第30話 VS月島信長(3)

 向かい合いにらみ合う僕と月島くん。

 先に動いたのは僕だった。

「やあぁぁっ!」

 力いっぱい拳を握り、先手必勝とばかりに、僕は月島くんに殴りかかる。しかし、その拳はあっけなく防がれてしまった。

「今度は俺の番だな」

 そう言って放たれた月島くんの拳が僕の顔面に突き刺さる。咄嗟に腕でガードしようとしたが遅かった。間に合わず、攻撃を受けた僕は後ろに倒れる。

 よっぽど余裕なのだろう、月島くんからの追撃はなかった。

 待っていてくれているようなので僕は立ち上がる。

 殴られた部位がじんじんと痛む。実力の差は明確だった。

 正面から殴り合って彼に勝つのは無理じゃないか? そんな思いが頭をもたげる。だけど、彼に勝たないと飛鳥井さんを守れない。

 僕は勇気を振り絞って立ち向かう。

「ほお、逃げねえのか。立派だな」

 月島くんは感心したように言う。嫌味ではなく本気で驚いているようだ。

「やっぱりテメエは他の奴らより見込みがありそうだ」

「見込み?」

 意外な言葉に僕は一瞬怯む。

「ああそうだ。テメエは吉木や安斎、蒼井なんかよりよっぽどイケてる。『元カレぶっ潰す委員会』だったか? あれなんか最高のネーミングじゃねえか」

 意外も意外。まさかの角度からの評価だった。

 吉木くんからは「メンヘラ」、蒼井先輩からは「処女厨」、安斎くんからは「同担拒否」と散々揶揄されてきた「元カレぶっ潰す委員会」のネーミングを、まさか月島くんが好意的に評価してくれるなんて……。嬉しいけど複雑だ。

「実は俺もテメエと同じなんだ。という存在がどうしても許せねえ」

 月島くんは恍惚とした表情で続ける。

「だってそうだろ? 男というものは常に一番じゃねえといけねえ。特に、女の前ではな。……元カレがいるってことは、その女の目が俺以外に向いていた時期が存在したってことだ。そんなの許せねえだろ。負けみたいなもんだ」

 月島くんは完全に自分の世界に浸っている。彼の語りはだんだんとヒートアップしてきていた。

 話している最中に殴りかかるのもはばかられて、僕は拳を下ろす。

「だからな、テメエが美羽の元カレたちと戦って回っていると聞いて、俺は気が合うと思ったんだ。なのに、そのざまはなんだ。情けねえ」

 その瞬間、月島くんがとうとう動いた。

「ぐぅっ……」

 僕の腹に横なぎの蹴りが入る。完全に油断していたところへの蹴りだったので、思わず声が漏れた。

 足がよろける。そして月島くんはそこを見逃さなかった。すかさず、今度は拳が腹に入る。二発目。三発目……。

「ぐふっ」

 咄嗟に飛び退く。痛みから背中を丸める。

「どうしてテメエは、自分の女に近づこうとした奴らと仲良くしている? 自分の女が他の男と仲良くしているのを黙ってみていられる?」

 僕が引いても月島くんの攻撃は止まない。

「テメエが美羽と付き合ったと聞いて、初めはそりゃあ驚いたぜ。あいつは俺以上の男が見つかるまで誰とも付き合わないと思っていたからな。だから噂を聞いて、俺はすぐにテメエのクラスに見に行った。その時見たテメエは、頼りなさそうなやつだったな。俺の次がこいつじゃ、すぐ別れるだろうと思った」

 そして実際、すぐに別れた。

「……それなのに、テメエは性懲りもなくまた美羽に告白して、美羽は何をとち狂ったのか、テメエにチャンスを与えた。おかしいだろ! 美羽は俺という最高の男を知っているんだから、他の男では満足できないはずだろ? 俺と別れたことをあいつが後悔して泣きついてくるのが本当じゃないのか!」

 月島くんの叫びを聞いて、僕は気付いた。

 そうか。確かに僕と彼はとても似ている。彼は少し前までの僕と一緒なんだ。

 僕の場合は盲目的かつ一方的な愛から、月島くんは絶対的な自信から、自分こそが飛鳥井さんにとっての「特別」だと思い込んだ。そう考えると、この二者はよく似ている。

 ただ一つ、決定的に違うことがあるとすれば、僕はすでにこの思い込みから解放され、飛鳥井さんの元カレの1人になることができたということだけだ。

 僕はたまたま、周りの友人たちからの言葉や、飛鳥井さんから聞かされた彼女の本心によって自分を見つめ直し無事に失恋をすることができたが、月島くんにはそのどちらもなかったのだろう。だから未だに勘違いしたままだと。

 目の前の月島くんを見て僕は心から思う。

 ああ、これが本物のメンヘラ処女厨しょじょちゅう同担拒否どうたんきょひ野郎か。周りから見れば僕もこんな風に見えていたのか。そりゃあ、吉木くんたちも反対するわな、と。

 その時だった。唐突にこの戦いにおける突破口が見えた。

 このまま戦っていても勝ち目はないこと、月島くんに飛鳥井さんを諦めさせるためにはもっと別の方法で責めなくてはならないことには気付いていた。

 だからその別の方法をずっと探っていたのだが、今この瞬間やっと見つけた。

 上手くいくかは賭けだが、考えれば考えるほどこれしかないような気がしてくる。

 僕は覚悟を決めると、月島くんのもとへ歩み寄る。

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