第27話 説得
ファストフード店を出るなり、集まった面々は解散する。とはいえ拓実の件があったばかりだ。一人で帰ろうとする者はおらず、必然的に全員で固まって帰宅することになった。おのおのの頭の中では小学校の集団下校が想起させられていた。
随分と長時間話し込んでいたようで、店を出た時点ですでに日が落ち始めていた。家の近いものから輪を抜けていき、美羽は陽菜と同時に皆の輪から抜け、帰宅した。
帰宅した美羽はすぐさまスマホを取り出し、電話をかける。向こうも待っていたのだろう、発信してわずかワンコールで目的の相手は出た。
挨拶すら省略して、美羽はすぐさま用件を切り出す。
「ねえ、今から会えないかしら?」
美羽の自宅から徒歩5分程度の距離にある小さな公園。そこが美羽の指定した場所だった。
すっかり日が落ちてしまい、辺りは真っ暗。街灯の明かりだけが頼りだ。自分が今からしようとしている行動を思うと心細いが、逃げていられない。美羽は奮起する。
ここは住宅街の中の公園。この時間は人通りが少ないが助けを呼べば誰か来てくれるはずだ。それに、いざとなれば自宅に逃げ込むことだって出来る。
きっと大丈夫。美羽は自分に言い聞かせる。
美羽が到着したとき、相手はもうすでに到着していた。学校にすら滅多に登校しない不良のくせに、こういうところだけはキッチリしているのだ。
「お待たせ」
美羽は声をかける。すると、待ち合わせの相手は美羽の声に反応して振り向いた。
パンチパーマはそのままだが、もう1つのトレードマークの色付きグラスは夜なので外している。
美羽が呼び出した相手とは、月島信長だった。
「おう、待ってたぞ」
信長は片手を上げて応じる。その様子は心なしか上機嫌に見えた。
恐らく、美羽から呼び出されたのも復縁の申し出のためであると勝手に思い込んでいるのだろう。のんきなことだ。
しかし、美羽の予定はそうではなかった。
美羽がこうして信長を呼び出したのは、彼との関係に決着を付けるためだ。
拓実が闇討ちされた件、敬一がカンニングの汚名を着せられた件、他の元カレたちが狙われた件、それらすべてに美羽は責任を感じていた。特に拓実には謝っても謝りきれない。自分勝手な理由で付き合って、自分勝手な理由で別れて、結果的に怪我をさせてしまった。
もしも信長と付き合わなければ、大地と付き合わなければ、清司郎と付き合わなければ、敬一と付き合わなければ、拓海と付き合わなければ、拓実と別れなければ、あのとき拓実の提案を蹴っていれば、こんなことにはならなかったのではないか。後悔は尽きなかった。
だからこそ、自分には決着を付ける義務があると美羽は考えていた。信長を説得し、皆を守る。それが自分に課された使命である。そう考えていた。
信長と対面することで怯みかけていた美羽であったが、やるべきことを再確認したことで勇気が湧いてきた。
美羽は思いきって切り出す。
「期待しているところ悪いけど、ここに呼び出したのはよりを戻すためではないわ。むしろ逆。お別れを伝えに来たの。私はあなたとは付き合えない。もう二度と付き合うつもりはないわ」
「なぜだ」
信長は驚いた表情で食ってかかる。
本当にまったく自覚がないというのか。美羽は呆れた。
「自分の胸に手を当てて、よーく考えることね。もう二度と、私が愛した人たちにちょっかいをかけないで。そして、私につきまとうのもやめてちょうだい。もう顔も見たくないわ」
美羽は強い口調で非難する。
すると、信長は狼狽えて見せた。
「ちょっと待ってくれ。――わかった。約束しよう。あいつらに、もうちょっかいはかけねえ。それでいいだろ? だがその代わり、よりを戻そうぜ」
「それはだめ」
美羽はキッパリと答える。
「なんでだよ。それじゃあ道理が通らねえだろ。俺はお前に認められるために戦ってきたんだ。よりを戻せねえんじゃ、やめる意味がねえじゃないか」
「何をしたって私はあなたとよりを戻す気はないわ」
「わがままかよ」
「……」
悪態をつこうと、何としようと、美羽は頑として譲らない。
「……原田ってやつがそんなに良いのか?」
信長がポツリと吐き捨ているように呟いた。
元カレと戦って回っているという点では拓実も信長も変わらない。それなのに他の男が良くて自分だけ駄目だというのは、つまり美羽の中で自分がその男よりも低い位置に位置づけられているということだ。その事実を信長のプライドが許さなかった。
「どうなんだ? アイツの方がスゲェってことなのか?」
「少なくともあなたよりは」
「チッ……」
美羽の回答に、信長は舌打ちをした。
その直後だった。
「そうかよ。もういい」
言うが早いか、信長は拳を握って振りかぶる。自分の所有物にならないなら、もうどうなっても良いという判断か。
美羽は瞬間、焦る。正直、もう少し話ができると思っていた。
だけど同時に、ある意味これで良かったとも思った。飛鳥井美羽に対しての興味がなくなれば、自分が愛した男の人たちにこれ以上の危害が及ぶことはなくなる。
そのためなら甘んじて受け入れられる。これも自分の行いの報いだ。罰を受けねばなるまい。
そう思いながら目を瞑ったのだが、いつまで経っても衝撃は来ない。
美羽は恐る恐る瞼を開ける。
するとそこにいたのは、信長の拳を受けている拓実の姿だった。
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