第29話 VS月島信長(2)

 飛鳥井さんを守ると宣言したのは良いが……さて、どうしよう?

 月島くんを正面に見据えたまま、僕は一度冷静になって考えてみる。

 勢いで口走ってしまったが、月島くんから飛鳥井さんを守るというのは、そうとう困難なミッションだ。

 体格も違うし、喧嘩の経験値も違う。どちらも僕は彼に比べて大きく劣っている。正面から殴り合って勝利するのは不可能だろう。

 こんなことならせめて誰かに連絡して一緒に来れば良かった。複数人でかかれば、月島くんにも勝てたかも……。いや、そんな余裕はなかった。飛鳥井さんの考えに思い当たってすぐに飛び出してきたから、こうして間に合ったのだ。誰かを待っていては間に合わず、飛鳥井さんが怪我をさせられていただろう。

 それに、過去を嘆いても時間は戻らない。今できることを考えなくては。

 そうなると、現実的なところで「時間稼ぎ」というのはどうだろう? 勝つのは無理でも、飛鳥井さんが逃げる時間を稼ぐだけならなんとかなるかもしれない。

 試しに頭の中で検討してみる。案外悪くない気がした。

 よし採用。この作戦でいこう。

 僕は背後の飛鳥井さんに手だけで「逃げろ」とジェスチャーをする。しかし、飛鳥井さんは動かない。動かないと言うより動けないようだ。

 月島くんの視線は僕を無視してまっすぐ飛鳥井さんに向いている。どうやら飛鳥井さんを逃がすためにはまず、月島くんの意識を僕に集中させないといけないようだ。

 なんてことを考えていると、先に月島くんが動いた。

「なあ、そこどけよ」

 いらつきを声ににじませながら月島くんは言う。

 しかし、退けと言われて退くわけがない。むしろ僕は手を広げながら、身体で彼の視線を遮る。

 すると、月島くんは面倒くさそうに顔を歪ませた。

「テメエもむかつくが、今は美羽だ」

 そう言って強引に飛鳥井さんに元へ向かおうとする月島くんの前に、僕はバスケのマンツーマンディフェンスの要領で立ちふさがる。右手側に避けようとすれば右手側に、左手側に避けようとすれば左手側に、飛鳥井さんと月島くんの間の空間に強引に身体を滑り込ませて、行くてを阻む。

 何度も邪魔するうちに月島くんは焦れてきたようで、今度は肩をぶつけて強引に突破しようとしてくるようになった。

 肩がぶつかってくる。痛い。衝撃から僕は思わずたたらを踏む。しかし、僕はなんとか踏ん張って月島くんの進路を妨害し続ける。時には服を引っ張りながら、時には足にしがみつきながら、何度も何度も彼の歩みを邪魔する。

「ああ、もうダルい。俺はテメエと戦う必要ねえんだよ。邪魔すんな」

 順調に彼の意識が飛鳥井さんから僕に移ってきている。

 チャンスだ。僕は思いきって月島くんの背中に飛びかかる。そして手と足で彼の背中にしがみついて、背負われる形になる。

 人間1人の体重がいきなり背中に乗っかってきたのだ。月島くんは怯む。そして、その隙を見計らって飛鳥井さんは背を向けて逃げた。

「原田くん、ごめんなさい」

 追いかけようとする月島くんだが、背中の重みから走れない。月島くんが僕を振り下とそうと必死にもがいているうちに、飛鳥井さんの姿は見えなくなった。

 ミッション成功だ。

 なんとか飛鳥井さんを逃がせた。僕は安堵から息を吐く。

 ……しかし、その時だった。

 月島くんが突然、背中から勢いよく地面に倒れ込んだ。当然、負ぶさっていた僕は下敷きになる。

「ぶはぁ……」

 肺の中の空気が一気に口から出る。衝撃から拘束が解かれた。

 それが目的だったのだろう、月島くんはその瞬間を逃さなかった。すぐさま立ち上がると、彼は倒れたままの僕をまるでサッカーボールのように何度も蹴る。僕は身体をダンゴムシのように丸めて必死に防御の態勢を取る。

「ああ、もうしくじった。めんどくせ。最初からテメエをぶちのめせば良かった」

 そう言いながら、月島くんは僕を足蹴あしげにする。

 その声音は悔しそうだが、焦っている感じではなかった。

 ……その瞬間、僕はやっと自分の間違いに気付いた。

 飛鳥井さんをこの場から逃がすことばかりに躍起になっていたが、これでは根本的な解決にはならない。なぜなら彼は学校も同じだし、飛鳥井さんの家も知っている。いつでも彼女に会える環境にいるのだ。

 極端な話、僕を痛めつけたその足で彼女の家に向かって、さっきの続きをすることだってできる。言ってしまえば、僕の行動は無駄だったわけだ。

 なんということだ。あれだけ格好付けて飛鳥井さんを守ると宣言しておいて、結果はこの惨状。無様極まりない。

 ごめん。飛鳥井さん。僕は心の中で謝罪する。

 その時だった。不意に飛鳥井さんの顔が脳裏に浮かんだ。

 思い返せば、飛鳥井さんは僕たちを守るために1人でこの男に立ち向かったのだ。か弱い女の子がたった1人で。きっと怖かっただろう。心細かっただろう。

 そう思うと力が湧いてきた。飛鳥井さんから勇気をもらった。

 そうだ。まだ終わっていない。飛鳥井さんだって1人で戦ったんだ。だったら僕も戦わなくては。

 僕がやるべきことは、この場で月島くんを倒し、飛鳥井さんのことを諦めさせることだ。それでやっとこの問題を解決させられる。飛鳥井さんを守ることができるというものだ。

 僕は身体を起こし、立ち上がった。

 そしてもう一度、月島くんを正面に見据える。ここからが本当の勝負だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る