第19話 交渉

 蒼井先輩に勝利した翌日。

 昼休みが始まるなり、僕はすぐさま弁当持参で隣のクラスへ向かう。その目的は、次なる飛鳥井さんの元カレと対決の約束を取り付けるためだ。

 高山さんの情報によると、その次なる対戦相手の名前は安斎敬一あんざいけいいちくんというらしい。その名前を聞いて恭平は「アイツかよ」と眉をひそめていたが、これまでの傾向からして、彼もきっと飛鳥井さんの元カレに相応しい好青年に違いない。

 じっくりと腰を据えて話をするため、昼休みを見計らって弁当持参で来た。安斎くんが教室で食べる派か学食で食べる派か、はたまたその他派かわからないが、昼休みが始まってすぐに向かえば会えるだろう。

 恭平はお供してきてくれなかったが、安斎くんの容姿は教えられている。なんでも彼は、いかにも真面目そうな委員長タイプの見た目をしているそうだ。

 僕は教室を覗く。

 いた。おそらく彼だ。すぐに見つかった。別の場所で食べるのだろう、弁当の包みを持って丁度こちらにやって来る。チャンスだ。

 教室を出てきたところに僕は思いきって声をかける。

「あの、安斎くんですか?」

 声をかけられた男子生徒は、僕の顔を見て不思議そうな表情を浮かべる。

「いかにも。小生しょうせいが安斎でござるが、おぬしは?」

 安斎くんが口を開いた瞬間、恭平が付いて来てくれなかった理由が一瞬にしてわかった。

 「これはさすがに、ちょっと……キツくない?」「今どき小生って……」「っていうか、飛鳥井さんの守備範囲広すぎない?」

 いろんな感想が頭の中で飛び回っていたが、それらをすべて必死に押さえ込んで僕は答える。

「僕は二年A組の原田っていうんだ。実は安斎くんに話があって……。ちょっと時間いいかな?」


 中庭が比較的空いていたので、座れるところを探して腰を下ろす。少々肌寒いが我慢してもらおう。これからする話は他の生徒になるべく聞かれたくない。

 ベンチに隣り合って座り、膝の上に広げた弁当を食べながら、僕はこれまでの経緯をおおまかに説明をする。

「……って感じなんだけど、理解できた?」

合点承知がってんしょうち。要するに、原田氏は飛鳥井氏と再び恋仲になるために、小生と戦いたいのでござるな?」

「そういうこと」

 時代劇みたいな言葉遣いが気になるものの、話が早くて個人的にすごく助かる。

「……であれば、対決の方法もとうに決まっておろう。自明の理でござる」

「えっ? 何?」

 僕は驚く。それはさすがに話が早すぎる。自明の理ではまったくないだろう。

 しかし、安斎くんからするとむしろ僕の反応の方が意外だったようで、彼は不思議そうに首を傾げていた。

「このタイミングで勝負を持ちかけるということは、てっきり原田氏もそのつもりなのだとばかり……。まあ、なんにせよ。小生と戦うならこれ以外の方法はあるまい。原田氏も納得すると思うでござるよ」

 そして、安斎くんは勝負の方法を発表する。

「勝負は再来週の中間試験。そこでの点数で勝負でござる。もちろん、ここで言う点数とは、全科目の合計点でござるぞ」

「テスト? どうして?」

 まだ意味がわからない。

 再来週から試験が始まるのはもちろん知っているが、それがどう勝負に繋がると言うのか。

「まだ理解できないようでござるな。仕方ない。説明してしんぜよう。……簡潔明瞭かんけつめいりょうな理屈でござる。それは、勉強が小生の一番の得意分野だからでござる」

「……?」

 ますます意味がわからなくなった。

 安斎くんは続ける。

「おぬしは小生に勝って飛鳥井殿に認められたいのでござろう? であれば、小生の得意分野で正面から打ち負かさなければ意味はあるまい。小生と勉強以外で戦うことは、いわばプロ野球選手にスマブラで挑むようなものでござる。もし仮に勝利できたとしても、そこに一切の名誉はないでござるよ」

「なるほど。そういうこと」

 やっと意味が理解できた。

 安斎くんの得意分野で挑んだ上で正々堂々戦い、勝利することで初めて飛鳥井さんに認められたことになる。

 であれば、僕らの勝負はテストの点数勝負しかない。再来週にテストがあるとはグッドタイミングだ。

「わかったよ。テストで戦おう。そして、君の得意分野で君に勝ってみせる」

 僕は宣言する。

「よく言った。楽しみにしているでござる」

 安斎くんも心なしか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 なんだかんだうまく話がまとまった。

 ふと時計を見る。すると、もうすぐ昼休みが終わる時間だった。

「次会うときはテスト返しが終わった後だ」

「そうでござるな。一日千秋いちじつせんしゅうの思いでござる」

 そう言って、安斎くんは立ち上がる。

「今日はありがとう。図々しいお願いしてごめんね」

「気にしないで欲しいでござるよ。……しかし、『元カレぶっ潰す委員会』だったか。同担拒否どうたんきょひとは、おぬしも難儀な性分でござるな」

 ぼそりとそう言って、安斎くんは去って行く。

 「同担拒否」という単語がどういう意味なのかわからないが、とりあえずあわれまれていることだけはわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る