら月島くんが自由になってしまう。そうなれば最初に狙われるのが、一番近くにいる飛鳥井さんだ。危険すぎる。拘束されてからのあの短時間で彼が改心したとは思えない。
「いいのよ。大丈夫。私が保障するわ」
飛鳥井さんは全く悩むことなく答える。
そこまで言うならと、僕は彼女のことを信じることにした。
拘束を解かれた月島くんは、まっすぐ安斎くんに近付くと一言「すまなかった」と言ってから帰っていった。
あっさりとした幕切れに、みんなの頭の上でハテナマークが踊る。状況を理解しているのは飛鳥井さんだけだろう。
「……えっと、これで終わりでいいのかな?」
「終わりね。みんなありがとう。おかげで月島くんも心を入れ替えてくれたわ」
飛鳥井さんはそう言うが、この場に彼女以外でこの終わり方に納得している者はひとりもいなかった。
「どういうこと? 説明して」
高山さんが問う。
「わかったわ」
飛鳥井さんは頷く。
「……この結末について一言で説明すると、月島くんは羨ましくなったのよ。原田くんのことがね」
「……?」
意味がわからない。
「考えてみて。ピンチの時に友達がこんなに駆けつけてくれるなんて、よっぽど慕われてないとありえないことよ。ましてやこんな時間。普通はひとりでも来てくれたら奇跡と思わない?」
「それはそうかも」
そう考えるとみんなには感謝しかない。
「でしょ。月島くんは原田くんのことを、自分と同じか、自分より下の相手だと見くびっていたはず。でも実際には自分よりずっと周りに慕われていた。自分と何が違うのか考えたでしょうね。そして原田くんと自分を比べた際、自分を客観視した時に元カノに未練たらたらな自分がかっこわるいことに気付いた。なんてことないわ。それが心変わりの真相よ」
確かに筋は通っているかもしれない。……だけど、あの一匹狼の月島くんがそんなこと気にするだろうか。むしろ友人は邪魔とか言いだしそうなものである。
「気にするわよ」
飛鳥井さんは言い切る。
しかし、それ以上説明はなかった。彼には彼の物語があるということなのだろう。何だか妬いてしまうな。あれだけぼろくそに言っていても、飛鳥井さんはなんだかんだ月島くんのことを凄く理解している。元恋人同士は伊達じゃないということか。
なんにせよ、月島くんの件はこうして解決した。
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