第17話 VS蒼井清司郎(7)
第7フレーム。
投げ終わってボックスに戻ってきた蒼井先輩に、僕はさっそく切り出す。
「取り引きをしませんか?」
突然の僕の提案に対し、蒼井先輩は驚いた表情を見せた。
「いきなりどうしたの?」
「いえ、先輩のいう通り、僕ももっとわがままになろうと思ったまでです。このままでは勝てそうにありませんから」
「……そっか。でも、原田くんはそれでいいの?」
蒼井先輩は重ねて尋ねてくる。
「はい。正々堂々戦うことはもうやめました。本当に好きならどんな手を使ってでも勝たなくてはいけないと思います」
蒼井先輩の困惑も理解できる。こんな提案、さっきまでの僕からなら逆立ちしても出ないような提案だろう。これが僕の本心なのか、疑いたくもなるのも当然だ。
だけど、これが今の僕の偽りのない本心であり、僕の意見であり、僕の判断だ。恋愛は必ずしも綺麗でなくて良い。飛鳥井さんと復縁するためなら、僕だってもっとわがままになれる。
「ふーん。なるほどね。心境の変化はわかった。で? 僕にどうしてほしいの?」
交渉のテーブルについてくれるようだ。よかった。第一関門突破だ。
駆け引きなんて出来ないので、僕は正直に言う。
「僕に勝ちを譲ってください」
「それはまたストレートな要求だね」
蒼井先輩の返答の声には笑いが含まれていた。
「……ぼかす理由がありませんから」
「了解。正直なのは良いことだ。……だけど取り引きと言うからには当然、僕にもメリットがあるんだろうね。それがないと僕だって要求を呑めないよ」
「もちろん」
食い気味に僕が答えると、蒼井先輩はニヤリと笑った。
「ならよかった。じゃあ訊くよ。原田くんを勝たせることで、僕にはメリットがあるんだい?」
僕は一度息を吸い直してから答える。
「先輩が知りたがっていたこと。その真相がわかった際には、必ず先輩に教えることを約束します」
「ほう……。詳しく」
蒼井先輩が目を細めた。どうやら興味を示してくれたようだ。
良かった。僕は安堵し、密かに息を吐く。正直、このカードが先輩に対して通用するかどうかは賭けだったが、なんにせよこれで第二関門突破だ。
僕は説明する。
「どうして飛鳥井さんが僕に告白したのか。先輩はそれが知りたくて今日やってきたんですよね?」
「ああ、そうだよ」
蒼井先輩は素直に首肯する。
「何か裏があるのは確かなんだ。だけど、君は本当に知らなかったし、高山ちゃんは口を割らない」
そう言って蒼井先輩がチラリと高山さんに視線を向ける。聞こえているだろうに、高山さんは知らんぷりを決め込んでいた。
ちなみに、先輩が投げている間に恭平と高山さんには作戦を話していた。
恭平と高山さんはすぐに賛同してくれた。特に高山さんには何か言われることも覚悟していたのだが、意外なことに何も言われなかった。なんでも、飛鳥井さんに直接的に害が出ないなら邪魔はしないとのことだ。助かる。
「本当は美羽ちゃんに直接尋ねられればいいんだけど……」
「難しいですよね」
僕が言葉を引き継ぐ。
「そうなんだよ」
蒼井先輩は同意した。
飛鳥井さんや高山さんの反応からして、この件は恐らくデリケートな問題であることが予想できる。元カレとはいえ、気軽に質問できることではない。だからこそ、蒼井先輩は僕たちから聞き出そうとしたのだ。
「……だけど、僕だけは違います。何と言っても当事者ですから。今は飛鳥井さんに直接会うことは禁じられていますが、きっとこの一連の戦いがすべて終われば、彼女も質問に答えてくれるでしょう」
「確かに……」
「彼女に直接聞き出せるのは僕だけです。つまり、このチャンスを逃せば一生その機会を失います。いいんですか? その場合、真相は闇の中ですよ」
そう言いながら蒼井先輩の表情を窺い見る。
「少し考えさせてくれ」
「悪い話ではないと思いますよ。戻ってくるまでに決めてください」
余裕があるふりをして、僕はレーンの前に向かう。先輩に背を向けた瞬間に、バレないように慎重に、けれど大きく息を吐く。
上手くいった……はずだ。
蒼井先輩だってわかっているはず。事実を知るためには、これが一番スマートな方法だということに。あれだけ知りたがっていたのだ。先輩ならきっと提案に乗ってくれるはず。
とはいえ、懸念がないわけではない。もしも蒼井先輩がそれほど真相に興味がなかったら、真実よりも対決後の僕への罰ゲームを重視していたら、そもそも飛鳥井さんが正直に真相を教えてくれる保障もない。教えられた真相が予想以上にデリケートで他人に話せないような内容の可能性もある。
これしかないからと勢いで採用したが、僕の作戦は冷静になって考えればかなり
自分の投球を無難に終わらせてボックスに戻る。
そして蒼井先輩に問う。
「考えはまとまりましたか?」
声をかけると蒼井先輩は顔を上げた。すっきりとした表情だ。どうやら答えは決まっているようだ。
頼む。頷いてくれ。僕は心の中で必死に願う。
蒼井先輩は息を吸うと、ゆっくりと口を開いた。そして爽やかに言う。
「わかった。君の提案に乗ろう」
次の第8フレームから、蒼井先輩はガターを連発した。約束通り手加減をしてくれたのだろう。そして第10フレームを投げる頃には彼のスコアに僕のスコアが追いつき、最終的には追い越していた。
そのまま点差が逆転することなくゲームは無事に終わり、結果は僕の勝利。
僕と蒼井先輩のボウリング対決はこうして幕を閉じた。
受付で四人分の代金を支払ってから、僕は皆の輪に加わる。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
加わると同時に、真っ先に祝いの言葉をかけてくれたのは蒼井先輩だった。
その後に続いて、恭平と高山さんもねぎらいの言葉をかけてくれる。
「勝てて良かったな。俺は信じてたぞ。これでまた1歩前進だ」
「原田くん、お疲れ」
「二人ともありがとう」
お礼を言う。
その後、僕は蒼井先輩に対して再度大きく頭を下げる。
「先輩も、今日は本当にありがとうございました。あの……僕、頑張るので」
この勝利は決して、僕の実力で勝ち取った勝利ではない。譲ってもらった勝利だ。
勝ちを譲ってもらったからには、僕だってきちんと約束を守らなくてはならない。他の元カレ全員に勝って、飛鳥井さんと復縁すること。そして例の真相を聞き出すこと。その二つの義務がある。
「うん。応援してるよ。頑張って」
蒼井先輩は笑って応じる。そして続ける。
「それとこの先、僕にできることがあったら遠慮なく相談してくれて良いから。君には勝ってもらわなくちゃだから協力は惜しまないよ」
なんとありがたい申し出だろう。
蒼井先輩が僕に右手を差し出してきたので、僕はすかさずその手を握る。
「あっはい。……ありがとうございます。その場合はお願いします」
温かくて頼もしい手だ。
思いがけず心強い協力者を得てしまった。
しかも開始三日の時点で二人目を撃破というのも、僕に大きな自信を付けさせた。飛鳥井さんの元カレが何人いるかわからないが、この調子ならなんとかなるのではなかろうか。そう思えるようになった。
振り返ると、僕がわがままを言えるようになったことも含め、今回の戦いは得るものの多い戦いだった。対戦相手が蒼井先輩で本当に良かったと、この時、僕は心の底から思った。
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