第15話 VS蒼井清司郎(5)

 第2ゲームの第1フレーム目。

 蒼井先輩は1投目で9本、2投目で残った1本をきっちり倒し、スペアを獲得。対する僕は1投目で7本、2投目で2本のピンを倒し、計9点を獲得した。

「んじゃ、次は俺か」

 恭平がシートから立ち上がり、レーンへ向かう。成り行きでボウリングに参加することになった彼だが、なんだかんだ楽しんでくれているようだ。

 恭平と入れ替わりでボックスへ戻ると、そこには高山さんしかいなかった。

「あれっ? 蒼井先輩は?」

「あっち」

 尋ねると、高山さんはレーンとは逆の方向を指で示した。

 僕はそちらに視線を向ける。

 いた。視線の先、少し離れた場所で蒼井先輩はこちらに背を向けて立っている。スマホらしきものを耳に当てているので、どうやら電話中のようだ。背中を向けて通話しているので表情は窺えず、離れているので会話も聞こえない。

 他人のプライベートを詮索する趣味はないので、僕はそっと視線を恭平に移す。

 ゲームの方は丁度、恭平が2投目を投げ終えたところだった。

「あぁ……おしいっ」

 1本仕留め損ねて9点。直前でカーブがかからなければ、きっとスペアだっただろう。恭平も悔しそうだ。不満そうにボックスへ引き返してくる。

 すると、丁度同じタイミングで蒼井先輩も戻ってきた。

「お待たせ。ちょっと電話してた。……次は誰?」

「あっ、私です」

 高山さんが立ち上がり、レーンへ歩みを進める。

 その後、レーンの真ん中から2歩右に寄った位置に立ち止まると、ゆったりとした助走でボールを手放す。転がったボールはピラミッドの右端を撫でた後、4本のピンを巻き込んで奥の暗闇に落ちた。

 高山さんは2投目の準備にかかる。

 その様子をぼんやり眺めていると、隣で蒼井先輩が不意に尋ねてきた。

「ねぇ、原田くん。美羽ちゃんのこと好き?」

 いきなりの質問に面を食らったものの、こんなの考えるまでもない。

 僕は即答する。

「大好きです」

 すると、蒼井先輩は僕の目をじっと見ながら試すように続けた。

LIKEライク?」

LOVEラブです」

「どうしても付き合いたい?」

「はい」

「美羽ちゃんじゃないとだめ?」

「もちろんです」

「その気持ちに偽りはない?」

「ありません」

「もし、美羽ちゃんが君を?」

「……もちろんです」

 最後の質問にだけは少しドキリとさせられた。しかし、彼女がそんなことをするはずがない。そう信じて、僕はそれらすべての質問に自信を持って答えた。

「そっかぁ……。なるほどね」

 僕の答えを聞いた蒼井先輩は困ったように小さく笑った。そして無言で二度頷いた後、こう続けた。

「うん。原田くんは聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいだね」

「いやぁ、照れます」

「皮肉で言ってるんだよ」

 僕の反応に対し、恭平がピシャリと釘を刺す。

 すると、蒼井先輩は言う。

「そんなことないよ。僕は素直に感心してるんだ。原田くんはすごいと思う。そんなに想われて美羽ちゃんも幸せに思ってるだろうね」

 本人は弁解しているつもりなのだろうが、さっきの恭平の言葉のせいで僕には余計に煽ってるように聞こえてしまい素直に喜べなかった。

 蒼井先輩も僕たちの反応から逆効果なことに気付いたようで、恥ずかしそうに頬をポリポリとかいた。そして続ける。

「……ただまあ、三浦くんの言うように、まっすぐなことが必ずしも良いこととは限らないよね。原田くんはもっとわがままになってもいいと思うよ」

ですか?」

 そんなこと言われるとは思ってもみなかった。

 僕なんて元カノに別れを切り出されて、「君の元カレ全員倒したらもう一度付き合って」と言う男だ。これ以上どうわがままになれと言うのか。

 しかし、僕の困惑をよそに、蒼井先輩の方が先に首を傾げた。

「わかんない? 要するに、恋愛では優等生でいなくてもいいよってこと。察するに原田くんは『恋愛とは美しいものであるべき』って思ってるんじゃない?」

 その通りだ。

 僕が無言で頷くと、蒼井先輩は続けた。

「僕だってそれが一概に間違っているとは思わない。だけど、相手はあの美羽ちゃんだ。綺麗事だけではやっていけないよ。少なくとも美羽ちゃんと同じくらいにはわがままにならなくっちゃ」

