第13話 VS蒼井清司郎(3)
僕と蒼井先輩の対決はボウリングのスコア対決。一ゲームやってスコアの高い方が勝利というシンプルな戦いだ。
モニターのスコア表には「セイシロウ」「タクミ」「キョウヘイ」「ハルナ」の順で名前が並んでいる。恭平と高山さんの名前もあるが、もちろん二人のスコアは勝負に関係しない。
「じゃあ、最初は僕」
蒼井先輩はそう言って小走りでレーンの前に向かい、自分のボールを手に取った。そしてそのままレーンの前に正対すると、やけに時間をかけてポジションを探る。
「よしっ」
やっと納得のいくポジショニングが出来たようだ。
蒼井先輩は胸の前にボールを構える。
助走は4歩。蒼井先輩は流れるようなフォームでボールを放った。
ボールが彼の左手を離れた数秒後、ピンの倒れる小気味よい音が響き、スコアモニターには「STRIKE!」の文字が踊った。
「……す、凄いっ」
反応が少し遅れる。ボールを持ってからの蒼井先輩の一連の所作がとても様になっていて、僕たちは思わず見とれてしまっていた。
投げ終わった蒼井先輩が振り向き、僕を見て悪戯っぽく笑いかける。
「次は原田くんだね」
「は、はい……」
僕は緊張しつつレーンの前に立つ。そして抱えていたボールを思いっ切り放る。
僕の手を離れたボールはイメージしていた軌道から大きく逸れ、正三角形の端を軽く撫でて奥の暗闇に落ちていった。
1投目はガター。
「ドンマイ、ドンマイ」
後ろから恭平の声が聞こえる。
2投目。1投目の反省を生かして、適度に脱力することを意識して投げたところ、ボールがまっすぐ進んで7本倒せた。
第1フレームの僕のスコアは7点。
席に帰ってきた僕と入れ替わりに、今度は恭平がレーンに向かう。
「お疲れ」
席では蒼井先輩と高山さんがそう言って迎えてくれた。
「綺麗なフォームだったけど、原田くんはボウリングとかよく来るのかな?」
蒼井先輩が尋ねてくる。
「ああ、えっと。ここに来る前にクラスメイトからコツを訊いて……」
普通に答えかけて、ハッと気付く。
蒼井先輩に訊かないといけないことがあるのだった。
「そんなことより、さっきの続きを……」
僕が飛鳥井さんの元カレたちと戦って回っていることを、どうして蒼井先輩が知っているのか? 吉木くんから聞いたと言うが、二人はどういう関係なのか? 他に知っている人間はいるのか?
それを問いたださないことにはボウリングに集中できない。
すると、僕の熱意が伝わって観念したのか、蒼井先輩は両手を小さく上げた。「お手上げ」のポーズだ。
「いいよ。……それで、何が聞きたい?」
「まず、先輩はどうして、僕が飛鳥井さんの元カレたちと戦っていることを知っていたんですか?」
「それは、さっきも言ったでしょ。吉木くんがこっそり教えてくれたんだよ」
「どうして吉木くんが……?」
「そりゃあ、僕も彼と同じ美羽ちゃんの元カレだからでしょ。どうせ知るなら先に、っていう親切心じゃないかな?」
「吉木くんからどこまで聞きました?」
「ふふっ、なんだか取り調べみたいだね。……そうだなぁ、『原田ってのが近いうち対決を挑みに来ますよ』って言ってた。それと、君が戦うことになった経緯、吉木くんとの戦いについても教えてもらったね」
「他の元カレにも言ったんですかね……?」
「さあ? クラスが同じなら直接訊けば良いんじゃない? だけど、伝えるにしたって、美羽ちゃんの元カレで有名なのは僕と彼、――それと君くらいのものだから、僕以外には伝えたくても伝えられてないと思うよ」
「……そうですか」
僕の質問攻めにも嫌な顔一つせず蒼井先輩は答えてくれた。
終始軽い調子ではあったものの、嘘をついているようには感じなかった。
多分、信じて良いと思う。
「質問はそれだけ?」
蒼井先輩が首を傾げて尋ねてくる。
「あと、もう一つだけ……。蒼井先輩はどうして、わざわざ自分から高山さんに声をかけたんですか? 僕が対決を申し込みに行くのを待ってても良かったのに」
すると、蒼井先輩は僕をからかうように少し笑って答えた。
「それは、ひとえに好奇心だね。噂の原田くんがどういう人なのか、どうしても自分の目で見てみたかったんだ。なんてったって、君は特別だからね」
――噂の? 特別?
