第14話 VS蒼井清司郎(4)

 僕と蒼井先輩とのボウリング対決は、たいした見どころもなく幕を下ろした。

 結果は僕の敗北。しかも、40点もの大差を付けられての惨敗だった。僕の付け焼き刃ボウリングはまったく通用しなかった。

 どれだけ「勝つぞ」と意気込んでいても、気持ちで実力は変わらない。それがこの世の真理である。もしも気持ちが強いものが勝者になれるなら、オリンピックメダリストは全員、超ド級のメンヘラということになってしまう。

 更に言うなら、僕は実力のみならず気持ちですら負けていた。蒼井先輩が2フレーム連続ストライク、3フレーム連続ストライクとストライクを重ねる度に「これ、勝てないんじゃね?」と弱気な自分が顔を見せた。加えて、第1フレームでの会話が頭の片隅に残っていたのも気持ちで負けた一因だろう。

 つまり、僕は負けるべくして負けたということだ。

 吉木くんに勝てたからと完全に調子に乗っていた。蒼井先輩を甘く見ていた節もあった。出来ることなら時間を巻き戻してやり直したい。

 激しく落ち込む僕に、蒼井先輩は優しく声をかける。

「原田くんが良ければだけど、もう一回戦やるかい?」

 僕は顔を上げる。

 その申し出は天の恵みのように思えた。

「いいんですか?」

「もちろん。思いの外、楽しめたからね。僕を満足させてくれるならいくらでも付き合おう。ただし、こう見えても僕は受験生だから、再戦を受け付けるのは今日いっぱいで勘弁してね」

「ありがとうございます」

 僕は勢いよく頭を下げる。

 この混み具合なら連続でプレイしても待ち時間はないはず。ここが閉まるまでがタイムリミットだから、少なくともあと2~3ゲームは挑戦できるだろう。始めから負ける前提で挑むわけではないが、それでも保険はあって困らない。

「……そういえば、さっきの勝負で勝った僕には、原田くんに何でも言うことを聞かせられる権利があるんだよね」

「ああ、そうですね」

 内心、ハッとする。そういえば、そんなルールもあった。

 確か「ルールその六――原田拓実が敗北した場合、その元カレの言うことを何でも一つ聞くこと」だったはずだ。

 元々は、勝負を受けてくれない元カレに対しての交換条件として考えたルールだったのだが、吉木くんも蒼井先輩もあっさり勝負に応じてくれるものだから、僕自身すっかり忘れていた。

「それを今、行使します」

 蒼井先輩は宣言する。

「……お手柔らかにお願いします……」

 いったい何を要求するつもりなのか?

 蒼井先輩のことだから無茶な要求はしないだろうが、なにぶん「何でも」だ。予想がつかなくて恐ろしい。

 先輩が息を吸う。それと同時に、僕は反対に息を呑む。

「とりあえず、今日のボウリングの料金はすべて原田くんのおごりね。もちろん四人分だからよろしく」

「……わ、わかりました」

 地味にきつい罰ゲームだった。

 なるべく早く決着を付けないと出費が大変なことになってしまう。

「じゃあ、受付で追加ゲームを頼んでこよう。二人もやるよね?」

 蒼井先輩は恭平と高山さんに視線を向ける。

 しかし、二人はなかなか首を縦に振らなかった。気まずいような、悩んでいるような、そんな様子で固まっていた。時折チラチラと僕の顔を伺っている。

 それで僕は気付いた。

「お金なら気にしないで。僕も二人が一緒だと心強いから」

 僕がそう言うと、やっと二人は頷いてくれた。やはり二人ともそこを遠慮していたようだ。

 僕は密かにホッと息を吐く。

 よかった。蒼井先輩が良い人なのはわかっているが、初対面の先輩と二人っきりは気まずいので正直助かった。二人が一緒なら心強いし、安心だ。

 二人の返答を聞いた蒼井先輩の表情は、心なしか嬉しそうだった。

「……原田くんは友達に恵まれてるね。普通、こんなに応援してくれないよ」

「はい。本当に」

 しみじみと答える。二人に対しては本当に感謝しかない。思えば、ずっと助けてもらってばかりだ。

 逆に、僕が彼らのために出来ることは何だろう? 僕はもう一度考える。

 そして気付いた。僕にできる一番のことは、彼らの応援を無駄にしないことだ。どうにか飛鳥井さんの元カレ全員に勝利して、飛鳥井さんと復縁して、彼らが間違っていなかったと証明することだ。

 そのためにも僕は目の前の蒼井先輩に勝利しないといけない。

 僕は気を引き締め直す。

 あと2~3ゲームなんて弱気なことは言わない。次で終わらせる。

 次のゲームで蒼井先輩に勝利してみせる。実力は負けているが、気合いは充分。きっと勝てる。そう信じて突き進むしかない。

 ……こうして第2ゲームが始まった。

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