第10話 電話(1)
美羽は慌てて充電していたスマホを手に取り、発信者の名前を見る。
画面に表示された名前は「
「もしもし、陽菜、どうしたの?」
陽菜も美羽も、お互いにちょっとした用事ならLINEで済ませるタイプだ。そんな陽菜からの突然の電話に、美羽は何かあったのだろうかと身構える。
『ああ、美羽?』
電話越しの陽菜の様子は、どことなく興奮しているように感じられた。
『正直、どこから話せばいいんだろうって感じなんだけど、とりあえず落ち着いて聞いて。……原田くんが吉木くんに勝っちゃった』
「えぇっ?」
美羽は驚く。
拓実に別れを告げたのは昨日のこと。「元カレ全員倒せたら~」と言われたのがその直後。拓実が恭平を伴って教室にやってきたのが今日の昼休み。
そして更に、昼休みから今までの間で一人目の元カレを倒したという。いくら何でも展開が急すぎやしないだろうか?
しかし、美羽には拓実の勝利よりももっと気になることがあった。
「……っていうか、どうしてそれを陽菜が?」
『私もその戦いに立ち会ったから』
「どういうこと?」
もうわけがわからない。
陽菜から聞かされた話を要約するとこうだ。
今朝、拓実は恭平と「元カレぶっ潰す委員会」という組織を結成。昨日の言葉を本当に実行するためにルールの整備や準備を行なう中で、陽菜を「情報提供者」兼「勝負の立会人」として勧誘。その後、放課後にクラスメイトの大地と勝負を行ない、見事勝利した。
「なるほどね……」
美羽は驚くというより、もはや感心してしまった。まさか、昼休みが終わってからのあの短時間でそんなことになっているとは。拓実の熱意を完全に甘く見ていた。
『私としては、美羽がどういうつもりなのか知りたいんだけど?』
陽菜は呆れた様子で問う。
「そんなこと言われても……」
美羽は、昼休みに拓実が恭平と共にやってきた時のことを思い出す。
突然教室にやってきた拓実は、美羽と顔を合わせるなり開口一番「昨日のこと本気だから」と宣言した。その時の彼はいかにもやる気満々といった様子で、傍らには友人の恭平を伴っていた。その後、二人はその場で自分たちで考えたというルールを発表し、美羽に対して了解を求めてきた。
それに対して、美羽が抱いた感想は二つ。「昨日のアレ、本気だったんだ」という驚きと、「別れたことがバレたらどうするのよ」という非難の気持ちだった。
美羽は学校一のモテ女だ。フリーになったことがもしバレれば、男子たちが放って置かないだろう。美羽にとって、男性に好意を持たれること自体は確かに嬉しいが、頻繁に告白されることは逆に面倒だった。
クラスメイトたちに注目されて、別れた事がバレることを恐れた美羽は、話を早く終わらせるために、彼らの提案をすぐに了承した。四週間の期限と、元カレと顔を合わせるのが気まずいからという関わらないための言い訳も付け加えて。
この時点で美羽は正直、拓実の計画は上手くいかないだろうと確信していた。
美羽の元カレたちはハイスペックな男子たちばかりだ。拓実ではきっと勝てない。
そもそも、拓実も恭平も美羽の元カレが何人いるのかすら知らない。
上手くいくとは微塵も思っていなかったからこそ、美羽もあんなにあっさりと了承したのだ。
『……はぁ、そんなことだろうと思った』
話し終えると、電話の向こうで陽菜が大きくため息をついたのがわかった。
陽菜には、美羽が拓実と付き合うことにした理由、別れることにした理由をそれぞれ伝えたうえで、秘密にしてもらっている。
拓実本人にすら教えていないこれらの真相を知っているのは、美羽と陽菜だけだ。
それは美羽にとって陽菜が特別であることの証明だった。
『美羽のそういう黙ってればなんとかなるって思ってるところ、直した方がいいよ。それだから、いっつも誤解されるんじゃん。吉木くんも言ってたよ。「飛鳥井が俺に告白したのも何かの気まぐれだったんだろうな」って』
「……」
陽菜は以前、美羽から聞いたことがあった。
誰よりも遅くまで練習している姿を見て大地のことを好きになった。
だけど、野球に一直線な彼にとって美羽の存在は邪魔でしかなかった。
それを察して美羽は自分から身を引いたのだと。
『……それで、私はどうすればいい? 美羽が付き合う気さらさらないのなら、私が邪魔しておくけど?』
陽菜が提案する。立会人という立場を利用すれば可能だろう。
「んー、それはさすがにかわいそうだから、しなくていいわ。……とりあえず、原田くんが無茶しないように監視してて。特に、彼には何があっても近付かせないようにお願いね」
『了解』
そう言って、電話は切れた。
本当に美羽の元カレ全員と戦うなら、必然的に彼とも戦うことになる。
その前に諦めてくれることがベストだが、もし戦うことになったら……。
美羽は頭に浮かんだ悪い想像を必死に打ち消す。
「大丈夫、よね……?」
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