第12話 VS蒼井清司郎(2)

 蒼井先輩に連れてこられたのは施設案内図の前だった。

「どんな対決が良いか、いろいろ考えたんだけどさ、せっかくなら楽しいことがしたいなと思って。……原田くん、ボウリングは得意?」

「えっと、人並みには……」

 そう答えつつ、僕は心の中でほくそ笑む。

 ボウリング場に呼び出された時点で、対決方法がボウリングになることは予想していた。そして、予想できるなら対策するのも当然のことだ。

 ボウリングが得意だというクラスメイトの話や、ネット上の記事を参考に、僕は事前にボウリングのコツを調べ上げている。イメージトレーニングは完璧だ。

「ここ、ダーツとかビリヤードもできるらしいからそっちでもいいよ?」

「いえ、ボウリングがいいです」

 ダーツもビリヤードも、どちらもやったことがない。ビギナーズラックを狙っても良いが、大切な勝負でそこまでギャンブラーにはなれなかった。

「了解。……それとさ、原田くん。高山ちゃんと三浦くんも。確かに僕は君たちの先輩だけど、敬語なんて使わなくて良いよ。気を遣ってたら楽しくないでしょ?」

「えっと、それは……」

 素直に受け取って良いものか悩む。高山さんはまだしも、僕と恭平は蒼井先輩と初対面なわけだし……。

 どう返せばいいのかわからず口籠もっていると、蒼井先輩は笑って言った。

「ごめん、ごめん。……いきなりそんなこと言われたって難しいよね。敬語でも別に構わないけど、せめて気負わずに楽しんでくれたら嬉しいな」

「わかりました」

 なんだか、かえって気を遣わせてしまった気がする。

 ただ、「元カノと復縁するために、元カノの元カレに勝負を挑んで回る」という時点で失礼の塊なので、もはや手遅れだろう。気にするだけ無駄だ。

 恭平と高山さんも同じことを思ったのか、頷いていた。

「それじゃあ、ボウリングで勝負するとして、ルールはスコア勝負でいいよね。一ゲームやってスコアが高い方の勝ち」

 事前に予想していた範囲内から一切、逸脱しない、とてもシンプルなルールだ。

 もちろん、異論はない。了解という意味を込めて深く頷く。

「じゃあ、受付してこよう。二人もやるでしょ?」

 声をかけられた恭平と高山さんは顔を見合わせる。

 本人たちとしては元々、参加するつもりはなかったようだが、「せっかくだし一緒に楽しもうよ」という蒼井先輩の熱心な誘いかけにより、なし崩し的に二人とも参加が決定した。

「よし、決まり。三人とも学生証は持ってきた?」

「あっ、はい」

 そう言ってそれぞれ取り出す。すると、蒼井先輩が皆の分の学生証をひったくる。

「それじゃあ、受付してくるから待っててね」

 いつの間にか蒼井先輩は一人で颯爽と受付へ向かっていった。あまりに鮮やかな手際だったものだから、「元カレぶっ潰す委員会」組はすぐに反応ができなかった。

 少し遅れて、状況を理解した恭平が慌ててついて行く。

「何か仕掛けされても困るからな。俺も行く。拓実たちは先に靴とボール選んどけ」

 恭平はそう言い残し、小走りで蒼井先輩を追いかけていった。

 それにすら出遅れた僕と高山さんは、二人の去った方向を見ながら立ち尽くす。

「……とりあえず、受付は二人に任せようか」

「うん」

 二人並んでシューズを借りられる場所に歩く。

 シューズを試着しながら何となしに高山さんを見ていると、今更ながら今日の彼女がスカートなことに思い当たった。放課後そのまま来たから当然と言えば当然なのだが、一度気付いてしまうと気になってしまって落ち着かない。

「もしかして、ボウリングじゃない方がよかった?」

「んっ? ……ああ、そういうこと。こんなこともあろうかと中に履いてるから大丈夫。気にしないで」

 質問の意図を理解した高山さんはあっさりと言う。

 意外に思ったが、実際女の子にとってはそんなもんなのかもしれない。僕が過剰に反応していただけだったようだ。

 シューズ選びと言ってもサイズが合っているものを選ぶだけなのですぐに終わる。次はボールだ。

「……どこが私たちのレーンなのかわからないんだから、まだボールは選ばなくていいんじゃない?」

「ああ、確かに。それもそっか」

 いきなり時間が余ってしまった。今から受付に向かって二人と合流することもできたが、それも億劫に思えてきて、シューズを履いたまま二人で話す。

 思い返せばこの二人だけで話すのは初めてだった。

 周りを見回し、蒼井先輩と恭平がまだ受け付けにいることを確認してから、高山さんは小声で尋ねてくる。

「……原田くんはさ、蒼井先輩のことどう思う?」

「どう思うとは?」

 質問がすごく漠然としていて、高山さんの意図を計りかねる。

「あの先輩、ぶっちゃけ怪しくない?」

「そんなことないでしょ」

 僕が答えると、高山さんは途端に険しい表情になった。

「……原田くんは、ここに来る前に私が言ったこと覚えてる? 今日、こうして蒼井先輩と戦うことになった経緯のこと」

 僕は思い出す。

「確か、廊下で蒼井先輩から声をかけられて、対決の話を持ちかけられたって……」

「そう。それっ! おかしいでしょ? ……どうしてあの人が、を知っているの?」

「あっ!」

 言われてやっと僕も思い至った。

 蒼井先輩が「僕が飛鳥井さんの元カレたちと戦って回っていること」を知っているのはおかしい。だってこれは、僕と飛鳥井さん、恭平、高山さん、それと吉木くんの計五人しか知らないはずの情報だ。

 飛鳥井さんが僕と別れてフリーになったことが知られれば、彼氏の座を求めて学校中の男子が飛鳥井さんの元にやって来る。だから僕たちは決してその情報が周りに漏れないよう細心の注意を払ってきた。大食い対決の時に「金ちゃん飯店」にいた野球部にすら、他言無用を約束してもらったほどだ。

 それは飛鳥井さんの元カレたちとて例外ではない。対決まで秘密にすると「元カレぶっ潰す委員会」内で申し合わせていた。

 なら、どうして蒼井先輩は僕が元カレたちと戦っていることを知っていたのか?

「……それはね、吉木くんがこっそり教えてくれたんだ」

 不意に後ろから声が聞こえ、僕たちはすぐさま振り返る。

 そこには、蒼井先輩がニヤニヤしながら立っていた。どうやら受付が終わったようだ。恭平もこちらに向かってきている。

 ――いや、違う。気にするべきことはそこではない。僕が今気にするべきことは、蒼井先輩のさっきの言葉だ。

 吉木くんに教えてもらった? どういうことだ? 二人にどんなつながりが? 

「……あの、それはどういう?」

 恐る恐る僕は問う。

 しかし、蒼井先輩は僕の疑問に答える気はないようで、僕たちの正面にやって来るとボックス席を指さした。

「ほらっ、そんなことより僕たちのレーンはそこだよ。質問には後でちゃんと答えてあげるから、早くゲームを始めよう」

 答える気が無いなら、問答をしてもしかたない。

 僕と高山さんは顔を見合わせる。そして頷き合ってから席へ向かう。

「……約束ですよ」

「もちろん。隠す気はないよ」

 質問に答えることは約束してもらえたので、それを信じて、とりあえず今は従っておくことにした。

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