「飛鳥井さんがわがまま?」

 僕は反射的に首を傾げる。

 「わがまま」という単語と「飛鳥井さん」がうまく結びつかなかった。

 なぜなら、僕と飛鳥井さんが付き合っていた一ヶ月足らずの期間、彼女からわがままを言われたことなど一切なかったからだ。むしろ、わがままを言うのはいつも僕の方だった記憶がある。

 なので蒼井先輩の発言には衝撃を受けた。

 しかし、蒼井先輩の方からすると僕の反応の方が意外だったようで、彼は驚いた顔でこう続けた。

「いいかい? 原田くん。何を勘違いしているかわからないけど、美羽ちゃんはわがままだよ。少なくとも、僕が今まで出会った女の子の中では一番ね」

「そうですか?」

「そうだよ。原田くんこそ、美羽ちゃんのことを本当に理解してるのかな?」

 蒼井先輩は呆れた様子で言う。

 飛鳥井さんのことを本当に理解しているのか。何気なく出てきた問いにしては重めの問いだ。

 そういえば以前、吉木くんに「僕が飛鳥井さんのことを神聖視している」と指摘されたことがあった。あの時は感情に任せて否定したが、再び似たようなことを指摘されたとなるとさすがに無視できない。彼の言葉は的を射ていたということになる。

 僕は飛鳥井さんのことを正しく理解していると言えないのではなかろうか。


 ……そんなことを考えていると、意識の外から焦れたような声が聞こえた。

「次、先輩の番ですよ」

 視線を向けると、声の主は高山さんだった。

 それでハッと思い出す。そうだった。今はボウリングの最中だった。投げ終わった彼女は僕たちのことをずっと待ってくれていたようだ。

 蒼井先輩も僕と同様にすっかり忘れていたようで、慌ててレーンの前に向かう。そして、たっぷり時間をかけて狙いを定めると助走と共にゆっくりと振りかぶった。

 彼の投げたボールは回転しながらピンに吸い込まれる。直後、無機質で乾いたかん高い音が場内に響いた。

「よぅし。ストライク!」

 明るい声で喜びを表現した蒼井先輩は後ろを振り返り、左手でVサインを作って掲げる。そしてボックスに戻ってくると、僕を見て「決めた!」と宣言する。

 その表情はまるでイタズラを思いついた子供のようで、少し嫌な予感がした。それでも一応尋ねてみる。

「どうしました?」

「あんなこと言ったけど、前言撤回。このゲームを最後にしよう」

「どうして!」

 尋ねる。思わず敬語を忘れるほどの衝撃だった。

「ほらっ、さっき言ったでしょ。恋愛は綺麗事だけじゃやっていけないって。次があるなんて思ったら駄目。負けても次があるなんて考えず、死にものぐるいで勝利を求めなくっちゃ」

「そんなぁ……」

「これ以上続けても収穫はなさそうだし、それに正直飽きてきたんだよね。原田くんは経験ないかな? 面白かったゲームの2週目を始めてみたら、結構序盤でプレイが面倒くさくなるみたいな。そんな感じ」

「いや、よくわかんないです」

「そっかぁ、わかんないか……。まあ何にせよ。これは決定だから。原田くんが文句言うなら、僕は今すぐ止めたっていいんだからね」

「それだけは勘弁してください」

 すがりつく。

「だったら、これが最後のゲームでいいよね。美羽ちゃんと付き合ってみせるという覚悟を僕に見せてよ」

「わかりました」

 仕方ない。僕は覚悟を決める。どっちみち、金銭的にそう何ゲームもできない。それに、こうして付き合ってくれている恭平と高山さんのためにもなるべく早く終わらせてあげなくては。

「一応言っておくけど、手は抜かないよ」

「わかってます」

 絶対に勝つ。気合いを入れて、僕はゆっくりとレーンの前へ向かう。


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