困惑する。
どちらも僕に似合わない言葉だ。その意味を問いただしたかったが、隣で高山さんが眉根を寄せていたので、あまり深追いするべきでない話題と判断して口をつぐむ。
まあどうせ、「何の取り柄もないのに飛鳥井さんの彼氏になれた噂のラッキーボーイ」とか、「ハイスペック揃いの歴代彼氏の中で特別な凡人」とかそんなオチだろう。良い意味とは思えない。
「今度こそ質問は終わり?」
蒼井先輩は再度尋ねてくる。
「ああ、はい。もう大丈夫です。ありがとうございました」
訊きたいことはだいたい訊けたと思う。
高山さんの表情を盗み見る。彼女が蒼井先輩に抱いていた警戒心も解けたようだ。
「……それと、一応。僕と飛鳥さんが別れたことはご内密に……」
「わかってるよ。美羽ちゃんが困っちゃうもんね」
蒼井先輩はそう言って笑った。
今気付いたが、蒼井先輩が対決場所に人気の少ないここを選んだのも、学校の人にバレないための配慮なのだろう。だとすれば余計なお世話だった。
丁度、恭平が戻ってきたので、入れ替わりで今度は高山さんがレーンへ向かう。
「何の話してたんだ?」
戻ってきた恭平が尋ねてくる。
「蒼井先輩、吉木くんから先に戦いのことを聞いてたんだって」
「あー、なるほど。どうりで話が早かったわけだ」
恭平は納得したように頷く。どうやら、彼も気付いていたようだ。そうなると、違和感に気付いてなかったのは僕だけか。ちょっとショック。
「……ねえ、今度は僕からも質問いいかな?」
蒼井先輩が唐突に詰め寄ってきた。そして、顔を近づけて小声で尋ねてくる。
いきなりどうした? と思ったが、蒼井先輩は高山さんの様子をチラチラ伺っている。もしかしたら、高山さんに聞かれたくない話なのかもしれない。
「いいですけど」
僕も小声で応じる。
蒼井先輩は少し興奮しているように見えた。
「ありがとう。じゃあ、ズバリ聞くけど……美羽ちゃんはどうして君を彼氏に選んだんだと思う?」
これは吉木くんにも訊かれた質問だった。
僕の答えは変わらない。
「僕の告白に心を打たれたんでしょう」
「……そっか」
僕の回答を否定しないものの、その表情はどことなく不満げだった。やはり彼も、飛鳥井さんが僕に告白してきたことに何か裏があると思っているのだろう。
まあ、それも当然か。僕でさえ、飛鳥井さんの元カレである吉木くんや蒼井先輩と接するうちに、同じことを考えるようになった。
飛鳥井さんが僕に告白するのはおかしい。
だけど、真相を知っているのは飛鳥井さんのみだ。僕はあれ以外の回答を持ち合わせていない。どうしても真相が知りたいなら彼女に直接訊いてほしい。
僕から納得できる答えが引き出せるとは
「もう一つ訊いていいかな?」
「どうぞ」
「ありがとう。じゃあ……」
続く言葉を僕は待つ。
しかし、蒼井先輩はなかなか話し始めようとしなかった。
どうしたのだろうと顔色を窺うと、どうやら言葉を選んでいる様子。今度の質問はよっぽど訊きづらい話なのだろう。
訊きづらくて、かつ高山さんに聞かれたくない話。
いったい何を尋ねるつもりなのか?
僕は必死に予想しようとするが、そもそも心当たりすらない。
予想もつかないので、とりあえず待つ。
十秒後。
やっと言葉がまとまったようで、蒼井先輩は真剣な表情でこう尋ねてきた。
「……原田くんは処女厨なのかな?」
「違います!」
思わず大声が出る。せっかく小声で話していたのに台無しだ。高山さんも何事かとこちらを見ている。
いや、そんなのどうでもいい。思わせぶりに引っ張っておいて何てオチだ。
処女厨ってアレだよな。処女じゃないと女じゃないとかそういう過激思考の男性。僕ってそんな風に見えてたの? ショックなんだけど。
しかし、ショックを受ける僕とは対照的に、蒼井先輩は不思議そうな表情を浮かべていた。
「『元カレぶっ潰す委員会』だっけ? 元カレの存在が許せないってことは、つまりそういうことなんでしょ?」
「違いますって。そもそも僕が決めたんじゃないですから」
慌てて否定する。
名付け親である恭平を見ると、僕の斜め向かいでゲラゲラ笑い転げている。まったく、誰のせいだ。
「そうなんだ……」
なんとなく不満そうだが、とりあえず蒼井先輩の誤解は解けたようだ。
僕は胸をなで下ろす。
「まあでも、美羽ちゃんってああ見えて貞操観念キッチリしてるから、処女だと思うよ。僕が保証する」
フォローのつもりなのか何なのか、蒼井先輩は更に言葉を重ねる。しかし、絶望的に言葉のチョイスが悪かった。なんとも反応に困る発言だ。
男同士でもセクハラが成立することを教えてあげるべきだろうか?
そんなことを考えていると、意外なところから助け船が現れた。
「……ああ見えては余計です。美羽をビッチみたいに言わないでください」
飛鳥井さんの親友、高山さんだ。彼女は投球を終えて戻ってきていた。
「ごめんごめん」
蒼井先輩はすかさず謝る。イケメンは謝るのもスマートだ。
「セクハラですよ」
冷ややかな視線。
「ほんとごめんって。……そ、そうだ。僕の番だよね。行ってくる」
一向に高山さんの怒りがおさまる気配がないので、蒼井先輩は逃げるようにレーン前へ向かっていった。
ボックスには僕ら「元カレぶっ潰す委員会」の三人が残される。
……ところで、高山さんは気付いていないのだろうか。高山さんのさっきの発言によって、「飛鳥井さん処女説」が信憑性を帯びたことに。
僕は正直、そのことが気になってゲームに集中できそうにない。どうやら一番の敵は意外なところにいたようだ。
ちなみに蒼井先輩の第2フレーム目の結果は、第1フレームに引き続きストライクだった。どうやら、僕の勝利は絶望的だ。
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