第26話 対策会議

「お待たせ」

 しばらく待っていると恭平と高山さんの「元カレぶっ潰す委員会」二人がやってきた。飛鳥井さんから説明されていた通りだ。しかし、聞いていた話と違うところが一点だけあった。彼らの後ろにはなぜか、吉木くん、蒼井先輩、安斎くん、三人の姿があった。

 どうして彼らがここにいるのか。気になったが、飛鳥井さんが当然のように受け入れていたので訊く機会を逃す。

 元からいた僕と飛鳥井さんに、後から来た恭平、高山さん、吉木くん、蒼井先輩、安斎くんが加わって計七人だ。三つのテーブルをくっつけて大きな長方形を作り、周りを囲むように椅子を並べて座る。

「早く始めよう。僕だって一応、受験生なんだ」

 席に着くなり、蒼井先輩が口火を切る。

「そうですね。だけどその前に、状況を整理しましょう」

 そして、それに反応したのは飛鳥井さんだ。どうやら彼女がこの話し合いを仕切るようだ。

「原田くんもどうして彼らがここにいるのか気になるでしょ?」

「うん。まあ……」

 同意を求められたので僕は頷く。

 僕が事前に飛鳥井さんから聞かされていたのは、これから月島くんについての対策会議をするということだけで、詳しいことは揃ってからとはぐらかされていた。

 月島くんの件は僕と飛鳥井さんにしか関係ない話だ。百歩譲って恭平と高山さんがいるのは理解できても、他の三人がどうしてここにいるのか見当もつかない。吉木くんなんて部活があるだろう。

 飛鳥井さんが説明してくれる。

「まず、月島くんがあなたを襲った理由はもう知っているわよね」

「確か飛鳥井さんとよりを戻すため、だったよね」

 僕の答えに飛鳥井さんは首肯する。

「そう。彼は、あなたを倒せば私とよりを戻せると勘違いしていたみたい。いや、まだ勘違いは続いているみたいね。そのせいで今度は彼らが標的になったの」

「どういうこと?」

「要するに、月島くんはあなたと同じことをしようとしているのよ。原田くんと同じように、自分以外の元カレ四人を倒して私と付き合おうとしているの」

「なるほど。だから皆がいるのか」

 やっと納得がいった。飛鳥井さんの元カレである三人も僕のように襲われる可能性があるというのなら、この場に彼らがいるのも当然だ。

 本来は無関係のはずの彼らを巻き込んでしまい申し訳ないが、皆で団結して対策を講じようという予定であればもちろん僕も協力を惜しまない。むしろそれが巻き込んでしまった僕の義務だと思う。

「……つまり、僕以外の三人が襲われるのを未然に防ごうってことだね」

 そう言うと、飛鳥井さんは小さく首を振った。

 あれっ? 違うの?

「ちょっと違うわ。被害を未然に防ぐために集まってもらったんじゃなくて、復讐するために集まってもらったのよ。原田くんが襲われたこと以外にも、実はもう被害を受けているわ。……心当たりがあるんじゃない?」

 そう言われ考える。なんとなしに皆の顔を見渡すと、安斎くんと目が合った。彼の瞳は誰よりも怒りに燃えていた。

「まさか……」

「そうよ。安斎くんのカンニング疑惑の黒幕は月島くんだったの!」

 飛鳥井さんが暴露する。驚いた僕は咄嗟に皆の顔色を窺うが、どうやら僕以外は全員知っていたようだ。思ったような反応はなかった。

 安斎くんが飛鳥井さんから言葉を引き取って続ける。

小生しょうせいのカンニングを告発したクラスメイトたちが自白してくれたのでござる。なんでも月島氏に脅されて仕方なく小生をはめたのだと。皆、あれからずっと罪の意識に苦しんでいたそうで、顔を合わすなり泣いて謝られたでござる」

 安斎くんは声に怒りをにじませながら言う。

 月島くんも安斎くんと試験の点数勝負をしているつもりだったのか、それとも僕を勝たせることで対決を一度にまとめたかったのか、どちらにしても月島くんがしたことはズルに変わりない。加えて、自分の手を汚さないのだから卑怯だ。

「……とにかく、彼の中では安斎くんと原田くんは既に倒したことになっているはずよ。となると残りは吉木くんと蒼井先輩。今度は二人が狙われるかもしれないわ。どうするか皆で考えましょう」

 飛鳥井さんが話を戻す。本来の今日の議題はこれだ。

「ホント、マジでどうにかしてくれよ。せっかくテストが終わって部活再開したっていうのに、アイツ練習中までつきまとってくるんだよ。監督も『問題を解決するまで戻ってくるな』って俺を放り出すし……。俺まったく悪くないのに酷いだろ!」

「僕もだよ。男の子にストーキングされても全然嬉しくないんだけど……」

 吉木くんが愚痴をこぼし、蒼井先輩も同調する。

 直接の犯人は月島くんだが、元々の原因を作ったのは僕だ。心苦しく思いながら二人の愚痴を受け止める。

「それを解決するためにこうして集まったんでしょ。それで、誰か良い案はない?」

 高山さんが促す。

 すると、その問いかけに真っ先に答えたのは吉木くんだった。

「そんなこと言ったって飛鳥井が月島と付き合うか、俺たちであいつを倒すか、そのどっちかしかないんじゃないか? 時間が解決してくれる問題でも無いだろ」

 その瞬間、皆の視線が一斉に飛鳥井さんの顔に集中する。

 注目を浴びた飛鳥井さんは眉をひそめて首を横に振る。

「……嫌よ。もう二度と顔も見たくないわ」

「同感。美羽が犠牲になってあいつと付き合うなんてもっての外」

 高山さんが同調し、意見を出した本人である吉木くんも「そうだよな」と頷く。僕らの中に始めからそんな選択肢はない。そうなると選ぶべき道は一つだ。

「それに小生はやり返さないと気が済まない!」

 安斎くんが拳をテーブルにたたきつける。あまりにも彼のイメージからかけ離れた行動に、皆の緊張感が一気に高まった。それほど怒りに震えているのだろう。

「そうだな。こうなったら月島を倒すしかないな」

 吉木くんが同調し、それが伝播する。

 この瞬間、ここに集まった皆の意見が一致した……かに思えた。

「……できるのか?」

 恭平がポツリとつぶやく。

 冷や水を浴びせられ、途端に勢いをなくす一同。さっき怒りをあらわにした安斎くんでさえ口を一文字にして黙り込んだ。

 わかっている。皆、本当は怖いんだ。

 月島くんと戦うとなれば、戦う相手も無事では済まないだろう。もし仮に勝てたとしても、僕と同じかそれ以上の怪我を負うことは容易に想像できる。

 飛鳥井さんと月島くんが付き合うのは嫌。だけどそれで自分が怪我をしたくない。どちらも正しく、どちらも本音だ。

「冷静になって考えようぜ。その作戦で本当に上手くいくのか? そりゃあ、この人数で袋だたきにすれば月島にだって勝てるだろう。だけど、それであいつが飛鳥井を諦めるとは思えないし、むしろ逆上してやり返されるのが目に見えている。そんなんじゃ解決はしないと思わないか?」

 恭平の言葉は正論だ。だけど、それを認めるということは、もう打つ手がないと認めるということだ。

 議論は完全に停滞する。結局この日はこれ以上の意見は出ず、「なるべく自衛しよう」という結論で解散した。

 解散する直前、飛鳥井さんがなにやら思い詰めたような表情をしていたのが、少し気になった。

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